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ニュースが「トランプショー」から抜け出すための5つの方法

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

トランプ大統領の極端な発言をニュースで報道しても、しなくても、メディアは結局、トランプ氏が主導権を握る「トランプショー」の引力圏からは抜け出せない――。

メディア空間で、絶大な引力を持つトランプ氏の発言の扱いをめぐり、米メディアが苦悩している。

特に、民主党の4人の女性議員に対して「国に帰れ」とツイートし、人種差別発言として批判を浴びた問題では、西海岸の名門紙、ロサンゼルス・タイムズは社説を掲げ、「我々はトランプ氏の挑発に乗るべきではない。だが、そのためにはどうすればいいのか?」と、その引力圏から抜け出すことの難しさを指摘する。

ニュースが報道すれば発言への注目を集め、逆に報道しなければ容認したことになってしまう――。

そんなジレンマに対し、ブロガーとして知られるニューヨーク大学准教授のジェイ・ローゼン氏が、”引力圏脱出”のための5つのアイディアを公開している。

ポイントは、「トランプ氏をショーの主役にするな」だ。

●「国に帰れ」ツイートの波紋

トランプ大統領はもともと、ツイッターなどで極端な発言をすることで知られている。それが改めて批判を巻き起こしたのが7月14日に投稿されたツイートだ。

「民主党の”革新系”女性議員たち」という表現で、4人の非白人女性議員をターゲットにし、「もといた国に帰って、壊れて犯罪が蔓延する国の立て直しを手伝ったらどうだ」と述べたのだ。

この発言は「人種差別だ」として、連邦議会の非難決議や、英国のメイ首相ドイツのメルケル首相らの批判コメントなど、騒動は国内外に広がった。

だがトランプ氏はその後も、「この国が嫌いなら出ていけばいい」と発言を続け、さらに騒動に油を注ぐ。

批判の拡大は、トランプ氏にとっては想定シナリオ通りの展開のように見える。

つまり、メディアがいくら批判を報じようと、それはトランプ氏の想定シナリオを、結果的になぞることになっているともいえる。

批判を受けても、トランプ氏は気にもとめず、むしろ発言のトーンを上げる。そして、そんな場面はこれまで幾度となく繰り返されてきた。

これに対し、メディア自身から報道のあり方に疑問の声が上がる。

●想定シナリオをなぞる

7月14日のロサンゼルス・タイムズの社説「トランプ氏は米国一の偏見の塊」は、その悩みを率直に表明している。

トランプ氏はいつものように、我々を挑発しているだけだ。我々を怒らせようとしているだけなのだ。我々の気を引こうとしている。彼に必要なのはニュースの見出しだ。騒動を巻き起こしたくてうずうずしている。(民主党の)下院議長、ナンシー・ペロシ氏や4人の女性議員の敵対意識を、さらに掻き立てたいと思っている。我々はその挑発に乗るべきではない。だが、そのためにはどうしたらいいのか? もし我々がトランプ氏を無視したら、彼の見境のない言動を容認することになる。それは、今よりさらにまずい事態を招いてしまう。

報道すれば、その発言に注目が集まる。報道しなければ、さらに事態は悪化する。

どちらにしても、トランプ氏のシナリオからは逃れられない。

GQのジャーナリスト、ジュリア・ロフェ氏はツイートでこう指摘する

これはトランプ氏の問題の根本だ:まず反論させずにはおかないような、とんでもない発言で挑発する。だが反論すれば、トランプ氏は大喜びで(そして心からの信念をもって)トーンを倍増させる。とんでもなさが倍増することで、結局、また反論せざるを得なくなる、その繰り返し。

つまり、トランプ氏による脚本・演出・主演の「トランプショー」の中で、無限ループのブラックホールに引き込まれていくことになる。

●トランプ氏を「主役」から降ろす

「どうしたらいいのか?」というロサンゼルス・タイムズ社説の問いかけに、ニューヨーク大学准教授で、メディアブログ「プレスシンク」で知られるジェイ・ローゼン氏が、24本の連続ツイートで応えている。

そのアドバイスの第1点は、「挑発に乗るな」だ。

ニュースのアジェンダ(テーマ)設定をトランプ氏にさせてはいけない―そして、テーマ変更を好きなようにさせてもダメだ―そのやり方はよく知られている:怒りを掻き立てる行動、攻撃的な発言、見境のない、秩序を破壊するような振る舞いだ。トランプ氏は、かまって欲しがる幼児のようなものなのだ。その対処法のアドバイスは、無視しとけ!だ。

だが、米国大統領の言動を無視することによる影響は、無視できない。

特にそれが、地政学的な影響、あるいは人々への現実的な影響を与える内容だった場合、「トランプショー」だとわかっていても、無視するだけではすまない。

その顕著な例が、移民問題が切実な政治課題になっている中での、トランプ氏の「嫌なら国に帰れ」発言だ。

無視ができない場合のローゼン氏のアドバイス第2点は、「距離をおけ」だ。

その例として、ローゼン氏はCNNによる「ライブ中継見送り」を挙げる。

※参照:フェイクニュースに対抗する”スローニュース”とは?(02/04/2017

CNNはトランプ氏当選後、初のホワイトハウス報道官による記者会見をライブ中継することを見送り、その内容をファクトチェックした上で放送する、という姿勢を示した

そして現在も、トランプ氏の選挙イベントをライブ中継することは見合わせている、という。

これによってニュースは、トランプ氏が主役を務める「トランプショー」とは一線を画することが可能になる、という。

挑発には乗りたくない、しかしその言動を無視することも、無視することで容認してしまうこともできないなら、その時には、トランプ氏が主役となる報道と、その言動は報じるが主役はトランプ氏ではない報道を、切り分けることには意味がある。

VICEニュースのジャーナリスト、アントニア・ヒルトン氏は、その具体的な方法として、「国に帰れ」発言のワシントンでの反響を追うよりも、当事者である移民や法律専門家、さらには関連する訴訟への取材に時間を割いた、と述べている

●「真実のサンドイッチ」

ローゼン氏が示すアドバイスの3点目は「真実のサンドイッチ」だ。

これは、認知言語学者であるカリフォルニア大学バークレー校教授、ジョージ・レイコフ氏が提唱している考え方だ。

「トランプ氏はメディアを必要としている。そしてメディアは、彼の発言を繰り返すことで、その手助けをしている」というのがレイコフ氏の見立てだ。

その発言をニュースで取り上げ、見出しにし、ツイッターで拡散することで、その影響の増幅に貢献していることになる、と指摘する。

そこで、単に発言を繰り返し伝えるのではなく、(1)まず事実の全体像を提示する(2)その上でトランプ氏の発言を紹介(3)さらにトランプ氏の発言内容をファクトチェックする、という構成にすることを提案する。

「事実」「発言」「事実」というサンドイッチ型の構成だ。

ファクトチェックの課題として、逆に間違った情報への確信を強めてしまうことがあるという「バックファイアー効果」の問題がある。

その対処法の一つとされているのが、テーマの全体像を示し、ファクトチェックに文脈を加える、ということだ。

※参照:ファクトチェックの何がダメなのかを第一人者が指摘する(04/01/2017

ローゼン氏が、さらにアドバイスの4点目として挙げるのが「目くらましを見抜く」だ。

トランプ氏が極端な発言をする場合、そこに注意を引き付けることで、それに先立つ問題ある言動をうやむやにする狙いがある、とローゼン氏は指摘する。

新たな問題発言に飛びついて、ファクトチェックに取り掛かるのは、その「目くらまし」作戦に乗ってしまう危険もある、と。

ローゼン氏のアドバイスの5点目は、大統領選報道を「有権者の声を中心に」だ。

有権者の声に耳を傾け、地域の要望に目を凝らすことで、トランプ氏のアジェンダに惑わされることなく、扱うべきアジェンダは定まってくる、との指摘だ。

トランプ氏の挑発に乗ってはいけない。しかし、トランプ氏を無視してもいけない。ジャーナリストはその2択を超えた、もっとアジャイルでクリエイティブな選択肢が必要だ。

それこそが、この5つのアドバイスだと、ローゼン氏はいう。

●アジェンダを握る

アジェンダ、すなわちニュースの枠組みを握るのは、トランプ氏か、メディアか。

まずはその自覚が、ニュースを「トランプショー」にするかどうかの分かれ道になりそうだ。

(※2019年8月1日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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