いつまでを冬山というのか。春山になれば易しくなるという大きな勘違いはこれです。

大陸からの黄砂でわずかに霞む3月、福井の雪山を行く。*記事中の写真は筆者が撮影

 春という言葉は甘く響きますが、春山は冬山に比べて本当に易しいのでしょうか。今回は立春を過ぎた山々に登るなら知っておきたい安心ポイントを紹介します。

 冬山という言葉から厳しく危険性に富むというイメージを抱く方は多いかと思います。四季のある日本では春を待ちわびながら冬を過ごします。まだ寒さ厳しい新年を新春として迎え、寒さの最も厳しい時期とされる立春を境として、暦では春を迎えます。

 2021年(令和3年)の立春は明日、2月3日です。節分(季節を分ける)はその前日なので、今日2日となります。

3月の西穂高岳から奥穂高岳の山並み、標高2500mを超えるアルプスの山々は冬山です。
3月の西穂高岳から奥穂高岳の山並み、標高2500mを超えるアルプスの山々は冬山です。

 日本列島は長い海岸線と数多くの島々、海抜0メートルから3776メートルまでの標高差、南北に長く脊梁山脈を挟んで大きく異なる気象状況が大きな特徴です。

 その為、日本の山においては特定の月日を指定して冬山を決めることは困難なのです。

 冬山登山の定義は以下のように考えられています。

 「主に積雪期における登山の中で時期に関わらず、気温の変化や降雪・積雪等の気象条件によって凍結、吹雪、雪崩等に伴う転滑落、埋没、凍傷、低体温症などにより、遭難事故等が発生する可能性のある環境下で行う登山」

3月の八方尾根は春と冬が同居します。
3月の八方尾根は春と冬が同居します。

 冬季の山であっても積雪が無いのであれば、それは冬山登山ではなく冬枯れのこもれびハイキングのこともあります。冬晴れが眩しい太平洋側気候の山々では寒さが一番厳しい頃といわれる立春前後であっても、通常の登山知識と装備で十分に安全登山をすることができます。

 注意:太平洋側気候の山々でも関東平野に降雪をもたらす南岸低気圧通過後には降雪があります。

霧氷も陽が昇ると消えてしまう冬の低山登山
霧氷も陽が昇ると消えてしまう冬の低山登山

 太陽の陽射しが最も短くなった冬至以降、日本列島が徐々に冷えていき、気温の底にあたるのが立春辺りといわれています。

 立春の頃が最も寒いといわれるのですが、今年はどうでしょうか。

冬を越したロウバイは凍える北風が吹いても、花を咲かせ香りで春の訪れを告げます。
冬を越したロウバイは凍える北風が吹いても、花を咲かせ香りで春の訪れを告げます。

 一方、日本海側気候の影響を強く受けるエリアにある標高が低い山では里に桜が咲き乱れる4月であっても冬山と変わらぬ厳しい登山になることがあります。

根開けが進み、ブナが芽吹き始める4月の岐阜の雪山
根開けが進み、ブナが芽吹き始める4月の岐阜の雪山

 春の雪山が決して易しくない理由は次の通りです。

 1:登山道の積雪は早朝はアイゼンを装着したくなる程の堅さですが、下山する頃には気温の上昇により緩み滑りやすくなります。雪上歩行中、ランダムに起きる足の踏み抜きが疲れた身体を鞭打ちます。

 ⇒ 登山靴を履いているから滑らない!これは間違いです。様々な登山道のコンディションに対応できる登山靴ですが、歩く能力向上には実際に歩きながら身体と脳に覚え込ませていく作業が必要となります。情報を何回読んでも身に付きません。不慣れな滑りやすい雪の登山道の下山では身体だけでなく脳も大きく疲労してきますので、しっかりと行動食で栄養補給することが大切です。

 2:積雪はバウムクーヘンのように層構造をしています。表面に近い部分は日中の気温上昇によって緩んだザラメ状の雪となります。チェーンタイプや6本爪など爪の短いアイゼン類では身体を支えることができる雪の層にまで爪が届かず、スリップすることが多くなり疲労を増長するだけでなく、滑落の危険が高まります。

 ⇒ 氷と堅い積雪だけのアイゼンではありません。標高の高いアルプスなど春の雪山こそ、前爪付の本格タイプは必携です。チェーンアイゼンはこの領域での出番はありません。

 3:気温が低い雪上とはいえ、陽射しがある中で行う負荷の大きい登山ではたくさんの汗をかきます。四季の登山を通じて重要な水分・ミネラル補給、雪山でも欠かしてはいけません。

 ⇒ 水分不足は疲労と痙攣といったわかりやすい症状だけでなく、血液流量の低下による血圧低下や血管が詰まる梗塞、エネルギーと熱運搬量の低下による凍傷や低体温症の引き金になるといわれています。

 4:大量の発汗と標高を上げると起きる気温低下と強風に対応できるアンダーウェアと防風ウェアなどのレイヤリングと小まめな調節が大切です。

 ⇒ メンバーの体力技術に応じた登高スピードと運動負荷に合わせたウェアの脱ぎ着を行います。自分とメンバーの体調把握はとても大切です。

 5:春の雪山では雪だけでなく雨も降ります。夏以上にレインウェアなどの撥水性能の良し悪しが安全性に直結します。

 ⇒ 水などの液体は乾いた空気に比べて約25倍の熱を運び去ります。特に肌と接するアンダーウェアを乾いた状態に維持することが体温の保持の為には重要です。優れたウェアを手に入れることも重要ですが、撥水処理加工メンテナンスも大切です。

 6:天気の悪化をもたらした低気圧が過ぎ去った後に寒気が流れ込むと標高の高い山々は厳冬期の厳しさに豹変します。

 ⇒ 多くの山岳気象遭難はこのタイミングで発生しています。春の雪山、すぐ隣には厳しい冬の雪山が隠れています。冷たい強風を避けることが難しい森林限界より標高が高いエリアではより危険性が高まります。

2月、鳥取県伯耆大山の雪稜をいく登山者。大陸の寒気流入と日本海の水蒸気が大量の積雪をもたらします。
2月、鳥取県伯耆大山の雪稜をいく登山者。大陸の寒気流入と日本海の水蒸気が大量の積雪をもたらします。

 春の雪山に行くための装備チェックポイント

 注意:ベーシックな登山装備に関しては触れません。

 1:雪があるものの全行程を通じて無積雪期の通常登山道を使える山

 ⇒ 防寒対策を意識した柔軟なレイヤリングとチェーンアイゼン・トレッキングポールなどのスリップ防止装備で対応できることが多いでしょう。

 重要:難路といわれるルートは除きます。

 2:登山ルートの部分的であっても、積雪によって埋もれたルートを登山者自らがトレースをつくっていく場面が出てくる山

 ⇒ 

 冬山登山靴・アイゼン・ピッケルなどの転倒、スリップ、滑落を防ぐ装備が必要です。

 低体温症を防ぐための登山用アンダーウェア・各種ウール製品・防寒ウェアと全身を覆う防風ウェアが必要です。

 重要:他の登山者によるトレースなどが無い前提です。

 3:日本海側気候の影響を強く受ける多雪地帯の標高2000メートル程度までの山

  ⇒ 

 上記2の装備に加えて、ワカン・埋没時に脱出するためにショベルが必要となる場合もあります。

 4:標高2500メートルを越え、或いはハイマツ帯といった森林限界を超えた山岳エリア。稜線に雪庇・氷雪斜面・氷の付着した岩が出てくる山

  ⇒ 

 上記に加えて、ヘルメットやロープなどクライミング装備、アバランチビーコン・プローブ等雪崩対応装備が必要となる場合もあります。

春を迎えた上高地
春を迎えた上高地

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