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社会保障給付費100兆円突破:給付抑制の自動調整メカニズムをもつ“社会保障予算のハード化”を

小黒一正法政大学経済学部教授

2010年度の社会保障給付費(年金・医療・介護)がついに100兆円の大台を突破してしまった。これは、11月下旬の国立社会保障・人口問題研究所の発表によるが、元々「予想の範囲内」の話である。

というのは、社会保障給付が近々に100兆円を突破する可能性は、以下の図表のとおり、厚労省の「社会保障の給付と負担の見通し」(平成18年5月)からも概ね予想された動きであり、社会保障給付費の膨張は今後も続く。

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このため、社会保障給付の膨張をどう制御するかが、いま問われている。

このような状況の中、11月30日、消費税率引き上げとセットで創設が決まった「社会保障制度改革国民会議」の第1回会合が開催された。来年8月の結論に向けて、年金・医療・介護・少子化対策の4分野を中心に議論を行う予定であるが、報道によると、年金の支給開始年齢引き上げといった給付の抑制策などが焦点となる模様である。

一方、12月4日公示・16日投票の総選挙に向け、各党は凌ぎを削りつつあるが、一部の政党を除き、多くの政党の政権公約では、中長期の観点で社会保障給付の抑制に切り込む提言は皆無に近い。人口減少・少子高齢化がこれから本格的に進む中、改革の本丸が「社会保障(年金・医療・介護)の改革」であることは明らかである。

その際、年金の支給開始年齢の引上げも重要なテーマであるが、「給付>負担」のままでは、社会保障改革は最終的に失敗する。むしろ、最も重要な視点は、社会保障財源を明確化し、社会保障予算を「ハード化(一般会計から社会保障予算への資金流入を完全に廃止)」することである。

現在、社会保障(年金・医療・介護)の財源は、上の図表のとおり、社会保険料収入のみでなく、公費負担でも賄われている。例えば、基礎年金はその給付額の5割を公費負担(一般会計からの補てん)で賄う仕組みとなっている。医療や介護も同様の仕組みをもつ。このため、高齢化の進展で社会保障給付額が急増していくと、自動的に公費負担も急増するメカニズムをもつ。

この公費負担を含む「社会保障関係費」は毎年1兆円超のスピードで膨張していくから、これから政治はこの公費負担増を賄う財源をどう捻出するかという深刻な問題に再び直面する。その場合、公債発行(財政赤字の拡大)で財源を捻出する方法もあるが、現在の日本財政の現状では限界がある。また、社会保障以外の予算削減で財源を捻出する方法もあるが、社会保障関係費は10年で10兆円以上も増加するため、限界があることは明らかである。

その際、少子高齢化が進展して社会保障の新たな財源が必要となるたびに、「どれだけ借金をするのか」「何を削って社会保障に回すのか」という議論が巻き起こり、政治的な利害対立を招くことになる。これは、社会保障の負担増を賄う「ベース財源」が明確になっていないことが最大の原因である。

この解決には、あらかじめ社会保障のベース財源(公債を除く)を一つに定めておくのが望ましい。その上で、いま賦課方式の側面が強い社会保障(年金・医療・介護)について、事前積立(=少子高齢化に伴う将来の負担上昇を平準化するための積立勘定)を導入し、積立方式の側面を高めつつ、中長期の給付総額が100であったら、半ば自動的に、ベース財源の税率が変動して、中長期の負担総額を100に調整するようにルール化しておけばいいのである。他方、中長期の負担総額の上限が70であれば、速やかに、中長期の給付総額も70に削減する。

では、何をベース財源にすべきなのか。それは、世代ごとの受益と負担が概ね一致しているならば、消費税でも、社会保険料でもかまわない。そうした上で、一般会計と社会保障予算との間のマネー(資金)のやり取りを完全に廃止し、一般会計から、社会保障予算を「ハード化」する。つまり、ベース財源は社会保障のみに使う財源として固定化し、ほかの財源から隔離するのが望ましい。

これには、3つのメリットがある。第1は、社会保障における世代ごとの受益と負担の関係が明確になる。

第2は、受益水準が決定すると半ば自動的に負担水準がベース財源によって調整される。その結果、社会保障システムそのものが安定するはずである。自分たちがいくら払い、いくら受け取れるのかという目処が立つので、現役世代と老齢世代の双方が、安心して生涯の生活設計を組立てることができる(注:世代間格差の改善は事前積立で対応する)。

第3に、社会保障財源を捻出するために、他の予算を半ば強制的に削減対象とすることもなくなる。社会保障のために別の財源を犠牲にすることがなくなるので、将来の成長に必要な予算(例:研究・開発投資)をその必要性に応じて合理的に編成できるようになる。

法政大学経済学部教授

1974年東京生まれ。法政大学経済学部教授。97年4月大蔵省(現財務省)入省後、財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授等を経て2015年4月から現職。一橋大学博士(経済学)。専門は公共経済学。著書に『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(共著/日本経済新聞出版社)など。

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