Yahoo!ニュース

「メッシ、PSG入り」を巡って

川端康生フリーライター
(写真:ロイター/アフロ)

 メッシのパリ・サンジェルマン(PSG)への入団が正式に発表されました。

 ネイマール、ムバッペ、セルヒオ・ラモス、ディ・マリア……とただでさえスター軍団だったPSGは「至宝」も加わり、ますますドリームチームになります。

 ちなみに契約2年、年俸約45億円(推定・以下同じ)。

 夕方テレビを見ていたら「45億円!すごい!」とアナウンサーが興奮していましたが、ちょっと違う気がします。

 安いです。メッシは6月末でバルセロナとの契約が満了していたので移籍金「0」。むしろ激安です。

残れなかった理由

 以前から噂されていた「バルセロナ退団」が発表されたのは、日本が東京五輪に没頭していた8月6日でした。

 バルセロナ会長が記者会見し、「とても悲しい。メッシも『残りたい』と言ってくれていたのだが」と明かしました。

 メッシはアルゼンチン人ですが、13歳でバルセロナに入団。以後、ずっとバルサでプレーしてきました。本当に「残りたかった」し、「残したかった」と思います。

 それなのに、なぜこんなことになってしまったのか。

 わかりやすい理由は、ラ・リーガの「サラリーキャップ制度」。

 サラリーキャップは、もともとは「戦力の均衡」のために始まったルールです。平たく言えば「お金持ちのチームが他を圧倒する戦力を集めて、いつも優勝する」ことを避けるため「年俸上限」を設けた。

 色んなチームに優勝のチャンスがあるようにすることで、リーグ全体を盛り上げ、人気と利益を最大化しようという考え方です。

 実際、NFLでは制度導入後、かつてのような“黄金時代”を築くチームは現れなくなりました(「巨人9連覇」に例えた方がわかりやすいのかも)。

 もっとも近年のサラリーキャップは、「クラブ(球団)経営の健全化」の意味合いが強くなっています。過大な投資をして経営破たんを起こすような事態を招かないためです。

 ラ・リーガにもこの制度が2013年から導入されています。年俸総額の上限が(クラブ収入ごとに)決められるのです。

 バルサの場合、だいたい800億円程度だったはずですが、そこにコロナ禍が起き、クラブ収入が減った結果、来季は上限額が200億円台に下がる。

 つまり人件費削減は必須だったのです。

 加えて欧州サッカー連盟(UEFA)の「ファイナンシャル・フェアプレー制度」もあります。説明は省きますが、日本のサッカーファンならJリーグの「クラブライセンス制度」をイメージしてもらえばいいと思います。

 バルセロナは高額選手獲得による法外な出費と、その会計処理の杜撰さもあり、そもそも多額の負債を抱えているので、こちらの制度にも抵触する危険性もありました(負債総額2000億円以上というような数字も出ていたと思います)。

 要するに、ルール的にも、財布的にも、バルセロナがメッシを保有し続けることは不可能だったということです。

 バルセロナはタダでもメッシを手放すしかなかったのです。

ビッグクラブ連合×UEFA

 個人的に興味深かったのは、激安で手に入れたのがPSGだったことです。

 PSGは2011年にカタールの政府系ファンドが筆頭株主となり、以後、積極的な投資でスター選手を獲得。世界トップクラスの裕福なサッカークラブになりました。クラブの会長も、やはりカタールのメディアグループCEOが務めています。

 そして、このメディアグループ、会長自身がUEFAの委員も務めており、その”蜜月関係”から欧州チャンピオンズリーグ(CL)の放映権も持っています。

 ここで思い出してほしいのは今春頓挫したスーパーリーグ構想です。あれはUEFAによる利益独占に異を唱えたビッグクラブ連合の、いわばクーデター計画でした。

 そして結果としてビッグクラブ側は敗れ、UEFAが勝利した。

 そんな視点で見ると、今回のメッシを巡る一件も、ビッグクラブ連合の中心メンバーだったバルセロナが敗れ、UEFA側のPSGが……。

 まるで、欧州サッカー界の水面下で起きている勢力争いを象徴しているような、そんなふうにも見えてきます。

 最後に付け加えれば、カタール以前のPSGの持ち主はコロニー・キャピトルでした。

 巨額負債にあえぐバルセロナに融資をしたのはゴールドマン・サックスで、スーパーリーグ構想を資金面で主導したのはJPモルガン・マンハッタン。すべてアメリカの投資会社です。

 ヨーロッパを見渡せば、中国や東南アジア資本のサッカークラブもそこかしこに。そして来年のワールドカップはカタールで開催されます。

 東京五輪を巡ってワイドショーなどで「商業化」をあげつらってましたが、僕には”昭和”の話のように聞こえました。「テレビ放映権が……」なんて30年以上前にはすでに俎上に乗った話題です(それについてはこちらで書きました→「スポーツの商業化を巡って」)。

 グローバル経済は進んでいます。スポーツの世界でも。日本がガラパゴス島で取り残されないことを祈ります。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

誰がパスをつなぐのか

税込330円/月初月無料投稿頻度:隔週1回程度(不定期)

日本サッカーの「過去」を振り返り、「現在」を検証し、そして「未来」を模索します。フォーカスを当てるのは「ピッチの中」から「スタジアムの外」、さらには「経営」や「地域」「文化」まで。「日本サッカー」について共に考え、語り尽くしましょう。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

川端康生の最近の記事