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日本には「規制緩和」という経済成長マシーンがある

岩崎博充経済ジャーナリスト

金融政策は限界に近い

第3次野田内閣誕生のニュースを見ていて思うのは、いまやすっかり民主党は脱官僚の看板を下ろして、一緒に仲良くやっていく仲良し路線に方向転換したということだ。政権交代の原動力となったマニュフェストに掲げた理想「脱官僚」は、いまや完璧に消滅してしまったわけだ。

その一方で、前原誠司経済財政担当大臣がさっそく日本銀行にさらなる金融緩和を求める、というメッセージを出していたが、世界景気が減速していく中で、日本銀行が外国債券などを購入して、追加の量的緩和=紙幣を増刷してもその効果は限定的だ。欧州債務危機に直面しているECB(欧州中央銀行)は南欧諸国などの中期国債以下の無制限買い入れ=非伝統的な量的緩和政策の実施に踏み切り、米国もFRB(米連邦準備制度理事会)が「QE3(第3次量的緩和)」の実施に踏み切るなど、世界は今や量的緩和競争に陥っている。

世界がそんな状態で、日本だけが量的緩和を渋っていれば円が買われて「円高」に振れてしまう可能性は高い。しかし、日銀が無制限の量的緩和を実施しても、外国為替が自由化されているグローバル社会では、日本で大量供給された資金は世界中に離散して、新興国の株式市場などにバブルを起こすのが関の山だ。ECBやFRBが必死でやってダメなものを、日本銀行の量的緩和だけが景気を押し上げて、しかも穏やかなインフレを誘発するとは考えにくい。むしろ悪性インフレを引き起こす導火線になりかねない。

日本には省庁が既得権として握る「宝の山」がある?

そもそも、景気を回復させるための手段は中央銀行にお金を印刷させてばらまく金融政策だけではない。「規制緩和」という経済成長の原動力があることを忘れてはいけない。かつて、英国病で苦しんだ英国が復活できたのは金融緩和ではなく、鉄の女と呼ばれた「マーガレット・サッチャー元首相」の大幅な規制緩和があったからだ。民間ができることは民間に権限を委譲する経済政策だ。

現在の日本が、様々な分野で規制によってがんじがらめになっていることに異論をはさむ人はいないだろう。日本で大幅な規制緩和が実現できた分野というのは、その大半が米国などからの外圧やイノベーション(技術革新)によるものだ。そうした規制緩和の遅れを取り戻そうとして「脱官僚」政治を目指した民主党がギブアップしてしまった以上、別の政権が誕生して規制緩和を進める以外にとりあえず方法はないのだが、自民党は官僚と並んでむしろ既得権益を守ろうとする政党だから無理。かといって日本維新の会では不透明すぎる。

ここに日本の不幸があるわけだが、実際のところ最近の省庁による規制は経済成長の足を引っ張っているとしか思えないものが多すぎる。たとえば、この10月1日から実施された「改正労働者派遣法案」。30日以内の短期派遣が原則禁止されるなど、規制緩和どころか規制強化になってしまった。日雇いで食べている労働者を救済するセーフティネットの整備もろくにせずに、また企業の雇用事情への配慮もなしに、たとえば「OA危機で派遣されている社員が一般事務に従事するのは1時間以内に」といった通達が数多く出され、官庁が得意とする「裁量行政」をフル稼働している。

他にも、最近話題になったものにスマートホンで屋外から操作が出来るパナソニックの家電について、50年前の法律を根拠に経済産業省が製品化にクレームをつけた。50年前の法令をそのまま放置してしまった責任は誰にあるのか。そういった法律を管理するのは官僚の役割だと思うのが、省庁は法律にないことは何もしないし、そうした現実を批判する視点が既存のメディアにはない。すでに法改正に向けて協議を開始しているそうだが、時間がかかりすぎる。

成長の足を引っ張る規制の山!

規制が日本経済の成長の足を引っ張っている分野は他にも数多くある。農業の自由化も一向に進まないし、世界中が電気自動車の開発競争で躍起になっている自動車業界では、山のようにある規制で開発のスピードが阻害されている。グーグルが電気自動車の開発実験を開始したニュースがあったが、日本では規制があって実験すら簡単に行かない。地熱発電などのエネルギー開発も宝の持ち腐れの状態だ。

雇用、環境、安全性といった様々な問題があることは言うまでもないが、日本企業が国際社会の中で生き残り出来なければ、日本の産業界は衰退して、いずれは経常赤字国に転落する可能性もある。政府がグローバルな視点で規制緩和をしていないから、たとえば「ガラパゴス現象」と呼ばれる、どーでもいいような機能がいっぱいついた家電製品などが誕生してしまう。

最近になって、民主党の閣僚が盛んに「法令に従って対処」という言葉を乱発するようになったが、これは官僚が法律を根拠に反論してくるためだ。自民党のように官僚とタッグを組んでやる方法を模索しているわけだが、既得権を離したがらない省庁を説得して規制緩和を進めていくには時間がかかりすぎる。

当初、民主党が実行しようとした強引に法改正して規制緩和を進めていく方法は、党内部の造反でなかなか実現しなかった。政治家が片っ端から各省庁に洗脳されてしまったのも問題だ。数の論理で攻めようとしている維新の会もそういう意味では、実行力には疑問が残る。もともと現在の官僚機構は太平洋戦争の敗戦でもそのまま残った組織だ。結局のところは省庁内部から変化していくか、あるいは財政破綻といった究極の極限状態にならないと変えられないのかもしれない。

国民の一人としては、前者の方法での変化を願うしかない。官僚自身が横の連携を深めて、縦割り社会の風穴を開ける方法を模索してほしいものだ。

経済ジャーナリスト

経済ジャーナリスト。雑誌編集者等を経て、1982年より独立。経済、金融などに特化したフリーのライター集団「ライト ルーム」を設立。経済、金融、国際などを中心に雑誌、新聞、単行本などで執筆活動。テレビ、ラジオ等のコメンテーターとしても活 動している。近著に「日本人が知らなかったリスクマネー入門」(翔泳社刊)、「老後破綻」(廣済堂新書)、「はじめての海外口座 (学研ムック)」など多数。有料マガジン「岩崎博充の『財政破綻時代の資産防衛法』」(http://www.mag2.com/m/0001673215.html?l=rqv0396796)を発行中。

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