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SNSで広がった暴動、SNSが容疑者を追い詰める

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
FBIの公式サイトより(筆者画像加工)

ソーシャルメディアで広がった暴動の容疑者たちを、摘発する証拠となったのもソーシャルメディアに残した足跡だった――。

米大統領選後の混乱がピークに達した空前の米連邦議会議事堂乱入事件。デマや陰謀論を媒介に、その規模拡大を後押しした舞台が、ソーシャルメディアだった。

そして議事堂乱入事件から3カ月。300人を超す容疑者が訴追され、連邦捜査局(FBI)はなお多数の行方を追っている。

訴追資料から見えてくるのは、その捜査のカギを握るのもまた、ソーシャルメディアだったということだ。

フェイスブック、ツイッター、パーラー。それらに投稿された写真や動画が、一つひとつ容疑者のデジタルの足跡として摘発の手がかりになる。

そして、ソーシャルメディアなどから自動収集された膨大な顔認識データベースも、容疑者特定に一役買っているという。

歴史的な議事堂乱入事件をめぐり、「フェイクニュース」と「監視社会」の回り舞台が展開されている。

●フェイスブックからの押収

FBIはフェイスブックに対し、2021年1月6日、群衆が連邦議会議事堂に乱入・占拠した時間帯に議事堂内からフェイスブックにストリーミングもしくはアップロードされた"フェイスブックライブ"の動画を特定するよう要請。フェイスブックは、特定のアカウント/ユーザーIDにリンクした複数の動画のIDを回答した。

3月9日付でコロンビア特別区連邦地裁に提出した陳述書の中で、FBIの担当捜査官はそう述べている。

FBIは、フェイスブックが回答した動画を手がかりに、フェイスブックへの捜索押収令状によって、投稿ユーザーのクレジットカード情報、電話番号、郵便番号などを入手。

州自動車管理局(BMV)の免許証情報も加え、オハイオ州ブラッドフォード在住の男性を特定する。

男性は「歴史の目撃者になるんだ」とフェイスブックに書き込み、この乱入事件に妻とともに参加。事件当時の2人の様子も、議事堂内からフェイスブックライブでストリーミングをしていた、という。

FBIはこのほか捜索押収令状によって、夫婦のグーグルのアカウント情報を取得している。グーグルは、夫婦のスマートフォンのGPS、Wi-Fi、ブルートゥースビーコンなどのデータから半径10メートル以内、という精度の位置情報を推計しており、それらも提供された。

さらに議事堂内の監視カメラ映像も入手しており、乱入事件当時、夫婦が連邦議事堂内にいたことに加え、具体的な移動経路も特定している。

FBIは夫婦が契約していたスマートフォン会社、AT&Tからの押収データでも、事件当時、それぞれのスマートフォンが議事堂内の基地局にアクセスしていたことを確認している。

●ソーシャルメディアの足跡

議事堂乱入事件発生から3カ月。司法省が公表している容疑者の摘発は338件にのぼっている(※4月3日現在)。司法省は特設ページで、それぞれの訴追資料も合わせて公開している。

ワシントン・ポストのドリュー・ハーウェル、クレイグ・ティムバーグの両記者は4月2日付の記事で、司法省が公開している宣誓供述書や捜索押収令状など、合わせて約1,000ページ分の資料を検証。FBIが膨大な数の容疑者の足取りを、どのようにたどり、摘発に至ったかをまとめている。

その中で、容疑者たちの足跡が鮮明に刻まれていたのが、ソーシャルメディアだった。

300件を超す摘発事案の訴追資料の中で、フェイスブックに言及したものは125件以上、ツイッターが60件以上、保守派ユーザー向けの新興ソーシャルメディア「パーラー」が20件以上。このほか、スナップチャットやティックトックの名前が挙げられている。

このワシントン・ポストの調査によれば、フェイスブックへの容疑者らの動画や写真の投稿が、際立っているのだ。しかも、自ら証拠になるような投稿をしている。

刑事告訴状によれば、ニューヨーク州在住の男性は事件当時、「議事堂の中で吸ってるよ」というタイトルで、マリファナのようなものを吸っている、という動画をフェイスブックに投稿していたという。

また、インディアナ州在住の女性は、他の参加者とともに撮影した写真に「議事堂の中」と書き込み、「ワシントンDC」という場所のタグづけもして、フェイスブックに投稿していた

スマートフォンは、高度な監視機器でもある。様々なアプリが精度の高い位置情報などを24時間記録し続け、ユーザーの生活のデータをプラットフォームに送り続ける。

議事堂乱入事件の参加者の、当日の移動経路などの位置情報は、メディアでも広く報じられてきた。

ギズモードは乱入事件から1週間後、「パーラー」ユーザーが現場から投稿した618件の動画に添付されたGPSデータを検証。当日の参加者らの動きを詳細にマップ化している。

これらのデータは、@donk_enbyというハッカーが、「パーラー」が一時閉鎖される前にアーカイブしたもの

多くのソーシャルメディアでは、投稿動画のGPSデータなどは自動的に削除する仕組みになっているが、「パーラー」ではそのような仕組みを取り入れていなかったようだ。

そのため、それぞれの動画にGPSデータが添付されていた。

またニューヨーク・タイムズも事件発生から1カ月後、匿名の提供元から乱入事件当日の参加者数千人のスマートフォンの位置情報、約10万件を入手し、分析している。

これらのデータをもとに、当日の午前8時から午後6時までのそれらの群衆の動きをアニメーション化したり、個別の参加者が自宅からワシントンに向かう経路、さらに当日の行動の経路などをマップ化したりして、公開している。

●顔認識で容疑者を特定

フェイスブックなどへの投稿や監視カメラの映像などから、容疑者を特定する上で、大きな役割を果たしたのがAIを使った顔認識システムだ。

FBIはソーシャルメディアや監視カメラなどから収集した膨大な容疑者の顔写真をネット上で公開。情報提供を呼びかけている。

そしてFBIには、「FACE」と呼ばれる顔認識データべースがある。

「FACE」はFBIの犯罪者など2,970万枚の顔写真のほか、1億4,000万枚のビザ申請の顔写真、州の運転免許証の顔写真を横断的に検索でき、その数は計4億1,190万枚に上る。

摘発事例の中には、このデータベースで容疑者を特定したケースもあるようだ。

だがこれに加えて、その7倍超にのぼる顔写真を保存する巨大データベースも使われているという。

フェイスブック、ユーチューブ、ツイッターなどから30億枚以上の顔写真を自動収集している「クリアビューAI」の顔認識データベースだ。

米国内だけですでに2,400の法執行機関が同社の顔認識データベースを使用している、という。

「クリアビューAI」は、プライバシー侵害だとして米自由人権協会(ACLU)などから訴訟が相次いでいるほか、その顔写真収集方法について、フェイスブックはグーグルなどが利用規約違反を指摘している。

※参照:SNSから収集、30億枚の顔データベースが主張する「権利」(03/22/2021 新聞紙学的

※参照:SNS投稿30億枚から顔データべース、警察に広がるAIアプリのディストピア(01/19/2020 新聞紙学的

上記のワシントン・ポストの報道によれば、フロリダ州のマイアミ警察では、「クリアビューAI」を使って129件の顔写真検索を実施。このうち容疑者特定の可能性がある13件の情報をFBIに送付したという。

「クリアビューAI」CEOのホアン・トンタット氏はワシントン・ポストの取材に対し、「民主主義の偉大な象徴である議事堂を襲撃した暴徒の特定に、クリアビューAIが使用されたことは喜ばしい」との声明を出している。

ウォールストリート・ジャーナルの1月8日の報道によれば、このほかにアラバマ州のオックスフォード警察も「クリアビューAI」を乱入事件の容疑者特定に使用していたという。

また1月9日付のニューヨーク・タイムズによれば、トンタット氏は「平日の検索数に比べて26%の増加がみられた」と話している。

ユーザーがソーシャルメディアに投稿した写真などをもとにした顔認識データベースを使って、容疑者のソーシャルメディア投稿と照合し、容疑者特定をする。

議事堂乱入事件の容疑者摘発をめぐって、そんな作業が繰り返されている。

●「フェイクニュース」と「監視社会」の回り舞台

議事堂乱入事件に至った2020年米大統領選をめぐる混乱は、トランプ前大統領を中心とした根拠のない「不正選挙」の主張が起点にある。

そして、それらが拡散していく舞台となったのは、フェイクニュースや陰謀論などを媒介としてソーシャルメディア上に広がる様々なグループだった。

これら、フェイクニュース、陰謀論の果てに起きた乱入事件の容疑者は、やはりソーシャルメディアに膨大な足跡を残した。

フェイクニュースが瞬時に大規模に拡散する社会と、一挙手一投足がデジタルデータに刻まれる監視社会は、データとアルゴリズムが支配するソーシャルメディア空間を、角度を変えて見た表裏一体の社会の姿だ。

乱入事件の摘発で、その回り舞台の構造が、より鮮明に可視化されたと言える。

「フェイクニュース」「監視社会」が背中合わせになったソーシャルメディア空間。その矛先は、議事堂乱入事件だけでない。

人権擁護、差別撤廃、政府・自治体への不満や批判といった活動などにも、同じ仕組みが、まったく同じように向けられることになる。

問題は、すぐ目の前にあるのだ。

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多層的に絡み合うソーシャルメディア空間とどう向き合えばいいのか。

ソーシャルメディアが抱える喫緊の課題については、筆者も参加し、3月31日に公開された報告書『コロナ時代のソーシャルメディアの動向と課題』(発行・国立国会図書館)の議論でも取り上げている。

※参照:報告書『コロナ時代のソーシャルメディアの動向と課題』(国立国会図書館/令和2年度 科学技術に関する調査プロジェクト)

このソーシャルメディア空間の特質と構造を理解すること。それに対する耐性を身につけること。

ユーザーにとっては、まずはそれらが手がかりになりそうだ。

(※2021年4月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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