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地方が大学に逃げられる日~北海道医療大学・ボールパーク移転を例に考える

石渡嶺司大学ジャーナリスト
大学の移転は若者人口の流出を意味する(写真はイメージ)(写真:イメージマート)

◆北海道医療大学、2028年にボールパーク移転へ

9月27日、北海道医療大学(学校法人東日本学園/北海道当別町)は理事会で2028年4月をめどに北広島市への移転を決定しました。

移転先は北海道ボールパークFビレッジ(以下、ボールパークと略)。

北海道日本ハムファイターズの新本拠地・エスコンフィールドを核とする複合施設になります。

ボールパークは今のところ、最寄り駅がJR千歳線・北広島駅で徒歩20分程度かかります。ただ、新駅開業が予定されており、開業すると、駅から数分で大学に通学することが可能となります。

一方、キャンパス移転で「振られる」形となる当別町は猛反発。

26日には移転撤回の要望書を大学に提出しました。

◆「冬が辛すぎる」学園都市線がマイナスに

今回の移転、もともと、北海道医療大学のアクセスが伏線としてありました。

同大の最寄り駅は大学名と同名の学園都市線・北海道医療大学駅です。駅から大学は徒歩1分と便利です。

札幌駅からは学園都市線で45~50分程度。

ただし、この学園都市線、冬となるとかなりの頻度で遅延や運休が発生します。

医療系の学生は勉強が大変なところ、学園都市線に乗れるかどうか、気にしなければなりません。

それでも、以前は非電化区間だったところ、2012年に電化、50分以上だったところ、7分程度の短縮となりました。

それもあって、2014年志願者数は6495人と増加しました。

北海道医療大学の出願者数

2010年:3150人

2011年:3612人

2012年:3636人

2013年:5610人/北海道医療大学リハビリテーション科学部開設/札幌保健医療大学保健医療学部(札幌市東区)開設

2014年:6495人/日本医療大学保健医療学部 (札幌市豊平区)開設

2015年:5600人

2016年:5067人

2017年:4689人/北海道千歳リハビリテーション大学健康科学部(千歳市)開設

2018年:4301人

2019年:4227人

2020年:4059人

2021年:3796人

2022年:3788人

2023年:3635人/旭川大学保健福祉学部(看護学科〈2008年開設〉)、公立化で旭川市立大学に

※数値は旺文社『蛍雪時代臨時増刊 全国大学内容案内号』各年度版に掲載の出願者数

ただ、上記にまとめたように、2013年の出願者数増加はリハビリテーション科学部開設の影響もあり、電化による短縮効果だけとは言い切れません。

そのうえ、札幌市内や千歳市に競合する看護・医療系学部が新設されていきます。

それに、電化しても冬の遅延・運休の常態化は変わりません。

やはり、アクセスが悪い、それよりもアクセスのいい競合校に、と受験生から敬遠されるようになり、2023年の志願者数は3635人にまで落ち込みました。

◆ボールパーク移転はメリットだらけ

北海道医療大学にとって、ボールパーク移転はメリットが多くあります。

まず、札幌駅からのアクセスはJR・千歳線で約20分程度(新駅開業後)。現状のほぼ半分で済みます。

しかも、千歳線は学園都市線ほど遅延・運休が発生しません。

そのため、札幌市や郊外の高校生からすれば、「ボールパークなら」と志願することが期待できます。

さらに、旭川市、釧路市、函館市など同じ道内でも下宿が必要となる高校生、あるいは、道外の高校生も、ボールパークの利便性に注目することでしょう。

当別町のままであれば志望校候補から外れるところ、「ボールパークなら」「日ハムファンだから近くで学びたい」と考えて志願する高校生は遠方であっても一定数いるに違いありません。

千歳市・苫小牧市などの高校生からすれば、当別キャンパスよりもボールパークの方がはるかに近く、志願者数増加が期待できます。

逆に移転で通学時間が長くなる(その分、志願者減少につながる可能性あり)のは当別町周辺の高校生くらい。

当別町の15~19歳人口(2020年)は787人。

千歳市は同・4901人、苫小牧市は同・7526人。

2市だけで1.2万人、当別町との差は15倍もあります。

しかも、ボールパークの商業施設・飲食店でもアルバイト需要があり、学生からすれば、大学が終わった後にすぐアルバイトをすることが可能です。

当然ながら、ボールパーク以外でも北広島市のアルバイト需要に応えることができます。

雇用する側にとっても、大量の学生を擁する大学が近隣にあるので人員確保につながるメリットがあります。

移転にかかる費用は約420億円。うち350億円の資金調達が必要になります。

この借入金増加はデメリットです。

しかし、当別キャンパスのままでは志願者数が今後も減少を続ける見込みでした。今後、札幌市内に医療系大学・学部が新設されれば、そちらへの流出が見込まれます。

その点、ボールパーク移転であれば、競合校ができても、当別キャンパスほど流出せずに済むことが予想されます。

まとめますと、北海道医療大学からすれば、数百億円を投じてでもボールパークに移転することはメリットが多くあるのです。

◆スポーツ学部開設で総合大化も夢ではない

さらに、ボールパーク移転で視野に入ってくるのが学部新設です。

具体的には、スポーツ系学部などが候補。

スポーツ系学部は北海道内にも、北翔大学生涯スポーツ学部(江別市)、札幌国際大学スポーツ科学部(札幌市清田区)、札幌大学地域共創学群スポーツ文化専攻(札幌市豊平区)などがあります。

当別キャンパスで開設しても、既設の大学に比べ立地が悪く苦戦は必至でした。

しかし、ボールパーク移転後の開設であれば話は別です。

日本ハムファイターズとの交渉次第ですが、たとえば、スポーツ系学部に野球部を創設して、部員はエスコンフィールドでの練習や試合が可能になる、というのはどうでしょうか。

あるいは、スポーツ学と経営学を融合したスポーツ経営学科を開設。日本ハムファイターズの球団職員による実務家講義に球団での長期インターンシップなどを組み合わせれば、野球ファンでスポーツビジネスに関心を持つ受験生は確実に集まります。

このスポーツ経営学科がうまく行けば、スポーツ系学部から独立して経営学部になるでしょうし、そうなると、北海道医療大学は文系学部も擁する総合大学に発展することになります。

このスポーツ系学部の新設、繰り返しますが、当別キャンパスのままだと、全く持って期待できません。ボールパーク移転だからこそ、見えてくる道筋なのです。

◆逃げられた当別町はダメージ大

一方、移転される当別町からすればダメージは大きなものがあります。

現在、当別町に住む北海道医療大学の学生は地元出身者を別にすれば、ほぼ全員がいなくなります。

学生の利用を当てにしていたアパートや飲食店なども学生がいなくなる以上、利用が大幅に減る見込みです。廃業を選択するしかないオーナーも出てくるでしょう。

学生の利用が少なかった飲食店などでも、アルバイトの当てがなくなることになります。

さらに、これまで学生や教職員が通学・通勤で利用していた学園都市線もピンチを迎えます。

学園都市線は正式な名称は札沼線であり、札幌(正確には桑園駅)と石狩沼田駅を結んでいた路線です。

その後、利用者減から1972年に新十津川・石狩沼田間、2020年に北海道医療大学・新十津川間がそれぞれ廃止となりました。

札幌・北海道医療大学間は、1991年に学園都市線が通称として利用されるようになり、現在に至っています。

この通称は沿線に北海道教育大学(札幌校/あいの里キャンパス)など学校が多いから付けられました。もちろん、北海道医療大学の存在もあったからこそです。

しかし、ボールパーク移転となると、北海道医療大学駅の利用者は激減します。

列車本数も減少に合わせて見直されるでしょう。それどころか、学園都市線3度目となる一部区間の廃止も現実味を帯びてしまいます。

◆キャンパス移転は阻止できない

当別町は25日には後藤正洋町長が「「この50年間、町と大学とのいろいろな信頼関係を積み重ねてきていますので、そこを大学には踏みとどまってほしい」とコメント。

26日には移転撤回を求める要望書を大学に提出しました。

しかし、27日に学校法人理事会でボールパーク移転が決議されると、翌日には、

「残念な報道だった。これから町としてどうできるか真剣に考えたいと思う」

と、トーンダウン。

学校法人東日本学園鈴木英二・理事長が当別町役場に報告に来た際には、

「経過を全く知らされていない中で進んでいったということもありますので、町との信頼関係を損なわないような形で、大学としての課題を解決する方向にいっていただければ町としてもありがたい」

と、コメントしています。

地元・北海道新聞記事では、この北海道医療大学のボール―パーク移転に対して、こんなやり取りも。

後藤町長から北広島への移転について「民間(大学)の動きには口は出せない」と報告を受けた宮司正毅前町長は「何をやってる」と電話で声を荒らげ「(移転決定を)どう阻止するか。何か条件を提案するべきだ」と伝えたという。

※前記・北海道新聞記事より

では、当別町がキャンパス移転を阻止、ないし、条件を引き出すことは可能でしょうか?

残念ながら、キャンパス移転の阻止は不可能です。条件引き出しも、難しいでしょう。

◆キャンパス移転の訴訟は大学側の「勝ち」

大学がキャンパスを維持するか、それとも移転するかは、その大学(正確には大学を運営する学校法人)の経営判断になります。

大学のキャンパス移転を巡る訴訟としては、

・金沢大学教養部移転訴訟(1993年/原告は金沢大学教授)

・大阪商業大学訴訟(1993年~1997年/原告は移転先の住民ら)

・東北大県有地訴訟(1997年~2002年/原告は宮城県)

・平安女学院大学キャンパス閉鎖訴訟(2004年~2005年/原告は平安女学院大学の学生ら)

・東海大学医学部付属病院町有地訴訟(2019年~2020年)

などがあります。

金沢大学教養部移転訴訟は教養部の教員が角間キャンパス移転計画の無効確認を学長と文部大臣に求めた訴訟です。しかし、「『移転計画は無効確認の対象となる行政処分に当たらず、訴えは不適法』として請求を却下、事実上の門前払いとした」(北國新聞1993年9月17日朝刊)。

東北大県有地訴訟は県有地の売却を巡り、県とゴルフ所運営の民間企業が争った訴訟です。

大阪商業大学訴訟は、移転先の住民らが整備不全などを訴えた訴訟です。原告敗訴となったものの、移転予定地だった奈良県香芝市のキャンパス予定地は一度、建設差し止め処分が出たこともあり、移転計画そのものが凍結となりました。

平安女学院大学キャンパス閉鎖訴訟は学生らが大学を訴えた訴訟です。

当時、平安女学院大学はびわ湖守山キャンパス(滋賀県守山市)をわずか5年で閉鎖。大阪・高槻キャンパスに統合しました。これに対して学生らは「閉鎖は在学契約に違反」として反発。さらに、守山市や滋賀県から約33億円の補助金を受け取ってキャンパスを開設したのに閉鎖するのは「学校側の債務不履行」と主張しました。

が、学生側の敗訴となっています。

東海大学医学部付属病院町有地訴訟は、キャンパス移転ではないものの、自治体の土地売却と大学の関連で言えば興味深い訴訟です。

2004年、大磯町は東海大学医学部付属病院の拡張(高度診断センター)のために町有地を売却。10年以内に拡張しない場合は違約金を支払う条項を設けていました。

東海大学はその後、資金不足で拡張計画を凍結します。当然ながら大磯町は違約金4900万円の支払いを求めますが、東海大学は拒否。

2019年に大磯町が東海大学に違約金支払いを求めて提訴。

東海大学側は契約書が職員のみで作成した点を突き、「全ての条項で違反しない限り支払い義務がない」と主張。

結果、2020年に裁判所が大学の主張を認めつつ、「法律の専門家が作成した契約書ではないことを考慮。最終的に町側の主張を支持したという。町が弁護士に相談せず、職員だけで契約書を作成したことが、大学側に支払いを拒否する口実を与えていた」(神奈川新聞2020年2月7日記事)として、和解を勧告。請求額から約2割減額の4018万円を東海大学が大磯町に支払うことで和解が成立します。

こうした過去のキャンパス移転に関連する訴訟を見ていきますと、キャンパス移転された自治体が訴訟にまで及んでいないことが明らかです。

これは要するに、キャンパス移転は大学の経営判断によるものであり、撤退された自治体は訴訟で差し止めを求めることがそもそも難しいことを示しています。

◆土地の譲渡か、課税請求がいいところ?

これまで、郊外から都市部に移転した大学は多数あります。

移転された自治体側の対応を調査したところ、打てる手はそう多くないことが判明しました。

1993年、東京理科大学経営学部が新設、埼玉県久喜市にキャンパスが作られました。

しかし、2011年、この経営学部を東京理科大学は都心のキャンパスに移転します。

久喜市は反発しますが、東京理科大学は移転を決定。結果、土地等の譲渡で折り合います。

都心から電車で約1時間。埼玉県久喜市から昨春、東京理科大の経営学部が撤退した。1993年に開設。市が誘致し、用地費など約40億円を負担した。

東京都千代田区への移転を決めたのは2011年だった。市は反発。志願者は定員を上回っていたが、大学側は少子化を見据え、「久喜市では神奈川や千葉からの受験生の確保が困難」と譲らなかった。最終的に土地の約4割と建物の約8割を市に譲渡し、さらに1億円を寄付することで折り合った。

※2017年9月13日・朝日新聞朝刊「大学誘致に公費、明暗 自治体補助、10年で27件207億円」

群馬県板倉町にあるのが東洋大学板倉キャンパスです。

同町と群馬県などが45億円を支援して、1997年に開設。当初は生命科学部と観光系学部となる国際地域学部の2学部でした。

ただ、群馬県民でも板倉町の場所等についての知名度は高くありません。都心からは急行で約2時間もかかります。志願者数は低迷し、2007年に国際地域学部が白山キャンパスへ移転。

さらに、2020年、残った生命科学部と食環境科学部(2013年、新設)も都心移転を発表。板倉町側は反発するも、2024年3月の移転が決まっています。

これに対して、板倉町は、今まで無償で提供していた土地のうち、未利用地について課税することを決めました。

 町は昨年、敷地面積の3分の1に当たる約10・4ヘクタールの未利用地の課税に踏み切った。町税務課によると、同所は拡張計画があるとして、開校当初から無償で提供していた。町は地方税法上、請求できる計6年分をさかのぼって課税。大学用地で非課税だった土地と建物は学生が去った24年以降、課税対象になる見込みだ。課税額は年間約6千万円に上るとみられ、同大は資産整理の検討を急いでいる。

※2022年10月16日・上毛新聞「《深層報道+(プラス)》東洋大板倉キャンパス撤退  跡地利用 いまだ不透明」

なんだか、意趣返しのようにも見えますが、逆に言えばそれくらいしか打てる手がないことを示しています。

◆当別町ができた引き留め策は高速化だった?

人口約1万5千人の当別町にとって、約3600人の学生と約800人の教職員を抱える教育機関の存在は大きく、半世紀近くにわたり大学の存在を前提に進めてきた町のまちづくりは根本的な見直しを迫られる。町は移転に伴う経済損失は20億円以上と試算し、大学に移転撤回を求めるものの、これまで議論の「蚊帳の外」に置かれており、打つ手がないのが実情だ。

(中略)

現在の道医療大が当別町に一部移転した直後の1980年以降、町は行政運営の柱である町総合計画に重点施策として「大学との連携」を位置付け、手厚い支援を講じてきた。93年の看護福祉学部開設の際は、5年間で計5億円を支援。2017年1月には大学敷地内に水道を設置した上、21年度までの5年間は使用料を全額免除か半額にし、計約5200万円を減免した。18年度からは町内に住民登録した学生に、町内で使える商品券1万円分を贈っている。

そうした経緯があるだけに衝撃は大きく、後藤町長は26日に移転断念を大学側に要望した後、「町と大学は50年近い付き合い。まちづくりの柱が失われる影響は計り知れない。早く相談してほしかった」と記者団に悔しさを吐露した。

※2023年9月28日・北海道新聞朝刊「<フォーカス>道医療大、北広島移転決定*学生集めアクセス重視*費用420億円 調達に課題」

当別町の憤りはこの地元紙に限らず、各メディアでも大きく報じられています。

ただ、「町と大学は50年近い付き合い」ということであれば、学園都市線のアクセスの悪さも理解していたはず。

それを「冬の雪には勝てない」との言い訳で放置していたも同然で、それではボールパーク移転を止められるわけがありません。

私は当別町が北海道医療大学を引き留めたいのであれば、快速運転を含む学園都市線の高速化をJR北海道や北海道庁などに粘り強く訴えかけるべきでした。

学園都市線の快速運転は2012年の電化後、ごくわずかしかありませんでした(その後、廃止)。

通学・通勤ラッシュ時に快速運転が実現していれば、札幌・北海道医療大学間が30分程度までさらに短縮できたはず。

暴風・防雪対策の強化を含めて高速化を実現していれば、また違った展開があったかもしれません。

◆20億円以上の価値に対して「商品券1万円」

学園都市線の高速化はJR北海道や北海道庁・国の協力が必要ですし、そう簡単な話ではありません。

では、当別町単独でできることはなかったでしょうか?

学園都市線の遅延・運休が酷いのであれば、学生の当別町移住を手厚く支援する、という手法があったはずです。

移住までは行かなくても、冬季のみ、居住が可能な施設を建設するか、アパートを町で借り上げて、学生に提供、という手もあったのではないでしょうか。

「移転損失は20億円以上」(前記・北海道新聞記事)もありながら、移住した学生に対する支援策は「町内で使える商品券1万円分」(前記・北海道新聞記事)。

2021年当別町広報紙より。学内で臨時窓口を開設し、転入届を受付。
2021年当別町広報紙より。学内で臨時窓口を開設し、転入届を受付。

財政が厳しい地方自治体であることを差し引いても、1万円の商品券では移住を考える学生は少ないでしょう。

厳しい言い方をすれば、メリットだけ享受して学生・大学のための支出は不十分でした。

◆「大学は地方創生のエンジン」は両論あり

大学と地方自治体、と言えば、大学が若者移住による地方創生になる、として肯定的な見方があります。

「大学は地方創生のエンジン」との言い方もあるくらいです。

私はこの見方にはやや懐疑的でして、「エンジンも様々。不良品も混じっている」と考えています。

大学誘致による地方創生策と言えば、立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)、国際教養大学(秋田県)、会津大学(福島県)などの成功例がよく喧伝されます。

私もこれらについては地方創生につながった、ヒット作と考えます。

その反面、大学誘致で逆に地方創生が失敗した例も多数あります。

愛知新城大谷大学(2004年開設、2009年募集停止)、保健医療経営大学(2008年開設、2019年募集停止)などがその典型です。

地方自治体は大学誘致・新設で全てうまく行くと思わず、また、誘致後もいかに魅力を高めていくか、大学と一緒に考えていく必要がある、と思います。

◆当別町の今後は

話を移転で振られた形になる当別町に戻しましょう。

今後、打てる手は率直に言って多くはありません。

北海道医療大学側は「グラウンドや薬草園を残す一方、使わなくなる施設や土地を活用して企業誘致を進める考えを示した」(2023年9月29日・北海道新聞朝刊)としています。

教育機能や病院の全面移転は変わらないわけで、当別町が条件闘争に出ても、基本線は変わらないでしょう。

大学跡地に他の大学誘致、と言ってもそう簡単ではないはず。

実際に、群馬県板倉町など、キャンパスを移転された自治体は再誘致をするものの、いずれもうまく行っていません。

仮に当別町が再誘致に成功したとしても、学園都市線の遅延・運休という問題は変わりません。

民間企業の誘致も大学の再誘致と同じくハードルの高さが予想されます。

そうなると、当別町が打てる手は当面は群馬県板倉町のように、課税を強化するか、埼玉県久喜市のように、土地等の譲渡を持ちかけるか、くらいでしょうか。

私は、課税も土地譲渡もうまい策とは思えません。

課税強化は、意趣返しのような印象を与えるだけです。

土地譲渡も、埼玉県と北海道では事情が異なります。

一時的に当別町が経済的な損失を受けてしまうことは否定できません。また、その穴埋めを大学側に求められるものでもないでしょう。

◆即効性はゼロでも当別町ができることは

当別町があえてできることと言えば、将来への布石を打つことくらいでしょうか。

具体的には3点あり、1点目は、北海道医療大学医学部構想です。

客観的に言いまして、ボールパーク移転が北海道医療大にとってメリットが大きいことは前記の通りです。

志願者数を現状以上に集める可能性が高いだけでなく、人気大学となり、さらにスポーツ系学部や文系学部の新設という明るい未来も夢物語ではありません。

北海道医療大が人気化・大規模化すると、看護学科などの再移転(またはボールパークキャンパスとは別の看護学科を新設)という可能性も出てきます。

さらに、忘れてはならないのが北海道医療大学は2011年に医学部新設に名乗りを挙げている点です。

その後、東北薬科大学に新設が認められ(2016年、医学部を新設・東北医科薬科大学に改称)、一端は沙汰やみとなりました。

それでも、今後、医師不足から医学部新設が議論されれば、北海道医療大学は有力校の1校であることに変わりありません。

現状では相当に低い可能性ではありますが、医学部新設となれば、一度は閉鎖した当別キャンパスが必要となります。

そこで当別町が今後、北海道医療大学と協議する際に一筆、取ってはどうでしょうか。すなわち、

・将来、医学部を新設する際は、当別キャンパスを主たるキャンパスとすることを努力義務とする

というものです。

医学部であれば、立地等はそこまで影響はしません。何しろ、学生は6年間、勉強中心で忙しいからです。

将来への布石としてできること、2点目は石狩公立大学構想です。

すなわち、当別キャンパスに石狩公立大学を新設する、というものです。

公立大学であれば、私立大学以上に全国から学生が集まります。

看護師や理学療法士など医療職は人不足が続いていますので、公立大学として新設する意義は十分あります。

公立大学新設のハードルとしては土地造成やキャンパス新設にかかる費用が多額である点です。その点、当別キャンパスの施設は居抜きでそのまま使えるので、実は相当安く新設できます。

実際、キャンパスの再誘致で私立大学の成功例はほぼないものの、公立大学だと、秋田県の国際教養大学(2004年開学/アメリカ・ミネソタ州立大学機構秋田校〈1995年~2003年〉跡地を利用)という成功例があります。

ただし、デメリットとしては、北海道医療大学からすれば、看護・医療系学部が競合する点、そして、他の自治体からの反発です。

北海道にはすでに公立大学の看護・医療系学部として名寄市立大学(2006年)、札幌医科大学(1993年)、札幌市立大学(2006年)の3校が存在。さらに今年2023年には私立大学の旭川大学が公立に転換(旭川市立大学)、保健福祉学部に保健看護学科が存在します。4校も公立大学の看護・医療系学部がある中での石狩公立大学構想はなかなか難しい、とも言えます。

3点目は、首都圏・関西圏の総合大学の再誘致です。

2点目にも出したように、当別キャンパスの施設などを居抜きでそのまま使える点は大学経営者からすれば大きな魅力です。

もっとも、単独の大学としては、学園都市線の遅延・運休が学生集めの大きなハードルとなります。

その点、首都圏・関西圏の大規模校の学部新設だとどうでしょうか。

首都圏・関西圏の大規模校は、学生が集まる算段があれば、学部新設による規模拡大を常に考えています。

特に理工系に弱い大学からすれば、国・政府の理工系拡大策もあって学部新設は検討しているところです。

建設費用などが高騰している中で、居抜きで使える当別キャンパスは実は魅力的な物件とも言えます。

◆東京理科・東京農業という先例も

首都圏や関西圏の私立大学が北海道に本当に来るのか、と思う読者もいるでしょう。

実はこれ、先例があり、東京農業大学(東京都世田谷区)が1988年に生物産業学部を網走市に開設。

東京理科大学(東京都新宿区)は1987年に基礎工学部を長万部町に開設しました。

北海道外でも、近畿大学(大阪府東大阪市)は広島県東広島市(工学部/1959年開設)、福岡県飯塚市(産業理工学部/1966年開設)など本キャンパスから離れた地方にも学部を開設しています。

こうした先例を考えると、首都圏・関西圏の私立大学誘致の実現性はそれなりにあるもの、と考えます。

私がお勧めしたいのは、東京農業大学のような学部丸ごとの誘致ではなく、東京理科大学のような1年次キャンパスの誘致です。

東京理科大学基礎工学部の長万部キャンパスは開設当初から1年次のみ、全員が寮での居住が条件でした。

1年生しかいないので、サークル活動をしたければ自分たちで立ち上げるしかありません。サークル以外も上の学年を頼れず、同級生同士で行動することが求められます。

東京理科大学サイトより長万部キャンパスマップ。
東京理科大学サイトより長万部キャンパスマップ。

そして、2年次から4年次は東京の葛飾キャンパスで学びます。

手間暇がかかる手法ながら、学生の自立心が養われるなど、教育効果は高く、大学関係者の間でも評価されていました。

基礎工学部は2021年に先進工学部に改組され、葛飾キャンパスに一本化されます。

しかし、1年生だけの教育という手法は新設の経営学部国際デザイン経営学科に引き継がれます(2021年から開始予定もコロナ禍の影響で2022年から開始)。

この1年生だけの教育という手法は、宝塚医療大学が取り入れることを勧めています。2024年開設予定の観光学部(設置認可申請中)では、1年次は沖縄県宮古島キャンパス、2~4年次は兵庫県尼崎キャンパスとなる予定です。

宝塚医療大学観光学部サイトより。
宝塚医療大学観光学部サイトより。

当別町も、この1年次キャンパス誘致を目指すのはどうでしょうか。寮ではなく、民間アパートを活用する代わりに、当別町と周辺自治体以外の出身者は札幌市などを含めて当別町の居住を条件つけるのです。

首都圏・関西圏の大規模校からすれば、東京理科大学の先例は把握しています。学部を新設せずとも、既存学部・学科を一部改組するだけで当別キャンパスに進出することは可能です。

私は、医学部構想、石狩公立大学構想、首都圏・関西圏の大規模校再誘致の中では、この大規模校再誘致が一番現実的、と考えます。

北海道医療大学は理事会でボールパーク移転を決議しました。今さら、これを断念させることは不可能でしょう。

当別町からすれば北海道医療大学に恨みつらみもあろうかと思います。それでも、2028年のキャンパス移転の前にできることはあるわけで、当別町の手腕が問われるところです。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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