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農業スタートアップInfarmが日本から撤退したわけ~加熱した投資家マインドとInfarmの誤算~

岩佐大輝起業家/サーファー
元日本法人の代表 平石郁生さん

日本からの事業撤退を余儀なくされた農業スタートアップInfarm(インファーム)元日本法人の代表 平石郁生さん。インファームは日本だけでなく、実はお膝元の欧州市場からも撤退していた。なぜそうなってしまったのか? 今、スタートアップを取り巻く環境を平石さんに語ってもらった。

岩佐) ここまでインファームが日本市場撤退に至った要因を語って頂きましたが、聞けば聞くほど、極めて難易度が高いビジネスモデルだったと感じてしまいます。そこで不思議なのが、そのビジネスモデルに何百億円もの大きなお金が集まったということ。

平石) それはですね、投資家が何にお金を払うかというと、未来にお金を払うわけなんです。今のモデルでは難しいかもしれないけれど、こういうビジョンのもとで、こういうプランがあって、こうして実行していくと、何年後にはこうなって大きな利益が見込める、というビジョンを語って、インファームは資金を調達してきたわけです。幸いにして、インファームが掲げるビジョンに共感して下さった投資家の方がたくさんいらしたお陰で、日本円にして700~800億円ものお金が集まりました。でもそのことで、拡大主義一辺倒になってしまったのかもしれません。

岩佐)なるほど。この時期の資金調達でそれだけのバリュエーションがついたというのは、 マーケットの感覚もバブっていたのかもしれませんね。

平石) それは確実にあると思います。crunchbase等のデータを見ても明らかですが、2021年は、世界的に大量の資金がスタートアップに投資されました。

岩佐)そうやって巨額の資金を調達したインファーム。世界11ヵ国で事業を展開していましたが、実はグローバルでも色々な問題があったんですよね。その辺りの理由も教えていただけますか。

平石) 理由は同じです。InStore Model(インストアモデル)、つまり、スーパーマーケットの店内でファーミングユニットを運営するだけでは充分な収益を上げることはできません。今まで繰り返し説明してきたとおり、IGCによる自動化とスケールさせることが必要です。でも、インファームとしては、まずは、マーケットで自分たちのプレゼンスを確立させる必要がありました。要するに「ブランディング」です。ただ、何事もプラン通りには行かないじゃないですか。常に軌道修正が必要です。例えば、コロナになったり、ロシアのウクライナ侵攻があったり、FRB が金利を上げたり、色々なことが起こるわけです。自分たちが考える前提条件のまま世の中が進むとは限らない。だから、とにかくCAPEX(設備投資)もOPEX(運営費用)も慎重に事業を進めなければいけない。 楽観的過ぎたというか、拡大を急ぎ過ぎたのだと思います。

岩佐)なるほど。この数年、本当に世界は混沌としていて、ビジネスを手掛ける人たちにとって、相当な向かい風となっていますよね。

平石)そうですね。決して外部環境に責任転嫁はできませんが、ウクライナでの戦争により、エネルギー価格が暴騰し、FRBの金融政策(金利を上げる)等により、2022年初頭から、スタートアップへの投資環境が急激に悪化したりと、経営陣としては、対処のしようがない不運が重なったという側面もあります。

例えば、レイターステージのスタートアップへの投資に関してはcrunchbase等のデータを見ると、2023年Q1は、AI関連への投資を除くと、前年同期比で「1/3」に落ち込んでいます。物価は上がる、資金は調達できないとなると、コストを削減する以外に方法はありません。

岩佐) この状況は1999年から2000年に掛けてのITバブル崩壊の頃を思い出しますね。あれに近いものがあります。

平石) そうです、まさにそれに近い。色々な世界情勢の変化があって、欧州ではエネルギー価格は3倍以上に上がり、事業環境がガラッと変わってしまいました。それまでは、投資家も起業家も、とにかく「スケールさせる!」ことを何よりも重視して事業を運営してきたという背景があったと思います。

岩佐) 投資家はIT SaaSのスタートアップのような資金の張り方をしていたわけですよね。先ほど、エネルギーコストの話がありましたが、バーティカルファーミングというのは、太陽光の偉大な力を人間によって作り出すわけですから、その分のエネルギーが必要になってきますよね。このようにベースコストが上がっている中で、サステナビリティという面においては、どのような方法でその概念を担保していたのでしょうか。

平石) インファームは、グローバルにおいては、カーボンオフセットを目標にし、それに向かって事業を行っていました。 例えば、再生可能エネルギーを使うといった点。そこは理念に則り、とても真面目に取り組んでいました。でも、エネルギーのコストはどんどん上がっていて、ヨーロッパでは悲惨な電気代になっています。そうすると、さらにペイしにくくなる。また、自社のIGC(インファームグローイングセンター。高さ約10メートルの大型自動栽培ユニットを稼働させる施設。Infarm Growing Center。)は再生可能エネルギーを使っているので良いとしても、ガソリン価格が上がるのでロジスティクスの費用が上がる。そうやってデリバリーコストが上がると、その先のコストに転化されます。結局、世の中のコストが全部上がってきたときに、今までインファームが2ユーロで売っていた商品を、4ユーロで売らなければならなくなったとします。それで、消費者が買うかというと、買わないですよね。

岩佐) そうですよね。例えば、iPhone なんかは価格が1.5倍になったとしても僕らは買うかもしれませんけど、食べ物においてはそうはならないですよね。消費者の価格への感度が全く違うように感じます。

平石) そうです。日々消費するものの価格に対して人々はシビアになりますよね。 iPhone というものは日々使うものではありますが、 耐久消費財であると同時に、趣味嗜好品とも言えるものです。こうなると、製品のファンクショナルバリューではなく、エモーショナルバリューに価値(価格)を見出していることになります。だから Apple があれだけ儲かるわけです。インファームの場合、ちゃんと真面目にサステナビリティを重視し、化学農薬を使わず、コストがかかっているのだから、販売のターゲットゾーンはボリュームゾーンではありません。かといって、プレミアムブランドでもない。 従って、アフォーダブルプレミアムな価格で売り出すということになります。製造にかかったコストは相応に価格に反映させる必要があるので、ディスカウントセンターで売るような値段では売ることができないということです。

未来のことは確約できませんが、インファームを含めたバーティカルファーミングのスタートアップが直面している問題は、時間が解決する部分があると思います。

具体的には、国連事務総長が地球温暖化ならぬ「地球沸騰化」という言葉を発せられましたが、サボテンさえも枯れてしまうような熱波が続き、スーパー台風やハリケーン、線状降水帯等が発生している現実を踏まえると、今後も従来の農業を続けていける補償はありません。そういう意味では、インファームが行ってきた(現在も事業を継続しています)事業は必ず、我々人類にとって必要不可欠な産業になっていくと思っています。問題は、そのような存在になるまでに、どのぐらいの年月を要するのか? ということです。

数々の苦境に対面し、もがき続けてきた平石さん。そんな平石さんが見据える農業テックビジネスの未来について、さらに聞いていきたい。

シリーズ:農業スタートアップInfarmが日本から撤退したわけ

~プロダクトマーケットフィットの欠如編~

~加熱した投資家マインドとInfarmの誤算編~

~アセットビジネスの普遍的な勝ちパターン編~

~生き残るプロダクトの条件編~

関連リンク

ドリームビジョン: https://dreamvision.co.jp/

平石ブログ「起業家はコトラーを読まない。」: https://ikuoch.com/blog/

起業家/サーファー

1977年、宮城県山元町生まれ。2002年、大学在学中にIT起業。2011年の東日本大震災後は、壊滅的な被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。アグリテックを軸とした「地方の再創造」をライフワークとするようになる。農業ビジネスに構造変革を起こし、ひと粒1000円の「ミガキイチゴ」を生み出す。 著書に『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)、『絶対にギブアップしたくない人のための成功する農業』(朝日新聞出版)などがある。人生のテーマは「旅するように暮らそう」。趣味はサーフィンとキックボクシング。

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