5月上旬の会合(大分市)において、自民党の安倍晋三元首相が放った発言が波紋を広げている。筆者は録音テープをもっておらず、詳細は分からないが、いくつかの報道機関からの情報によれば、①「(政府の)1000兆円の借金の半分は日銀が(国債として)買っている」とした上で、②「日銀は政府の子会社」なので、③「60年で(返済の)満期が来たら、返さないで借り換えて構わない。心配する必要はない」と語ったと言われている。

元首相の発言は重い。この発言に関する報道は一瞬でネット上に広がり、多くの話題となった。ネット上の一部では、「政府の子会社である日銀が国債を買い取れば、やはり、政府の借金は返済する必要はない」といった意見や解釈も出てきていた。

このため、日銀の独立性に対する信認を損ないかねないと政府は判断し、数日後、鈴木財務大臣は「日銀には金融政策や業務運営の自主性が認められており、「政府の子会社」には当たらない」と、安倍元首相の発言を否定するメッセージを出した。

その上で、「政府は日銀に対して55%出資しているが、議決権は持っておらず、会社法の子会社の規定にそぐわない。今後も永続的に日銀が国債を買い入れるとの前提に立った財政運営は適切とは考えていない」と発言した。

もっとも、鈴木財務大臣の発言に対しては、日銀は公的な認可法人であり、会社法とは関係がないとも言えるため、ネット上では「安倍元首相の発言が正しい」といった議論も出てきており、日銀は政府の子会社であるのか否か、議論は混迷した状況になっている。

何が正しく、何が間違っているのか。

まず、①の発言は正しい。財務省「国債等の保有者別内訳」(2021年12月末(速報))によると、1074兆円の国債残高のうち、約48%の約516兆円を日銀が保有しており、これは事実を述べただけである。

では、「日銀は政府の子会社」という、②の発言はどうか。これは、子会社の定義が不明であることが問題と思われる。すなわち、この子会社の意味が会社法上の子会社として発言したのか、あるいは、別の意味で発言したのか、報道では定かでなく、日銀の金融政策や業務運営の自主性は極めて重要だが、神学論争に陥るだけに思われる。

むしろ、問題なのは、③の発言だ。このうち、「60年で」という部分は意味が理解できないが(60年償還ルールの事かも…)、最も重要な部分は③の「心配する必要はない」という発言であり、この部分は大きな誤解がある

なぜなら、日銀が国債を市場から購入しても、政府と日銀を一体とする統合政府でみれば、その統合政府の債務は全く減少しないためである。詳細は、筆者のコラム「日銀が国債買い切っても負担なき財政再建はムリ」(「日経ビジネスオンライン」2016年3月16日掲載)をご覧頂きたいが、重要な話なので、簡単に説明しよう。

まず、政府が国債を発行する場合、通常、国債は民間銀行などの金融機関が引き受けるが、民間銀行が国債を購入する際の原資は、我々の預金だ。つまり、我々の預金など貯蓄の運用先の一部が国債である。

次に、金融政策で日銀が市場から国債を購入する場合に何が起こるか。この場合、民間銀行は保有する国債を日銀に売却し、日銀はその民間銀行の「日銀当座預金」(以下「準備」という)という口座に同額のマネーを振り込む。

この準備(日銀当座預金)は、日銀のバランスシート上は負債だが、政府と日銀を一体でみる統合政府の負債であり、日銀が国債を購入すると、統合政府の負債のうち、通常の国債の一部が「準備」(日銀当座預金)という広義の国債に変換されることを意味する。また、これは同時に、我々の預金の運用先のうち、国債として運用していた部分の一部が、準備(日銀当座預金)に変換させることを意味する。

なお、準備(日銀当座預金)の一部には「付利」と呼ばれるスーパー短期の金利が付いており、現在のところ、金利は概ねゼロのため、付利は0.1%しかないが、インフレ等で将来的に金利が上昇してくれば、付利の引き上げが必要となる可能性も。

すなわち、異次元緩和の結果、いま準備(日銀当座預金)は500兆円超に膨らんでおり、統合政府でみれば、1000兆円の借金は、500兆円の通常の国債と、残り500兆円の準備(日銀当座預金=スーパー短期の国債)に変換されているが、いずれ金利が上昇すれば、政府債務(1000兆円)のコストが顕在化することは避けられない。この意味で、「(日銀が国債を保有していれば)心配する必要はない」という安倍元首相の発言部分は明らかな誤解なのである。