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訪問診療に同行して ― 医療、ケア、マイナンバーカード ―

加藤秀樹構想日本 代表
(写真:吉原秀樹/アフロ)

 訪問診療に一日同行させてもらった。お願いしたのは、しろひげ在宅診療所の山中光茂院長だ。

 医師、看護師、ドライバー3人のチームで、朝9時から夕方5時まで9人の患者さんのお宅に伺った。一日同行したくらいで何が分かるものでもないが、感じたことを少し書いてみたい。

病には人生が凝縮

 強く感じたのは、病にはその人の人生が凝縮されているということだ。80代の人も10代の人も、それぞれに。看取りに近い人もいれば、障害者もいる。独居の人、高齢者の夫婦、父子二人など家族もいろいろだ。

 生活自体が、経済的にも日々の暮らしという面でも困難な人もいる。区のケースワーカーが時々様子を見に来るが、ひきこもり状態の患者にとっては、ケースワーカーに聞かれることが尋問のように感じられるらしい。自治体は若い職員に研修がてらケースワーカーをさせることが多いようだが、コミュニケーションが苦手な人にとっては、その時間が怖いのだ。行政にはまだまだ「寄り添い型」から遠いことが多い。

 若い頃自分が撮った写真を額に入れて部屋にたくさん飾っている人もいる。おしゃれな食器や置物がぎっしりと、しかしずっと手を触れられないままに並べられている家もある。

提供:イメージマート

訪問診療はアウェイ

 山中さんは「我々はアウェイだ」と言う。

 診察室に医師が座り、その前を患者が「流れて」いく病院と違い、訪問診療は様々な家、部屋を医師や看護師が回る。病人が寝て、あるいは座っているベッドの様子や部屋の明るさ、においを含めてすべてその時、ここでのやりとりなのだ。

 診察室で医師たちが向き合っているパソコンはない。家の中に入ると、数十分の間患者や家族と雑談しながら具合を診る。薬の処方もその時の状況に応じて柔軟に変えているように見えた。時間を合わせて、訪問先にケアマネジャーやリハビリ師が来て打合せをすることもあった。医師がパソコンに向かうのは、移動中の車の中だ。今診終わった患者のカルテに書き込んだり、次の患者の状況を見たり。

 この日は、朝8時にしろひげ在宅診療所に着いた。1階は保育園の遊戯室のような雰囲気で、そこここで担当患者ごとなのか、仕事の担当ごとなのか、5~6人ずつがミーティングをしている。

 そして8時過ぎから全員の朝礼が始まった。

 壁に患者さん一人一人の状況を整理したスライドを映し、直近の変化なのだろうか、説明が行われ、全員が共有する。これによってドライバーのように直接医療行為を行わないスタッフも、行く先の患者さんにどんな治療器具が必要か分かる。また全員が、診療所全体がいま行っている「ケア」の全体像が分かる。つまり全体のことが自分ごとになるのだろう。

医療とケア

 こうやって同行していると、病院は、人の体の「部品」の不具合の発見や治療をする場所としては不可欠な役割を果たしているが、「医」の本質は、訪問先での雑談や冗談も含めて、在宅診療の中に多くあるように感じた。

 最近、AIによる診断や治療ロボットがよく話題になる。症例が増えると、性能はもっと良くなるのだろう。しかし、AIには患者の家の様子などの「意味」は分からない。

 遠くない将来、我々が病気になると、まず近くの診療所で問診の専門教育を受けた一次医療専門の医者に診てもらう(構想日本の医療政策提言参照)。その結果、検査や手術が必要なら、二次、三次医療を担当する病院へ行く。そこの主役はAIとロボットだ。そして、そういった技術では対応できない看取り、難病、障害者などに対する「ケア」は在宅診療が担うといったことになるかもしれない。

 保険の対象などをみると、日本は医療、介護ともに制度としては世界的に見ても手厚いと思う。しかし、それが多くの患者、対象者にとって手厚い状況をもたらしているかと言えば、必ずしもそうではない。制度と実態とのギャップを作るのは、制度を運用するにあたっての解釈と、そこで働く人だ。今の日本は、医療に限らずどの分野でも制度を人に合わせて柔軟に運用することが難しくなっている。デジタル化が進むとこの傾向はさらに進む恐れがある。

制度と実態

 ついでに言うと、このところ健康保険証をマイナンバーカードに一本化する過程でトラブルが頻発している。これらはどれも行政側のミスやシステム対応が原因だと思うが、本当に大変なのは、これからカード/保険証を使う国民の側だ。患者には健康保険証以外に、介護保険証、難病受給者証、自立支援医療受給者証など様々なものがその時々で求められる。しかも、求められる人が高齢者、障害者などであることが多い。

 今後、これら様々な認定証がマイナンバーカードに紐づけられていくのだろうが、その過程で紐づけのための手続きやカードの管理でトラブルに直面するのは、主にケアを受ける人や家族と医療従事者たちだ。ケアを受ける人たち―いずれ誰もがそうなる―は、最も「効率」的でない人たちなのだ。

 トラブルが行政の中で起こっているうちは、お役所の人はひたすら頭を下げているが、トラブルが利用者側で起きるようになると、お役所の人は俄然硬く高圧的にならないか。こういったことをこそ行政、いや政治はよく考えてほしい。

提供:イメージマート

 制度と実態のギャップは日本中の大きい組織が抱える共通の大問題だ。これを解消するのは、身体経験しかないのかもしれない。先述した朝礼は、その一つの工夫だと思った。

 中央官庁には優秀な人が揃っている。しかしコロナでもマイナンバーカードでもトラブルが絶えない。これも身体経験の欠如から来るのだと思う。現場でどんなことが起きるか。いくら優秀な頭(head)で考えても、現場の体―手(hand)や心(heart)の動きは想定しきれない。

 もう一つついでに言うと、公務員制度改革を言うのなら、現場経験を増やすこと。そうすれば公務員の能力もやりがいも必ず向上するだろう。

 機械が人の体を治療することはできるが、医療を受ける側は機械ではない。人なのだ。

 今回同行してあらためて思ったことは、対話の大切さだ。病や部屋が背後に持つ「意味」、その機微を心得た医師、看護師の言葉とケア。AIやマイナンバーカードの活用はいいが、ケアの本質を理解していないと「効率化」が自己目的化して人を追い詰め、結局は大きな非効率をもたらすことになりかねない。同行の機会を得て、あらためて医療の本質を考えさせられた。

構想日本 代表

大蔵省で、証券局、主税局、国際金融局、財政金融研究所などに勤務した後、1997年4月、日本に真に必要な政策を「民」の立場から立案・提言、そして実現するため、非営利独立のシンクタンク構想日本を設立。事業仕分けによる行革、政党ガバナンスの確立、教育行政や、医療制度改革などを提言。その実現に向けて各分野の変革者やNPOと連携し、縦横無尽の射程から日本の変革をめざす。

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