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#Metooのインパクト セクシュアルハラスメントが投資(ESG)リスクに急浮上 他人事ではない

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
セクハラは世界中、どこでも起きるリスクがあります。

■ 財務省の信用失墜

 福田財務事務次官(当時)によるセクハラが週刊誌で報道されて以来、財務省の対応は法令に基づくセクシュアルハラスメント対応ができず、その権威は著しく失墜しました。

 ようやく、セクハラを認めて被害者に謝罪したものの、

 ・セクハラという人権問題への無理解

 ・不祥事が起きた際の調査体制の不備

 ・ガバナンス、説明責任の欠如

 ということが一気に表面化してしまったのです。

 財務省はこれまでの対応を謝罪し、

 セクハラやパワハラは決してあってはならず、そういうことへの認識が軽い組織だと言われることがないよう、今後、先進的な組織になったと言われるように生まれ変わらなければならない

 と会見で表明しましたが、国際的にも広く報道され、国際的な信用失墜は明らかです。度重なるトップの不適切発言や反省の欠如、調査の打ち切り等、大きな禍根を残したまま、このままの幕引きは到底納得がいかないと多くの人が感じ、政治不信を増幅しました。

 考えてみれば、これまで政府や企業トップの多くがセクハラ被害を深刻に考えず、女性たちは長い間我慢を重ね、それが限界に達してこうした事態に至ったのです。財務省の対応は明らかに時代遅れでした。事態が発覚した後は、セクハラ被害の訴えに備えてこなかったことが明らかな混乱ぶりでした。

■ 民間も他人事ではない。セクハラ問題で企業トップが次々辞任する米国 

 さて、これは全く政府以外の民間では他人事でしょうか。あなたの企業のセクハラ対策はどうなっているでしょう。

 残念ながら、財務省と同様なことが自社で発生したら? と心配になった会社も少なくないのではないでしょうか。 もし民間でこのようなことが発生したら、どうなるのでしょうか。

 米国では既に、昨年秋からの#Metooの動きが民間に広くいきわたり、民間企業におけるセクハラの告発が増え続けています。

 ●ワインスタイン・カンパニー

 まずは女優たちからセクハラの被害の訴えが続々と出されたワインスタイン氏の映画会社ワインスタイン・カンパニーは立ち行かなくなり、破産申請を行いました。

 ●Uber

これに先立ち、急成長を続ける会社Uberでも、2016年12月にを退職した女性エンジニアが、上司によるセクハラをUberマネジメントが放置し、適切に扱わなかったことを2017年2月にブログで告発、トラビス・カラニックCEOは謝罪し、対策を講じると誓ったものの、6月には辞任を余儀なくされました。 

 本件はCEOがセクハラをしたのではなく、セクハラの根絶が不徹底であったことが問われた事案です。

 ●米アマゾン

 アマゾンでもテレビ番組や映画の制作・配信を中心とする部門であるアマゾン・スタジオのトップであるプライス氏がセクハラの告発を受けて辞任に追い込まれました。

 ●ナイキ

 さらにあのナイキでも、つい最近、2018年3月に以下のような事態が展開したのです。 

米最大のスポーツメーカー、ナイキの2人の経営陣、「ナイキ」ブランド(売り上げの90%以上)のトリーバー・エドワーズ社長とジェイ・マーティンゼネラルマネジャーが、「職場での不適切な行為」という内部からの告発により退任した。セクハラか不正行為を意味する「不適切な行為」による退任は、エドワーズ氏がナイキの次期CEO(最高経営責任者)と目されていただけに波紋は大きい。

出典:繊研新聞

  

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 皆さんはどう思われますでしょうか。米国の名だたる著名企業の役員自らがセクハラをしていた、という訴え、またはセクハラの対応が不適切であることを理由に次々に会社を追われ、破産に至った企業もあるのです。

■ セクハラ問題が投資リスク・トップのESG課題に浮上

 こうしたなか、世界の投資家はセクハラ問題に注目をはじめ、セクハラの訴えのある会社への投資を控える傾向が生まれています。

 セクハラは深刻な投資リスクだという記事が昨年秋以降次々と掲載され始めています。

 ■Nasdac:Sexual Harassment is a Major New Investment Risk

 ■Wall Street Journal:Why Sexual Harassment Matters to Investors

  また、ポジティブな側面からも、ESG投資の2018年の主要な指標にセクハラやハラスメント、女性に対する対応を指標として重視していく、という動きが出てきています。

 ところでESGとはなんでしょう?

投資・企業関係者の方はよくご承知のことと思いますが、E(Environmental 環境)、S(Social 社会)、G(Governance・ガバナンス)のことです。企業が社会的責任を果たし、しっかりとしたガバナンスを確保することを投資家は求めるようになり、短期的な利益だけでなく、長期的な持続可能性と社会的責任への対応に注目するようになってきたのです。このESG投資の傾向は国際的な潮流となっています。

日経新聞 企業、ESG対策手探り

  株式市場を席巻する新たな潮流に企業が戸惑っている。欧米で広がる「ESG投資」は環境や社会への配慮、企業統治が優れた企業を選んで投資する手法だ。

出典:日経新聞2018年4月6日

 最近では日本生命がこの方針を鮮明にしていますが、持続可能でない分野への投資をやめていく、という側面も伴っています。

 日生、ESG投資を急拡大 石炭火力は停止検討

 これまでESGのなかで、S=Socialは軽視されてきました。Socialの中核をなすものが人権・労働ですが、最近では、海外のサプライチェーンで起きる児童労働、奴隷労働、人身取引、紛争鉱物等がESGリスクとして強く意識されるようになってきたのです。

産業、投資の分野で人権や環境配慮が進んでいくのは大変歓迎すべき流れです。

 ただ、それでもこれまではおひざ元で起きるセクハラや女性差別等は、たいしたことではない、としてリスクとみなされてこなかったのです。あくまで人権上のリスクは途上国や紛争地での問題、そうした認識でした。

 しかし、#Metooの影響を受けてこうした状況が変わりつつあります。

■ ESG・労働・人権・セクハラの課題を企業はより意識すべき

  

 興味深いのは、ナイキがセクハラ問題の対応に追われていることです。

 ナイキは1990年代以来、いわゆるスウェットショップ問題で国際的に非難を浴びてきました。途上国で児童に大変低い賃金を支払って働かせて、靴を作らせている、という問題です。ナイキはNGOのこうした告発を無視しましたが、米国では不買運動に発展し、株価が下がり、ナイキは対応を余儀なくされ、サプライチェーンで発生する児童労働や過酷な低賃金労働を根絶すると宣言しました。

 その後、ナイキのCSR(企業の社会的責任)は進化を遂げ、国際ブランドの最先端のCSRを自認して先端的な方針を発表してきました。

  NIKE、2020年サステナビリティ目標を発表。

 この目標のラインアップをみると、「日本企業の数段先を進んでいるし明確なコミットメントだ」という感想を持つ人も多いのではないでしょうか。しかし、そのナイキも、自社でのセクハラ対策がおろそかであれば、足元をすくわれ、巨大なガバナンスリスク、投資リスクにさらされるのです。ナイキ等のリーディング・カンパニーが今後この軽視され続けてた問題に対して、どのような対策を打ち出していくか注目されます。

■ ESG課題がまだまだな日本の課題

 国際的なESG投資の潮流に日本も無縁ではいられないはずです。環境、そして人権に関する企業の姿勢は国際的な注目を集め、ESGにおいて十分でない会社、リスクの高い会社は下手をすると投資引上げをされるリスクにさらされる時代が来ています。他人事ではありません。

 東京証券取引所がコーポレートガバナンスコードの改定に乗り出していますが、EU並みに厳しいESG情報の開示を求めるルールづくりが必要であり、企業も人権や環境に関するポリシーを明確にし、説明責任を果たしていくことか求められるでしょう。

 セクハラについては、日本社会の認識はこれまで著しく低く、裁判所でもセクハラの賠償額は極めて少額なままでした。そのため、企業にとっては重大なリスクと認識されてこなかったのですが、今後はガバナンス、投資上のリスクになりうるのです。

 セクハラ対策については、厚労省がせっかく雇用機会均等法に基づいて、詳細なマニュアルを作成しているのであり、これに即した対応を急ぐ必要があります。

 厚労省 セクシュアルハラスメント対策に取り組む事業主の方へ  

 http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000088194.html

「何がセクハラかわからなくて怖い」「不安」という声も少なくありませんが、何より女性たちの生の声を聴くことから始めることが大切ではないでしょうか

 こちらは、4月28日に新宿で若い女性たちがセクハラに我慢できないということで企画した街頭でのスピーキングの様子です。

   

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 何を言われて傷つき、苦しんできたかが多く語られました。たとえばこのようなことです。

 「私は黙らない。セクハラや性差別に声を上げたときに言われた7つのこと」

 こうした若い女性が声をあげる様子を見ると多くの企業管理職の方々は、生意気な若い女性だと言ってバカにしたり軽視したり、苦手だと嫌悪感を示したり、話が論理的でないから等と聞く耳を持たなかったり、とにかく面倒くさい、怖いから関わりたくないと言って遠ざかる、それが標準リアクションだったのではないでしょうか。

 しかし、このようにして女性の声を大切にせず、差別やハラスメントに寛容でいては済まされない時代になりつつあります。

 是非女性の声を聴き抜本的な対応に乗り出してほしいと思います。

※ 5月22日夜にヒューマンライツ・ナウが開催するESG投資・ESG開示セミナー。ESGについて知りたい方にお勧めです。ここでもセクハラに関連する議論もできればと思っています。

  「ESG開示・ESG投資をめぐる国際的動向と日本の課題」 http://hrn.or.jp/news/13852/

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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