【Tリーグ】伝説のカットマン、朱世赫 降臨!

伝説のカットマン朱世赫(チュ・セヒョク/琉球アスティーダ/韓国)(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

史上最強のカットマンがついにTリーグに参戦した。琉球アスティーダの朱世赫(チュ・セヒョク/韓国)だ。

過去66年間の世界選手権で、カットマンが男子シングルスの世界チャンピオンの座に近づいたのは2回しかない。1969年ミュンヘン大会でエベルハルト・シェラー(西ドイツ)が決勝に進んだとき、そして2003年パリ大会で世界ランキング61位の朱世赫が優勝候補を次々と破って決勝に進んだときだ。

カットマンとは卓球独特のプレースタイルで、卓球台から距離をとり相手のボールを延々と返しつつボールにカットと呼ばれる後退回転をかけて相手のミスを誘う守備型の選手だ。

素朴な疑問 卓球にはなぜ「カットマン」がいるのか?

かつて世界の卓球はこのスタイルが主流だったが、1950年代に日本の攻撃スタイルと高弾性の用具が登場したのを堺に競争力が下がり、男子では1953年のフェレンツ・シド(ハンガリー)、女子では1981年の童玲(タン・リン/中国)を最後に世界チャンピオンは出ていない。女子については決勝に進んだ選手さえいない。用具の高弾性化は年々進むため、カットマンはますます勝ちにくくなっているのが現状だ。故・荻村伊智朗(金メダル12個、第3代国際卓球連盟会長)が「用具の高性能化が進んだ現代では昔のようなカットマンはもはや成立しない」と書いたのは1987年のことだ。

それから更に用具の高弾性化が進んだ2003年、世界選手権パリ大会での朱世赫のプレーに、卓球人は度肝を抜かれた。中でも準々決勝で世界ランキング2位で5年後に北京五輪金メダリストとなる馬琳(マ・リン/中国)を破った試合は圧巻だった。粒高(ツブダカ)という特殊なラバーの性質を活かし、馬琳の強烈なドライブ(前進回転)をそのまま利用した倍返しのブツ切りカットが馬琳のコートに炸裂した。その回転量は馬琳の経験の範囲を超えており(皮肉にもその回転の大部分は馬琳自身が生み出しているのだが)、幾度となく馬琳のボールがネットを直撃した。少しでも攻撃の手を緩めれば、180センチの長身から繰り出す容赦のない攻撃が馬琳のコートに突き刺さった。

決勝の相手は、シドニー五輪金メダリストの孔令輝(コン・リンホイ/中国)と前世界チャンピオン王励勤(ワン・リキン/中国)を倒して勝ち上がってきたヴェルナー・シュラガー(オーストリア)だ。シュラガーが優勝すればリチャード・バーグマン以来66年ぶりのオーストリアの世界チャンピオン、朱世赫が優勝すれば50年ぶりのカットマンの世界チャンピオンだ。中国全盛期での予想もしなかった劇的な決勝カードに、真紅のパリ・ベルシー・スポーツホールが1万3千人の歓声で揺れに揺れた。50年ぶりのカットマンの世界チャンピオンはならなかったが、前年の世界選手権でビデオ係だった青年は、一夜で伝説となった。

その後、朱世赫は世界ランキングを最高で5位まで上げるという、攻撃優位の現代では有り得ない強さを発揮して卓球界に君臨し続けた。2017年に引退を発表したが、今年復帰して琉球アスティーダに参画、39歳とは思えないプレーで観客を魅了している。

8月30日のデビュー戦こそ神巧也(T.T彩たま)に敗れたが、翌日には水谷隼(木下マイスター東京、以下KM東京)に快勝し実力健在を見せつけた。9月6日の第3戦では侯超英(ホウ・エイチョウ/KM東京)とのカットマンどうしの試合で0-2から逆転勝ちし、9月7日の岡山リベッツ戦では吉田雅己と上田仁を一蹴し現在4勝1敗だ。

それにしてもカットマンほど観客を魅了するプレースタイルはない。7メートル四方の競技エリアを所狭しと動き回り、ときには床スレスレから打ち返して相手の猛攻をしのぎにしのぎ、相手が打ちあぐむと一転、矢のように前に出てきて一撃で抜き去る。ピンチに陥った主人公が最後に大逆転で勝つという物語の定型が、図らずもプレースタイルそのものになっているのだから面白くないわけがない。

だが、このプレースタイルを支えるものは、筆舌に尽くしがたい過酷な練習である。張燮林(チャン・シリン/中国/1961年、1963年世界3位)は毎日12時間の練習に耐え、高島規郎(1975年世界3位)は毎日30キロ走り、あるときは6時間ぶっ続けでスマッシュを返す練習をしてその間に3回気絶した。これほどやっても世界チャンピオンにはなれない、それがカットマンだ。

それでも、カットマンの美しさ、かっこよさ、どこにどんなボールが来てもすべて相手のコートに返し続けるという恐らくは実現不可能な見果てぬ夢のようなプレー、これらに魅せられてカットマンを志す若者が今も後を絶たない。カットマンとは卓球競技のロマンなのだ。

そのロマンを体現しながら、高弾性用具全盛の21世紀にただひとり世界チャンピオンの座に限りなく近づいた男、朱世赫。その生ける伝説のプレーを今また目にすることができる幸せを噛みしめている。