Yahoo!ニュース

公開延期『ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』、原作に影響を与えたSF作品とは

加山竜司漫画ジャーナリスト
映画『ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』公式サイトトップページより

36年ぶりによみがえる『宇宙小戦争』

新型コロナウイルスの感染状況により、公開が延期された劇場版アニメ『ドラえもん のび太の宇宙小戦争2021』(シリーズ通算41作目)。本作は1985年に公開された『ドラえもん のび太の宇宙小戦争』(シリーズ通算6作目)のリメイク作品。原作は「月刊コロコロコミック」(小学館)1984年8月号から1985年1月号にかけて連載された藤子・F・不二雄による同名マンガである。

手のひらサイズの宇宙人・パピは、宇宙の彼方にある小さな星・ピリカ星の大統領であったが、ギルモア将軍の軍事クーデターに遭って亡命。宇宙を漂流した末に、地球でのび太たちと出会う。ギルモアの側近・ドラコルルの策略によってパピは囚われの身となり、のび太たち一行はパピを救うため、独裁者ギルモアの支配するピリカ星へと乗り込むことになる。

子供向けの『ドラえもん』シリーズとしてはストーリーのシリアス度が高く、さながらポリティカル・サスペンスのような設定といえる。

劇中の挿入歌『少年期』(武田鉄矢)も話題となり、現在でもファンから根強い支持を得ている作品だ。

『スター・ウォーズ』からの影響

タイトルの「宇宙小戦争」は「リトルスターウォーズ」と読む。映画『スター・ウォーズ』からの影響が感じられるが、藤子・F・不二雄が早くから『スター・ウォーズ』に熱中していた様子は、原作マンガからもうかがえる。

それが「天井うらの宇宙戦争」(てんとう虫コミックス19巻収録)という回だ。

リリパット星を侵略したアカンベーダーは、ジャイアンの家の天井うらに基地を建造して地球征服に乗り出す。その企みを知ったのび太とドラえもんは、ガリバートンネルをくぐって小さくなり、アーレ姫の家来・R3-D3の乗ってきた小型宇宙船に乗り込み、アーレ姫の救出に向かう。あらすじやキャラクターのネーミングからも、『スター・ウォーズ』のパロディとわかるだろう。

『スター・ウォーズ』シリーズの第1作目『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』の日本公開は1978年7月。「天井うらの宇宙戦争」の初出が「小学四年生」(小学館)1978年9月号(初出時のタイトルは「スペース・ウォーズゲームセット」)であることを考えると、『スター・ウォーズ』に感激した藤子・F・不二雄が、興奮冷めやらぬうちに「天井うらの宇宙戦争」を執筆したものと推測できる。

また、一読すれば、本エピソードが『のび太の宇宙小戦争』の雛型になっていることもわかるはずだ。

「ギルモア・イズ・ウォッチング・ユー」

町中のいたるところに設置されるようになった監視カメラ
町中のいたるところに設置されるようになった監視カメラ写真:rammy2/イメージマート

『のび太の宇宙小戦争』には、『スター・ウォーズ』以外にも、さまざまな作品へのオマージュがちりばめられている。

そのひとつが『1984年』だ。

『1984年』はジョージ・オーウェルによって1948年から執筆された近未来SF小説の金字塔(刊行は1949年)。1956年と1984年に映画化されている(1956年版は日本未公開)。

世界情勢にあわせて思い出されることが多い作品でもあり、2017年にアメリカでトランプ政権が発足した際、米通販最大手アマゾン・ドットコム(Amazon.com)の売り上げランキングで本作が1位になったのは記憶にあたらしい。

『1984年』の作中の世界はユーラシア、イースタシア、オセアニアの三地域に分割され、オセアニア真理省の記録局に勤務する主人公ウィンストン・スミスは、歴史記録や新聞の改ざんを命じられることになる。

町中に貼られたオセアニアの指導者ビッグ・ブラザーのポスターには、「BIG BROTHER IS WATCHING YOU(ビッグ・ブラザーが見守っている)」のスローガンが書かれている。このポスターは視線で動くものを追跡するようになっており、市民を監視する装置として機能しているのだ。この仕掛けは、公権力が市民を管理するディストピア世界の象徴として、SFファンに長く記憶されてきた。

『のび太の宇宙小戦争』では、ピリカ星のいたるところに独裁者ギルモアのポスターや肖像画が掲示されている。そこに描かれたギルモア将軍の目はカメラになっており、ピリポリス市民の動向を監視しているのだ。これが『1984年』を意識したアイデアであることは間違いないだろう。

1984年に執筆されたSF作品(『のび太の宇宙小戦争』)に『1984年』へのオマージュを盛り込むというのは、SFに造詣の深い藤子・F・不二雄らしい発想である。

『ドラえもん』は、世代をまたいで世界中で愛されている。子供に連れ添って劇場に足を運ぶ予定の親世代も大勢いるに違いない。

「どうして大人になるんだろう」と煩悶したかつての少年たちは、大人になったいま、荒廃したピリポリスやそこで戦う自由同盟の闘士たちに、どのような感想を抱くのだろうか。公開日の決定を、原作を読みながら待ち望みたい。

漫画ジャーナリスト

1976年生まれ。フリーライターとして、漫画をはじめとするエンターテインメント系の記事を多数執筆。「このマンガがすごい!」(宝島社)のオトコ編など、漫画家へのインタビューを数多く担当。『「この世界の片隅に」こうの史代 片渕須直 対談集 さらにいくつもの映画のこと』(文藝春秋)執筆・編集。後藤邑子著『私は元気です 病める時も健やかなる時も腐る時もイキる時も泣いた時も病める時も。』(文藝春秋)構成。 シナリオライターとして『RANBU 三国志乱舞』(スクウェア・エニックス)ゲームシナリオおよび登場武将の設定担当。

加山竜司の最近の記事