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シリア「ISの53人住民殺害」にシーア派民兵の犯行説 地元部族が非難声明、”隠れた戦争”と新たな危機

川上泰徳中東ジャーナリスト
シリアのスフナでシーア派民兵に虐殺された住民の葬儀としてSNSで拡散している画像

■独立系メディアには「シーア派民兵が虐殺」

 シリア中部の都市ホムス郊外の町スフナの砂漠で「カマー」(トリュフ)を採取していた住民53人が2月17日に「イスラム国」(IS)の攻撃で死亡したと国営シリア・アラブ通信が報じ、日本でもニュースとして流れた。トルコ南部での大地震でシリア北部も被災した混乱に乗じて、ISが勢力を拡大しようと動いているととらえる専門家の見方も出たが、現地の独立系メディアにはアサド政権を支援するイラン革命防衛隊傘下のシーア派民兵組織の仕業という情報がでている。20日には多くの犠牲者を出した地元の有力部族の非難声明がSNSで拡散した。

 発端はシリア国営通信の「スフナでカマーを採取していた住民53人がISの攻撃で殺害」という報道だ。記事では遺体が運び込まれた現場近くのパルミラ病院の院長が国営通信に「53体の遺体が病院に運ばれ、検視の結果、頭を銃撃されていることが分かった」と語ったとある。襲撃をISの仕業とする根拠としては、「生存者の一人が国営通信記者にISメンバーが来て、住民の車に火をつけた、と証言した」という件りがあるが、事件の詳細は出ていなかった。

 短い記事であるが、久しぶりのISによる重大なテロということで、ロイターやAFPなどもシリア国営通信の報道を転電して、世界に流れた。国営通信の記事だけではあまりにも情報が少ないので、私はISの動きに関わる詳しい情報を知りたいと考えて、シリアの独立系メディアでスフナでの虐殺事件の背景を調べた。シリアの独立系メディアは2011年にシリア内戦が始まった後、アサド政権の統制から外れた反体制勢力の支配地域でいくつも生まれた、インターネットのアラビア語ニュースサイトである。多くは反政権であるが、同時に反ISでもある。

 インターネットを検索すると、私が見ただけでも事件翌日の18日の時点でバラディーニュース、アルムドン、ラジオ・クル、スフナ・ハダスなど、複数のニュースサイトに「現地情報」として、スフナで住民53人を殺害したのは「イランの民兵組織ファティミユーン部隊」だという記事が出ていた。イラン内戦でアサド政権を支援しているイラン革命防衛隊の傘下にあるアフガニスタン人がつくるシーア派の民兵組織である。独立系メディアの記事には、今回、虐殺事件があったスフナ周辺はファティミユーン部隊が支配しているという記述もあった。

 独立メディアの一つ「アルムドン」の記事では、「イランの民兵組織がカマー採集の労働者53人を殺害。中に政権軍の関係者も」という見出し。記事では住民が語った情報として、「イランの革命防衛隊に従っているファーティミユーン部隊の民兵が、スフナのバディヤ地区で、グループになってトリュフの採集作業をしていた数十人の民間人に向けて、機関銃を撃って攻撃した。彼ら民間人はパルミラの軍治安部隊と連携しているスフナの商人たちに従っていた」と書いている。

 ニュースには、殺害されたのはスフナの商人に雇われたカマーを採集する作業をしていた労働者たちであるとか、その商人が地元の治安部隊と連携しているというような国営通信にない具体的な独自情報が入っていて、独自に取材や情報収集をしたものだと分かる。「カマー」は中東の砂漠地帯で2月、3月に砂漠に出てくる天然のキノコで「砂漠のトリュフ」と呼ばれて高い値段で取り引きされる。スフナは上質のカマーの産地として知られ、この時期に商人が労働者を雇って砂漠でカマー採集をするということだろう。

 スフナがあるホムス県はバニ・ハーリドというサウジアラビアに起源をもつ伝統的なスンニ派部族の拠点である。スフナは首都ダマスカスからシリア東部の油田地帯デルゾールを結ぶ重要な拠点で、2015年から17年までISに支配されたことがある。2019年3月に政権軍がISから奪回した後も、砂漠地帯にはISの残党が残っている。スフナの商人たちは安全対策として地元の治安部隊に護衛を頼んでいるということであろう。虐殺の死者の中に、政権軍の軍人がいるというのは、カマー採取の商人や労働者を護衛していた地元の治安部隊のことと推察される。

■「閲覧注意」でトラックに重なる虐殺の遺体

 住民殺害はシーア派民兵組織によるものとしている独立系メディアの報道では、砂漠に数十人の人びとがいる短い動画やトラックが燃えている動画などが出ているが、17日付のシリア国営通信のIS犯行説を否定する決定的な情報とまでは言えなかった。ところが、地元のスフナの独立系ニュースサイト「スフナ・ハダス」に「バニ・ハーリド部族の犠牲者の多くの家族たちがイランの民兵が虐殺を行ったと確認した。犠牲者は野外で殺害され、中には親類らの眼前で殺害されたものもいるという」と地元部族の遺族の証言が出ていた。

 記事ではシーア派民兵による虐殺について、「シーア派民兵はスフナのバディア地域を支配し、そこに民間人が立ち入ることを望まない。この虐殺は政権の統治が及ばず、政権が関知しないところで起きた」と書いている。

 記事で部族の証言を支えるのが、記事についている「閲覧注意」の但し書きのある動画である。動画を開くと大型トラックの荷台の後ろ枠板が前面に開き、荷台の中が見えてくる。最初に人間の足が10本ほど重なっているのが見える。続いてカメラは荷台の奥に向けられ、30人ほどの血だらけの遺体が頭を車の前方に向けて折り重なっているのを上から写す。遺体のほとんどは私服の民間人男性であり、ジーンズをはいた若者も含まれる。迷彩柄のズボンをはいた軍人か治安部隊員と見られる一人の男性の遺体も確認できた。

 遺体には頭部の後ろに弾痕のような跡が残るものもあり、顔や頭に血が流れている凄惨な動画だが、地震で崩れた瓦礫から救出された遺体や爆弾テロや空爆の犠牲者のような遺体の損傷は見受けられない。その点からも銃撃で殺害されたという今回の虐殺事件の犠牲者の遺体と考えられる。トラックで遺体を回収した犠牲者の家族や部族の関係者が証拠映像として撮影したものであろう。

 この動画は「スフナ・ハダス」が「犠牲者の部族の多くの家族たち」から証言をとっている過程で直接入手したものであると考えられる。この映像と合わせて、イラン革命防衛隊傘下のアフガニスタン人のシーア派民兵組織が虐殺を行ったという情報が出ているのは信憑性が高いと考えるしかない。

■地元のスンニ派部族が「非難声明」

 さらに20日になって「ソート・シャバーブ(青年の声)メディア」というツイッターサイトに、虐殺の犠牲者を出したバニ・ハーリド部族の非難声明(写真)が掲載された。声明は2月18日付で、「バニ・ハーリド部族総務委員会」の名前で出され、次のような内容である。

 「我々はバニ・ハーリド部族のメンバーである。我々はシーア派の民兵組織『ファティミユーン部隊』が犯した醜悪な虐殺に対して激しく非難する。部隊はスフナ郊外でイラン革命防衛隊の指揮下にあり、カマーを採集していた民間人に75人近い死者を出した、その多くはバニ・ハーリド部族である。

 バニ・ハーリド総務委員会は犠牲となった部族メンバーや若者たちに哀悼の意を表明する。

 我々は国際社会や国際組織に対してアサド政権とイラン革命防衛隊の責任を問うように求める。我々自身がこの醜悪な虐殺の責任者の責任を追及する。」

SNSで拡散しているバニ・ハーリド部族の「総務委員会」の名前で、スフナで起きた住民虐殺をシーア派民兵組織の犯行として非難する声明。
SNSで拡散しているバニ・ハーリド部族の「総務委員会」の名前で、スフナで起きた住民虐殺をシーア派民兵組織の犯行として非難する声明。

 この声明では死者の数は当初の53人よりも増えて75人としている。強い非難の声明文の下に、バニ・ハーリド部族総務委員会の印章が押されている。この事件の後、いくつもの白布にくるまれた遺体が並ぶ前で部族関係者が集まる葬儀の写真や、遺体とともに埋葬のために墓地に向かうという群集の動画もアップされ、すべてに「イラン系の民兵組織による虐殺」の説明がついていることから、地元部族がそのようにとらえていることは間違いないようだ。

 スフナは2017年からアサド政権の支配下にあり、今回、死者を出した地元のスンニ派部族も政権支持を表明している。地元の治安部隊も、部族の人間で構成されている。虐殺が国営通信は報じたようにISの仕業であれば、地元の部族は躍起になって否定するだろうが、そのような様子はない。

 逆にアサド政権がシーア派民兵組織をかばうかのように、虐殺をISの仕業として国営通信に報道させたことが、地元部族の怒りを買い、反政権の独立系メディアへの情報提供や現場の映像などが次々と流れていることが推察される。

 スフナのファティミユーン部隊については、一か月前の今年1月18日付のシリア独立系ニュースサイト「アイン・アルフラート」に「ファティミユーン部隊がホムス県の砂漠地帯で軍事兵站拠点を強化」とする記事が出ていた。「ホムス県の東部スフナ郊外の元警察署に本拠を置くアフガン人のファティミユーン部隊が武器や弾薬の貯蔵を増やし、野戦病院や戦闘員の住居などを拡充させている」と報じている。その記事の最後に、「シリア砂漠の奥深く、スフナとパルミラの間にファティミユーン部隊が拠点をおく重要性は、イラクからシリア砂漠を通って武器が運び入れられ、そこからシリアの他の地域に運ぶためである」としている。

■アサド政権を救ったイランの革命防衛隊

 シリア内戦の大きな構図を考えれば、アサド政権は内戦当初、反体制勢力の攻勢を受けて一時は危ない状況もあったが、それを軍事的に救ったのはイランの革命防衛隊の支援だった。革命防衛隊の指令のもとで、レバノンのヒズボラ、イラクのシーア派民兵が前線に送られ、兵士不足で劣勢だった政権軍を挽回に向かわせた。イランにいるアフガニスタン難民でつくるファティミユーン部隊も送り込まれた。シリアでの同部隊の人数については、米中東研究所のリポートでは、1万人から2万人の間と推測している。

 シリア東部のISは2017年にISのシリア側の都ラッカが米軍が支援するクルド人主体のシリア民主軍(SDF)が制圧し、一方、アサド政権軍はイラン革命防衛隊の支援を受けて、スフナ奪回に続いてシリア東部のデルゾールもISから奪還した。

 政権は首都ダマスカスからパルミラ、スフナ、デルゾールを結ぶ東部・中部の支配を奪回した訳だが、その後も、イラン革命防衛隊で海外作戦を担当する「クドス部隊」の指揮下にあるレバノン、イラク、パキスタン、アフガンのシーア派民約15000人が地域に留まっているとされる。東部でのアサド政権の支配を支える意味もあるが、イランにとっては、イランからイラクを経由して、シリアに入る武器・兵器の運搬ルートを確保して、「シーア派三角地帯」とも言われるイスラエルに対抗するイランの勢力圏の生命線を守ることにもある。

■虐殺現場は、ISとシーア派民兵の「隠れた戦場」

 この構図の中で、重要拠点のスフナに本拠を置いているのが、アフガン・シーア派民兵のファティミユーン部隊である。虐殺の遺体の動画を公開したスフナ・ハダスのサイトに2022年7月にスフナの砂漠地帯からの現地リポートが出ている。それによると、スフナの周辺のシリア砂漠で、ISが土地の利を得て、勢力を盛り返し、政権軍やシーア派民兵との「隠れた戦場」となっているという。

 記事によると、スフナの砂漠地帯で2022年春から7月までの4か月間で、政権軍とシーア派民兵90人がISによる奇襲攻撃や仕掛け爆弾で死んだとし、襲撃を受けて破壊された車両や、イラン革命防衛隊のクドス部隊のアラビア語文字がついた上着を来た遺体の写真がついている。砂漠地帯ではロシア空軍によるIS拠点に向けた空爆も行われているという。

 今回の虐殺事件の背景として、スフナ郊外の砂漠地帯で日常的にISとシーア派民兵の抗争が繰り返されている危険地帯で、これまでも砂漠に入った民間人が、IS、シーア派民兵の双方から殺害されたり、拘束されたりする例が続いていた。スフナ・ハダスの記事には「政権軍は幹線道路から2,3キロ砂漠に入ることもできない」とある。今回は、砂漠のトリュフ採取の時期で、大勢の現地住民が砂漠に出たところで、事情を知らないシーア派民兵組織がISの襲撃と勘違いして攻撃したということだろう。

■シリアのスンニ派住民が「イランの占領」への怒り

 スフナ・ハダスの記事で、「この虐殺は政権の統治が及ばず、政権が関知しないところでおきた」と書いているのは、政権に責任がないと言っているのではなく、地域でシーア派民兵の横暴を許し、虐殺が起きても隠蔽しようとするアサド政権の無責任さへの批判と考えるべきだ。実際にツイッターでは「アサドはシリアとシリア国民をイランに明け渡した裏切者」というスフナ出身の部族関係者のツイートも出ている。

 この虐殺事件は今後、シリアの多数を占めるスンニ派住民・部族とイラン系シーア派民兵の対立激化へとつながる危険性がある。虐殺事件に関連してツイッターで「#民兵の犯罪とイランの占領」というハッシュタグがついているのが目についた。シリア中・東部のスンニ派地域でイラン革命防衛隊傘下のシーア派民兵が勢力を張っていることを「占領」ととらえている。スンニ派住民のシーア派民兵に対する怒りが、ISへの支持や支援を強める方向に動く可能性もあり、今後のシリア情勢の不安定化の要因となるだろう。

※タイトル写真の出典

https://www.facebook.com/hona102/photos/a.1129224923790955/5995823060464426/

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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