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米国で始まった新型コロナワクチン接種 現地の状況は?

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
高齢者施設で入居者に新型コロナワクチンを接種する薬剤師。CVS Health提供

全米で始まったコロナワクチン接種

 12月11日に米ファイザーと独ビオンテック社の開発製造による新型コロナワクチン、そして12月18日には米モデルナ社と米国立衛生研究所の開発製造によるワクチンが米食品医薬品局(FDA)の緊急使用許可を受けた。その直後から、最優先と区分された医療関係者、高齢者施設の入居者らへの接種が始まっている。米疾病対策センター(CDC)の発表によれば、12月30日現在で、全米に配布された新型コロナワクチンは約1400万回分で、約280万人が接種を受けた。(注1)しかし各州とも実際の接種体制がまだ不十分であり、2020年12月末までに2000万人に接種という当初目標にはほど遠い。

 米国ではコロナ感染者累計が2000万人に近づき、1日あたり3000人を超える死者が出るようになってしまった。新型コロナによる死者数はすでに34万2000人に上り、CDCは1月にさらに8万人の死者が出るとの予測をまとめている。(注2)配布されている新型コロナワクチンは、メッセンジャーRNAという実用化の実績がない新たなタイプ。接種をためらう人が多いのではないかとの懸念されたが、休みなく新型コロナ患者の治療に追われる医療関係者や多数の犠牲者を出した高齢者施設ではワクチンの到着を歓迎している。

 今はまだ広く一般市民に使うためのFDA承認を得る前の段階であり、ワクチン接種は義務づけられていない。FDAの最終承認後も、連邦政府による接種義務づけは考えにくいが、雇用主あるいは各州が状況に応じて原則として接種を義務づけるという可能性はありそうだ。

優先順位はどうつける?

 米国の総人口は約3億3100万人。この中から当面のワクチン接種対象者を選択するにあたり、CDCは「重症患者、死者を減らす」こと、そして「社会の機能維持」という2つのバランスを踏まえて指針をまとめた。最優先の1aグループの高齢者施設入居者らは前者にあたり、医療関係者は後者にあたる。このグループだけで、米国内の約2400万人が対象となる。

 次の1bグループは、教員や警察、消防、郵便、公共交通、食品関連など市民の日常生活を支える現場で働く人と75歳以上の高齢者で、約4900万人。3番目の1cグループが、65歳から74歳までの高齢者と、16歳から64歳で基礎疾患がある人、および1a・1b以外の日常生活に不可欠な仕事の従事者。基礎疾患は、がん、慢性腎疾患、慢性閉塞性肺疾患、心臓疾患、臓器移植者、糖尿病、肥満など。このグループになると対象者は大幅に増えて約1.3億人となる。

CDCの接種優先グループと順位に関するガイドライン (注3)

1a グループ (2400万人)

  医療従事者

  高齢者施設の入居者および介護者

1b グループ (4900万人)

  日常生活を支える仕事の現場要員(警察、消防、郵便、食品関連、交通、製造、教育関連など)

  75歳以上の高齢者

1c グループ (1.3億人)

  65歳から74歳までの高齢者

  16歳から64歳で、COVID-19が重症化するリスクの高い基礎疾患がある人

  1bに含まれなかった、日常生活を支える産業要員(運輸、倉庫、建設、エネルギー、金融、法律、公衆衛生、メディアなど)

 こうした優先度の高いグループの接種を終えた後に、16歳以上の一般市民が接種対象となる。このため16歳以上の一般市民に順番が回ってくるのは、春から初夏にかけてとなりそうだ。

 ただし米国は各州の独自性が高いため、上記のCDC指針をもとに、各州がそれぞれの事情を踏まえて優先順位を決定する。例えばマサチューセッツ州では、1aグループの中に同州の警察、消防などの初期対応者、刑務所の収容者と管理者らも加えた。またテキサス州やフロリダ州では1bグループについてはCDCのガイドラインは採用せず、独自に「65歳以上の高齢者およびに特定の基礎疾患を持つもの」を1bグループとした。

ワクチン配布に数か月前から準備

 2020年春に新型コロナが急速に広がると、米国政府は大規模な官民協力で早期ワクチン実用化を目指す「ワープスピード作戦」を開始した。ワクチンの開発にとどまらず、実用化後のワクチン配布体制を見据えて、政府、軍、製薬、運輸、医療機関、薬局、全米小売りチェーンなどあらゆる関係者に協力を呼びかけた。かつてない規模で迅速にワクチン接種を推進するには、横断的な総力戦で取り組むしかないからだ。

 最初に使用許可申請に至ったファイザー社のワクチンは摂氏マイナス70度、モデルナ社のワクチンは摂氏マイナス20度で保管するという制約がある。運輸大手のFedExやUPSは、過去にも新型インフルエンザ(H1N1)のワクチンをはじめ、様々な医薬品輸送の実績がある。だが今回は、認可直後に最速かつ間違いなくワクチンを全米各地に届けるために、認可の何カ月も前から準備を進めてきた。

 製薬会社の出荷計画、各州の需要を踏まえ、軍部が綿密な配送計画を立てた。ワクチンの箱にはバーコードが付いており、配送状況はFedExとUPSが設置した特別指令センターで常時モニターしている。ワクチンを受け取る病院側も事前に冷凍庫を用意し、受け入れと接種準備の予行演習を重ねた。

 特別梱包箱に入ったファイザー社のワクチンは、1箱に約1000回接種できる分のワクチンが小さな薬瓶に小分けされて入っている。梱包箱にドライアイスを補充することで常温でも30日まで保存できるが、解凍したワクチンは冷蔵保存で5日以内に使う必要がある。モデルナ社のワクチンは解凍後、30日間冷蔵保存可能なのでやや扱いやすい。ファイザーは21日間隔、モデルナは28日間隔で2回接種する。効率的に接種を進めるには、どれだけの量のワクチンを解凍し、1日に何人に接種し、2回目の接種分を含めどの程度の在庫が必要かなど、在庫管理やロジスティックスのプロの知恵も必要となる。

一般市民は街角の薬局で接種を受けられる

 一方、米国では薬剤師が予防接種を行えるため、長期高齢者施設での接種は、全米規模の薬局大手チェーンであるCVSとWalgreensが担当している。緊急使用許可に基づく接種では、予期せぬ副反応などのモニターを含め、接種状況を公衆衛生当局に逐次報告する必要がある。またうっかり忘れてしまわないように、2回目の接種に関する通知も不可欠だ。しかし医療資源の乏しい地方では、こうした細かい対応ができる医療機関がない場合もある。

米国ではインフルエンザなどの予防接種は、近所の薬局で受けることが多い。営業時間も長くて便利。写真はCVS Health提供
米国ではインフルエンザなどの予防接種は、近所の薬局で受けることが多い。営業時間も長くて便利。写真はCVS Health提供

 しかし、これまでも定期予防接種を担ってきた全米チェーンの薬局には、ロジスティックスのノウハウに加え、そうした情報インフラも整っている。ウォルマートなど全米規模の大手小売店や、大手食品スーパーも店内に薬局を持っており、高齢者をはじめ一般市民は病院に行かなくとも、全米の街角に点在する薬局や食品スーパー店舗でワクチン接種を受けられるようになる。

 上述のように、テキサス州やフロリダ州は65歳以上の一般高齢者にも接種を開始したが、街中の診療所や薬局へのワクチン配布は始まったばかりで限られている。(注4)地域によっては自治体が接種予約サイトを立ち上げたり、電話予約を開始したりしているものの受付体制が不十分で、高齢者からの電話が殺到して通じないなどの混乱も起きつつある。

予想を上回る有効性

 緊急使用許可の承認前に、ファイザー社は約4万3000人、モデルナ社は約3万人を対象に大規模なランダム化比較試験(治験)を行い、有効性が95%前後であること、重篤な副反応が見られないことを確認した。(注5)

 ファイザー社の治験では、2回の接種を受けた参加者のうち170人がCOVID-19に罹患したが、プラセボ(偽薬)ではなく、実際にワクチンの接種を受けていたのに罹患したのは8人だけだった。そのうち1人は、COVID-19の症状で一時的に酸素レベルが下がったため「重症化」に位置付けられたが、入院にはいたらなかった。一方、モデルナ社の治験では2回の接種後、COVID-19に罹患したのは196人で、うち11人が実際のワクチン接種を受けていた。この11人のうち、「重症化」に該当する症状を示した人はいなかった。

 インフルエンザの予防接種の有効性は平均すると40%前後。FDAは新型コロナワクチンの有効性について、50%以上を承認条件にしていたことを考えれば、95%前後という有効性は予想を上回る好成績と言える。一方で、治験を通して明らかになった副反応は、両ワクチンとも注射部位の痛み、腫れ、頭痛、倦怠感、発熱、筋肉痛などで、2日前後で軽快する一過性のものだった。

ワクチンの信頼性を得るには

 ギャラップ社の世論調査によれば、9月後半には「新型コロナワクチンがFDAに承認されても使いたくない」と答えた人が半数を占めていたが、その後「使いたい」という人の割合が少しづつ増え、11月後半には「使いたい」と答えた人が63%に達している。(注6)逆に言えば、まだ4割近い米国市民が様々な理由により、ワクチン接種に消極的な状況だ。

 新型コロナワクチンに限らず、あらゆるワクチンに強く反対する人達が一定程度はいる。SNS上の偽情報に惑わされる人も後を絶たない。しかし多くは、「なんとなく新しいワクチンは不安」、「未知の副反応がおきない保証はない」という懸念や、政府や製薬企業への不信感から「信用できない」と考える人達だろう。

 ワクチンの有効性や安全性にかかわるデータ、および審査プロセスを公開することで不信感を払拭しようと、ワクチンの許可審査する際には、1日がかりで行われたFDAの外部諮問委員会での討議、市民団体からの様々な意見、各委員の最終投票の様子がすべてライブ配信された。

 一般的に副反応は接種後すぐにみられ、中期的な副反応の95%ほどが30日から45日の間に現れるという。このためFDAは、治験で2回目の接種から60日間の安全性経過を見た後で、緊急使用申請を受け付けるという慎重な対策をとっている。何億人規模に接種した際に、偶然に体調を崩す人が出てくる場合もある。また長期的な副反応がまったくでないという保証はない。予期せぬ事態が起きた時に、早急に科学的に原因を究明し、公正で適切な対策をとることができなければ、市民の信頼は一気に消滅するだろう。

 このため政府は現在行われているワクチン接種も細かくモニターしている。数件発生した深刻なアレルギー反応(アナフィラキシー反応)への対応として、CDCはすぐに「過去に深刻なアレルギー歴のある人は接種後30分間、それ以外の人も接種後15分様子を見る」という推奨事項を発表した。(注7)また、ファイザー/ビオンテック社、モデルナ社ではアナフィラキシー反応を起こす原因物質の特定や、英国や南アフリカで発見された変異種への有効性確認を急いでいる。

 コロナ対策チームのメンバーで、米国立アレルギー感染研究所のアンソニー・ファウチ所長は12月30日、変異種の感染者が見つかったカリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事とのFacebook Liveインタビューで、「この変異は、ワクチンで得られる抗体によるウイルスの防御効果を減じることはなさそうだ。ウイルスの一部が変わっても、ワクチンで誘導される免疫反応が守ってくれる可能性が極めて高い」と話した。

 さらに「今のところ、変異種が重症化や死亡を悪化させるという証拠はなく、従来の検査法で検出できることはわかっているが、感染力は高い」として、引き続きソーシャルディスタンシングやマスクの着用、会食などの集まりを避けるように呼びかけた。(注8) 一方で、変異種と既存の治療薬の有効性については、引き続き調べていく必要があるという。

 2021年に新型コロナの収束を目指すには、スピード感をもって正確な情報を市民に伝え、迅速に市民の不安の声に応ええることで、政府と市民との信頼関係を再構築することが欠かせない。マスク着用が政治問題化してしまった米国で、ワクチン接種にせよ、ソーシャルディスタンシングの徹底にせよ、「信頼関係なくして新型コロナとは闘えない」という昨年の教訓を生かせるだろうか。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

参考リンク

注1 CDCの新型コロナワクチンの配布、接種状況追跡サイト (英文リンク)

注2 CDCによる米国の新型コロナによる死者数予測まとめ (英文リンク)

注3 CDCの接種優先順位に関するガイドライン (英文リンク)

注4 テキサス州はワクチン配布を受けた医療機関、薬局の場所をウェブサイトで公開。今後増えていくが、まだ少なく、接種方法は電話で問い合わせる必要がある。(英文リンク)

注 5 ファイザーとBioNTech、COVID-19ワクチン候補の主要な国際共同第3相試験結果を公表 (日本語報道資料)

モデルナ社のCOVID-19ワクチンのFDA緊急使用許可に関する発表(英文リンク)

注6 米国人のコロナワクチン接種に関するギャラップ社の世論調査 (英文リンク)

注7 医療者向け、コロナワクチン接種時のアナフィラキシー反応が起こる可能性と対処法ガイドライン(英文リンク)

注8 ニューサム・カリフォルニア州知事と、ドクター・ファウチの対話 12月30日、Facebook Live配信 英語

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

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