Yahoo!ニュース

「水木しげるを忘れないでほしい」 『悪魔くん』と『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』に流れる水木テイスト

加山竜司漫画ジャーナリスト
(C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会/(C)水木プロ・東映アニメーション

2023年11月9日から、Netflixで新アニメ『悪魔くん』の配信がスタートした。また、2023年11月17日からは、劇場版長編アニメ映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』が公開。

2015年に亡くなってから早8年、いまなお水木しげるは日本のエンタメシーンに大きな存在感を示し続けている。

なぜ水木作品は、世代を超えて愛され続けるのか。

水木しげる長女の原口尚子氏と、水木しげるの著作物・版権を管理する水木プロダクションの代表取締役・原口智裕氏に、水木作品の魅力と、水木作品を後世に伝えていくための展望をうかがった。

映像化作品に対する水木プロのスタンス

水木しげるの代表作のひとつ『ゲゲゲの鬼太郎』は、これまで合計6回にわたってTVアニメ化されてきた。このうち最新の第6期(2018年〜2020年にフジテレビ系列で放映)は、水木しげる没後に迎えた最初のTVアニメシリーズであった。

水木の生前と没後では、水木プロの映像化に対するスタンスに違いはあったのだろうか。

「水木が元気なときは『アニメは制作会社におまかせします』というスタンスでした。ですので、『鬼太郎』の第6期はその考え方を踏襲し、東映アニメーションさんに自由につくっていただきました。

これまで『鬼太郎』シリーズは、その時々で時代を反映したものをテーマとして取り上げてきたので、SNSが重要な要素となる現代では、迷惑系動画配信者とか、ヒカキンさんなんかも劇中に出てきましたね。

ただ、今回のNetflix版『悪魔くん』と劇場版『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』に関しては、シナリオの段階から、水木プロとしてもう少し主体的に作品に関わっていこうと決めました。というのも、今回は『水木しげる生誕100周年』という冠がつくからです。とくに『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は、鬼太郎が誕生する前の父たちの物語であり、いわば『ゲゲゲの鬼太郎』へと続く前日譚です。作品の重要な設定に関わる部分ですから、そこを外部におまかせしてしまうのは違うのかな、と」(原口智裕)

劇場版アニメ映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』より (C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
劇場版アニメ映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』より (C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会

他者と壁をつくらない“水木しげるらしさ”

主体的に制作に関与していくうえで水木プロが重視したのは「水木テイスト」であるという。水木しげるのファンであれば、水木作品ならではの独特な世界観に触れたときに、誰しもが“水木しげるらしさ”を感じるはずだ。

だが、その“らしさ”を言語化するのは、なかなか難しい。“水木しげるらしさ”の源泉はどこにあるのか。

「やはり根底には、水木の戦争体験があると思います。そのせいか、水木の作品には、どこか達観したような感じがあるんですよね。人の生き死にに対して。直接的に戦争を描いていない作品であっても、セリフの随所にそういった死生観のようなものが反映されていると感じます。私は貸本版の『河童の三平』が好きなのですが、この作品はその最たる例ではないでしょうか。

そして水木作品の魅力のひとつに、“人と人とのふれあい”があると思っています。『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』では、幽霊族の末裔である鬼太郎の父と、民間の血液銀行に勤めるサラリーマンの水木が、最初はソリが合わないけれど、徐々に関係性が変わっていきます。

『悪魔くん』でも、人間の埋れ木一郎と、悪魔の父と人間の母のあいだに生まれたメフィスト3世が人間関係を築いていく。自分とは違う他者と理解し合う、といった部分が、どちらの作品でもテーマになっていると思います。

水木自身、戦時中にニューギニアに出征したときに、現地の人と交流していますからね。トライ族の方々と仲良くなって、終戦時には『現地除隊をしてここに残りたい』と申し出たくらいです。『ラバウル10万人のなかで現地除隊を願い出たのはお前だけだ』と言われたそうですが(笑)。

水木は、民族や文化が違うからといって、相手と壁をつくらない人でした。“異文化との共生”は昨今の社会課題に挙げられますが、そういった言葉が生まれる前から、水木自身が体現していたことです。今回の『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』と『悪魔くん』には、そういった“水木らしさ”が表現されていると感じています」(原口尚子)

新アニメ『悪魔くん』より (C)水木プロ・東映アニメーション
新アニメ『悪魔くん』より (C)水木プロ・東映アニメーション

「水木しげるを忘れないでほしい」という願い

日本のアニメ業界では、『サザエさん』や『ドラえもん』や『ちびまる子ちゃん』のように、作者の死後も映像作品が制作し続けられている例が多い。『ゲゲゲの鬼太郎』6期、『悪魔くん』、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を通じて、水木しげる作品もまた、そこに名を連ねたといえる。このような状況下では、オリジナリティの担保が重要な課題となり、そこで果たす水木プロの役割は大きい。

「水木プロの企業理念……と言ったら大げさですけど、水木しげるという人物と作品を世界に広め、後世に伝えていくことを大きなテーマとして掲げています。まだ水木作品を見たことがない人たちに、どう認知してもらうか。

地上波で『鬼太郎』をやることは、水木作品に触れる機会を創出するという点で、すごく大きな意味を持ちます。アニメではじめて『鬼太郎』を目にしたお子さんたちが、新しいファンになってくれますからね。そこから興味を持って過去のシリーズを観たり、鬼太郎茶屋(東京都調布市深大寺のカフェ)に来てくれたり、水木しげるロードや水木しげる記念館(鳥取県境港市)を訪れたりしてくれます。

『鬼太郎』は各世代にアニメがあるおかげで、親子で共通の話題として盛り上がれるんですよ。アニメを入口として、さまざまな水木しげる作品に触れていってほしいです。『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』はホラーテイスト(PG12)な作品ですが、親子愛とか家族愛といった要素が重要なテーマであり、原作へのリスペクトも強く感じられるので、観ていただければ伝わる部分もあるんじゃないかと思います」(原口智裕)

「『悪魔くん』はNetflixでの配信なので、日本だけでなく、全世界で配信されます。宗教観や文化の違いから、配慮する点も多くてたいへんでしたが、制作陣が水木の意思を汲み取ろうとがんばってくれました。

じつはこの企画の立ち上げ時には、プロデューサーら制作陣は荒俣宏先生からレクチャーを受けているんです。荒俣先生は悪魔や魔法について詳しく教えてくれただけでなく、『水木サンは絶対にこの本を読んでいたと思います』と、資料の提示までしてくれたんですよ。制作陣が熱心に水木のエッセンスを取り入れてくれました。

なおかつ、アクションシーンもすごく斬新で、悪魔くんこと埋れ木一郎とメフィスト3世のバディものになっていて、若い人からも受け入れられるような作品になったと思います。

この作品をきっかけに、水木の本を読んだり、水木しげるという人間を好きになっていただけたら嬉しいですね。

大元にあるものは、やっぱり水木が描いたものなので、それを大事に守っていこうという意識があります。水木しげるの名前と業績を残し、ファンを増やしていくこと。それこそが水木プロの唯一の目標です。

水木しげるを忘れないでほしいです」(原口尚子)

水木しげる長女の原口尚子氏(左)と、(株)水木プロダクション代表取締役の原口智裕氏(右)(著者撮影)
水木しげる長女の原口尚子氏(左)と、(株)水木プロダクション代表取締役の原口智裕氏(右)(著者撮影)

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります】

漫画ジャーナリスト

1976年生まれ。フリーライターとして、漫画をはじめとするエンターテインメント系の記事を多数執筆。「このマンガがすごい!」(宝島社)のオトコ編など、漫画家へのインタビューを数多く担当。『「この世界の片隅に」こうの史代 片渕須直 対談集 さらにいくつもの映画のこと』(文藝春秋)執筆・編集。後藤邑子著『私は元気です 病める時も健やかなる時も腐る時もイキる時も泣いた時も病める時も。』(文藝春秋)構成。 シナリオライターとして『RANBU 三国志乱舞』(スクウェア・エニックス)ゲームシナリオおよび登場武将の設定担当。

加山竜司の最近の記事