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「イーロン・リスク」がTwitterの「表現の自由」を損なう、これだけの理由

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

イーロン・マスク氏は、ツイッターの「表現の自由」を損なう――そんな指摘が専門家から出ている。

テスラCEO、イーロン・マスク氏は、「表現の自由」の確保を掲げてツイッターの買収合意に至った。

マスク氏は、ツイッターが保守派の言論を抑圧し、「表現の自由」を守っていない、と主張。米連邦議会議事堂乱入事件をめぐって永久停止となったドナルド・ドランプ元大統領のツイッターアカウントを、買収完了後に「復活する」とも明言している。

だがツイッターの社内調査によると、同社のアルゴリズムは、むしろ保守派の言論を増幅するバイアス(偏り)があることが明らかになっている。

そしてマスク氏の主張とは裏腹に、様々な研究から、保守派の「表現の自由」が抑圧されているという結果は見当たらないのだという。

むしろ問題は、マスク氏による予測不能な方針転換「イーロン・リスク」が、逆に「表現の自由」を損なってしまうことのようだ。

5月12日には、主要幹部2人の解雇も明らかになるなど、「イーロン・リスク」は様々な面で、ツイッターに影を落とし始めている。

●「表現の自由」への「皮肉な結果」

一連の研究は、有害な誤情報に対抗するには、情報エコシステムのモデレーション(管理)を弱めるより、むしろ強化が必要であることを示している。そして、モデレーションを弱めることで表現の自由が損なわれるという、皮肉な結果も示す。不正アカウント、ボット、エコーチェンバー(反響室)によってツイッターを操作する悪意あるユーザーのために、本来のユーザーの声がかき消されてしまうからだ。

米イリノイ大学教授のフィリッポ・メンツァー氏は5月9日、アカデミックメディア「サ・カンバセーション」に掲載した記事の中で、そう指摘している。

メンツァー氏は、「ボット」と呼ばれる自動化プログラムなどを使った情報操作や、有害コンテンツ対策の研究で広く知られる専門家だ。

※参照:「いいね」が多いとついデマでも拡散してしまう、それはなぜ?(08/10/2020 新聞紙学的

メンツァー氏が指摘するのは、マスク氏が掲げる「(ツイッターが)表現の自由の原則を遵守できていない」との主張だ。

メンツァー氏の指摘は投稿のタイトルが物語っている。「イーロン・マスク氏は間違っている:研究によれば、ツイッターのコンテンツルールはボットやその他の情報操作から表現の自由を維持するのに役立つ」

メンツァー氏は、マスク氏の主張を、「保守派へのバイアス」と「過度の規制」という2つの論点で検証している。

「保守派へのバイアス」については、「そのような主張を裏付ける信頼できる証拠は見当たらなかった」とメンツァー氏は述べる。

ニューヨーク大学の研究チームは2021年2月、ツイッターを含むソーシャルメディアの政治的バイアスを検証した報告書をまとめている。報告書では、保守派を「検閲」しているという主張には、「根拠がない」と結論づけている。

メンツァー氏らイリノイ大学の研究チームがボットを使って行った実験でも、むしろ「ツイッターがリベラルなバイアスではなく、保守的なバイアスを持っているという証拠」を示していた、という。

さらにツイッターが同年10月に公表した、日本と欧米6カ国の社内調査でも、表示優先度を決めるAIアルゴリズムが、右派の政治家やメディアを左派よりも強く増幅する傾向があったことが明らかにされている。

※参照:TwitterのAIに「右派推し」のバイアス その対策とは?(10/25/2021 新聞紙学的

メンツァー氏は、「我々の研究とツイッターの研究によれば、マスク氏が懸念するツイッターの反保守バイアスには、根拠がないことになる」と述べている。

さらにツイッターをめぐるメンツァー氏らの研究では、様々な手法を使った悪意ある情報操作の広がりも確認されている。

メンツァー氏によると、フェイクニュース(偽情報・誤情報)の拡散には、ボットが大きな役割を果たしているという。マスク氏は「スパムボットの排除」を打ち出しているが、アルゴリズムと人の組み合わせによってその検出は困難になっている、とメンツァー氏は指摘する。

コンテンツ管理のルールを緩めることは、これらの悪意ある情報操作の拡大を意味する。

「マスク氏のツイッターに対するプランでは、これらの情報操作の動きに対処するつもりはなさそうだ」とメンツァー氏は述べる。

またワシントン・ポストは、マスク氏やテスラを後押しするツイートにも多くのボットが確認されたと報じている。

米メリーランド大学の研究者らによれば、ハッシュタグ「#TSLA(テスラ)」を含む2010年から2020年までのツイート、15万7,000件を、メンツァー氏らが提供するボット診断ソフト「ボット・オー・メーター」で確認したところ、23%が5段階評価の4以上だったという。

●マスク氏の主張とは

米国では、ツイッターが「表現の自由を侵害している」と強く主張してきたのは、主に保守派だった。その筆頭が、アカウントを永久停止されているトランプ氏だ。

※参照:SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか(05/30/2020 新聞紙学的

そして、マスク氏がツイッターをめぐって主張する論点は、トランプ氏ら保守派の主張と重なる部分が多い。

マスク氏は、「保守派ではなく、無党派で政治的穏健派」と述べている。また、かつてはリベラル寄りだったが、現在ではリベラルが「過激化」したことで、相対的に保守寄りの立ち位置になった、との主張もイラストでツイッターに投稿している

さらにマスク氏は5月10日のフィナンシャル・タイムズのイベントで、米連邦議会議事堂乱入事件をめぐるトランプ氏のツイッターアカウントの永久停止について、「道徳的に間違った決定であり、極めて愚かだったと思う」と主張。「私は永久停止を撤回するつもりだ」と述べた

ツイッターの本社がサンフランシスコにあることから、「強い左派バイアスがある」とも主張している。

だが、メンツァー氏が紹介する研究結果によれば、ツイッター上ではそのような「左派バイアス」は確認されておらず、むしろ確認されているのは「右派バイアス」だった。

●「イーロン・リスク」への懸念

「ツイッター上で人々を引き付け、維持し、広告を含むエンゲージメントレベルを向上させることができず、収益に影響を与えること」「主要な人材を引き付け、維持することができず、将来の従業員を採用できないこと」

ツイッターは5月2日にSECに提出した報告書で、買収をめぐるリスク要因の数々について、そう述べている。

予測不能なマスク氏の言動による影響「イーロンリスク」は、すでにいくつかの兆候が表れている。

ツイッターは5月12日、消費者向け製品担当のゼネラルマネージャーで、ツイッターが買収したライブ動画配信「ペリスコープ」の共同創業者、ケイボン・ベイクプール氏と、収益部門のゼネラルマネージャー、ブルース・ファルク氏を解雇し、新規採用と欠員補充についても一時凍結することを明らかにしている

またマスク氏は4月27日、「ツイッターの左派バイアス」を否定する同社の法務責任者を揶揄するような画像をツイッターに投稿。同社元CEOのディック・コストロ氏が「買収先の幹部をハラスメントと脅しの標的にしている」と苦言を呈していた。

4月25日の買収合意後には、元米大統領夫人、ミッシェル・オバマ氏や米民主党上院議員、バーニー・サンダース氏らリベラル派著名人のフォロワーが大量に減少し、逆に米共和党下院議員、マージョリー・テイラー・グリーン氏、同党上院議員、テッド・クルーズ氏ら保守派のフォロワーが大量に増加するといった現象も起きた

そして「表現の自由」をめぐり、「イーロン・リスク」は現実の懸念となっている。

●「ツイート事前承認」撤回認められず

米ニューヨーク南部地区連邦地裁は4月27日、「(マスク氏は)今になって和解条項を撤回することはできない」と同氏の申し立てを退けた

マスク氏が求めていたのは、米証券取引委員会(SEC)から義務付けられた自らのツイートの「事前承認制」だ。マスク氏は、これが自らの「表現の自由」を侵害する、と主張していた。

マスク氏の「表現の自由」へのこだわりの背景として指摘されているのが、SECとの確執だ。

マスク氏は2018年8月初めに「テスラの株式非公開化」についてツイートし、3週間もたたずに撤回した。この騒動をめぐり、マスク氏はSECから証券法違反(証券詐欺)に問われ、会長辞任と、同社と合わせて制裁金4,000万ドル(約51億円)を支払うことで和解している。

※参照:「マスク氏、Twitter買収」でフェイク拡散へ迷走?各国が懸念する本当の理由(04/28/2022 新聞紙学的

この和解条項には、マスク氏のツイッター投稿を以後、同社の弁護士が事前確認することも義務付けられていた。

マスク氏は2022年3月8日、裁判所にその和解条項の取り消しを求めていたのだ。

だが、裁判所はマスク氏の「表現の自由の侵害」の訴えを認めなかった。ここでも、同氏の主張には、「根拠なし」の判断が下されたことになる。

米ウォールストリート・ジャーナルは5月11日、そのSECがマスク氏のツイッター株取得について、調査を行っていると報じている。

マスク氏は同社株9.2%を取得していることを4月4日に明らかにした。だが、5%を超えた段階でSECへの報告義務があり、その期限から10日後の報告になったことが問題視されているという。

さらにニュースサイト「ジ・インフォメーション」の4月28日の報道によれば、マスク氏のツイッター買収をめぐっては、米連邦取引委員会(FTC)も調査に動いているという。

「イーロン・リスク」はなおツイッターを揺るがし続ける。

(※2022年5月13日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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