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男性ばかりの会議は終わり

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
米国立衛生研究所のフランシス・コリンズ所長。女性を含めない会議には出席しません。(写真:ロイター/アフロ)

Manel(男会議)に終止符を

 国内外から批判を浴びた「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の発言。それが本当なら、政治や警察などの法執行機関を含め、ほとんどの職場、職層で女性が活躍する米国では、長い会議ばかりになってしまうと、思わず苦笑した。

 この森喜朗会長の発言で、私は2019年の夏に米国立衛生研究所(NIH)のフランシス・コリンズ所長がある宣言をして話題を呼んだのを思い出した。コリンズ所長は、「Manelの伝統を終える時」と題する声明を発表したのだ(注1)。「Manel」とは、男性の(マン:Man)と委員(パネル:Panel)を合成した造語。つまり男性ばかりが学術会議の委員を務める伝統に終止符を打つという意味だ。

 米国が誇る科学と医療研究の最高峰であるNIHの所長には、あらゆる学術会議から講演依頼が入るが、コリンズ所長は、今後は「女性が入っていない会議だったら、招かれても辞退する」と宣言した。

ガラスの天井はあらゆる場所に

 米国では雇用において、性別や人種、年齢、宗教、障害などを理由にした差別は違法である。それでも女性たちは、伝統や社会通念、また制度の未整備など様々な理由で不利な立場におかれてきた現実がある。2016年、全米科学・工学・医学アカデミーの女性委員会は、これらの分野の学会や大学、研究所等における性的嫌がらせに関する調査を行い、2018年に「女性へのセクシャルハラスメント:科学、工学、医学界の風土、文化、それによって生じた結果」という報告書をまとめた(注2)。

 女子にも積極的にSTEM(ステム:科学、技術、工学、数学)教育を進めてきたことで、より多くの女性が科学の道に進むようになった。しかしこの報告書によれば、テキサス大学の科学専攻の女子学生の約20%、工学専攻の25%、医学専攻の40%以上が、教員またはスタッフからのセクシャルハラスメントを経験しているという。

 さらに「科学、工学、医学界の職場では4つの側面から、セクハラの対象となった女性が声を上げられず、キャリアの機会を制限する傾向がある」と分析する。4つの側面とは、①昇進やキャリアアップはアドバイザーや指導者の裁量が大きい、②能力主義制度において、セクハラが原因で生産性やモラール(やる気)が下がったことは考慮されない、③「マッチョ(男性的)」文化、④噂や非難が非公式なコミュニケーション・ネットワークで広がる環境、である。

 また性的いやがらせが起きやすい職場の特徴は、「セクハラを容認する風土」、「男性が圧倒的に多く、上層部が男性で占められている」、「上層に権力が集中するピラミッド型の組織」、「組織のリーダーに、性的嫌がらせを無くすには積極的な対策が必要だという認識が欠けている」ことが挙げられるという。

偏見を打ち砕くリーダー

 コリンズ所長の「女性がいない会議では講演しない」宣言は、この報告を受けたもの。同所長は2019年6月12日の声明で、「科学の分野で、女性やマイノリティグループは、なぜか主要講演者やハイレベルな会議からはじきだされてきました。今後、私が会議で講演する際には、その会議が様々なバックグラウンドを持つ研究者すべてに公平な発表、講演機会を与えているかどうか確認します。そうしたことに気を配らない会議には、私は参加しません。科学分野の他のリーダーにも、私と行動を共にしてほしいと思います」と表明した。

 そして「平等というリップサービスだけでは不十分」「女性やマイノリティのメンバーが、科学分野でリーダーになるのを妨げている微妙な(時にはあからさまな)偏見を、トップ自ら打ち砕いていく必要がある」と述べた。何事も一朝一夕では変わらないが、トップの姿勢とそれぞれの意識改革で、少しずつでも変わるのではないかという希望が見える。

 実際、米国では新型コロナ対策でも、新たに米疾病対策予防センター(CDC)所長に就任したロッシェル・ワレンスキー博士、米国立予防接種・呼吸器疾患センター(NCIRD)所長のナンシー・メッソニエ博士、バイデン政権下で「医療の公平性促進プログラム」の創設を率いるマルセラ・ヌニェス・スミス医師など、数々の優秀な女性リーダーたちが主導的役割を担っている。そして、こうしたリーダーたちを、女性、マイノリティを含む多様な人材が支えている。

 日本でも森喜朗会長の発言について、主に女性達から多くの批判の声が上がっている。はたして日本のリーダー達は、女性の活躍のために、どれだけ声を上げているだろうか。

参考リンク

注1:コリンズNIH所長の声明文「Manelの伝統を終える時」(英文リンク、2019年6月12日)

注2:概要「女性へのセクシャルハラスメント:科学、工学、医学界の風土、文化、それによって生じた結果」(英文リンク)

セクシュアルハラスメント防止のため、学術機関は法遵守を超えて、防止と文化の改革に取り組むべきである « デイリーウォッチャー|研究開発戦略センター(CRDS) (jst.go.jp)

全米科学・工学・医学アカデミー会長によるセクシャルハラスメント防止に関する声明 « デイリーウォッチャー|研究開発戦略センター(CRDS) (jst.go.jp)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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