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「強い男性に幸せにしてもらった、とみんなに思われてる?」ディズニー新作が描くプリンセス像が面白い

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
小学生の娘・息子と一緒に観てきました。反応はいかに?(写真:アフロ)

 12月21日公開のディズニー映画「シュガー・ラッシュ:オンライン」を小学生の娘・息子と一緒に観てきました。物語は、ゲームのキャラクターがインターネットの世界に入って冒険するという設定で、黒髪の少女ヴァネロペと、元悪役の力持ち男性ラルフの仲良し2人組が主人公です。

 予告編でディズニー・プリンセス大集合のシーンを観て、面白そうと思いました。この記事では、メインストーリーの種明かしを避けつつ、ヒロイン像に注目して映画の見どころをご紹介してみます。

歴代ディズニー・プリンセスが集合

 私が「面白そう」と思ったのは、予告編に登場した歴代ディズニー映画のプリンセスたちが、皮肉をこめた自己言及をしていたためです。特にプリンセスたちが「強い男性に幸せにしてもらった、とみんなに思われてる?」と問いかけるシーンが印象的でした。「みんなに思われて」いる、という部分が重要で、プリンセス自身は必ずしもそうは思っていないことが示唆されているからです。

 私は昨年10月に出した書籍『炎上しない企業情報発信~ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞社)で、ディズニー・プリンセス映画の分析をしています。書籍では「白雪姫」から「美女と野獣」を経て「アナと雪の女王」に至るプリンセスたちの変化を見ました。取り分け近年は自己決定するヒロイン像が強調されていること、それが社会のジェンダー規範を反映しつつ、変化を先取りしていることを記しています。

 特に近年のプリンセス映画のヒロイン、メリダ、アナ、エルサ、モアナは誰も結婚を人生のゴールと考えていない上、恋愛にすら捉われません。彼女たちは男性に認められることより、自分で決めた人生を歩むことを好みます。

プリンセス像を大転換したディズニー

 また、プリンセスのマーケティングにおいてディズニーは”I am a princess”と題したCMを公開しています。ここには未就学児から学齢期の国籍や人種が様々な少女たちが登場し、友達や家族の大切さ、力を合わせて何かを成し遂げることの重要性、勇気や愛情について語ります。つまり、見た目ではなく内面の美しさや人間としての魅力、他者への思いやりこそが「プリンセスの条件」であると言うわけです。

 これまで「伝統的な女らしさ」の代表例と見なされてきたプリンセスは、数々のファクトを総合すると「進歩的な女らしさ」の象徴に変わりつつあることが分かります。そんなディズニー・フェミニズムは「シュガー・ラッシュ:オンライン」では、いかなる形で表れるのでしょうか?

 ひとつ、お断りしておくと『シュガー・ラッシュ:オンライン』でプリンセスの登場頻度は多くありません。映画のヒロインはあくまでも、レースゲームのキャラクターである黒髪の少女・ヴァネロペです。

「それ」がなしでプリンセスと言える?

 ただし、彼女に「自分らしく生きること」について考えるきっかけを与えるメンターとして、プリンセスたちは重要な役割を果たします。そして、物語のクライマックスでプリンセスの象徴といえる「あるもの」を活用して、誰かを助けて見せます。「それ」なくして、彼女達はプリンセスと言えるのだろうか? でも、そんなものがなくても、人を助ける勇気、協力し合える友達を持っていたら、充分に「プリンセスらしい」と言えるのではないか…。そんなことを感じます。「それ」が何なのか、映画を見て考えてみてください。

 私は前掲書で、社会が求める女性像の変化に巧みに対応し、時に先取りしてきた例として、ディズニー・プリンセス映画をあげました。『シュガー・ラッシュ:オンライン』を観て、やはりディズニーは、プリンセス像を時代に応じてアップデートしている、と思いました。

悪役風の女性は誰が見てもカッコいい

 さて『シュガー・ラッシュ:オンライン』には、プリンセス以外にも印象的な女性が登場します。その1人はシャンク。カーレースが非常に得意で、主人公のヴァネロペとカーチェイスを繰り広げるシーンは、見どころの一つです。シャンクとの競争に刺激を受けたヴァネロペが、慣れ親しんできた日常生活とは違う世界を求めるようになるところは、物語の心理的なクライマックスを形成していました。

 シャンクが住むのは荒れ果てた街の中です。一昔前の不良かと思いきや、彼女はヴァネロペに知性とインターネットを活用してお金を稼ぐ方法を教えてくれるのです。シャンクもまた、年下女性のメンター役を果たしています。

 映画全体を通して、ヒーロー・ラルフの印象がやや薄い気もしますが、うちの子ども達はそれでも満足だったようで、見終わった瞬間、息子は「僕、シャンクがいちばんよかった。カッコいい!」と言っていましたし、娘も「シャンクがいちばん、好き」と口を揃えていました。子どもは活躍する人物の性別が自分と同じかどうかを問わず、カッコいいものはカッコいい、と認識するのかもしれません。シャンクを見て、他の男の子がどんな反応だったのか、知りたいところです。

親子関係として見ると…

 さて、印象が薄いかも…と言ったラルフですが、実は彼の視点は「親」のそれと重なるところがあります。大親友のヴァネロペを助けるために、何でもしようと頑張るところ。何が何だか分からないインターネットの世界で出来る限りのことをしようとするところ…。

 映画は表向き、ヴァネロペとラルフの友情と、その形の変化を描いています。子どもと一緒に映画を見に来た親は、きっと、ラルフの一生懸命さと、時にやりすぎてしまう言動に自らを重ねることでしょう。子ども客があまりラルフのことを覚えていないのは、ちょっと切ない感じもします。しかし、親はいずれ子どもが自立し巣立っていくまでをサポートすることが最大の役割と考えたら、映画終了と共に忘れられるラルフの位置づけにも、納得がいくかもしれません。

 映画では、インターネットの世界を上手に擬人化し、物語として描いています。その点、詳細は触れずにおきました。冬休みに何か映画を観ようかな、と思っている方は、色んな角度から楽しめると思います。

  • 記事公開後にタイトルを変更しました。
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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