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イスラエルのガザ攻撃の背景と今後の展望:ハマスの狙いは何か? パレスチナ危機は中東危機の前触れか?

川上泰徳中東ジャーナリスト
ガザで続くイスラエル軍による空爆。死者が200人を超えた。(写真:ロイター/アフロ)

 イスラエルとパレスチナのガザ地区を支配するイスラム組織ハマスとの間で5月10日に始まった攻撃の応酬は19日で10日となり、イスラエルがガザに激しい空爆を加えて、ガザでの犠牲者は200人を超えた。イスラエル側の死者は9人。いきなり噴き出したイスラエル・パレスチナの武力対立の背景や、ハマスの意図、昨年、アラブ世界で続いたイスラエルと国交正常化との関係など、事件の背景と今後の展望を読み解いた。

 5月15日、ハマスの政治部門トップのハニヤ氏はカタールの首都ドーハから演説し、「我々はガザについては何も要求してない。我々がこの戦いに身を投じたのは聖地エルサレムを守るためだ。我々のカッサーム部隊はテルアビブにロケットを撃ち込んだ。敵はF16戦闘機で、我々の子供たちと女性たちを殺戮している」と訴えた。その時、イスラエルによるガザ空爆は6日目ですでにガザで145人の死者が出ていた。そのうち、子供が41人、女性が29人を数えた。

ガザ攻撃について演説するハマスの政治部門のトップのハニヤ氏
ガザ攻撃について演説するハマスの政治部門のトップのハニヤ氏写真:ロイター/アフロ

 ハニヤ氏の演説はカタールのアラビア語衛星放送アルジャジーラでライブ放映され、その映像は、いまも動画サイトYOUTUBEに16日に20分間の動画としてアップされ、18日までの3日間で60万回視聴された。一方、5月13日にパレスチナ自治政府のアッバス議長がエルサレムとガザの状況について語った11分間の演説もYOUTUBEでアップされたが、こちらは6日間で8万回の視聴にとどまっており、アラブ世界での関心の差が歴然と出ている。

 ガザのハマスがイスラエルに向けて150発のロケットを撃った5月10日は、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが東エルサレムを占領したことを記念する「エルサレムの日」だった。東エルサレムにはイスラム、ユダヤ教、キリスト教の3つの宗教の聖地が集まるエルサレム旧市街がある。5月10日はイスラム教徒にとっては聖地であるアルアクサ―・モスクを占領された日ということになる。

 その3日前の7日は、イスラムの断食月ラマダンの最後の金曜で、アルアクサ―・モスクに礼拝に集まったパレスチナ人の群衆と、モスクの周りに集結していたイスラエル警察との間で衝突が起きた。その衝突でパレスチナ人200人以上が負傷した。パレスチナ側はイスラム聖地に対するイスラエルの攻撃として非難した。聖地での衝突の背景に、東エルサレム郊外のシェイク・ジャッラ地区でパレスチナ人がイスラエルの裁判所から立ち退きを命じられ、パレスチナ住民の抗議が続いていたことがある。

エルサレムのイスラム聖地アルアクサ―・モスクの脇で続くパレスチナ人とイスラエル警察の衝突
エルサレムのイスラム聖地アルアクサ―・モスクの脇で続くパレスチナ人とイスラエル警察の衝突写真:ロイター/アフロ

 ハマスがガザからイスラエル国内に向けてロケットを撃ったのは、2014年のイスラエル軍による大規模侵攻以来初めてのことで、ハマスはこれまでに1500発のロケットを撃ったとされる。ハマスは7年間、ロケットを秘密に製造し、蓄積し続けていたわけで、今回のロケット攻撃は、ハニヤ氏がいうように聖地エルサレムハ問題が浮上したタイミングを狙ったものだった。

 今回、アクサ―・モスクが立つ「神殿の丘」(アラブ名はハラム・シャリーフ=高貴の聖域」で、パレスチナ人とイスラエル警察の衝突が起こったが、同様の衝突は、2000年9月に当時のシャロン首相が神殿の丘に立ち入った時に起き、それが第2次インティファーダ(民衆蜂起)となった。今回もハマスは、衝突がアクサ―モスクから始まって、東エルサレムやヨルダン川西岸に広がるインティファーダを訴えている。だからこそ、イスラエル軍のガザ空爆に対して、ハニヤ氏が「エルサレム防衛」を強調している。

 ハマスが今回、一気にロケット攻撃を激化させた背景には、アッバス議長が5月下旬に予定していた15年ぶりの自治評議会選挙を急遽延期したことがあろう。前回の2006年の評議会選挙にハマスが議席の過半数を抑えて、ハニヤ氏を首相とするハマス自治政権が生まれた。欧米や国連がハマス政権を認めなかったため、ガザだけが2007年以来、ハマス支配となり、西岸はアッバス議長が率いるファタハが主導する自治政府が抑えて、パレスチナは分裂した。イスラエルはそれ以来、現在にいたるまで15年間、ガザに経済封鎖を敷いている。ハニヤ氏が「ガザについての要求はない」というのは、経済封鎖の解除が目的ではない、という意味である。

 アッバス議長が選挙を延期したのは、ハマスが勝利するという予測がでたためではないかという見方もある。ひとたび延期されれば、いつ実施されるか分からなくなる。もし、予定通り選挙実施で準備が続いていれば、エルサレムで衝突が起こったとしても、状況を決定的に悪化させるようなロケット攻撃には出なかっただろう。ハマスが堰を切ったようにロケット発射を始めた背景には、選挙延期でハマスの政治部門が後退し、軍事部門が表に出てきたことが伺われる。

パレスチナ自治政府のアッバス議長
パレスチナ自治政府のアッバス議長写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 2004年にハマスの創設者であるアフマド・ヤシーン師がイスラエル軍のミサイル攻撃で暗殺された後、政治部門と軍事部門を束ねる存在はなくなり、政治部門と軍事部門は独自の指揮系統で動いている。政治部門トップのハニヤ氏が軍事部門に指令を与える立場にはない。選挙や交渉など、政治的な動きが続いていれば政治部門が仕切るが、衝突が始まるなど軍事的な状況になれば、軍事部門が独自で軍事行動をとり、政治部門は広報的な役割を担う。自治評議会選挙実施で動いている時はハニヤ氏が率いる政治部門が主導的に動いていたが、選挙が延期され、エルサレムで衝突が始まった時点で、軍事部門が大規模なロケット攻撃を実施することを決めたということであろう。

 今後、注視しなければならないのは、この衝突が第3次インティファーダとしてヨルダン川西岸でもパレスチナ人とイスラエル軍の衝突が広がるがどうかである。

 穏健派のアッバス議長としてはパレスチナ警察・治安部隊で民衆のデモを抑えるしかなくなる。しかし、警察・治安部隊はファタハの軍事部門から来ており、「パレスチナ解放」「エルサレム奪還」というスローガンを叫ぶ民衆のデモを制圧することには抵抗がある。ファタハは政治部門が軍事部門に指令を与える形だが、穏健派のアッバス議長には軍事部門を掌握する力は弱いとされる。パレスチナ警察が自治政府の指令を無視して、民衆デモの側に立ってイスラエル軍と交戦する動きが広がれば、アッバス議長も現在の自治政府も存続は難しくなるだろう。

 アッバス議長はファタハの中の最穏健派で、2013年にイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)との間で調印されたパレスチナ暫定自治協定(オスロ合意)のパレスチナ側の推進者だった。議長としては2011年に国連加盟申請をするなど、外交面で活発に動いてきた。一方で、東エルサレムと西岸で、ユダヤ人入植地が拡大していく中でも、演説で批判するだけで、イスラエルとの対立は避けてきた。

 トランプ前大統領の時に、米国は2017年にエルサレムをイスラエルの首都と認定し、18年5月には駐イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転させた。さらにトランプ大統領は2020年1月、イスラエルがほとんどのユダヤ人入植地を含む西岸の30%を併合することを認める内容の中東和平構想を発表した。そのような一連の反パレスチナ政策にも関わらず、20年8月にアラブ首長国連邦(UAE)がイスラエルとの国交正常化で合意したのを皮切りに、9月にバーレーン、10月にスーダン、12月にモロッコと正常化の動きが続いた。このような動きは、アッバス議長が得意とした外交面での完全な敗北だった。

 イスラエルにとってはアッバス議長のようにイスラエルの治安を脅かさない穏健派で、外交面でも、国際社会も、アラブ世界も動かすことができない指導者が、最善の存在である。エルサレム問題を発火点としてパレスチナ人を第3次インティファーダにけしかけるハマスの動きは、速やかに火消しをしなければならない、ことになる。

 ハマスはイスラエルにロケット攻撃すれば、イスラエルが空爆に出て、侵攻もあることは、2008年12月―09年1月、2012年、2014年と繰り返されたイスラエルのガザ攻撃の経験から、当然、予想していただろう。最も犠牲者が大きかった2014年の侵攻は50日間で2100人以上が犠牲になった。犠牲者の7割は民間人。この時に地上戦ではハマスはガザの内部やイスラエルとの境界地帯に、無数のトンネルを掘って、戦士を移動させて、イスラエルの地上部隊に奇襲をかけるなどの戦法をとり、1日でイスラエル兵13人が死んだ日もあった。イスラエル軍の死亡は67人だった。

イスラエル・パレスチナの衝突激化 ガザ攻撃続く
イスラエル・パレスチナの衝突激化 ガザ攻撃続く写真:ロイター/アフロ

 ハマスとしてはイスラエルの空爆で死傷者の大半が民間人であることは最初から織り込み済みであろう。広さ360平方キロに200万人以上の人口が暮らす過密状態のガザで、空爆は国際的なメディアが注視する中で行われ、民間人の犠牲が増えれば、イスラエルに対する国際的な批判となる。現に、イスラエル軍のミサイル攻撃でアルジャジーラやAP通信が入っているビルが崩れ落ちる場面も映像として世界に流れた。

 一方、ハマスの軍事部門の戦闘員はガザでも表には出てこない秘密組織である。戦闘員は家族にさえ知らせず、戦闘が始まれば、姿を消して、秘密の拠点に身を潜そめ、イスラエルとの地上部隊に備える。イスラエルがいくら空爆を続けても、ハマスの軍事部門を無力化することはできない。もちろん、イスラエルはそれを織り込み済みで、ハマスに圧力をかけ、民衆のハマス離れを狙って、空爆を激化させる。その意味では、ハマスもイスラエルもパレスチナの民間人の犠牲を弄んでいる。

 エルサレムでの聖地での衝突を期にハマスが大規模なロケット攻勢に出た狙いは、自治政府だけでなく、アラブ・イスラム世界の世論を揺さぶる狙いもあるだろう。

 カタールにいるハマスの海外部門トップのハーリド・メシャアル氏の31分間のインタビューがロンドンに拠点を置くアラビア語テレビ「アルアラビ」で16日に放映され、YOUTUBEにアップされた。これも3日間で27万回の視聴で、アラブ人の関心の高さを示している。メシャアル氏が訴えたのは、ハニヤ氏と同じく「聖地エルサレムの奪回」のためにパレスチナ人が抵抗運動に立ち上がったという点である。

ハマスの海外部門トップのメシャアル氏
ハマスの海外部門トップのメシャアル氏写真:ロイター/アフロ

 司会者は最後に「昨年、アラブ諸国がイスラエルと外交正常化したことをどう見ているのか」と質問したのに対して、メシャアル氏はこう答えた。

 「アラブの国でイスラエルと国交正常化するのは様々な理由があるだろう。しかし、国交正常化した国々は、イスラエルの真実を知ることになる。イスラエルと正常化してもその敵対行為が終わることはない。そのような国々は、いま、イスラエルのガザ空爆で死んでいる犠牲者たち、子供たちに対して何というのか、エルサレムのアルアクサ―・モスクに対して何というのか。もし、あなたたちに尊厳があるならば、国交正常化をすぐに停止すべきである」

 メシャアル氏はハマスの対外関係の責任者とみなされるが、アラブ人に訴える弁舌の巧みさではハマスの指導者の中でも群を抜いている。アルアクサ―・モスクはパレスチナ人だけの聖地ではなく、イスラムの聖典コーランにも名前が登場するイスラム世界全体の聖地である。メシャアル氏は今回の出来事について、異教徒のユダヤ人によるイスラム聖地への敵対行為としてアラブ・イスラム世界に訴える論法であり、アラブの民衆に訴えることで、国交正常化した国々に対する圧力をかける狙いである。

2020年9月にホワイトハウスでトランプ大統領の主催で行われたイスラエルとUAE,バーレーンとの国交正常化合意の調印式
2020年9月にホワイトハウスでトランプ大統領の主催で行われたイスラエルとUAE,バーレーンとの国交正常化合意の調印式写真:ロイター/アフロ

 昨年のイスラエルとの国交正常化はどのアラブの国も、権力者がトランプ前大統領の圧力を受け、独断で決断したもので、バーレーン、スーダン、モロッコでは反対する市民のデモがあった。UAEは強力に反対派を抑え込んでいる。今回のパレスチナ危機は、イスラエルとの国交正常化した国の決断を問い直す契機となる。これまでのパレスチナ危機が中東危機の前触れとなっており、パレスチナとイスラエルの問題と軽視するわけにはいかないだろう。

 1987年に始まった第1次インティファーダの後、1990年にイラクのサダム・フセイン大統領(当時)がクウェートに侵攻し、国連安保理の撤退要求に対して、イスラエルがパレスチナの占領地から撤退することを条件とした「パレスチナ・リンケージ論」を唱え、パレスチナとアラブの民衆の喝采を浴びた。

 2000年9月に第2次インティファーダが始まった翌2001年9月に、イスラム過激派組織アルカイダによる米同時多発テロ事件があり、その事件の一か月以後にアルカイダを率いたビンラディンは声明を発表し、イスラエル軍戦車がヨルダン川西岸の町を攻撃しているのに、アラブ世界からは声も上がらず、動きもない、と批判した。

 2008年12月から09年1月にかけてのイスラエルへのガザ侵攻では1400人のパレスチナ人が死んだ。当時、ガザの南側に接するエジプトは、検問を開かず、ムバラク大統領にはイスラエルも攻撃に加担しているという批判がアラブ世界からでた。2年後の2011年の「アラブの春」で「尊厳の回復」は政権打倒を唱えた若者たちのスローガンの一つとなった。

 パレスチナ人の受難が中東危機を引き起こすとはいえないかもしれないが、為政者を脅かす中東危機が起こった時に、パレスチナ人の受難に対してアラブの為政者たちが動かなかったことが、支配の正当性の問題として突き付けられることになる。

 今回、サウジアラビアは16日に急遽、ガザ攻撃でイスラム協力機構(OIC)のオンライン緊急外相会議を招集し、イスラエルによるガザ攻撃を「最も強い言葉で非難する」とする共同声明を採択した。サウジはイスラエルと関係正常化はしていないが、実質的支配者のムハンマド皇太子が昨年11月、ネタニヤフ首相と秘密会談したことが報じられ、イスラエルとの間で非公式の関係を構築していることは広く知られている。

 先のメシャアル氏のインタビューでは、パレスチナ側に立って動いている国として、エジプト、カタール、トルコ、ロシアの名前が何度も上がったが、サウジの名前は一度も出てこなかった。そのサウジがOIC緊急会議の開催を主導したことは、エルサレムの衝突とガザ攻撃で民衆の不満が噴き出すのを恐れたとみられるが、ムハンマド皇太子はUAEやバーレーンの国交正常化を後押ししている人物とみられているだけに、今後のパレスチナ情勢によっては批判をうけることになりかねない。

 民主主義がなく、民衆の声が政治に反映されないアラブの国々は、国民の間では異論も強いイスラエルとの国交正常化も、権力者の独断で行うことができる。しかし、今回のエルサレムやガザのように、イスラエル軍がイスラムの聖地を攻撃し、同胞を殺戮する状況になると、国民の不満が高まり、次の中東危機の種がまかれることになりかねない。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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