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「バスケです、バスケ」。森保ジャパンの“便所マーク”大苦戦に思う、古くて新しい戦術とW杯での可能性

川端暁彦サッカーライター/編集者
日本は相手のマンマークに手を焼いた(写真:六川則夫)

便所マーク、再び

 マンツーマンディフェンスの復権はやっぱりあるのかもしれない。欧州サッカーを観ていてそんなことを感じていたのだが、年が明けての日本のサッカー(つまり高校サッカー選手権)でも同じようなことを思わされることになった。そして、いま中国江陰市で開催されているAFC U-23選手権でも然り、である。

「ビックリしました。バスケです、バスケ(笑)」

 岩崎悠人(京都)は苦笑いと共に10日に行われたパレスチナとの初戦を振り返った。センターFWの下に二人のアタッカー(俗に言う1トップ2シャドー)を配置する[3-4-2-1]システムを採用しているU-21日本代表に対し、パレスチナが採用した守備システムは2シャドーへのマンマーク。岩崎と三好康児の2枚にピタリと貼り付き、試合を通じて彼らを追いかけ回してきた。

「ずっとマンツーマンで付かれていた。周りを見ながらやっていたんですけれど、全然(ボールを)受けられなかった」(岩崎)

「あれだけマンツーで来られると、個人的には受けづらさがあった」(三好)

 現代サッカーのディフェンスの潮流は、大きく言ってゾーンディフェンスの方向性である。選手をピッチ上に均等配置して、担当ゾーンを守らせる。左サイドバックならば、左サイドの守備が担当だ。その上でどこまで人に付いていくか、あるいはどこから人に付いていくかといったディテールを調整していく方式だ。とはいえ、マークしていた選手を追いかけて逆サイドまで行くようなことは、カウンターへの対応といった例外的な状況を除けばほとんどない。とりわけ、俗に「便所マーク」と呼ばれる、相手のキーマンに「トイレまで付いていく」ような意識でやるマンツーマンの守備は殆ど観られなくなった。

 ただ、そうした守備システムが一般化して、慣れているからこそ、そうでない守備への対応力が落ちている面はある。以前、年代別日本代表を担当するダイレクターである木村浩吉氏は「マンツーマンディフェンスが主流だった僕らの時代では考えられないことなんだけれど」と前置きした上で、「いまの選手たちはマンツーマンで付かれたときの対応とか、その逆用の仕方とかを本当に知らない。それは能力の問題ではなく、単純に経験していないからだと思う。アジアでそういう相手と当たると、こちらが想定している以上に苦戦する」と分析していた。ボールを蹴り始めたときから専らゾーンディフェンスのチームで過ごし、そうしたチームと対戦してきた選手ばかりになる中で、マンツーマンでの対応が逆に有効になる。そんな傾向が生まれている。

 先日の高校サッカー選手権でも流通経済大学付属柏高校が決勝戦で相手の得点王、FW飯島陸にマンツーマンでDFを貼り付けて封じ込むことに成功していた。結果として敗戦になったものの、流経はこのやり方で夏の高校総体での全国優勝も飾っている。「古くさい」と思われていた戦術が、一周回って有効になってきているのだ。

戦術の流行は流転する

 これは日本に限らず欧州でもあることのようで、先日のクラシコでレアル・マドリードがマンツーマンディフェンスを敷いて驚きを与えていたが、一度は廃れていた戦術が、「一周回って新しい」と注目されるようになるのは珍しい話ではない。たとえば1997年度に“高校3冠”を達成した東福岡高校は、ウイングを配置したシステムを採用していたのだが、当時はウイングを置かないシステムが一般的になっていた時代。一周回って新しいこの戦術への対応に各校は苦しめられたのだが、専門誌のコラムでは「ウイングを置いた古くさいやり方だ」といった趣旨の批判も受けていた。だがその後、世界の戦術の潮流は「ウイング復権」へと大きく動き出すことになる。欧州でもその少し前にアヤックスがウイングを置くサッカーで大旋風を巻き起こしていて、そうした流れは確かにあったのだ。

 サッカーの戦術が着実に「バスケ化」していっているというのは、ずっと言われていたことでもある。パレスチナの守り方は、いかにも「古くさい」ものには違いない。ただ、戦術の陳腐化は、その対応力の陳腐化をも促すもの。選手は自分自身が想像しているよりもずっと自然に「経験」という名のメモリーに頼ってプレーを選択し、実行に移している。対応した経験が絶対的に少ない戦術を採用する相手に対して、選手が思うようにプレーできなくなるのは不自然な現象ではなく、だからこそ有効な一手だったことは確かだ。選手の運動能力が大きく向上し、特に「運動量」の進歩が目覚ましい現代サッカーの流れを思うと、こうした戦術が復権していく可能性はない話ではない。

「デュエル」を強調するハリルホジッチ監督の日本代表も、実はかなりマンツーマンディフェンス寄りのチームである。相手とのマッチアップでフォーメーションも変えるほどで、ゾーンを守るよりも対面の選手に付いていく意識が強い。こうした日本代表に限らず、短期決戦となる今年のロシアW杯では、よりマンツーマン寄りの守備システムを採用するチームや「便所マーク」で勝負に出るチームが躍進を見せたとしても、実のところ大した驚きではないのかもしれない。

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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