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議会の本来の機能を回復させる! いま地方議会が注目する無作為抽出の手法(自分ごと化会議)―新庄村議会

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与
自分ごと化会議は「楽しく議論する」を目指す

人口900人の村でなぜ「無作為抽出」が必要なのか

岡山県北西部、鳥取県との県境に位置する、岡山県新庄村。人口は約900人。2015年の国勢調査による人口は、全国で26番目に少ない(東日本大震災によって全村避難をしている自治体は除く)。明治5年の町村制制定以降、一度も合併をしていない村でもある。

元来、自主自立の意識が高く、人口が少ないため合併すると新市の周辺部と位置付けられてしまいそれでは「村民性」が薄れてしまうと考えたため合併はしなかったと聞く。

新庄村役場庁舎(筆者撮影)
新庄村役場庁舎(筆者撮影)

この小さな村の議会が、全国でも最先端の議会活動となる試みを行った。

無作為に選ばれた住民が行政課題について議論をする「自分ごと化会議」。私が所属する構想日本が発案したもので、構想日本協力のもとこれまで144回行ってきた。主催者別の内訳は、135回が行政、8回が議会会派、1回が住民グループ。

構想日本では(会派ではなく)議会が一つになっての自分ごと化会議の実施を提案してきた。地方自治体は二元代表制であり、首長と議会がともに住民を代表している。双方が緊張関係を保ちながら両輪となって住民の満足度を向上するための活動をすることが制度的に期待されている。しかし、今の地方議会が機能しているかと聞かれて「イエス」と答える人はほとんどいないのではないか。

議会の本来の機能を果たすための具体的な手法の一つが、議会主催の「自分ごと化会議」だと私は考えてきた。その中で新庄村議会は、2018年11月から2019年6月にかけて、全国で初めて議会主催の「自分ごと化会議」を開催したのである。

2018年5月下旬に磯田博基議長、稲田泰男副議長が全国町村議長会で上京するにあたって、自分ごと化会議について話が聞きたいと連絡があった。これを仕掛けたのは議会事務局長の女性。その方は構想日本の研修会に参加したことがあったため、構想日本の活動の意義をよく理解してくれており、議長と副議長に話を聞いてもらいたいと思っていたとのこと。

お二人に話をすると、議会として住民の多様な意見を聞き切れていないという問題意識を持たれていたため大変に関心を示された。とはいえ私自身、議会関係者に説明することは数多くあるが、その瞬間は関心が高まっても実行にはつながらないケースが圧倒的に多い。しかし、この時は違っていた。議長が議会主催で行うべく他の議員に声をかけ、2か月後には8人の議員全員が東京の構想日本オフィスまで話を聞きに来られた。

これらを経て8月中旬に議会としての実施が決定。その後、何度となくweb会議をしながら準備を進め、11月の第1回開催に至る(全4回実施)。

web会議では常に全議員が参加された。議長の強い意志で実施が決まったものの、独善的ではなく議員全員で進めていこうという議長の思いを感じた。こうして初めての来訪から半年という、他の自治体や議会では考えられないほどの早さでの実現となったのである。

磯田議長のリーダーシップなくして実現しなかった(構想日本撮影)
磯田議長のリーダーシップなくして実現しなかった(構想日本撮影)

自分ごと化会議は、無作為に選ばれた人が一緒に議論することが最大の特徴だが、人口900人の村で無作為に選ぶ必要があるのだろうかと私自身思っていた。しかし、議長曰く「行政や議会の集まりに出てくるのは『世帯主』(=男性かつ高齢)しかいない。それを変えるために無作為抽出をしてみたい」。そのくらいに、行政主催の会議には決まった顔しか来ないという。

選挙人名簿から18歳以上の120人を無作為に抽出して案内を送付。そのうち応募があったのは17人。応募率14.2%は過去最高だった。さらに、17人のうち6人(35%)が女性。かつ40代以下が40%。「普段出てこない人が多く参加している」(議員の皆さんの声)。これだけで半分成功したとすら思えた。

村づくりに新しい選択肢が生まれる。共通理念が見えてくる。

議論したテーマは「役場庁舎について」。築約50年が経過、老朽化も激しく耐震性にも欠けている庁舎の建て替えは、喫緊の課題となっていた。

自分ごと化会議では、与えられたテーマのみを議論することはまずない。そのテーマの周辺のことや、まち全体のことも考えなければ課題の解決策が見えてこないからだ。今回も役場庁舎にとどまらず、「今後も村が持続可能になるための方向性」「そもそも役場にはどのような機能があるのか、今後必要なのか」「役場職員の働き方」「既存の公共施設や空き家の状況」など、様々な論点が出された。

庁舎の建替え自体の話の中でも、一般的には「今の場所に建替え」「他の場所に建替え」「今の庁舎を大規模改修して活用する」の考えが多いが、今回は4つ目の選択肢として「既存の建物を活用しながら役場機能を分散化する」という意見も飛び出した。

「役場機能の分散化」と聞いてもイメージが湧かないかもしれない。新庄村は今の役場庁舎の周辺に公共施設が集中していて、メイン通り(がいせん桜通り)もすぐ近くにある。桜通りの空き家を活用して、建物は分散しながらも一つのエリアの中に役場機能に集中させようというアイディアだった。このような意見が無作為で選ばれた人から出てくるのがおもしろい。そして、この意見がどんどんとつながっていく。「役場という建物の存在が目的ではない。役場がなくても役場の機能が維持できて住民満足度が低下しなければ悪いことではないのでは」などなど。

自分ごと化会議の様子(構想日本撮影)
自分ごと化会議の様子(構想日本撮影)

このような様々な意見が出る中で共通理念が見えてきた。それは、「コンパクト」であること。役場庁舎も村全体も、今後はコンパクトをキーワードにしようと参加した誰もが考えるようになった。人口900人の村の身の丈に合った村づくり。この視点をさらに多くの村民に考えてもらうことがよいのではないかという意見も出された。

さらに、役場の正規職員がたった33人しかいないことは、マイナス面だけでなく職員と住民の距離感がとても近いという強みになっていることがわかった。日本一距離感の近い村を目指そうという方向にもなった。

「人口が少ない村だからこそ」の強みを活かす4つの提案

最終的な提案は、以下の4項目にまとめられた。

提案1.村内の既存施設(公共施設や空き家など)の状況を把握し、活用の可能性を検討する

既存の資源はある程度活用していることは会議を通してわかったが、人口が少ない村だからこそ今後も増えてくるであろう空き家や、稼働率が高くない公共施設などの状況をより正確に把握し、「使えるものはとことん使う」という考えを常に持つようにする。

提案2.役場のどのような機能が必要なのかを突き詰めて考えたうえで、その機能をさらに活かすための役場職員の業務の見直しを行う

役場で行っている業務すべてを知ることは意外に難しい。住民にとって真に必要な業務は何なのかをみんなで考え、精査していく必要がある。また、正規職員が33人しかいなくても行政として行う業務は他の自治体とあまり変わらない。一人ひとりの業務量が多くなっている現状を見直し、職員にとっても、住民にとっても使いやすい役場になるよう考えていく。

提案3.これまで以上に役場職員が住民に寄っていき、日本一住民と職員の距離感の近い自治体を目指す

「職員の名前を知らない住民が出てきた」という言葉が出たが、これ自体が役場と住民がとても近い関係であることの証明だとわかった。さらに職員が住民に寄っていくことで、日本一住民と職員の距離感の近い村を目指す。そのことは、人口の少ない新庄村の強みにもなる。

提案4.今回の会議のような、庁舎の話し合いをきっかけとして村づくり全体について考える場を、議会としてもっと作る。多様な住民の意見を常に聞く姿勢を持つ

今回の「自分ごと化会議」をイベントで終わらせることなく、これをきっかけとしてさらに多くの住民を巻き込んで議論を継続していく。その時は、行政職員も一参加者として加わっていく。議会と行政がともに協力しながら行っていくのがよいのではないか。

この会議にはシナリオが一切ない。だからどのように決着するのかもまったくわからないまま議論が進んだ。途中、参加住民や傍聴者から「本当にこれでまとまるのか?」など不安な声を聞いたが、みんなが前向きに考えて議論すれば必ずまとまる。これが100回以上コーディネーターを務めてきた私自身の実感だ。同時にこれこそが自分ごと化会議の醍醐味だと思う。

4回の議論を経て提案書にまとまる(構想日本撮影)
4回の議論を経て提案書にまとまる(構想日本撮影)

最終回(第4回)の最後に参加者の皆さんから感想を言ってもらった。その言葉を少しだけ紹介したい。この会議の本質が垣間見えると思う。

〇本当は人前で話すような場はものすごく苦手だが、自分なりに考えていたことを伝えられた。また、気の合った人とは話をする機会があるけど、今回のように若い世代の人たちの意見を聞けたことがよかった。

〇(今は村から離れている大学生)今回の会議を通じて、自分たちがどうしたら新庄村に戻ってくるか当事者意識がより芽生えた。心のどこかで、自分は外に出るから残っている人たちで考えればいいと思っていた。私たち世代でもこういうことを考えていきたい。

〇役場のことから村全体の話ができたことがよかった。改めて新庄村について考えられた。

〇伊藤さんがいることで意見を言いやすかった。外の人だから客観的に公平に聞いてくれる。感情が入らない。だから素直に言える。

以下は、主催をした議会への一言。

〇自分の住んでいる地域で、まさかこんなことが開催されるとは思っていなかった。村民の意見が発信できる機会を設けていただき、ありがとうございました。

〇大変良い取組みだった。住民の意見を聞いてくれたことに感謝。

〇今回出た皆さんの意見を是非、議員活動に反映していただきたい。

提案のバトンを受け取った議会は、すぐに走り出した

4回の会議の途中の昨年4月に、村議会議員選挙が行われた。当初、選挙を挟むと主催する議員の構成が変わってしまう可能性もあるので、2回で終わらせる案もあったが、「住民が最も満足する形で行いたい」という議員の皆さんの思いによって、選挙を挟んでの会議開催となった。実際に議員構成に変化があったものの、新たに就任した議員も納得する形でやり切ることができた。その心意気には頭が下がる。

住民から議会に渡されたバトンはすでに動き出している。

昨年12月、提案書を受けて議会から村長に対して要望書を提出し意見交換を行った(私も同席した)。

議長から村長へ要望書を提出(構想日本撮影)
議長から村長へ要望書を提出(構想日本撮影)

議会からの要望は以下2項目。

1.役場庁舎のあり方に関する検討委員会を設置し、庁舎の建替え等の必要性や、建替え等の方法について検討を開始する。

2.「村づくり自分ごと化会議からの4つの提案~新庄村役場庁舎について」の提案にもあるように、庁舎の建替え如何に関わらず、数少ない役場職員の負担を軽減するため、職員の業務量の調査を行う。議会としても、必要に応じて協力していく。

村長は早速、検討委員会の設置について言及された。

住民の議論をそのままにするのではなく、常に動きを作っていることも新庄村のとても大きな特徴といえる。本当に素晴らしい。

議会が多様な住民の意見を聴いて、そのうえで判断し、執行部と議論を重ねる。これこそが住民自治ではないだろうか。

今後の新庄村の動きには是非とも注目していただきたい。そして最後に、強いリーダーシップを発揮された磯田議長と、仕掛人でもあり裏方として支えてこられた議会事務局長に、心から敬意を表したい。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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