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ウクライナ侵攻で氾濫する「フェイク動画・画像」の3つのパターンとは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
プーチン大統領をヒトラーになぞらえたプラカードを掲げる市民=2月27日、ベルリン(写真:ロイター/アフロ)

ロシアによるウクライナ軍事侵攻をめぐる「フェイク動画・画像」には、共通する3つのパターンがあった。そのパターンとは――。

ロシアによる軍事侵攻が深刻さを増す中で、「ハイブリッド戦争」の一端を担う「フェイク動画・画像」の氾濫がおさまらない。

しかもこれらの「フェイク動画・画像」は、英BBCなど大手メディアでも、十分な確認がないまま放送されてしまうケースも出ている。

「フェイク動画・画像」には、パターンごとに共通して見られる特徴がある。

「遺体が動いている」「ロシア攻撃機の編隊襲来」「日本大使が甲冑姿で抗戦」――これらに共通するのは?

そして、これらにだまされないために、知っておきたいこととは?

●偽の「ファクトチェック動画」

新型コロナ禍のポーランドで撮影されたもの。それが現在のウクライナであるかのように収録されている。

レポーターがマイクを握る背後に、多数の遺体収納袋が並んでいる。だがよく見ると、その一つがもぞもぞと体を動かしている――動画共有サービス「ティックトック」に、そんな説明文のついた動画が投稿されたという。

動画は一見、「ウクライナの被害を誇張したフェイク動画」を暴くファクトチェック、のように映る。コロナ禍のポーランドの死亡者の映像を、ロシアによる軍事侵攻下のウクライナの現状だと偽装しながら、ボロが出ている――とのアピールだ。

だがスペインのファクトチェックメディア「マルディタ.es」やシリアのファクトチェックメディア「ベリファイ-Sy」の3月2日付の記事によると、この動画投稿そのものが「フェイク動画」なのだという。

これらの記事によれば、元になった動画は2月4日、オーストリアで行われた環境保護団体による抗議活動を地元テレビが撮影したものだった。

動画には49の遺体収容袋が並んでいるが、これは同国が温室効果ガス削減に取り組まなければ、毎日49人が死亡する、とのメッセージを示しているという。

そして「ベリファイ-Sy」によれば、アブダビの「スカイニュース・アラビア」は公式フェイスブックページで、この動画を「ウクライナ側のプロパガンダ」として掲載していた、という。

また「マルディタ.es」によれば、この元動画は公開直後から、「新型コロナの死亡者を誇張するフェイク動画」として、フェイスブックなどで拡散されていた。ペルーのファクトチェック機関「ベリフィカドール・デ・ラ・レプブリカ」によると、その拡散は同国でも確認されたという。

ウクライナ軍事侵攻をめぐる「フェイク動画」の氾濫に対して、各国のファクトチェック機関が精力的に検証作業を行っている。この事例は、そんなファクトチェックを「偽装」することで、ファクトチェックそのものに疑念を抱かせかねないものだ。

「マルディタ.es」「ベリファイ-Sy」「ベリフィカドール・デ・ラ・レプブリカ」は、いずれもファクトチェック機関の国際的な連携組織「インターナショナル・ファクトチェッキング・ネットワーク(IFCN)」が認証する世界114のファクトチェック団体に名を連ねている。

●流用される「フェイク動画」

「フェイク動画・画像」で、目につきやすいのが「遺体収容袋」のケースのような「流用型」だ。

過去に、別の場所で撮影されたものが、あたかも現在のウクライナの動画であるかのように投稿される。「マルディタ.es」が明らかにしたように、同じ動画や画像が、様々な場面で繰り返し流用されるケースもある。

「流用型」が目につきやすいのは、フェイクニュースの発信者にとって、最も手間がかからないためだ。元の動画・画像をコピーし、貼り付けるだけで、新たに作成をする必要もない。

ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まった2月24日当日、ロシア軍の10機の編隊が早くもキエフ上空を飛行している、との動画がツイッター投稿され、20万回以上視聴されたという。

だが、英ファクトチェックメディア「フルファクト」やフランスのAFP通信、「マルディタ.es」の記事によると、元動画は2020年5月に、モスクワ近郊で実施された軍事パレードの、リハーサル時に撮影されたものだという。「フルファクト」、AFP通信もIFCNの認証団体だ。

さらに「フルファクト」によると、英BBCは軍事侵攻開始の翌日、2月25日の朝の番組で、この動画を誤って放送したという。

「フェイク動画」は、BBCや「スカイニュース・アラビア」のようなメディアが取り上げることで、さらに広い影響を与えることになる。

このほかにもやはり2月24日、「駐ウクライナ日本大使」が祖父の甲冑を身につけて、ウクライナを守るためにキエフに残る、との画像がツイッターやフェイスブックで拡散した。

だがAFP通信やインドのファクトチェック機関「ニュースチェッカー」(IFCNの認証団体)の記事によると、この画像は駐日ウクライナ大使のセルギー・コルスンスキー氏が、ロシアによる侵攻の前、2月15日にツイッターに投稿したものだった。

また「フルファクト」の3月1日の記事によれば、「ウクライナの状況に胸がつぶれる」とのコメントとともにフェイスブックに投稿された街中での大爆発の動画が、1万回以上も共有された。だが、その元動画は2020年8月にレバノンで起きた大爆発を撮影したものだった。

●大統領のユニフォーム

ウクライナ大統領のウォロディミル・ゼレンスキー氏が、ナチスのシンボルとして使われたカギ十字のマークと、自らの名前入りのサッカーのユニフォームを手に微笑む画像が2月27日、ツイッターなどで拡散したという。

イタリアのオンラインメディア「オープン・オンライン」(IFCN認証団体)や「マルディタ.es」によると、元画像は2021年6月、ゼレンスキー氏がインスタグラムに投稿した、サッカーのウクライナ代表チームの新しいユニフォームを披露したもの。

元画像ではウクライナ国旗の色をベースに、黄色の生地に青く「95」の背番号が入っていたが、この背番号を画像加工ソフトを使ってカギ十字に改ざんしたもの、と見られている。

「オープン・オンライン」によると、同じような改ざんは、すでにゼレンスキー氏のインスタグラム投稿の翌日には、ツイッターに投稿されていたという。

ロシア大統領のウラジーミル・プーチン氏はしばしば、ゼレンスキー政権を「ネオナチ」と称している。

このケースは、元画像や動画を加工することで、別の意味を持たせる「改ざん型」だ。今は加工ソフトを使うことで、パソコンなどで比較的簡単に、このような改ざんができてしまう。

軍事侵攻前の2月17日、親ロシア派からの攻撃によって、東部ルガンスク州のウクライナ政府支配地域の幼稚園が被弾した事件で、この幼稚園の壁に大きな穴が開いた映像が広く報じられた。

砲撃のあった日の夜、砲撃のあった幼稚園の前に、ドリルの重機が写り込んだ画像が投稿され、「幼稚園の壁の穴は、ウクライナ政府側がドリルで意図的に開けたもの」との印象を拡散した。

この画像については、投稿ユーザーはすぐさま、「フォトショップで作成した」と種明かしをしている。

※参照:「疑惑動画」のからくりをネットユーザーが暴く、解明のカギになったのは?(02/21/2022 新聞紙学的

ロイター通信USAトゥデイ(いずれもIFCN認証団体)の3月1日の記事などによると、2月24日のロシアによるウクライナ軍事侵攻を受けて、2日後の26日、プーチン氏の顔にヒトラーの顔を重ね合わせ、「歴史の逆行 プーチンはいかにして欧州の夢を打ち砕いたか」とのタイトルの雑誌「タイム」の表紙の画像が、ツイッターで広がった。

だがこれは、英国のグラフィックデザイナー、パトリック・マルダー氏が「アート」として制作したものだという。

実際の「タイム」の表紙は、「歴史の逆行」のタイトルは同じだが、ウクライナに侵攻するロシア軍の戦車の画像を使っている。

「アート」や「パロディ」として制作されたものであっても、それが「本物」として独り歩きし、拡散してしまえば混乱を引き起こす可能性もある。

ファクトチェック機関の「フェイク」判定を受けて、ツイッターは「操作されたメディア」とのラベルを表示している。

●「核戦争の危機を告げるBBC」

「ロシアとNATO(北大西洋条約機構)がラトビアの沿岸付近で深刻な事態」「核攻撃の警告」。BBCのスタジオから、キャスターがそんな緊急ニュースを伝える――。

武力侵攻の1カ月前、1月25日のロイター通信や「マルディタ.es」の記事によると、BBCを模した1時間弱の動画が1月20日、フェイスブックに投稿され、広まったという。

だがこの動画は、2016年にアイルランドの企業がクライアントの「災害時の心理測定テスト」のために制作した「架空のニュース」だった。

この動画については、当のBBCも2018年にファクトチェック記事を掲載している。だがその後も、たびたび取り沙汰されるようだ。

フェイスブックは、今回のロイターのファクトチェックに基づいて、「虚偽の情報」との警告表示をしている。

「BBC緊急ニュース」のような、全く架空の動画や画像が作成される「架空型」のケースもある。

ゼロからコンテンツ制作をするには、コストがかかり、スキルが必要になる。だが今回のように、過去に作られた「架空型」が繰り返し流用されることもある。

ウクライナ情勢をめぐっては、ロシアの軍事侵攻に先立って、「ウクライナ政府側の攻撃」を強調するような複数の「フェイク動画」が拡散していたことが、オランダの調査報道メディア「ベリングキャット」などのファクトチェックによって明らかになっている。

親ロシア派支配地域「ドネツク人民共和国」の「人民軍広報」のアカウントは、2月18日朝に起きたという、「ウクライナ政府側の工作員による破壊工作」と称する動画をメッセージサービス「テレグラム」に投稿した。だが、動画のメタデータによって、作成日は10日前の2月8日であることが明らかになった。

また、親ロシア派支配地域「ルガンスク人民共和国」の「人民軍公式チャンネル」が2月21日に「テレグラム」に投稿した動画では、ウクライナ政府側の攻撃によって、同地域の住民の「左脚が切断された」と主張していた。だが、攻撃現場とされる場面で、この住民がすでに左脚に義足を装着していたことが明らかになっている。

※参照:ウクライナ侵攻「フェイク動画」を見抜くためのポイントは、こんなところにあった(02/28/2022 新聞紙学的

●3つのパターンを見極める

「流用型」「改ざん型」「架空型」は、あくまで基本的なパターンだ。映画やゲームといった架空の動画と現実の動画を合成したものなど、多様な「フェイク動画・画像」がネットに投稿されている。

だが3つの基本パターンがあることを意識しておけば、「フェイク動画・画像」を目にしたときの見極めの手がかりになる。

「流用型」や、「改ざん型」「架空型」の流用であれば、動画や画像をグーグルなどの検索にかけることで、過去に同じものが使われているケースや、ファクトチェック機関による判定結果がヒットするかもしれない。

「フェイク動画・画像」の拡散防止は、一人ひとりのユーザーがいったん共有の手を止めることで、すぐにできる。

(※2022年3月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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