Yahoo!ニュース

カーター元大統領が選んだ米国の在宅ホスピスって?

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
活動的なジミー・カーター元大統領も98歳。今後は在宅ホスピスで過ごすと発表。(写真:ロイター/アフロ)

がん治療成功でも加齢に伴う衰えは避けられない

 米国の大統領経験者として史上最高齢のジミー・カーター元大統領(98歳)が、今後は在宅でのホスピス・ケアを受けると2月18日に報道されました。カーター元大統領は、90歳の時に脳など複数個所に転移した悪性黒色腫(メラノーマ)の診断を受けましたが、その数年前に承認されたばかりの免疫チェックポイント阻害剤などの治療を受けて寛解しました(注1)。

 その後は選挙監視活動、医療と人権、貧困対策など世界各地でのボランティア活動や、教会の日曜学校で教えるなど精力的な活動を再開。しかし90代後半となり、この数年は脱水症状や転倒に伴う骨折や脳出血などで入退院を繰り返していました。

172万人が利用する米国のホスピス・ケア

 さてホスピスというと、元大統領に関する米国の報道でも「医療的な治療はやめ、ホスピス・ケアに移行することを決断」といった、何だか人生をあきらめるようなイメージが根強いのですが、ちょっと違います。70年代に米国に導入されたホスピスは、「終末期を迎えた患者が可能な限り質の高い生活を送れるようにするためのサービス」と位置付けられています。

 米国にもホスピス病床を持つ大規模病院はありますが、一般的には自宅や自宅がわりの長期介護施設で受ける在宅ホスピス・サービスが主流です。がんを含む重篤な病気で積極的な治療が終了し、一般的な経過で余命6カ月以下と医師が判断した場合に利用できます。公的な高齢者医療保険(メディケア)が適用されるので、自己負担額も低く抑えられており、2020年には172万人がホスピス・サービスを使いました。

 利用者のおもな疾病は、認知症やパーキンソン病、心臓病と循環器疾患、がんなどです(注2)。

最期まで人生を支えるホスピス・ケア

 積極的な治療を終えても、人生がすぐに終わるわけではありません。終末期を迎えた人とその家族には様々なニーズや、やりたい事があります。特にがん患者の場合は、亡くなる2カ月前くらいまでは比較的安定した状態で生活を送れる人が多いのです。

 最後までその人なりの日常生活を続けられるよう、ホスピス医、訪問看護師、介護ヘルパー、栄養士、リハビリの各種療法士らがチームとなり多方面から患者とその家族を支えています。病気そのものを治すための治療は行いませんが、辛い症状を緩和する治療を行い、栄養療法やリハビリなどで可能な限り体力や機能を維持しながら、家事をしたり、家族や友人といっしょに外出をしたり、趣味を楽しんだりする時間が持てるようにします。

 また米国のホスピス・サービスでは、患者とその家族の精神的苦痛の緩和や死への準備も重視します。ケア・チームにいる心理カウンセラー、社会福祉士、スピリチュアル・ケアを行うチャプレン(聖職者)らの支援で、患者が家族とともに心の準備や身辺整理をしたり、人生を振り返り気がかりになっていたことに取り組んだりすることも可能になります。

 ホスピス・サービスは年中無休の24時間対応ですが、在宅ホスピスでは終末期を迎えた患者の日常的な世話はそばにいる家族らが担い、ケアに積極的にかかわる必要があります。家族の負担を少しでも軽減すべく買い物などの雑用を引き受けたり、セラピー用の動物や音楽で患者と家族の癒しに与えてくれたりと、訓練を受けた様々なボランティアがかかわるのも米国のホスピス・サービスの特徴です。そして患者が亡くなった後に、カウンセリングなどのグリーフケア(死別ケア)を遺族に提供するのもホスピスの役割です。

自宅や施設での看取りが過半数

 かつては米国でも病院で死を迎える患者が大半でしたが、終末期は家や住み慣れた施設で過ごしたいと思う人も多く、2017年には自宅で亡くなった患者(30.7%)と施設で亡くなった患者(20.8 %)の合計が過半数を超え、病院で亡くなった患者は29.8 %にとどまったそうです(注3)。また2019年の調べでは、自宅でホスピスサービスを使った期間は平均で90日間、中央値で23日間でした(全米ホスピス緩和ケア協会調べ)。

 もちろん最後まで病院で治療を続けることを希望する人もいるでしょう。カーター元大統領も新たな治療法のおかげで、90歳でもがん治療に成功し、その後に様々な慈善活動を続けることができました。

 しかし誰にでもいつかは人生の終わりがやってきます。人生の終末期を病院のベッドの上ではなく、自分が住み慣れた場所で自由に過ごしたいという人にとって、それを支援してくれるのが米国のホスピス・サービスです。カーター元大統領も、自宅で沢山の家族や友人と濃密な時間を過ごしながら、これまでの人生をゆっくりと振り返っていることでしょう。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

参考リンク

注1 免疫チェックポイント阻害剤の進捗(米国立がん研究所、JAMT翻訳)

注2 全米ホスピス緩和ケア協会の報告書(英文リンク)

米国臨床腫瘍学会(ASCO)のホスピス・ケア概要(英文リンク)

注3 米国における死亡場所の変化(NEJM、英文リンク)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

片瀬ケイの最近の記事