Yahoo!ニュース

NYが水没危機?マンハッタン高層ビルに課された厳しい温暖化対策「温暖化と共存する時代」の到来(1)

海南友子ドキュメンタリー映画監督
ニューヨークの高層ビルはいま厳しい温暖化対策を課せられている(撮影:海南友子)

2022年も世界中で記録的な猛暑や山火事、氷河の溶解、土砂災害が頻発し、気候変動の影響が顕著になりつつある。2022年にフルブライト奨学生として米国コロンビア大学で気候変動の専門研究員を務めた筆者が「温暖化を受け入れる時代の到来」についてリポートする。大都市が「温暖化を受け入れて共存する時代」にどのような準備が必要かをニューヨークを例に考える。

■マンハッタンの高層ビルに世界有数の厳しい温暖化規制

 いま、ニューヨークのビル経営者の頭を悩ませているのは、新たな温暖化対策の規制だ。延べ床面積およそ700坪(25000平方フィート)以上の建物は、ニューヨーク市が定めた温室効果ガスの排出基準を2024年までに下回らなければいけない。基準は2030年にさらに下げられる。

 ニューヨークのビル運営会社マシュー・アダムプロパティーのCEO イラ・メイスターは「対象には、ほとんどのビルやコンドミニアムが含まれます。2030年に40%、2050年に80%の二酸化炭素の排出削減が目標となる予定で、法案の成立で厳しい変革が起こりました。」と語る。

 Local Law 97(地方法97条)と呼ばれるこの規制は、2019年にニューヨーク市議会で成立した「気候変動対策法(Climate Mobilization Act)」の一部だ。マンハッタンの高層ビルや郊外のコンドミニアムなど大半が対象となる。気候変動対策では欧州などに比べて遅れている印象の米国だが、ニューヨーク市は世界有数の厳しい建物規制に打って出た。大都市の気候変動対策のトップランナーを目指す。

■2050年までに排出量実質ゼロのカーボンニュートラルな都市に

 背景には、ニューヨーク市の温室効果ガス排出量のうち建築物からが70%を占めることだ。ニューヨーク市では、2050年までにカーボンニュートラルを達成するという野心的な目標を掲げている。カーボンニュートラルとは温室効果ガスの排出を実質ゼロにする状態だ。CO2などの温室効果ガスの「排出量」 から、植林や森林による「吸収量」を引いて、合計を実質ゼロにする。達成のためには、排出量の70%を占めるビルへの対策が必要で、大都市の象徴である建物群に、厳しい規制をかけなければ達成できない。そのため、上記の Local Law 97(地方法97条)以外にも政策が行われている。

■ビルの屋上はよりグリーンに そしてより白く

 2019年に施行されたLocal Law 92と94(地方法92条と94条)もビル経営者を悩ませている。この法では2019年以降に建てられるすべての建物に、屋根を完全に覆うSustainable Roofing Zone(持続可能性のある屋根利用)の設置を義務づけた。これは4kW以上発電できる太陽光発電システムの設置、または屋上緑化を指している。米国内ではカリフォルニア州に続く画期的な環境基準だ。   

 ニューヨーク市はこの法制化のプレスリリースで「市内には100万棟のビルがあり、屋上の面積は1億6000万m2(東京ドーム約3400個*筆者換算)。この広大な敷地は、気候変動を緩和し、嵐や洪水を防ぐチャンスを提供します。CO2排出量の削減、生物の生息地保護、ヒートアイランド現象の緩和を実現でき、電気代も削減できます。」と述べている。

 試算では、屋上にソーラーパネルを設置することで、新築購入者は年間数万ドルの電気代の節約になり、ビル所有者に利益をもたらすと示唆している。

NYC CoolRoofsは、年間92000平方mでの施工を目標に、不動産所有者、コミュニティ、人材育成組織、ボランティアなどを巻き込んで展開している。(提供:NYC CoolRoofs)
NYC CoolRoofsは、年間92000平方mでの施工を目標に、不動産所有者、コミュニティ、人材育成組織、ボランティアなどを巻き込んで展開している。(提供:NYC CoolRoofs)

 新規ビルがグリーン化なら、既存ビルにはホワイト化が提案されている。屋上を白く塗りつぶすNYC Cool Roofs(ニューヨーク市の冷たくてかっこいい屋上)でのCO2削減だ。市内は黒い屋根や道路が多く緑も少ないため、2-5度気温が高くなる。たとえば230平方mの屋根に白いコーティングを施せば、CO2の年間排出量を1トン削減できる試算だ。そこで2019年以前に建築された既存ビルへの施工が推奨されており実現には市からのサポートがある。市の提供する労働トレーニングの一貫として、スキルを得たい労働者が、屋上への白ペイントや環境対策の施設の設置を行うのだ。就労対策と気候変動対策がかなう珍しいプログラムだ。

 日光浴やバーベキューしか使い道がなかった屋上が、グリーンな発電場所や、白く塗り替えられることで、ニューヨークのカーボンニュートラル達成に貢献する計画だ。

■NYの海面上昇1.2メートルを予測する「ニューヨークの気候変動に関するパネル(NPCC)」の科学者たち

 これらの政策が法制化された背景には、当時のブルームバーグ市長が招集し、2009年に発足した「ニューヨークの気候変動に関するパネル(NPCC)」がある。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」をもじってNYに特化した科学者集団を結成したのだ。20人の専門家からなる諮問機関で、気候科学・人口統計・地学・リスク分析・建築・都市工学・地学等、幅広い分野にまたがっている。ニューヨーク市の気候変動に特化し、今世紀末までの気候予測と、実践的で科学的な情報を政策立案者に提供している。

たとえば、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、2100年までに世界の海面は現在よりも3フィート(約90cm)上昇すると予測が出ているが、ニューヨークに特化したNPCCの予測では、ニューヨーク市は2100年までに海面が4.17フィート(127センチ)上昇し、最悪の場合9フィート(274センチ)になる可能性があると報告している。この予測に基づけは、ニューヨークの象徴自由の女神も、台座と女神像は残るが、リバティ島は水没するし、マンハッタンの湾岸は壊滅的な打撃を被るだろう。

 NY市当局が、建物に対して、世界有数の厳しく大胆な温暖化規制に踏み切った背景には、専門家による科学的な未来予測がベースにある。

 科学者、政治、行政が綿密なタッグを組んでニューヨークの未来をより安全にするため、2050年のカーボンニュートラルの実現。それに向けてニューヨークの取り組みは続く。次回はニューヨークの地下鉄、およびマンハッタン南部の海岸への最新の温暖化対策について報告する。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

ドキュメンタリー映画監督

71年東京生まれ。19歳で是枝裕和のドキュメンタリーに出演し映像の世界へ。NHKを経て独立。07年『川べりのふたり』がサンダンス映画祭で受賞。世界を3周しながら気候変動に揺れる島々を描いた『ビューティフルアイランズ』(EP:是枝裕和)が釜山国際映画祭アジア映画基金賞受賞、日米公開。12年『いわさきちひろ〜27歳の旅立ち』(EP:山田洋次)。3.11後の出産をめぐるセルフドキュメンタリー『抱く{HUG}』(15) 。2022年フルブライト財団のジャーナリスト助成で米国コロンビア大学に専門研究員留学。10代でアジアを放浪。ライフワークは環境問題。趣味はダイビングと歌舞伎。一児の母。京都在住。

海南友子の最近の記事