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地方移住の現状は、今どうなっているのだろう? 【移住2.0】

甲斐かおりライター、地域ジャーナリスト

 地方創生が始まり、今年で4年目に入る。全国の自治体が人口シュミレーションをして「地方版総合戦略」をつくり、これを国も支援。だが、2017年の人口の動きでは東京圏への人口流入超過は約12万人。東京一極集中への流れは大きくは変わっていない(*1)。

 一方、都市に暮らす人で田舎暮らしをしたい人は多く、若い人ほどその傾向が強いことが明らかになっている。

2017年の「都市住民の農山漁村に関する意識調査」では、「移住する予定がある」「いずれは移住したい」「条件が合えば移住してみてもよい」を合わせて30.6%。20代では70%にのぼる (*2)。

 むろん「田舎暮らしをしたい」という意識調査だけではその本気度は測りきれないが、地方暮らしに関心のある人が多くても、都会への流入が増え続ける背景には、地方の現状と人びとのニーズが一致していない現実がある。

移住2.0? 移住者が求めているのは「のんびり田舎暮らし」でなく、「新しい暮らし方、働き方」

 実際どれくらいの人が移住しているのか?という数値については、じつは多くの自治体で正確な数字を把握できていない。

 住民基本台帳で転入者数はわかっても、進学や結婚、転勤など人が移動する理由はさまざまなので、それが「移住」なのかどうか定かでないためだ。移住支援組織などを利用した人の数は、全体の一部にすぎない。

 2014年度、毎日新聞とNHK、明治大学地域ガバナンス論研究室が行った共同調査で、「地方自治体の移住支援策を利用するなどして地方に移住した人」は1万1735人という数字は出ており、これは09年度から5年間で4倍以上の増(*5) 。ただし、全国の都会から地方(と呼べる場所)へ「転入」した人の数からするとそれが多いのか少ないのかは図りづらい。

 ただそうした支援組織を利用して移住する人が年々増えているということは、はっきり言える。

どんな理由で移住しているのだろう?

「『田園回帰』に関する調査研究報告書」(2018年3月発表)で公表された、都市部から過疎地へ移住した人たちの動機をみると、そこには従来から少し変わり始めた移住の傾向が浮かび上がる(*3)。

自然環境の良さに次いで挙げられるのが「それまでの働き方や暮らし方を変えたかった」(30.3%)。

ひと昔前のロハスやスローライフといった言葉で想起されるのんびりした暮らしではなく、田舎にいても手応え、やり甲斐のある仕事をすることや、周囲の人たちと関係を築くなど、より積極的な生活を求めて地方を選ぶ人が増えていることが垣間見える。

 今回この「移住の今を追う」シリーズで若手移住者の増える地域を取材してまわって感じたのも同様のことで、移住した人たちは、安定よりも自分自身でコントロールできる生き方、より人間らしい生き方を求めているように映った。

 たとえば、北海道下川町へ移住し、起業準備中という30代男性は「都会でも田舎でも良かった。ただ自分でできる仕事で一本立ちするために移住した」と話していた。都会の会社でやり甲斐をもって仕事をしていたけれど、会社の都合で先輩たちが意に添わない異動や転勤を強いられる姿を見て、明日は我が身と思ったそうだ。規模は小さくても、企業にふりまわされず、自分でハンドリングできる仕事をしたいと考え、実現しやすそうな場所を探した結果、世間からは「僻地」と言われる北海道の小さな町に移住した。

島根県海士町の特産品、岩がき。若手移住者が季節ごとに違う仕事に従事する「マルチワーカー」という働き方を実践している
島根県海士町の特産品、岩がき。若手移住者が季節ごとに違う仕事に従事する「マルチワーカー」という働き方を実践している

 自分のことだけでなく、町の描く未来のビジョンにも惹かれたという。下川町では、環境や循環型の林業モデルなどサステナブルな視点をもった未来像が町のプランとして描かれていて、そのビジョンに共感する若い人たちがどんどん訪れている。

どんなに不便な場所であっても「ここでしかできない仕事がある」「まちの掲げる先進性に惹かれて」といった理由は、若い人たちの背中を押ししている。

「田舎に住みたいから」だけではない移住2.0が始まっている。「都会とは違う働き方、暮らし方をしたい」から、結果として田舎を選ぶ人が増えている。

少子化対策として始まった「地方創生」。問題の本質は、「人口“数”」ではなく、世代間のバランス

 2015年に始まった「地方創生」は、疲弊する地域の活性化が目的と思っている人も多いかもしれないが、じつは日本全体の「少子化対策」の一つとして掲げられた面が大きい。理由はとてもシンプルで「出生率の低い東京から、より出生率の高い地方へ若い層を移住させれば子どもが増えるだろう」というシナリオによる。

 たしかに日本の人口は、このまま何もしなければ、現在の1億2668万人が、80年後の2100年には約40パーセントの4959万人にまで急減すると言われている(*4)。

 だが問題の本質が「総人口“数”」でないことは、一度海外に目を向けてみるとわかる。日本と国土面積がほぼ変わらないドイツの人口は、現日本人口64%の8068万人。それでもGDPは日本に次ぐ世界第4位。

日本よりひとまわり国土の狭いイギリスは日本の約半分の6471万人。

一人当たりGDPが世界第3位と日本より高いノルウェーは523万人と、千葉県の人口より少ない(2016年時点)。

 一方歴史を大きく遡ってみれば、奈良時代には人口500万人、江戸時代初期には1200万人から1800万人、江戸後半には3200万人ほどで定常化していたと言われる。

時代が違うので、そのまま現代に当てはめて考えるわけにはいかないが、現人口は、ここ100年ほどで急激に伸びた結果であり、長い目でみれば今の方が異常なのかもしれない。

自然のなかで子どもたちを遊ばせる保育サービス。保育士が一人ついて面倒をみている(島根県海士町)
自然のなかで子どもたちを遊ばせる保育サービス。保育士が一人ついて面倒をみている(島根県海士町)

 問題は人口が減ることそのものよりも、急増した人口がここ100年で再び急減することにある。

 今の社会をその変化にどう最適化するかと、世代間のバランスが重要。絶対数が少なくても、若い人の割合が一定数いてバランスの取れた構成であれば、社会は持続していく。

この50年間で人口が半減した島根県海士町の山内道雄町長も「お年寄りばかりにならないよう若い人たちに来てもらうことは大事ですが、人口規模については、今のままでちょうどいいのかもしれないとも思っています」と話していた。

「定住しなくていいんです」と言い始めた地域で、移住者が増えている

 さらに、移住を希望する人と受け入れる側のギャップの一つに、地元住民が「ずっと定住してくれるかどうか」を性急に求めることがあるように思う。

 地元の人たちからすると、来てくれた人にはずっと居てほしいという気持が強くなるのもわかるが、初めて暮らす場所にいきなり骨を埋めるかと問われるのは、付き合い始めて間もない相手に結婚の約束を迫られるようなものだ。

その地で生まれ育ったUターン者は別として、それほどの覚悟はなかなか持てない。

「結婚しているのか」「子どもはいるのか」「いつまでいるのか?」は、若手移住者に対する3大質問。はじめの2つも、都会では簡単に口にするのをためらうセンシティブな質問だが田舎では躊躇ない人が多い(もちろんそうでない人もいますが)。

とくに3番目の質問は、移住者に大きなプレッシャーを与える。

 長年その地に暮らしてきた人たちと違って、移住する人たちは一生その地に暮らすかどうかを先に決めて来るわけではない。ある程度はじめは「気軽に住める場所」であることも重要で、そのためには地域の風通しのよさがものをいう。

 岡山県で移住者の増えている地域、西粟倉村では3年前から地域おこし協力隊の募集ポスターに「定住しなくて、いいんです」というコピーを用いているという。その理由を役場の地方創生特任参事の上山隆浩さんは

「移住することはハードルが高いことです。そのハードルを超えないとこの村ではなにもできないなんてもったいない」

と語る(雑誌『TURNS』2018年4月号より)。

「田舎でビジネスをするうえで「移住」は絶対条件ではない」。それを実感し始めたのはここ1〜2年のことなのだとか。

岡山県西粟倉村の地域おこし協力隊募集のポスター(2015年)
岡山県西粟倉村の地域おこし協力隊募集のポスター(2015年)

 西粟倉は筆者も何度か訪れたことがあるが、もう10年以上前から「100年の森構想」をはじめ、林業の再生や、地域起業家をバックアップする活動を積極的に行ってきた地域として有名だ。

近年その成果が見え始め、若い層が増えている。「ablabo.」「酒うらら」「帽子屋 UKIYO」といった移住者によるスモールビジネスが次々に生まれる背景には、土地への入りやすさとともに、出やすさ、風とおしの良さも関係しているだろう。

 能力のある人が一定期間滞在してしくみづくりを行ってくれれば、その人自体は村を去ってもしくみは残り、別の人に引き継いでもらうことができるという考え方に起因しているらしい。

まちが主体性をもっているからこそ生まれる発想かもしれない。

岡山県西粟倉村の「森の学校」。中には小さな起業を実践する人たちの事務所やギャラリーが並ぶ
岡山県西粟倉村の「森の学校」。中には小さな起業を実践する人たちの事務所やギャラリーが並ぶ

 移住希望者の中には、田舎でもやり甲斐をもって働くことを求めている人たちが増えている。

自分を生かせる場所があるかどうか。望む暮らしが実現できるなら、アクセスの良さや場所は問わない。

そうした自立心のある若手が、より身近に地方を選ぶようになるためには、地元の側にも彼らにとって魅力的なビジョンを描くことが大事になる。刺激や先進性が感じられる地域であれば、地方で暮らしたいと思う若者のニーズと現実のギャップは埋まっていく。

仕事と住宅環境さえ揃えれば若い人が訪れるかといえば、必ずしもそうではない。絵にかいた餅ではない、土地の資源と対策が明確なまちのビジョンと、地元の人たちの魅力があれば、自ずと人は集まるのではないだろうか。

この後、若手移住者の増えるまちで起こっていることを数回にわたり紹介していきます。(2018年4〜6月にかけて)

第2回:島や山間地、“田舎の田舎”で30代の若い世代が増えている。データが示す移住の現状

第3回:なぜ、都会から遠い島や山間地に30~40代で移住するのだろう?田舎の田舎で始まっていたライフシフト

(*1)「住民基本台帳人口移動報告 2017年結果」(総務省統計局2018年1月発表)。東京圏には、東京、千葉、埼玉、神奈川が含まれる。

(*2)(*3) 「田園回帰」に関する調査研究報告書(総務省)回答者3,116名。平成29年1月実施、平成30年3月報告)

(*4) 「日本の将来推計人口」(国立社会保障・人口問題研究所)中位推計値 2012年1月推計

(*5) 東京都と大阪府を除き、移住相談の窓口や中古住宅を活用する「空き家バンク」などの支援策を利用した人や、住民票提出時の意識調査で移住目的とした人のうち、別の都道府県から移り住んだ人を都道府県や市町村に尋ねた。(毎日新聞2015年12月19日)※2018年8月15日、加筆

ライター、地域ジャーナリスト

地域をフィールドにした活動やルポ記事を執筆。Yahoo!ニュースでは移住や空き家、地域コミュニティ、市民自治など、地域課題やその対応策となる事例を中心に。地域のプロジェクトに携わり、移住促進や情報発信、メディアづくりのサポートなども行う。移住をテーマにする雑誌『TURNS』や『SUUMOジャーナル』など寄稿。執筆に携わった書籍に『日本をソーシャルデザインする』(朝日出版社)、『「地域人口ビジョン」をつくる』(藤山浩著、農文協)、著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス)『暮らしをつくる』(技術評論社)。

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