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就活で奨学金がチャラになる~奨学金返済支援制度のある企業120

石渡嶺司大学ジャーナリスト
クロスキャット採用サイトより。奨学金返済支援制度の導入企業が増加中

◆奨学金利用で将来が不安な大学生

就活中でも、

「バイトを続けているので時間管理が大変です」

と、話す大学生が増えています。

内定が出ても、

「これでバイトに集中できます」

こうした大学生が増えており、40代以上の社会人からすれば違和感を持つことでしょう。

「え?就活中はバイトはやめて集中するものじゃないの?」

「内定が出て就活が終われば、旅行に行くとか、遊ぶものでしょ?」

事情を知らない社会人によっては、就活中もアルバイトを続ける大学生に、

「そんなに遊ぶ金が欲しいのか」

と、怒り出す方も。

この背景にあるのは、奨学金利用で苦しむ大学生の増加です。

労働者福祉中央協議会「奨学金や教育費負担に関するアンケート調査」(2019年)によりますと、奨学金の借入総額の平均は324.3万円となっています。

毎月返済額の平均は1万6880円、返済期間は平均14.7年。

しかも、学費は学費で上がっています。国立大学の授業料(昼間部)は1984年に25.2万円。それが2022年時点では53.5万円(東京工業大学は63.5万円、千葉大学など4校は64.2万円)。

学費や生活費が上がっていく中では奨学金を利用しないと、進学が難しい時代となってしまいました。就活だけに集中する、あるいは内定後は遊び倒す大学生が少なくなったのも無理はありません。

しかも、日本における奨学金は欧米で言うところのscholarshipではありません。Scholarshipを翻訳すれば奨学金ですが、欧米でのscholarshipは給付であり、返済義務がありません。

ところが、日本ではどうでしょうか。奨学金と言えば、独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)のものを利用する大学生が大半です。こちらは一部の学生を除けば、貸与型。つまり、卒業後に返済する義務があります。これは欧米ではscholarshipではなく、loanとなります。

なお、JASSOの前の日本育英会が担当していた時代(2003年まで)には、学校教員などになると返済免除となる制度がありました。ただ、これも1998年には廃止となっています。

卒業後も数百万円ものローンを抱え、その返済が10年以上も続くのであれば、大学生からすれば、内定が出てもなお、不安はぬぐえません。

少子化になるのも無理はありません。いくら「異次元の少子化対策」と岸田首相が演説しても、大学無償化なども含まなければ「異次元」ではなく「二次元」未満の話でしかありません。

◆就職しただけで企業が返済の一部を肩代わり

もっとも、政府の少子化対策が大学無償化なども含めたとしても、それは今の大学生にはほぼ無関係です。

それでは、奨学金を利用した大学生は卒業後も不安を持つしかないか、と言えばそうではありません。就活に関連するところでは、奨学金返済支援制度を設けている企業があります。

この制度は、文字通り、企業が就職した社員に対して、その返済額の一部を支給する、というものです。

2000年代後半から、JASSOの延滞者に対する取り立てが社会問題化しました。これを受けてか、2012年にノバレーゼ(ブライダル)が奨学金返済支援制度を導入しました。

これが日本で初めての奨学金返済支援制度を導入した企業、といわれています。

なお、類似したところでは、一部の難関大で大手メーカーが入社前に相当額を支給する制度(入社の確約と就職後の一定期間の就労が条件)や看護の専門学校における奨学金などは戦後から現在まであります。ただし、これらはいずれも対象が限定されており、就労期間も条件となっています。

2014年にはオンデーズ(めがねチェーン)、2016年にはクロスキャット(IT)がそれぞれ導入。このあたりから、同様の制度を設ける企業や自治体が増加。

2023年2月現在、この奨学金返済支援制度を設けている企業がどれくらいあるかは不明です。試しに就職情報サイト「リクナビ2024」の企業検索で「奨学金」と入力したところ、634件が該当しました。もちろん、この全てが奨学金返済支援制度の導入企業ではありません。リクナビに出稿していない企業もあることを考えると、2000社は軽く超えているのではないでしょうか。

◆採用で苦戦する企業が制度導入で激変

この奨学金返済支援制度を導入する企業が増加していった背景には、新卒採用の激化があります。

リーマンショック後の就職氷河期は2011年ごろまで続きました。2012年ごろから売り手市場に転じ、これはコロナ禍以降も続きます。卒業者ベースでの就職率(文部科学省「学校基本調査」の「卒業者に占める就職者の割合」)は、バブル期の1991年で81.3%、戦後最低は2003年の55.1%です。これが2015年以降は70%台で高止まりしています(2015年・72.6%、2021年・74.2%、2022年・74.5%)。

学生有利の売り手市場、ということは、企業側からすれば採用がしづらい、採用氷河期と言えます。企業が新卒採用で苦戦する中、奨学金返済支援制度を導入すれば、就活生から好感を持たれやすくなります。

クロスキャット・採用サイトの「奨学金返済制度」トップページ
クロスキャット・採用サイトの「奨学金返済制度」トップページ

2016年に制度を導入したクロスキャット(東京都品川区、IT)の細根宇紘・人事部長は、制度導入前後についての変化を次のように話します。

「定量的な変化としては、応募数が制度導入前の1.5倍に増えました。ただし、制度導入とほぼ同時期に、本社移転(品川シーズンテラス)もあったため、 相乗効果として良い結果につながっていると考えられます」

◆人員定着や税制上のメリットも

新卒採用でメリットのある奨学金返済制度ですが、他にもメリットがあります。

まず、税制上の問題。返済支援制度は2021年から企業が社員に支援額を振り込む(社員がその分をJASSOに返済)形から、企業がJASSOに直接振り込むようになりました(代理返済制度)。

それまでは、支援を受けた社員は税金や社会保険料などが引かれていたのです。

「当社も2022年度より日本学生支援機構の代理返済制度を利用するようになりました。それまで、3万円から税金・社会保険料が引かれて給与支給でした。現在では、3万円丸々を企業が本人に代わりJASSOに直接返済できるようになっています」(クロスキャット・細根部長)

なお、この代理返済によって、企業からすれば給与として法人税に損金算入ができます。

次に、イメージの向上です。

「現在までの制度利用の社員数は利用者数計で106名(2017年4月入社~2022年4月入社)。新卒全体が229名(同期間)ですのでほぼ半数が制度利用者になります。なお、2023年4月入社は24名(全体53名)の利用を予定しています。

量以外の定性的な変化としては、2点あります。まず、学生からの信頼感の向上が感じられました。社員を大事にしてくれる会社であると捉えていただけたようです。結果として、入社承諾率の向上につながったと考えています。2点目としては、大学から感謝のお言葉をいただく機会が多くありました。 大学は、奨学金=学費であると認識していますので、 当社の取り組みを好意的に受け止めて頂いています。 当社としても、SDGs目標(4.質の高い教育をみんなに、10.人や国の不平等をなくそう)につながる施策を実施できていると実感することができています」(クロスキャット・細根部長)

2019年に制度を導入した企業がヨコソー(神奈川県横須賀市、建設)です。

ヨコソーサイト
ヨコソーサイト

月額1.5万円を新卒入社時より7年間支給(126万)します。

経営企画部の川部高志さんは導入した理由・背景を次のように話します。

「私自身が学生の頃は、奨学金=成績優秀者 or 生活の苦しい学生のイメージでした。それが大学職員との会話の中で、文理問わず多く学生が支給を受けており、200-300万/平均だということを知ったのです。学生に関わる立場として支援できないかと考えたことがきっかけでした。

上記データを用いて説明すると共に、全社的なアンケートを実施し、対象となる社員が一定数いることが明確になりました。また、全社的な福利厚生のバランスを再構築する中で、若手への支援が不足していると考えたのです。これらを当社だけの課題ではなく、社会全体の課題だと考え、少なくとも当社社員には一日でも早く、社会人として自律をして欲しいという想いから、導入を決定しました」

導入前後の就活生や大学キャリアセンターなどの反応の違いについては、クロスキャットと同じで大きく変わった、と川部さんは話します。

「学生本人はもちろんですが、特に保護者の印象が良くなっていると実感しています。特に当社の場合には、同時期に厚労省のユースエール認定を受けました。企業として、新卒を積極的に採用し、育成すると共に、奨学金返済支援制度により、側面から定着を支援するイメージに繋がっているのではないかと考えています。

キャリアセンターに関しても同様で、社風として『定着が良い』『若手を支援している』ということを言葉で伝えるよりも、明確な制度として提示できます。若手の自律を支援する制度があるという点が、定着や育成に注力している企業というイメージ醸成に繋がっているのではないかと考えています」

◆支援額増加の企業も

本稿では、奨学金返済支援制度の導入企業を就職情報サイトから調査。「総合職・技術職が対象」「企業規模が従業員数200人以上」「新卒採用を一定規模で継続的に実施」「リクナビ2024や採用サイトなどで奨学金返済支援制度を明記」の4点のうち、複数で該当する120社について、リストを作成、掲載しています。

こうした企業リスト、以前も2016年秋に作成、拙著『キレイゴトぬきの就活論』(新潮新書、2017年)に掲載しました。ただ、このときは早期に導入した3社(ノバレーゼ、オンデーズ、クロスキャット)以外にはわずか4社しかありませんでした。

それから7年経過したこともありますが、全体としては、導入企業が大幅に増加、かつ、支援総額が増えていった印象があります。

クロスキャットは、制度導入当初は100万円でした。これが現在では、支援額が180万円になっています。

「理由のひとつは奨学金の借入額の実態を知ったことがきっかけです。理系の大学院を卒業した学生ですと600万円以上を借入している学生が何名もいました。当初の目的である、借入の負担感を減らし業務に集中してもらうということを考えたときに、180万円への増額を決めました」(クロスキャット・細根部長)

ある企業・人事担当者は、奨学金返済支援制度はコスパがいい、と話します。

「奨学金の借入残高のある社員からすれば、代理返済してくれる企業には恩義を感じて、その分だけ、定着していきます。社員が定着せず、転職者受け入れなどにかかるコストを考えれば、奨学金返済支援で100万円~数百万円かかったとしても、安い買い物です。イメージもよくなりこそすれ、悪くなるわけがありませんし。あとは、制度導入に経営陣や社員が納得して踏み切れるかどうかではないでしょうか」

◆導入かどうかで迷う企業も

企業を取材すると、この奨学金返済支援制度の導入を迷う人事担当者も意外といます。その意見をまとめると、「出し損になりそう」「既存の社員の納得感がなさそう」「制度の設計が面倒」などです。

特に「出し損」「社員の納得感」を挙げる人事担当者が多くいました。

確かに、奨学金返済支援制度を利用して、終了すれば、辞めてしまう社員は間違いなく存在します。「出し損になる」と考える人事担当者もいるでしょう。

企業によっては、この「出し損」を警戒してか、社内成績による審査や役職就任などを条件としています。

ただし、社内成績による審査などがあっても、途中退社(出し損)のリスクは、減るわけではありません。社員の途中退社リスクは、奨学金返済支援制度がなくてもあります。むしろ、制度導入によって、そのリスクは減ることが予想されます。仮に途中退社の社員が出たとしても、それは別の要因によるもの、と考えるべきではないでしょうか。

私はこの制度を導入するのであれば、一律にした方が分かりやすい、と考えます。

「社員の納得感」は、新卒社員が奨学金返済支援を受けた場合、対象とならなかった社員、特に20代の社員が「自分も返済しているのに、支援を受けられないなんて」と不満を持つことです。これは人の感情からすれば、当然でしょう。

対策としては、新卒者だけでなく20代社員も対象とすることなどが考えられます。

◆自治体・JASSOリストが分かりづらい

奨学金返済支援制度を導入している自治体は26府県、市町村レベルでは相当数あります。ただし、自治体による奨学金返済支援制度はその多くが理工系学生のみ、地元の対象企業就職などの条件付きです。

後者の場合、従業員数が100人未満の中小企業が大半を占めており、それを就活生が魅力と考えるかどうかは難しいところです。

実際、自治体の奨学金返済支援制度担当者は「利用は低調」と話す方が多くいます。

「告知はしているが、それが対象企業の採用が劇的に変わったか、と言えばそこまでではない」

もっとも、利用が低調なのは条件が多すぎる点や、その割に支援総額が低い(数十万円から50万円程度)ことも影響しています。

こうした自治体では対象企業のリストを作成、サイトで公開しています。

それから、JASSOもサイト内で、制度導入企業のリストを公開しています。

ただ、どちらも、分かりづらい点が難点です。

自治体公開のリストは、業種・業界や企業規模などが明示されてないものが大半でした。JASSOも、掲載依頼を受けた企業を載せているだけであり、地域や企業規模などで検索することができません。

◆例外的に分かりやすい広島県のリスト

だったら、本稿に合わせて、地域別の導入企業リストを作成、掲載しようと考えました。

なお、この企業リスト120で東京都に次いで掲載が多いのは広島県です。

スーパーなどを展開するイズミ、万惣、建材のアマノなどが導入しています。

この導入企業を他の自治体と同様に広島県のサイトでも公開しています。

従業員に対する奨学金返済支援制度導入企業(広島県奨学金返済支援制度導入企業データバンク登録企業)一覧

※2023年1月時点で105社

これが、自治体公開のリストとしては、例外的に分かりやすく、それで掲載数が増えた、という事情もあります。

冒頭で業界(サイト上では業種)別のリストを出して、後段で企業規模や支援額などの詳細を出すなど、閲覧者に対して、きわめて親切な設計となっています。

これをまとめた、広島県庁の担当者は大変だったと思いますが、手間暇がかかっている分、「就活生と企業を応援したい」という思いがにじみ出ています。

広島県サイトより。ここまで詳細に出す自治体は珍しく、就活生の参考になる
広島県サイトより。ここまで詳細に出す自治体は珍しく、就活生の参考になる

◆制度導入なら情報公開を

さて、本稿で企業リストを作成するにあたって、JASSOサイトやリクナビ2024などで検索すれば簡単だろう、と当初は甘くみていたのです。

実際は、掲載リストにあるように、詳細が不明の企業も多くありました。制度を導入したものの、詳細については就職情報サイトや自社サイトで公開していないのです。

その理由については、「他社に金額を知られたくない」「就活生対象の説明会で話している」などと言ったものでした。

奨学金返済支援制度は福利厚生策の項目に入れている企業が大半です。

その福利厚生策を極端に気にする就活生は程度が低い、とする意見が採用担当者のあいだで強くあります。私もその点は同意できます。

ただし、奨学金返済支援度は別と考えています。

奨学金の返済残高が数百万円以上ある就活生からすれば、支援金額の多寡は、志望企業候補とするかどうか、大きく影響します。つまり、給料と同じなのです。

それを非公開とする、あるいは「説明会で話せば十分」とするのは、いかがなものでしょうか。せっかく、奨学金返済支援制度を導入するのであれば、きちんと情報公開をしていただきたい、と考えます。

クロスキャットなど企業によっては、就職情報サイトだけでなく、自社サイトでもきちんと公開しています。こちらの方が好感を持たれやすいのは言うまでもありません。

クロスキャット・採用サイトより
クロスキャット・採用サイトより

話を戻すと、この奨学金返済支援制度を導入する企業は今後も間違いなく増えていくでしょう。

就活生は、その制度の詳細を見極めつつ、志望企業を選択して欲しいと考えます。

◆奨学金返済支援制度の導入企業リスト120社

リストについて

・筆者(石渡)が奨学金返済支援制度の導入企業を自治体・JASSOサイト、就職情報サイトなどから調査。

・「総合職・技術職が対象」「企業規模が従業員数200人以上」「新卒採用を一定規模で継続的に実施」「リクナビ2024や採用サイトなどで奨学金返済支援制度を明記」の4点のうち、複数で該当する企業について掲載。

・掲載情報は2023年2月20日現在のもの。

・上限は支援総額で単位は万円。

・詳細に記載の金額・年数は、上限金額のものも含む。

・上限・詳細の空欄は「上限がない」「サイト等に記載なし」「立て替え払い・利子補給などの別制度」などのいずれかを示す。

北海道・東北

筆者作成
筆者作成

関東

筆者作成
筆者作成

東京・1

筆者作成
筆者作成

東京・2

筆者作成
筆者作成

中部

筆者作成
筆者作成

関西

筆者作成
筆者作成

広島県・1

筆者作成
筆者作成

広島県・2

筆者作成
筆者作成

中国(広島県以外)・四国・九州

筆者作成
筆者作成

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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