Yahoo!ニュース

「線状降水帯」発生情報が運用開始 情報の新設は「シンプル化」に逆行するのか?

片平敦気象解説者/気象予報士/防災士/ウェザーマップ所属
自動判定される「線状降水帯」の表示例。(気象庁HPより引用)

■ 今日から運用開始「顕著な大雨に関する情報」とは

 気象庁は、今日(2021年6月17日)の13時から、「顕著な大雨に関する気象情報」の運用を開始した。これは、昨年(2020年)の令和2年7月豪雨や、2018年の平成30年7月豪雨(いわゆる「西日本豪雨」)で大きな被害をもたらしたような「線状降水帯」が発生して非常に激しい雨が続いている場合、気象庁がその旨を速報的に呼びかけることで、さらなる警戒を促すことを狙った情報である。

 この情報における「線状降水帯」の発生は、3時間降水量その分布の形状(線状になっているか)に加え、すでに運用されている土砂災害などの危険度(「キキクル」)の状況も踏まえて自動的に迅速に判定され、発生と判断された場合には情報が発信される仕組みだ。

今回の情報が発表される基準。自動的に判定され、発表に至る。(気象庁HPより引用)
今回の情報が発表される基準。自動的に判定され、発表に至る。(気象庁HPより引用)

 まず、この情報は「線状降水帯」の予測を行うものではない点に注意してほしい。線状降水帯を事前に予測するのは現在の科学技術では困難で、さらなる技術開発が待たれている。今回新たに始まるのは「線状降水帯」の「発生」を検知しそれを速報するものだ、という点をしっかり押さえておきたい。つまり、この情報の発表を待ってから避難しよう、などという考え方は「手遅れ」につながるわけで、望ましくない利用法ということになる。

 また、自動判定されるという速報性を重視した運用上、気象学的な厳密さを求めた場合に「線状降水帯」とはされない現象であっても情報が発信されてしまう場合がある。発達した積乱雲が次々と発生、移動して列状(線状)に並び、同じ地域に停滞して豪雨災害をもたらす「バックビルディング型」などの状況が典型的な線状降水帯と言えるだろうが、例えば、山脈に湿った空気が吹きつけることにより、山脈に沿った形(線状)に豪雨域が発生した場合でも、状況によっては自動判定の結果、この情報が発信されるということもあり得る。非常に激しい雨が降っている地域が、線状になってさえいれば、雨量や形状などの条件を満たすと自動で発信されるわけである。(もちろん、メカニズムは異なっていても、特定の地域で集中して豪雨となっており災害の危険度も高まっているという意味では、一層の警戒をすべき状況ではある。)

厳密な「線状降水帯」のメカニズムでなくても情報が発表される例。(気象庁HPより引用)
厳密な「線状降水帯」のメカニズムでなくても情報が発表される例。(気象庁HPより引用)

 そして、もうひとつの注意点は、災害をもたらす豪雨は「線状降水帯」だけではないことを忘れてはいけないという点だ。ご承知のように、台風による大雨や局地的な雷雨(いわゆる「ゲリラ豪雨」)のような大雨であっても、時に大きな水害を引き起こす。また、今回の「顕著な大雨に関する情報」の対象になるかどうか微妙な状況である場合は、自動判定・情報発信という特性上、情報発表の対象からは弾かれて情報が出ない、ということもあり得る。避難行動などはこの情報の発表を待つのではなく、あくまでも「さらなる警戒を促す」ための補完的な解説情報として活用するということを肝に銘じておきたい。

■ 情報の新設は「シンプル化」の流れに逆行する?

 さて、新たな情報の運用開始について、読者の皆様はどうお感じになるだろうか。「より詳しい情報を発信してくれるのはありがたい」と思う方もいらっしゃるかもしれないが、「ただでさえ現状は情報が多くて複雑なのに、さらに新しい情報を作るなどいかがなものか」という声も、今回は小さくないように筆者は感じている。また、「予測ではなく『発生』をお知らせされても、どう利用したら良いのか分からない」との声も耳にしている。

警戒レベルと防災気象情報の関係の一部。(気象庁HPより引用)
警戒レベルと防災気象情報の関係の一部。(気象庁HPより引用)

 実際、防災情報の伝え方について検討する気象庁の有識者会議においても、この情報を新設することが気象庁から説明された際、「防災気象情報全体を俯瞰してみれば、既に複雑化している中でさらに新たな情報が増えることになる。防災気象情報全体を中長期的に整理統合していこうとしている中で、線状降水帯を単独で強調するような情報の新設は適切ではないのでは。」といった意見も有識者の委員からも出されていた。検討会の様子は、NHKのウェブ記事に詳細に取り上げられている。

 確かに、こういった懸念はもっともだろう。かつては注意報と警報くらいしか無かった情報が、技術の進歩や利用者のニーズに応えて高度化・詳細化した反面で、いわば「建て増し」を続けた結果として、残念ながら利用しにくい情報体系になってしまっている感は否めない。それを中長期的にはできる限り整理・統合してシンプル化していこうという基本方針で進めている中、それでもなお、気象庁は今回新たな情報の運用開始へと進んだわけである。

 以下、気象解説者としての筆者なりの意見を述べたいと思う。

■ 今回の情報新設の背景

 そもそも、今回の情報新設の経緯はどういったものだろうか。気象庁は背景として、

毎年のように線状降水帯による顕著な大雨が発生し、数多くの甚大な災害が生じています。この線状降水帯による大雨が、災害発生の危険度の高まりにつながるものとして社会に浸透しつつあり、線状降水帯による大雨が発生している場合は、危機感を高めるためにそれを知らせてほしいという要望があります。

としている。

 「線状降水帯」というキーワードは一般に広く認知されつつあり、危機感を高める言葉としては大きな効果があるのだろう。気象解説者として率直に述べるならば、それにより一層の警戒感を持っていただく、防災行動のさらなる後押しになるのであれば用いたい表現ではあるものの、一方で、気象学的なメカニズムとしての厳密さを考慮すると軽々には使用できないワード、と考えていた。

 実は「線状降水帯」は研究者により細かい定義が異なる場合もあり、また、レーダー観測などをパッと見ただけで厳密に「線状降水帯」と断言できるのかという懸念もある。「とにかく強雨域が線状に見えれば『線状降水帯』でしょ?」という、比較的緩い考え方をする向きもあろうかと思うが、筆者としてはそのように乱暴にまとめてしまうことには抵抗があるのだ。

 しかし今回、気象庁が防災機関としていわばオフィシャルに「線状降水帯」と表現してくれるのであれば、「線状降水帯」というインパクトのあるワードを利用しやすくなり、災害が差し迫っているような場合、解説に際してもより一層高い警戒感・危機感を伝えられると感じるのも正直なところである。

「顕著な大雨に関する情報」の発表イメージ。(気象庁HPより引用)
「顕著な大雨に関する情報」の発表イメージ。(気象庁HPより引用)

 筆者のような気象解説者だけでなく自治体などの防災担当者においても、「線状降水帯が発生していると判断できるのならば、速報して教えてほしい(そして、願わくはその予報ができるのなら、事前に教えてほしい)」という要望があることは自然なことだろう。技術としてそれができるなら、黙っているのではなくぜひ教えてほしい、ということだと思う。ここに至って、筆者は過去の情報新設に関連して、思い出したことがあった。

■ 長崎大水害を経て新設された「記録的短時間大雨情報」

 1982年に発生した「昭和57年7月豪雨」は、長崎県を中心に大きな被害をもたらした。いわゆる「長崎豪雨」「長崎大水害」である。長崎県長与町で1時間降水量183mmを観測し、今に至るまで日本の歴代1位の記録(気象官署以外での観測も含む)となるほどの集中豪雨だったのだ。この豪雨による死者・行方不明者は長崎市内を中心に299人と、甚大な被害をもたらした水害になってしまった。

 当時、気象庁は大雨・洪水警報を発表して強い危機感を持って警戒を呼びかけていたが、大雨が続いておりそれ以前から警報が幾度も発表されていたこともあり、特段の危機感を伝えることが難しかったと言う。いわば危機感を伝えるカードをすでに使い切っていた、と言えるだろう。1時間雨量が100mmを超えるような豪雨を事前に予測することは今でも難しいとはいえ、せめてそうした異常な豪雨になっていることを速報的に伝え、警戒感を一層高めてもらいたかった、という想いを持つことは想像に難くない。

 災害の甚大さを受け、豪雨後には、警報のさらに上の「スーパー警報」が作れないかという議論が起こり、国会でも取り上げられたほどだった。その後の検討の結果、災害の翌年の1983年には、予測としては難しいが、実際に短時間に集中して降るような記録的な大雨が降った場合、さらなる警戒を呼びかけるために、その旨を特に速報する情報として「記録的短時間大雨情報」が新設され、現在に至っている。

 記録的短時間大雨情報は、大雨警報が発表されている状況下で、「その地域において、数年に一度レベルの記録的な1時間雨量を実際に観測(または解析)した場合」に発表される。実際に降った場合という点は、今回の「顕著な大雨に関する情報」と通じるところがあり、今回の情報はいわば「記録的3時間大雨情報(分布形状など条件あり)」とも言えるような側面を持っている情報と言えるだろう。

記録的短時間大雨情報の発表例。(気象庁HPより引用)
記録的短時間大雨情報の発表例。(気象庁HPより引用)

(なお、今月(2021年6月)からは、記録的短時間大雨情報にも改善が加わった。大雨・洪水警報の危険度分布も用いるように、発表条件が追加されている。単に雨量の基準だけでなく、災害の危険性が高まっている場合のみに発表されるように改善された。)

 また、2014年の御嶽山の噴火災害後には、「噴火速報」が新設された。現在の技術では、火山の噴火を時間に余裕をもって事前に予測することは完全には難しい場合もあり、せめて「噴火した」という情報だけでも速報的に伝えるべき、という議論を経て新設された情報だったと筆者は記憶している。噴火活動をしていなかった火山が噴火したり、通常から噴火活動をしている火山であっても通常よりも規模の大きな噴火となったりした場合には速報的に伝える、という情報である。

 上記のように、「現在の技術では、現象の事前予測は難しいけれども、せめて発生したことだけでも、警戒感を一層高めるために、特段の意味を込めて伝えたい」ということは理解できるかと思う。「警戒感を高める」ことしかできないのかもしれないが、仮にまだ手遅れになっていない地域があれば、行動を促す最後のひと押しになるほどのパワーワードになり得る、とも思う。

 その一方で前述の通り、「情報の種類が増えすぎており、分かりにくい」という批判的な声があることも理解できる。気象庁もこうしたことは理解しているし、僭越ながら筆者も様々な場で訴えてきている。

■ 一般向けはシンプルに、高度利用者向けは詳細に

 以前から筆者は、一般向けの情報はできる限りシンプルで分かりやすく、直接防災対応に当たる自治体などの防災担当者や気象技術者などの高度利用者向けにはできるだけ詳細にした情報体系にするべきではないか、と提案してきた。今回も、改めて強く申し上げたい。以下は同様のものを以前にも書いたが、あくまでも私案である。

 災害の危険度は、2019年から運用が開始された、住民がとるべき行動を示した「警戒レベル」にできる限り連動させ、将来的には1~5の警戒レベルの数字だけでも危険性や行動がイメージできる社会を目指したいものの、まだそこまでは至っていないと感じる。数字のみではなく日本語としての名称も重要と筆者は感じており、住民の主体的な避難行動を促すための防災気象情報の名称は、数字に付随させた「現象名+危険度を示すキーワード+情報」として一貫性を持たせてはどうか。レベルとの連動した危険性を示すワード(および色)としては、例えば、

 5:切迫 (黒)

 4:危険 (紫)

 3:警戒 (赤)

 2:注意 (黄)

 1:準備 (白)

とし、現象名「土砂災害」「浸水」「暴風」「高潮」「洪水」などを冠して、「土砂災害危険情報(レベル4相当)」「高潮警戒情報(レベル3相当)」などとすれば、数字やワードさえ覚えておけば、情報名からどの程度の危険性になっているか理解しやすくなるのではないか、と思う。警戒レベルとの紐づけは今後順次進んでいくものと考えているが、こうした統一感を持った情報の名称にすることも一考できないだろうか。将来的に警戒レベルの理解が広く浸透すればこの情報名称も不要となり、「土砂災害:レベル4」「高潮:レベル3」などと数字だけで状況が分かるような社会になると、よりシンプル化するだろう。

 なお、筆者が挙げた各危険度を示す言葉および色は、大雨災害の危険度分布(キキクル)の改善案として現在検討されているキーワードや色を参考にした。

気象庁で検討されている危険度分布(キキクル)などの改善案。(気象庁HPより引用)
気象庁で検討されている危険度分布(キキクル)などの改善案。(気象庁HPより引用)

 筆者の私案では、一般向けの情報としては、用語・色・レベルを統一することでシンプルで分かりやすくなると考えられる。もちろん、現象ごとの予測精度やとるべき避難行動の違いなどがあり、一貫性を持たせることは容易なことではない。また、特別警報・警報・注意報といった現在の体系を変えるには法改正も必要となるため、これも大変な労力を要するだろう。様々な機関が関わるため、気象庁単独でできることでもないと思う。しかしながら、「建て増し」を続けて複雑化した現在の状況を打破するには、一度根本から構成し直すほどの大規模な変革が必要かもしれない、と筆者は思っている。

 そして、高度利用者向けの情報は一般向け情報を補完する情報として明確に位置づける。あくまでも、避難などの具体的な防災行動のきっかけにするのはシンプル化した情報とし、状況をより詳細に把握したり、避難呼びかけなどをさらに強く後押ししたりする情報として整理してそれを周知すべきではないか。現行の記録的短時間大雨情報や「顕著な大雨に関する情報」などを整理・統合しつつ活用するほか、様々な情報やそのベースとなる量的な解析情報を、高度利用者向けとはっきり示した上でリアルタイムで配信するのはいかがだろうか。住民の避難行動を促す役割がある人々に、それを後押しするための材料の提供として明示し、気象庁には解説情報やデータの配信をより一層詳細にお願いしたい。もちろん、直接の防災担当者ではない人も、知見のある人が積極的に利用できるよう、ホームぺージなどを通じて情報にアクセスすることができるようにすべきだと思う。

 避難行動と直接紐づけられた一般向けのシンプルな情報の体系と、それを後押しするための高度利用者向けの詳細で豊富な情報の体系を連動させて再構築・設計することで、より一層、防災・減災に資することができるのではないか、と筆者は思っている。読者の皆様はどのように思われるだろうか。ぜひ「我が事」と思い、一度考えてみていただければ幸いである。

[参考資料]

「自らの命は自らが守る」社会の構築に向けて~防災気象情報の伝え方改善~

  (気象庁報道発表、2021年5月24日発表)

“あれこれ情報出すのはやめて” 気象庁検討会で何が

  (NHK・ウェブ特集記事、2021年6月4日配信)

防災情報の伝え方に関する検討会

  (気象庁ホームページに資料掲載、2021年4月28日最終更新)

1982年(昭和57年)長崎水害

  (内閣府防災、災害対応資料集)

昭和57年7月豪雨(長崎大水害)

  (長崎地方気象台)

気象解説者/気象予報士/防災士/ウェザーマップ所属

幼少時からの夢は「天気予報のおじさん」。19歳で気象予報士を取得し、2001年に大学生お天気キャスターデビュー。卒業後は日本気象協会に入社し営業・予測・解説など幅広く従事した。2008年ウェザーマップ移籍。平時は楽しく災害時は命を守る解説を心がけ、関西を拠点に地元密着の「天気の町医者」を目指す。いざという時に心に響く解説を模索し被災地にも足を運ぶ。関西テレビ「newsランナー」など出演。(一社)ADI災害研究所理事。趣味は飛行機、日本酒、アメダス巡り、囲碁、マラソンなど。航空通信士、航空無線通信士の資格も持つ。大阪府赤十字血液センター「献血推進大使」(2022年6月~)。1981年埼玉県出身。

片平敦の最近の記事