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「マスク流」フェイクニュース対策の後退がMeta、YouTubeに広がるわけとは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
「マスク流」フェイクニュース対策の後退のインパクトとは?(写真:ロイター/アフロ)

「マスク流」フェイクニュース対策の後退が、メタ、ユーチューブに広がっている――。

米メディアで、プラットフォーム大手のフェイクニュース対策に、大きな揺り戻しが指摘されている。

「台風の目」となっているのは、ツイッターを買収し、Xに衣替えをしたイーロン・マスク氏だ。

徹底した大規模リストラにより、フェイクニュース対策を一気に後退させたその手法が、他のプラットフォーム企業に波及。同様の後退が広がっているのだという。

欧州連合(EU)では、プラットフォームによるフェイクニュース対策強化を目指した「デジタルサービス法(DSA)」の大手19社への適用が、8月25日に始まった。

その狙いとは逆行する、フェイクニュース対策後退が広がるわけとは?

●「もうやる価値はない」

民主党員にとって、我々は削除が足りず、共和党員にとっては、我々は削除をし過ぎている。これだけやってもまだ怒鳴られ続けている……もうやる価値はない(という感覚に包まれた)。

ワシントン・ポストは8月25日付の記事の中で、元フェイスブック公共政策ディレクター、ケイティ・ハーバス氏のそんなコメントを紹介している

ソーシャルメディア企業のフェイクニュース対策を巡り、繰り返されてきた左右両派からの批判の中で、経営陣は「(この問題は)解決の見込みがない」と結論づけたのだと、ハーバス氏は述べる。

記事が掲載された8月25日は、EUがプラットフォームによるフェイクニュースなどの違法・有害コンテンツ対策強化を目指した「デジタルサービス法」が、域内利用者4,500万人を超える「超大規模オンライン・プラットフォーム(VLOP)」17社と「超大規模オンライン検索エンジン(VLOSE)」2社への適用が始まった日だ。

対象事業者にはフェイスブック、X(ツイッター)、ユーチューブ、グーグルなどが含まれる。

これらの超大規模事業者は、違法・有害コンテンツ対策の透明性・説明責任の義務と、欧州委員会による監督権限が課され、違反には最高で前年度の総売上高の6%に上る制裁金が科される。

しかしハーバス氏によれば、法適用の開始とは裏腹に、事業者側の意欲は失せているのだという。

ワシントン・ポストの記事は、メタの4人の現・元従業員の証言から、「彼らは今、急増する世界的な規制のリストに最低限準拠する方法を考えることに、より多くの時間を費やすことを求められている」と指摘する。

メタの国際問題担当プレジデント、ニック・クレッグ氏は、「デジタルサービス法」の適用を3日後に控えた8月22日の公式ブログで、こう述べている

デジタルサービス法は、オンライン・プラットフォームの役割と責任をより明確にするものであり、当社のような大規模プラットフォームに、個々のコンテンツをマイクロマネージ(細かく管理)させようとするのではなく、報告や監査などを通じて説明責任を果たさせようとするのは正しいことだ。

二極化する政治情勢の中で、果てしないフェイクニュース対策に右往左往させられるよりも、対策の「形式」を整えていれば済む法規制の方が、大規模プラットフォームにとっては好都合のようだ。

●マスク氏の「大ナタ」の余波

フェイクニュース対策後退の先陣を切ったのは、ツイッターを買収したイーロン・マスク氏だった。

マスク氏は、2022年10月末にツイッター買収が完了すると、すぐさまCEOだったパラグ・アグラワル氏とともに、同社のコンテンツ対策を担っていた法務責任者のヴィジャヤ・ガッデ氏を解任。担当部門を含め、7,500人の大半のリストラを行った。

※参照:「倒産の可能性も」Twitter主要幹部相次ぎ辞任、広告主の懸念は止まらないCEO自身のツイート(11/11/2022 新聞紙学的

さらには2021年1月の連邦議会議事堂乱入事件で停止されていたドナルド・トランプ前大統領のアカウント復活や、批判的なジャーナリストらのアカウント停止など、「マスク流」の対応を相次いで打ち出す。

※参照:680日ぶりのトランプ氏Twitter復活、広告主・社員の離反で「イーロン・リスク」の行方は?(11/20/2022 新聞紙学的

※参照:「ジャーナリスト追放」「マストドン排除」マスク氏の「表現の自由」の意味とは?(12/17/2022 新聞紙学的

あわせてマスク氏は、買収前のツイッターのフェイクニュース対策にかかわる内部文書を、「ツイッター文書」としてジャーナリストらに公開。その取り組みをやり玉に挙げる。

※参照:「シャドーバン」「トランプ追放」Twitter文書の公開に、元CEOが投げかけた課題とは?(12/16/2022 新聞紙学的

メタCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は、マスク氏によるツイッター買収後の「大ナタ」が、IT業界にとって「いいことだった」と言う。

彼が推し進めた具体的な施策の多くは、基本的には組織をテクノロジー寄りにしようとすること、企業の中でエンジニアと彼の距離を縮めようとすること、管理層を削減することだった。(中略)彼が行った変革は、業界にとってもいいことだった。そのような変革はいいことだとは考えながら、いざ実行するとなると躊躇していた人々が大勢いたように感じている。

ザッカーバーグ氏は、2023年6月9日に公開されたポッドキャスト番組のインタビューで、マスク氏の大規模リストラについて、そんな発言をしている。

エンジニア以外の「管理層の削減」には、フェイクニュース対策部門も含まれる。

そのような「大ナタ」を振るうことは、IT業界ではやりたくてもできなかったが、マスク氏が先陣を切ったことで、可能になった――ザッカーバーグ氏は、そう述べているのだ。

シリコンバレーのIT業界におけるコロナ禍の「巣ごもり需要」による大量採用と、その反動の大規模リストラの代表例こそ、ザッカーバーグ氏のメタだ。

●2万人の大リストラ

ザッカーバーグ氏は2022年11月9日、マスク氏の後を追うように、1万1,000人の大規模リストラを発表。さらに翌2023年3月14日には1万人の追加リストラを公表している。

この大規模リストラとコスト削減の波の中で、メタのフェイクニュース対策も後退の道をたどる。

CNBCの2023年5月26日付の記事によれば、メタが半年がかりで開発を行い、同年初めにはテスト段階に入っていたファクトチェック用ツールが、ザッカーバーグ氏の「2023年は効率の年」という号令の中で廃止に追い込まれたという。

メタはこれに先立つ2022年9月には、人権や安全などにかかわる製品の問題を扱う「責任あるイノベーションチーム」も解散している

また第1弾の1万1,000人のリストラ対象には、2019年以来続けてきたメディア支援の「メタ・ジャーナリズム・プロジェクト」の主要担当者も含まれており、同プロジェクトは年内で終了したという。

さらに2023年1月には、ツイッターに続き、停止されていたトランプ前大統領のアカウント復活を決めている。

※参照:メタが「トランプ復活」を決定、その背後で敷かれる「トランプシフト」とは?(01/26/2023 新聞紙学的

フェイクニュース対策後退の影響は、すでに2022年11月8日に投開票が行われた米中間選挙に表れている。

ニック・クレッグ氏は同年8月16日付の公式ブログで、問題投稿へのラベル表示を縮小することを表明している。

2020年の(大統領選の)選挙期間には、これら(問題投稿へ)のラベルが過剰に使用されているとのフィードバックをユーザーから受けた。このため、今回ラベルを使用する必要がある場合は、ターゲットを絞った戦略的な方法を想定している。

米NPO「メディア・マターズ・フォー・アメリカ」の2020年米大統領選の調査によると、フェイスブックは選挙戦が本格化した同年1月1日から連邦議会議事堂乱入事件が起きた翌2021年1月6日までの間に、トランプ氏の投稿のうち、「不正選挙」などの根拠のない主張、少なくとも506件にラベル表示をしたという。

しかしワシントン・ポストが2022年の中間選挙について調査したところ、選挙に関する不正確な投稿をしていた候補者26人に対して、フェイスブックやツイッターはいずれもラベル表示を行っていなかった。

フェイクニュース対策の後退は、ツイッターやメタだけではない。

ユーチューブも2023年3月17日、連邦議会議事堂乱入事件で停止していたトランプ氏のアカウント復活を発表している

さらに6月2日には、2024年米大統領選に向けた方針変更も発表。米大統領選に関する「不正選挙」の主張の削除措置を停止するとした。

2024年に向けた選挙活動が順調に推移していることを受け、2020年およびその他の過去の米大統領選挙において広範な不正、誤り、不具合が発生したとする虚偽の主張を助長するコンテンツの削除を、停止します。

●ピークは連邦議会議事堂乱入事件

フェイスブック、ツイッターによるコンテンツ対策のきっかけになったのは、2016年米大統領選でのフェイクニュース氾濫だった。

その対策がさらに強化されていったのは、コロナ禍と重なり、陰謀論の氾濫も際立った2020年の米大統領選だ。

※参照:SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか(05/30/2020 新聞紙学的

※参照:FacebookとTwitterがSNSをあえて「遅く」する(11/08/2020 新聞紙学的

「不正選挙」を主張するトランプ氏支持派による2021年1月6日の連邦議会議事堂乱入事件と、それに続くトランプ氏のアカウント停止が、その動きのピークとなった。

※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的

※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的

だが、大規模リストラの波の中で、「マスク流」のフェイクニュース対策の後退が、先例となっていく。

特に米国では、2024年の大統領選に向けて、フェイクニュース対策を「言論規制」と反発する保守派からの重圧も高まっている。

「不正選挙」の主張の中心にいるトランプ氏は2023年8月24日、ツイッターのアカウント停止から2年7カ月ぶりに投稿を再開。2020年大統領選の集計への不正介入で、アトランタの拘置所で撮影された顔写真とともに、「選挙妨害には断じて屈しない」との文言を掲載した。

保守派の重圧を、さらに後押しするような司法判断も出ている。

ルイジアナ州の連邦地裁は2023年7月4日、コンテンツ対策を目的とした連邦政府とソーシャルメディア企業の接触が、「表現の自由」を保障する米国憲法修正第1条に違反するとして、仮差し止め命令を出した。

フェイスブックやツイッターはこれまで、米連邦捜査局(FBI)などと海外からの情報工作としてのフェイクニュース対策をめぐる情報共有を継続してきた。その動きに、歯止めをかける命令だ。

だがこれに対しては、第5巡回区控訴裁判所が7月14日、地裁の命令を差し止める判断を出し、事態はいったん振り出しに戻っている。

●ハードニュースは見合わない

政治やハードニュースは重要だし、それを否定するつもりはない。しかし私が思うに、プラットフォームの立場から見れば、それらがエンゲージメントや収益を増加させるとしても、付随する検証作業、マイナス効果(正直に言おう)、正確さのリスクには、まったく見合わない。

メタでインスタグラム、スレッズを統括するアダム・モッセリ氏は2023年7月7日、その2日前に立ち上げたソーシャルメディアのスレッズで、そうコメントし、さらにこう続けている。

スポーツ、音楽、ファッション、美容、エンターテインメントなど、政治やハードニュースに手を出さなくても、活気あるプラットフォームを作るには十分すぎるほど素晴らしいコミュニティがある。

特にメタは、ニュースの表示優先度を下げた2018年1月のフェイスブックのアルゴリズム変更以降、ニュース離れの姿勢が明確だ。

※参照:Facebook、Instagram「ニュース停止」の衝撃、生成AIで複雑化する攻防とは?(06/25/2023 新聞紙学的

※参照:Facebookがついにニュースを見限った、その3つの理由とは?(08/01/2022 新聞紙学的

そしてモッセリ氏は、プラットフォームのビジネスとして、ニュースが「まったく見合わない」と言い切ったのだ。

●「本音」のインパクト

ネット社会のインフラとなったプラットフォーム企業は、それにふさわしい社会的責任を担う――。

フェイクニュース対策を求める声の高まりの背景には、そんな社会の要請があった。

だが「マスク流」がIT業界に広まったことで、そういった社会の要請も、単なる「コスト」と見なす「本音」が、公然と語られている。

(※2023年8月28日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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