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北海道地震・LINE相談で見えた単身女性の悩み。東京など他の大都市に住む人にも通じる

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
元気で身軽と思われやすい単身女性が大地震で考えたのは?(写真:アフロ)

 9月6日の午前3時過ぎに起きた北海道胆振東部(いぶりとうぶ)地震は、最大震度7という揺れの大きさと、40時間続いた停電で多くの人の生活や仕事に影響を与えました。

 札幌市男女共同参画センターを管理運営する公益財団法人さっぽろ青少年女性活動協会(SYAA)では、地震から数日後に被災した人の支援ニーズを探るためLINE相談を行ったところ、同協会が活動する札幌中心部に住んだり働いたりしている女性たちから、様々な声が寄せられました。

 相談事業を手掛けた菅原亜都子(あつこ)さんによると、札幌市中心部で働く単身女性からの声が多く寄せられたそうです。菅原さんにインタビューをしました。

―― LINE相談を受けよう、と思ったのは、なぜですか。

菅原  札幌で長年暮らしてきましたが、今回の地震ではこれまで経験したことのない大きな揺れの地震と、北海道全域に及ぶ停電の中で不安を感じていました。

 過去に阪神淡路大震災や東日本大震災の時に、関西や東北の男女センターが被災女性を支援してきたことを知っていたため、自分が働いている札幌の男女センターにもできること、やるべきことがあると思いました。

 ただし地震発生当初は、停電もあり情報がない状態です。みなさんが何に困っているのか分からなかったので、それを知るために相談窓口の開設を思いつきました。

 ちょうど、札幌市男女共同参画センターでは、2年前からLINEを活用した「ガールズ相談」を実施しており、LINE相談のノウハウがありました。気軽に費用をかけずに素早く開始できるLINE相談は効率も良いと判断しました。

札幌市男女共同参画センターの菅原亜都子さん。センターで開催されるセミナーの企画運営に加え、北海道内全域を対象とした女性起業家支援ネットワークの構築や、札幌の近郊農業と女性活躍支援など幅広い経験を持つ。
札幌市男女共同参画センターの菅原亜都子さん。センターで開催されるセミナーの企画運営に加え、北海道内全域を対象とした女性起業家支援ネットワークの構築や、札幌の近郊農業と女性活躍支援など幅広い経験を持つ。

―― 電力が復旧してから約3日後に相談受付を始めています。

菅原  札幌市男女共同参画センターは、札幌駅から徒歩5分かからないオフィスビルに入っています。震災当日は停電のため休館しましたが、翌7日と8日は帰宅困難者や近隣の不安を抱える方の対応のために自主的に一部を開放していたため、センターの通常運営は9日から再開しました。LINE相談はその翌日に始めたことになります。

―― どんな人から相談が寄せられたのでしょう。

菅原  LINE相談窓口を開設した5日間で、12件の相談が寄せられました。うちシングル単身女性から5件、シングル子どもあり女性1件、既婚子どもなし女性3件、既婚子どもあり女性から1件、不明が2件でした。

―― ひとり暮らしの方の相談が多い印象を受けます。

菅原  はい。既婚の方も何らかの事情で別居されている方がいました。

―― 相談内容はどんなものでしたか。

菅原  最も多かったのは余震への不安です。「ひとり暮らしなので怖い」「子どもが怖がっている」といった声が寄せられました。

 もうひとつは、仕事や職場に対するモヤモヤ感です。「自分には子どもがいないという理由で出勤し続けている」「子どもがいる人は出勤が免除され、家族と一緒にいられることを羨ましく思ってしまう」「週明けに職場に行ったら日常に戻っていてついていけない」「体がだるくて仕事に行きたくない」といった声がありました。

 また「みんな家族といるのに自分だけが一人に感じてしまう」とか避難所について「同性パートナーと一緒に避難することは可能か」という相談もありました。

―― 地震と聞くと、ケガや食料・水の確保が大変なのでは、と思いがちですが、寄せられた相談はそういうものとは違いますね。

菅原  はい。30代前後のシングル女性からの相談が多かったことが印象的でした。これまで、災害時には子どもや障害を持った方、高齢者などについて、脆弱性が高く配慮が必要と指摘されることが多いように感じていました。今回の相談で見えてきたのは違う課題です。

 LINE相談の結果を受けて、男女共同参画センターに来館した女性たちにもヒアリングしてみました。すると、単身女性たちが次のような話を聞かせてくれたのです。

1) 職場近くに住んでいてケアが必要な家族もいないため地震直後から職場に呼び出され出勤していた

2) 単身で住居も狭いため食料などの備蓄品が全くなかった

3) 孤独を感じた

 札幌は生産人口に占める女性割合が高く、特に札幌市中央区は単身の若い女性が多い地域です。市内中心部でサービス業や接客業を行う若い女性の多くが職場の近くに住んでいることも予想できます。

―― 実は、似た話を東日本大震災の時、10~20代だった女性への聞き取り調査報告書で読んだことがあります。病院勤務の方が震災後になかなか帰宅できず、長時間勤務を続けていました。同僚の中でも子どもや高齢者など家族の世話をする必要がある人は、震災後の仕事割り当てで配慮されるので、独身者の負担が重くなる。非常時だから仕方ないけれど、後で思い返すと自分も辛かった、と。

菅原  今回寄せられた相談は、緊急のものや命・生活が脅かされるような深刻なものは少なかったと思います。一方で、日常の生き方や働き方を見つめ直さざるを得ないような、考えさせられるものが多かったのは事実です。緊急性のない「もやもや感」を話すための相談だから、LINEというツールがフィットしたのではないでしょうか。

 菅原さんが勤務する札幌市男女共同参画センターは、札幌駅の真正面、東京で言えば丸ビル・新丸ビルのような好立地です。セミナーなどは現役で働く人のニーズに沿って組み立てられていて、参加者は仕事帰りの女性・男性が多いのが特徴です。ふだん、元気に働いている人が集まる拠点になっているからこそ、表面的には「弱者」に見えない人たちの本音も集まってくるのかもしれません。

 お話を聞いていて、自分が東京の都心部で一人暮らしをしていた頃のことを思い出しました。通勤に便利な場所に住み、仕事と自宅を往復する日々は充実していましたが、地震や病気の時は、自分がいなくなっても誰も気づかないかもしれない――という孤独感もありました。7年半前の東日本大震災の時は、子育て中の妊婦だった私は自宅待機した一方、ひとり暮らしの同僚が出勤して私の分までカバーしてくれました。「家族がいるから」と一方的にサポートしてもらうだけでなく、自分ができることも考えなくてはいけないな、と考えさせられたインタビューでした。

 菅原さんによれば、余震が収まった後、仕事が再開したものの「気持ちがついていかない」という声も多かったようです。この点は単身男性にも共通するかもしれない、と思いました。みなさん、どう考えるでしょうか。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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