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Google、Facebook「支払い義務化法」が各国に飛び火する

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
(写真:アフロ)

グーグルとフェイスブックは法律で強制しないと、財布の口をしっかりと開けない――オーストラリア政府が新法制定によって世界に発信したメッセージは、そういうことだった。

プラットフォームとメディアとの「契約義務化法」が紆余曲折を経て2月25日に成立した。法律の標的とされたグーグル、フェイスブックは撤退を掲げて瀬戸際戦術を展開したが、いずれも最後には折れた。

オーストラリアの騒動が注目されたのは、プラットフォームによるデジタル広告収入の複占とメディアの地盤沈下という、同じ問題を世界中で抱えているためだ。

すでにカナダやEUなどでは、同様の強制力を持った法律制定に向けた動きを見せており、先行するオーストラリアとも情報交換を行っているという。

強制力のある法律さえあれば――そんな各国の共通認識の背景には、グーグルとの交渉で先行したフランスの"苦い教訓"も影を落としている。

●「法律でやっと動いた」

重要なことは、この法律が、法の枠外でのビジネス交渉を後押ししている点であり、グーグルと、さらに直近ではフェイスブックの両社がオーストラリアのニュースメディア企業との合意に至っていることは、政府としても歓迎している。

法案推進の中心の1人である財務相のジョシュ・フライデンバーグ氏は「ニュースメディア・デジタルプラットフォーム契約義務化法」が成立した2月25日、通信・都市インフラ・芸術担当相のポール・フレッチャー氏との共同声明で、こう述べている。

様々な話題を呼んだオーストラリアのプラットフォーム規制法。だが、ようやく成立したこの法律は使わないことに意味がある、と担当大臣が述べているのだ。

同法の標的とされたグーグル、フェイスブックは、同国からの撤退ニュースコンテンツの除外などを掲げて徹底抗戦の構えを最後まで見せたが、瀬戸際戦略も最終盤で一転、メディアへの報酬支払い合意決着となる

※参照:Google、Facebookの「ニュース使用料戦争」勝ったのは誰か?(02/19/2021 新聞紙学的

※参照:Googleがメディアに報酬、「陽動作戦」が明暗を分ける(01/23/2021 新聞紙学的

※参照:Googleが1,000億円をメディアに払う見返りは何か?(10/04/2020 新聞紙学的

「契約義務化法」成立に先立つ2月17日、グーグルとオーストラリアの大手メディアとの報酬支払い契約が相次いで明らかになったことを受けて、「もうこの法案は不要になったのでは?」との報道陣からの質問に、フライデンバーグ氏はこう答えていた

何より、我々が法案を議会に提出していなければ、これらの契約は影も形もなかっただろう。(プラットフォームに)義務を課す法律として世界に先駆けたこの法案は、関係者を話し合いのテーブルにつかせ、ニュースメディア産業が独自のジャーナリズムコンテンツ作成に対価を得られるように、未来への道を切り開く手助けとなっている。

フライデンバーグ氏が自ら説明しているように、この「契約義務化法」はいわばグーグル、フェイスブックの財布の口を開かせるためにちらつかせる銃器の役割を持った法律だ。実際に使うことよりも、存在することに意味がある「抜かずの銃器」。

この法律は財務相の机の中にしまっておかれることになるだろう。そして、プラットフォームが金を搾り取るのに十分大きくなったら、いつでも引き金が引けるようになっているのだ。

オーストラリア放送協会(ABC)のインタビューで、カーティン大学教授のタマ・リーバー氏は、そう指摘している。

そのような法律を、他国でも欲しがっている。

●「すぐにでも法律が欲しい」

我々がやろうとしているのは、グーグルとフェイスブックに、メディアのコンテンツの使用に対して公正な補償を確実にさせるということだ。

カナダの文化遺産相、スティーブン・ギルボー氏は2月21日、CNNのキャスター、ブライアン・ステルター氏のインタビューにこう答えている。

ギルボー氏はすでに、カナダでも今春に同様の法制化を目指すと表明しているが、その動きはオーストラリアなど関係する各国政府と連携しながら進めていくという。

先週、オーストラリア、ドイツ、フランス、フィンランドと協議を行っており、その他の多数の国々がカナダによるイニシアチブに参加するだろう。

カナダのメディアも声を上げている。カナダ放送協会(CBC)のインタビューに対し、カナダ・ニュースメディア協会会長で、ウィニペグ・ブリープレスの発行人、ボブ・コックス氏はこう述べている。

これらの企業が、法規制に直面しなければ動かないということであれば、我々もすぐにでも法律が欲しいところだ。

この動きを後押ししているのは、メディア業界や政府だけではない。

プラットフォームからメディアへの報酬支払について、法規制推進の立場を表明しているのが、マイクロソフトだ。

●マイクロソフトの「メディア推し」

この法律が、テクノロジーのゲートキーパー(グーグルとフェイスブック)と独立した報道機関との交渉を義務付けることで、テクノロジーとジャーナリズムの間の経済的不均衡を是正することになるだろう。その目標は、テクノロジーのゲートキーパーが自社のプラットフォームにニュースコンテンツを取り込むことで得ている利益について、報道機関への補償を行わせることだ。

マイクロソフト社長のブラッド・スミス氏は、オーストラリアの「契約義務化法」成立の2週間前の2月11日、公式ブログでこう述べている。

グーグルがオーストラリア政府との対立の中で、撤退を掲げたことに対し、マイクロソフトは自社の検索サービスのビングの提供を同国政府に提案している。

調査会社、スタットカウンターのデータ(2021年2月現在)によると、検索サービスのグローバルシェアではグーグルが92.04%なのに対し、マイクロソフトのビングは2.71%。ソーシャルメディアでは、フェイスブックが71.99%のシェア。マイクロソフト傘下のビジネスソーシャルメディア、リンクトインは、スタットカウンターの調査データには出てこない。

マイクロソフトは、「メディア推し」の姿勢を取ることによる痛みは、ほとんどなさそうだ。

同じブログでスミス氏はこうも述べている。

欧州の一部では同様の試みをした政府もあるが、その成果は限られたものだった。その理由は、独占事業者との交渉は困難を伴うからだ。国内での交渉テーブルの一方には1頭か2頭のクジラがいて、もう一方は数百、数十の小魚の群れでは、時間と金を費やした交渉結果は、小魚の側は食糧不足のままということになってしまう。

マイクロソフトは、クジラに立ち向かうための音頭取りに動き始めている。

●フランスの"苦い教訓"

欧州メディアとマイクロソフトは本日、独占的な市場支配力を持ったテクノロジー・ゲートキーパー企業によるコンテンツ使用に対して、メディアへの報酬支払を確実にするための解決策に共同で取り組むことに合意した。これは本年6月までに実施(国内法適用)される「EUデジタル単一市場における著作権指令」での新たな著作隣接権の狙いとも合致するものであり、オーストラリアが法律によってテクノロジー・ゲートキーパー企業に、報道機関との収益分配を要求していることから発想を得た取り組みでもある。

欧州雑誌メディア協会(EMMA)、欧州新聞出版社協会(ENPA)、欧州出版社評議会(EPC)、欧州ニュースメディア(NME)のメディア4団体とマイクロソフトは2月22日、共同でそんなリリースを発表している。

EUでは「デジタルサービス法」と「デジタル市場法」という2つのプラットフォーム規制法案を進めており、ここにオーストラリアのような強制力を持った報酬交渉への仲裁機能を盛り込ませたい考えだ

EUではメディアにコンテンツ使用料の支払い交渉権を認めた「EUデジタル単一市場における著作権指令」が2019年に成立。これに基づき2021年6月までに、加盟各国で国内法へ適用することになっている。

その先駆けとなったフランスでは、グーグルとメディア業界団体「一般報道同盟(APIG)」との間で合意が成立したことが、1月21日に発表されていた。

だがロイター通信の2月13日の報道によると、その合意は「一般報道同盟」に加盟する121社との間で3年間に合わせて7,600万ドル(約80億円)を支払う、という内容。

グーグルとの合意が明らかになったオーストラリアの大手メディア、セブン・ウェスト・メディアとナイン・エンターテインメントは、それぞれ契約金額が年間3,000万オーストラリアドル(約24億6,500万円)などと報じられている。

つまり、フランスでの121社の合計金額7,600万ドル(約80億円)を年間で割ると、大手メディアグループ1社程度ということになる。

オーストラリアの「契約義務化法」では、メディアとプラットフォームの交渉が決裂した場合、仲裁機関が強制力のある裁定を出す仕組みとなっており、これが同国のメディアの交渉力を担保したと見られている。

EUの仕組みでは、金額交渉に踏み込んだ強制力はなく、フランスでの交渉は、そこで足元を見られたようだ。

この"苦い教訓"から、強制力の必要性がEUでも共通認識となる。

欧州ニュースメディア代表のフェルディアンド・デ・ヤルザ氏は、マイクロソフトとの合意を発表したリリースのコメントで、こう述べている。

フランスとオーストラリアでの経験から、ゲートキーパーとの交渉力の不均衡を是正するためには、強制力のある手立てが現実的に必要であることがわかった。この交渉力の不均衡が、欧州の報道機関の可能性を損なっているのだ。

グーグルとのニュース使用料交渉をめぐる初戦で、フランスメディアが軽くあしらわれたことへの、いわばリベンジだ。

英国下院のデジタル・文化・メディア・スポーツ委員会の元委員長、ダミアン・コリンズ氏も、オーストラリアと同様の取り組みが必要だと表明している。

●グロバールな動きへの号砲

オーストラリアの「契約義務化法」成立とグーグル、フェイスブックの瀬戸際戦略の手じまいで、数年にわたったこの騒動は一応の決着となった。

ただこの決着は、それ以外の国々における同様の動きへの号砲ともなっている。

グーグル、フェイスブックとも、これらの法規制を回避する「当て馬」としての「グーグル・ニュース・ショーケース」「フェイスブック・ニュース」などのサービスに、3年で10億ドル(約1,000億円)という予算を表明している。

「10億ドルクラブ」の話題は、これで終わりにはならなそうだ。

(※2021年3月1日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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