■ 裁判官のツイッターが処分対象に。

 東京高裁の裁判官である岡口基一さんが、ツイッター投稿を理由に、勤務先である東京高等裁判所から、最高裁に懲戒処分を申し立てられています。9月11日、処分を裁く分限裁判が最高裁で行われたので、様々報道がなされています。

ツイッターで裁判の当事者の感情を傷つけたとして東京高裁が懲戒を申し立てた同高裁の岡口基一裁判官(52)について、最高裁大法廷(裁判長・大谷直人長官)は11日、「分限裁判」を開いた。非公開だったが、岡口氏側は「懲戒権を発動すれば『表現の自由』を侵害し、裁判官の独立をも脅かす」などと反論したという。ツイッターをめぐり、裁判官が分限裁判にかけられるのは初めてだ。

出典:朝日新聞ウェブ版

 裁判官の懲戒の手続は、裁判官分限法という手続で行われるのですが、非公開の裁判となっています。

 しかも、東京高裁に努めている裁判官の懲戒はさらに上のランクの裁判官に裁かれないといけない、ということで、最高裁の裁判官全員が出席する場所でたったひとり、非公開で審理を受けて決定を出されてしまいます。不服申し立ての機会もありません。  

 そんな手続にかけられること、通常の人間ではとても考えられないプレッシャーですよね。

 実は、私は岡口裁判官とは司法研修所の同期、ということで、一人で審理に向かう岡口さんをサポートしようと思い、弁護団の一員に加わり、9月11日に最高裁で開催された審尋の手続きに参加してきました。

画像

 この件については賛否がいろいろとありますが、報道で正しく伝わっていないな、と思うことがありますので、ここで弁護団が最高裁に提出した主張書面に引用した事実関係をもとに解説してみたいと思います。

■そもそも何が裁かれているのか。

 岡口裁判官といえば、白ブリーフのアイコン等、いくつかの投稿が物議をかもしてきたのですが、今回懲戒の申立理由となったのは、意外な事実に関する件でした。

 懲戒申立書から引用します。

被申立人は、裁判官であることが他者から認識できる状態で、アカウントを利用し、平成30年5月17日頃、東京高等裁判所で控訴審判決がされた犬の返還請求に関する民事訴訟についてのインターネット記事及びそのURLを引用しながら、「公園に放置されていた犬を保護して育てていたら、3カ月くらい経って、もとの飼い主が名乗り出てきて、「返して下さい」。「え? あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」「裁判の結果は・・」との投稿をインターネット上に公開して、上記訴訟においてその所有権が認められた当事者(もとの飼い主)の感情を傷付けたものである。

被申立人の上記行為は、裁判所法49条所定の懲戒事由に該当し、懲戒に付するのが相当であるので、本申立てをする。

 もっとたくさんの問題をあげられているのかと思ったら、この一件だったのです。私は大変驚くというか、率直に言えば拍子抜けしました。

■ 犬の裁判の記事をまとめただけ。裁判官の主張や評価は書かれていない。

 さらに、確認したところ、これは引用ツイートであることがわかりました。そして、問題となっている

「公園に放置されていた犬を保護して育てていたら、3カ月くらい経って、もとの飼い主が名乗り出てきて、「返して下さい」。「え? あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」「裁判の結果は・・」

 というツイッター上の発言は、岡口さんの私見ではなく、この裁判の概要と、当事者の主張をまとめた要約にすぎないことがわかったのです。

 問題となったツイートは既に削除されていますが、ログが残されているので確認してみました。これをみると岡口裁判官の今回のツイートは、

■ 岡口さんの書いた部分と、

■ ヤフーニュースのリンク

 から構成されています。

 ヤフーニュースのリンク先の記事は、今年5月17日に配信された朝日新聞のSIPPO(犬猫ペット関連情報のコーナー)の記事です。

 どうも既にヤフーからは削除されている模様ですが、もとのSIPPOの記事は、

 「放置された犬を保護して飼育 3カ月後に返還請求、裁判に発展」です。

 この記事を読むと、ある、犬をめぐる裁判のことが紹介されています。

 放置されていた犬を拾って大事に育てていたら、三か月後に飼い主が現れ、返してほしいという、育てていた方は、なついた犬を返したくなくて、そのままにしていたら裁判を起こされてしまった、概略そのようなケースなのです。

 この記事は、吉祥寺の公園で捨てられていた犬を主婦が拾ったところから始まります。そして、

 主婦は最寄りの警察署に拾得物として届け出たが、警察に引き渡すと殺処分される可能性があるため、自ら飼育することを申し出て、自宅に連れ帰った。先住犬との相性もよく、その犬を「めぐ」と名付けた。

 問題が起きたのは、その約3カ月後だ。9月中旬、警察から「飼い主が名乗り出た」との連絡がきた。

「約3カ月も、なぜ探さずに放置していたのか」。主婦はそう疑問に思い、夫とともに、飼い主を名乗る女性から複数回事情を聴いた。

 さらに、記事は続きます。

主婦は「2度にわたって『家族』だという犬を放置し、今回は3カ月間も名乗り出ないとは、犬の飼い主として信頼できない。女性のもとでは、めぐにとって望ましい飼育環境が確保されないと思った」と話す。公園に放置した時点で、女性は犬の所有権を放棄しているはずだと考え、返還を拒むことにした。

 岡口裁判官がツイートで書いた「え?あなた? この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しておきながら・・・」というのは、記事中の「『約3か月も、なぜ探さずに放置していたのか』。主婦はそう疑問に思い」「公園に放置した時点で、女性は犬の所有権を放棄しているはず」を一般の人の注意をひくようにまとめたものにすぎないのです。

 そのうえで、岡口裁判官は、「裁判の結果は・・」と書いて、ヤフーの記事のURLを貼り、記事へツイッターの読者を誘引しようとしたわけです。

 これが岡口裁判官の見解のように読まれていると困るので、誤解を解きたいと思って弁護団では以下のような説明図を最高裁判所に提出しました。

画像

 ちなみに、元記事をそのままツイートするとこうなります。

 

 これだけではいまひとつ、多くの人の注意をひきつけないかもしれませんね。

 

 ツイッターは字数制限もありますので、記事をすべて引用できない媒体です。一字一句同じでないとしても原文を要約しただけであり、それだけで懲戒事由に該当するとは認められません。

 なお、最高裁に提出された、7月4日付の吉崎東京高裁事務局長の報告書によれば、東京高裁の長官は、

岡口判事がクエスチョンマークを3つも使って書き込みをしているので、この判決文についての岡口判事の意見ととらえるのではないか

と発言したそうです。

 しかし、クエスチョンマークを理由に、意見だと勘ぐり、その主観をもとに懲戒申立をする、それが容認されるなど、あってよいこととは到底思われません。

■ こんなことで裁判官を懲戒にしていいのか

  

 憲法78条は、裁判官の身分を保障し、弾劾裁判以外では罷免できないとされています。

 これは、社会や政治的な圧力、ひいては裁判所内部の思惑等によって、裁判官がやめさせられたり、その地位を危うくされるようなことがあっては、裁判官が委縮してしまい、独立して、良心のみに従った公正な判断をすることができないからです。

 裁判官の身分保障の唯一のその例外が裁判所法に定められている懲戒事由であり、裁判所法49条は「裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。」と規定しています。

 まず、岡口裁判官が私的な時間にツイートをしたからと言って、「職務上の義務に違反し」「職務を怠り」に該当するとは思えません。

 最高裁の大谷長官は、9月11日の審問の際に、「品位を辱める行状があった」かどうかが争点だ、と述べました。

 この問題に関して私たち法律家が参照している権威ある書籍、「裁判所法逐条解説(中巻)」には、裁判官の懲戒事由は、「司法権の独立に直接関連する問題であるから、懲戒権の行使については、とくに慎重な考慮が要請」されると書かれています。

 そして、「品位を辱める行状があった」といえるためには、「世人の裁判官に対する信頼、ひいては裁判制度そのものに対する信頼の念を危くする」ことが必要だと書かれています。

 裁判の記事を引用しただけのツイートに、クエスチョンマークが3つついているだけで、「世人の裁判官に対する信頼、ひいては裁判制度そのものに対する信頼の念を危くする」とは到底言えません。

 この件では、元の飼い主から裁判所に苦情があったとされています。しかし、苦情があって、その人が傷ついたと申し出れば、いとも簡単に懲戒されてしまうというのは危険なことです。

 組織トップの主観や、一人の関係者が苦情を述べたというだけで、簡単に懲戒が認められてしまえば、裁判官は怖くて対外的には何も言えなくなるでしょう。岡口裁判官にとってだけでなく、後に続く裁判官にとっても地獄のような展開、「物言えば唇寒し」と沈黙するしかない展開ではないでしょうか。裁判官の身分保障の観点から、こうしたあいまいで主観的な要素により懲戒が容認されることがあってはならないと考えます。

  

■ 本当の理由は、岡口裁判官がツイッターをやめないこと。

  

 もうひとつ重要なことは、今回の懲戒申し立ての'''本当の理由は、岡口裁判官がツイッターをやめないことにある、ということです。

実は、東京高裁はそのことを自ら「自白」しているのです。

 最高裁に提出された、7月4日付の吉崎東京高裁事務局長の報告書には、東京高裁の長官と事務局長が岡口裁判官を呼び出したときのやりとりが詳細に書かれています。

 この報告書6ページには、長官が岡口裁判官にツイッターをやめないのか、と問いかけ、岡口裁判官がその場でツイートをやめます、と言わないと、

ツイートを続けるということであれば、それを前提にして分限裁判を検討せざるを得ない

 と述べたと書かれています。

 さらに、吉崎事務局長が、

当職は岡口判事が同長官のアドバイスを十分に理解できていないように思われたことから、これまでとは違う局面に入ることを予告されているのは認識できているか、ツイートを止めれば、それはそれで一つの姿勢を示すことになるというアドバイスをもらったのは認識できているか

 と、岡口裁判官に尋ねたと書かれています。

 さらに、この呼び出しの後で、事務局長が岡口裁判官に電話でやりとりし、

この電話の際、当職は、岡口判事に対し、ツイートを止めないと分限裁判というより厳しい対応で臨まなければならなくなるかもしれないという先ほどの長官からのアドバイスは、本当に理解しているか

 と尋ねたと書かれているのです(当職というのは、報告書を作成した吉崎事務局長のことですね)。

 東京高裁の長官と事務局長が「ツイートを続けるということであれば、それを前提にして分限裁判を検討せざるを得ない」、「ツイートを止めないと分限裁判」と繰り返し述べていることからすると、今回問題となった犬のツイートそのものが問題というよりは、この件で叱責され、ツイートをやめるように言われたのにやめなかった、だから懲戒申し立てがされたのだ、ということがわかります。

 つまり、問題の核心は、ツイッターをやめなかったから裁判官を懲戒してもいいのか裁判官のツイッター禁止、当局が裁判官を黙らせることがよいのか、という点にあるのです。

 裁判官の私的生活に属するツイッターのような表現行為を、全面的に禁止してしまう、それに素直に従わないから懲戒を申し立てる、これは、明らかに深刻な裁判官の市民的自由の侵害と言わなければならないでしょう。

 憲法21条はすべての国民に表現の自由を保障しています。

 たとえ裁判官であるからといって、表現の自由の保障の対象から除外されるべきではありません。表現の自由も、「公共の福祉」に基づいて制限される場合がありますが、裁判官であることを理由に、判決以外の表現行為が一切許されない、私的なツイッターも一切禁止、というのは、公共の福祉として正当化される制約とは到底言えません。

 世界を見渡せば、米国の裁判官でツイッターアカウントを持ち、自由な発信をしている人はたくさんいます。

 そしてトランプ大統領、不適切なツイッターばかりしています。日本でも安倍首相、上川法務大臣等、盛んにツイートしています。

 なぜ裁判官だけが許されないのか、合理的な理由は見出せません。

 

■ 裁判官も人間。裁判官の自由を制約したらどうなるのか。

 裁判官に対するこのような言論弾圧がまかり通るのは本当に恐ろしいことです。ひとりひとりの裁判官が私生活のちょっとしたことで懲戒の対象となれば、裁判官自らが委縮し、自己規制を常態化してしまいます。

 いわば、自分の人権が否定された状態のまま耐えて生き続ける人々、それが裁判官ということになります。

 このように自分の人権も抑圧しなければならない、普通の市民と同じような社会での経験からも遠ざかり、自由な意見表明を差し控える裁判官ばかりになったとき、果たしてそのような裁判官が、他の権力から独立して、私たち市民の権利を守る判断を下してくれるでしょうか。

 異端なマイノリティの尊厳を守り、思いを受けとめてくれるのでしょうか。

 人権を守ってほしいと裁判所に救いを求めても、「自分だって抑圧されている」と感じる裁判官が果たして市民の訴えに共感して、私たちを守ってくれるでしょうか。

■ 最高裁の判断如何によっては、私たちも同じ目に?

もうひとつ、今回の分限事件で懲戒が認められてしまったら、同じ理屈が使われて、一般人にも重大な悪影響を及ぼす可能性があることを注意しなければなりません。

 職場の上司が部下に対し、個々のツイートをチェックして批判したり、今後一切ツイートはするな、ツイートを繰り返したら解雇だなどと脅し、ツイートを止めると約束するよう迫ったり、部下がツイートを止めないからと言って懲戒処分にしてしまう、こんなことが蔓延してしまうかもしれません。そして、それが裁判所に持ち込まれても、懲戒処分はOKという判断になってしまうことが予想されます。

 この件の帰趨は私たちひとりひとりのSNSでの表現にもとても恐ろしい影響を与えかねません。

■ 不愉快という理由で他人の表現の自由を葬り去ってはいけない。

 今回のことで「伊藤さんは女性の権利を守る弁護士なのに、岡口さんの白ブリーフのヘッダーを擁護しているのは疑問」という声をいただきました。

 しかし、人権活動をやっていて、いつも思うのは、少数派の人の気持ちに寄り添う裁判官、少数派の悲しみを理解してくれる、少なくとも少数派に対して寛容の精神をもっている裁判官がいてくれないと、女性やマイノリティの人たち、差別にあっている人たちは救われない、

ということです。

 ステレオタイプのエリートで、一度も少数派になったことがない、という裁判官、なおかつ、自らの人権が抑圧されていてもそのことに鈍感で、ひたすら上の意向に絶対服従の裁判官ばかりになってしまったら、裁判所は私たちを救ってくれなくなります。

寛容さがなく、少数者排除、異端排除に加担する裁判所になります。

そのことは本当に恐ろしいので、私は異端の人にはがんばってほしいと思います。

 本件とは違うところで問題となっている刑事事件の性犯罪の記録の取り扱いについても、一度別の機会に真剣に議論する必要を感じています。

 そして何より、不快な表現であることを理由に誰かの表現の自由の抑圧を黙認してしまうと、ある日あなたの表現が「不快」「不適切」と言われて禁止されても、誰も助けてくれなくなる、私はそんな世の中にはしたくないと、心から思っています。

というわけで、みなさん、この裁判を「自分事」として注目していただきたいと思うのです(了)。

※ 詳しく知りたい方は、岡口判事自身のブログに裁判の記録や主張などがアップされていますので、是非みてください。

 https://okaguchik.hatenablog.com/