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「女性と子ども政策」から振り返る安倍政権:数字と事実を見ることの重要性、そして市民社会の役割

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
7年8カ月の長期政権は女性・子ども政策で何をしたのでしょうか(写真:アフロ)

 8月末、安倍晋三首相が辞任を発表して以降、多くのメディアが安倍政権の検証報道をしています。金融・経済、外交・安全保障と並び、安倍首相がしばしば言及していた「女性活躍政策」に関する記事も目にします。私も、いくつかの取材にこたえ、中でも毎日新聞・藤沢美由紀記者の記事「『女性活躍』保守政権ならではの成果と限界」が、分かりやすいと思います。

 この2週間、さまざまな意見を見て思うのは「保守政権だから女性政策で成果がなかった」とか「掛け声倒れ」というのは、物事を単純化しすぎであり間違っているということです。この記事では、実際に起きた変化を事実に基づいて見ていきます。

最大の成果は寡婦控除の対象拡大

 7年8カ月にわたる第二次安倍政権の女性政策で最大の成果を、私は未婚のひとり親家庭に対する寡婦控除を認めたこと、だと考えています。シングルマザー支援に関わるNPOが長年に提言してきたことが、税制変更として結実した事実を率直に評価すべきでしょう。

 支持層にも議員にも伝統的な家族観を持つ人が多い自民党が、婚姻形態を問わずフェアな処遇へと舵を切ったことは、静かな、そして大きな変化です。ここで、自民党の女性議員たちがいかなる働きをしたのか、朝日新聞・秋山訓子編集委員が丁寧な取材に基づき連載記事「シングルマザーと永田町:女たちの税制革命」に詳しく書いています。政治的選好を超えたところで変化が起きる可能性を感じました。

保育園問題はどう変わったか

 保守政権に女性の問題が分かるはずがない――。こういう思い込みは、私自身にも強くありました。高齢の男性政治家が性差別発言を繰り返すのを見てきたことが影響しています。しかし、現実に女性や子どもに関する政策提言を経験してみると、想像とは違う側面が見えてきました。女性政策の重要な柱のひとつ、保育園に関する議論を見てみます。

 それは2016年に遡ります。春先に「保育園落ちた、日本死ね!」と題したブログ記事が話題になり、国会でも待機児童対策問題が取り上げられるようになりました。以前から保育園や子ども政策を取材していた私は、記事執筆に加え、待機児童保護者たちと一緒に永田町へ行くようになりました。私自身は保育園保護者を卒業していたものの、困っている若い友人を放っておけなかったからです。

民主党(当時)男女議員の反応

 最も早く動いたのは、当時、民主党だった山尾志桜里議員です。山尾議員は、3月に、民主党幹部と待機児童保護者が直接会って意見交換する場を数回にわたり、設けました。ベビーカーを押して来た母親たちを、永田町にある議員会館の入り口まで走って迎えに来て「大変だったでしょう」と声をかける山尾議員を見て、子育ての大変さを分かってくれて心強い、と思いました。

 党幹部はほぼ全員が男性でした。彼らは会議室内を歩く小さな子どもやベビーカーにのった赤ちゃんを、少し戸惑い、珍しそうに見ながら、待機児童保護者や保育に詳しい人々の話を真剣に聞いていました。この時、控室である男性議員から、言われたことを覚えています。

「やっぱり、みなさんがこうして来てくれると、ありがたい」

 永田町には様々な利益団体が訪れ、議員に陳情します。議員も人ですから、直接顔を合わせれば、印象に残るし優先順位が上がる、といった趣旨でした。

 対面で話すことには意義がある、遠かったけれど来てよかった、と思いつつ「赤ん坊や小さな子どもがいる人が気軽に永田町に来られないことが、分からないのかな」と残念にも思いました。子育て層に対する想像力の欠如は、保守・革新を問わない「ケアワーク未経験者」に共通する課題と言えます。

公明党議員と保育の質を議論

 議員とのやり取りを写真付きでFacebookに載せると、友人・知人が様々な形で応援してくれました。ある人の紹介で公明党の高木美智代議員に会いに行った時のことです。この日は待機児童保護者たちの都合がつかず、私と保育事故に詳しい弁護士の2人で永田町へ行きました。私たちは2人とも保育園を増やすこと、その際、安易な規制緩和で子どもを狭いところに詰め込んだり、無資格者に子どもを任せるような無責任なことをしないでほしい、という点で意見が一致しています。

 高木議員は同党の佐々木さやか議員と一緒に話を聞き、保育園を増やすことだけでなく、保育の質を担保することについて、詳細な意見交換ができました。こういうテーマを人権課題として理解してくれる議員に会うと、安心します。

自民党の待機児童対策会議

 「与党とも話をした方がいい」と紹介してくれた人がいて、2016年4月上旬に自民党の待機児童対策会議でも意見交換をしました。私は取りまとめの窓口を務め、現役の待機児童保護者や、質の悪い保育園に子どもを通わせた経験のある保護者、保育園問題に長年関わってきた専門家に加え、これは女性だけの問題ではないことを伝えるため、男性の有識者にも参加してもらいました。

 この日、私は他の党へ行く時より緊張し身構えていました。きっと保守系の男性議員から「なぜ母親が働くのか」と聞かれるはず。「小さい子どもは母親が育てるべき」と言われたら、どう反論しようか。色々考えて準備をしました。集まったのは議長を務める木村弥生議員を始めとする約20名の自民党国会議員、その多くは男性でした。各省庁からも参加者がいて、部屋の後ろはカメラが並んでいました。

自民党男性議員の意外な反応

 意外だったのは、会議で「母親が働く理由」を問われなかったことです。話はすぐ本題に入り、保育園が足りないのは問題であり、増やすべきだ、ということに異論を唱える議員は誰ひとりとして、いなかったのです。

女性活躍と言うのだから、働きたい女性が働けないのはおかしい

保育園に土地を提供したら税制優遇などの措置はできないか

 おそらく、自らの選挙区でも待機児童問題があると思しき、複数の男性議員から、こんな意見が次々に出てきました。「自民党も変わったんです」という言葉もありました。自民党国会議員の数を踏まえると、この日、参加したのはごく一部ではありますが、安倍首相が「女性活躍」と言い続けたことによる変化を直に見た出来事です。

共産党議員の数字と説得力

 その翌月、5月に上智大学で開かれた政治と子育てについて考えるシンポジウムでは、前述の山尾議員そして日本共産党の田村智子議員の話を聞きました。田村議員の分析は歯切れよく、公共事業予算が民主党政権と自民党政権でどう変化したか、数字を挙げて解説していました。「予算はあるはず」という主張には、説得力がありました。

 ここまでのやり取りから分かる通り、保育園を増やすことの重要性は、保守・革新を問わず共通見解になっています。

保育園定員は4年で36万人増えた

 厚生労働省の調べによると、2016年、私が様々な議員と保育園について意見交換していた頃、保育所等の定員は日本全国で260万4210人、利用児童数は245万8607人でした。定員数が利用数より多いことから、保育園が足りない都市部とそれ以外で濃淡あることが分かります。

 ちなみに、2020年9月4日の同省発表資料によると、保育所等の定員は日本全国で296万7328人、利用児童数は273万7359人となっています。4年間で定員は36万以上、利用者は28万弱増えていることが分かります。これらの数字は、こちらの資料の2ページ目で確認できます。

安倍政権は何もしていない、は正しくない

 数字を見る限り、安倍政権が女性活躍や子育て支援のために、何もしていない、という評価は正しくありません。重要なのは保育園を増やすことについて超党派の合意がある、という事実です。地域格差はありますが、女性が働くことについて「当たり前」という価値観を広めた点で、安倍首相の功績を認めるべきだと私は思います。

 都市部に住んでいる人は「保育園に入るのが難しい」感覚を今でも持っているはずです。私が10年前に住んでいた東京都心部では、かつての私と同じ条件(フルタイム、共働き、祖父母が近くに住んでいない、0歳児)では、保育園に入れない人がいます。各自治体では、保育園を増やしていますが、共働き子育て層の増加に追い付いていないのです。

待機児童ゼロに必要な抜本策

 本気で待機児童をゼロにするためには、より大掛かりな施策が必要です。例えば消費税を1%上げて得られる兆単位の予算を全て子どもに投入し、保育園を義務教育並みにアクセス可能にする。もしくはリモートワークをさらに進めて、都心に住まなくても共働き子育てできるようにする。いずれも小手先の変革ではすみません。必要なのは大きな予算を子どもに割くことに、社会全体が合意すること、働き方を大きく変えることです。

 こうして現実に起きたことや公表数字を見ると、安倍政権下に実現したことと今後の課題が見えてきます。

市民社会、政治、行政、メディアの役割

 政策を動かすのは複合的な要因です。首相は一国のトップであり、その発言は確かに重要です。ただ、日本は絶対王政ではなく、首相の一存だけで物事は動きません。記事前半で紹介したシングルマザー支援団体のような市民社会の政策提言は政策を動かす力になります。また、組織化しなくても、私たちが保育園問題でやったように、公共政策に関心を持つ有権者がSNSを介して意見交換し、課題と解決策を集約して政治家に提案することもできます。そこでは、自らの職務に責任感を持つ官僚の働きも重要です。

 長期政権のもとで実現したこと、実現しなかったことを考える際、その原因を首相のみならず、市民社会、メディア、政治家、官僚など複眼的に見ていく必要があります。うまくいったことは、次の政権以降でも継続し、うまくいかなかったことは変えていく。首相が誰になっても、民間人として戦略的に淡々とやるべきことをやっていこうと私は思っています。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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