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大学受験の「冬物語」はいつまで?~浪人の損得勘定

石渡嶺司大学ジャーナリスト
受験漫画『冬物語』(全7巻・著者撮影)。令和の「冬物語」こと浪人の損得勘定を解説

◆大学受験浪人は5人に1人

大学受験シーズンもそろそろ終わり。志望校に合格した受験生は入学準備に慌ただしい時期となりました。

一方、志望校に合格しなかった受験生もいます。

文部科学省「学校基本調査」によると、2021年の大学入学者は62.7万人。うち、浪人生は12.5万人、割合だと20%でした。つまり、5人に1人は大学受験に失敗、浪人したうえで入学しています。

大学・浪人経験者の変化(文部科学省「学校基本調査」より著者作成)
大学・浪人経験者の変化(文部科学省「学校基本調査」より著者作成)

それでは、この大学受験浪人はその後のキャリアにおいてどのように影響するのか、本稿ではこの損得勘定についてまとめました。

なお、ご存じの方もいるでしょうが、本稿執筆の石渡は2浪(→東洋大学社会学部)であることを念のため、付記しておきます。

◆『冬物語』時代の浪人割合は30%台

1987年~1990年の連載で人気だった漫画『冬物語』(原秀則・小学館・全7巻)は浪人生が主人公です。2浪で専修大学に合格するまでが描かれています。

この時期に中学生ないし大学生だった方だと、読んだことがあるはず。

『冬物語』全7巻(著者撮影)。改めて読み返すと、現役→専修合格の彼女に振られ、2浪でその専修に合格したことに気づく
『冬物語』全7巻(著者撮影)。改めて読み返すと、現役→専修合格の彼女に振られ、2浪でその専修に合格したことに気づく

付言しますと、当時、高校生だった石渡は「へー、2浪かあ。まあ、そこまで浪人することはないだろう」と思っていたら、その後、この漫画の主人公と同様に2浪することとなりました(一寸先は闇)。

当時、大手予備校の落書きでこんな名文句がありました。

「現役偶然、一浪当然、二浪平然、三浪唖然、四浪憮然、五浪愕然、六浪慄然、七浪呆然、八浪超然、九浪天然、十浪無為自然」

誰が考えたかは不明ですが、なかなかうまい言葉遊びです。

それでは『冬物語』の連載が終わった1990年、「学校基本調査」によると、浪人生は18万人。浪人の割合は36.6%でした。

その後、2010年には16.4%に低下。2010年代半ばには大学定員の厳格化などにより、私大入試が首都圏・関西圏を中心に激戦となります。その結果、浪人の割合は20%~22%となります。

この文部科学省「学校基本調査」、浪人生については、2014年までは四浪以上をひとまとめとしていました(2015年以降は年齢別)。

多浪の定義はいくつかありますが、「学校基本調査」に従うと4浪以上となります。

では四浪以上の割合は、と言えば、1990年が0.9%、その後、2010年代は1.2%~1.5%となっています。

浪人生の総数は減っていても、四浪以上は30年前でも40年前でもそう変わっていません。

◆浪人のメリットは学力アップ

それでは、ここから浪人のメリットとデメリット、それぞれを見ていきます。

まずはメリットから。

最大のメリットとしては、学力アップでしょう。何しろ、現役生に比べると、それだけ勉強をするのですから、学力は上がる可能性があります。学力が上がれば、志望校に合格する可能性が高くなります。

◆自己管理ができるかどうか

この学力アップというメリットは自己管理ができるかどうかによって大きく左右されます。自己管理がきちんとできるのであれば、学力アップは期待できます。

ただ、実際には多くない、と予備校講師Aさんは話します。

「高校までは黙っていても、高校教員が『あれやれ、これやれ、それやるな』など、うるさく指導して、生徒もそれに従っていました。ところが浪人生になると、どこまで勉強するかは本人次第。勉強よりも遊びが優先する、という浪人生は一定数は出てしまいます」

…。なんか、自分のことを言われているようでなかなかしんどい取材でした。私(石渡)の場合、札幌の高校を卒業した後、食事つきの下宿に暮らしながら東京の予備校に通いました。ただ、1浪のときは趣味の読書や映画鑑賞などが優先で勉強は後回しでした。

◆引きこもりリスクの高い宅浪

予備校講師Aさんは、予備校に通わず自宅で浪人をする、いわゆる宅浪が一番、自己管理ができなくなり、リスクが高い、と指摘します。

「宅浪を選択する浪人生は『予備校の総合コースは高い』など色々言うわけです。ただ、それは理屈で、裏では高校時代の友人に会うのがイヤ、とか、そういうメンタル的な部分が大きいですね」

これも分かるような気がします。

「それで、自宅でちゃんと勉強できればいいのですが、なかなか難しいです。まず、親がメンタルやられますよ。何しろわが子が夏休みでもないのに毎日いる。しかも、勉強しているかどうか分からない。かと言って『勉強はどう?』『合格できそう?』なんて声をかけても、暗い返事をするか、逆ギレするか、どちらか。近所からも『オタクのお子さん、浪人なの?まあ、大変ねえ』なんて言われてしまいますし。浪人生は浪人生で、そうした親や近所などからのプレッシャーから、メンタルをやられてしまいます。その点、予備校や塾に通っていれば、定期的に授業を受ける習慣も付きますし、自習室だってあります」

中国地方の公立高校・進路指導部長のBさんも、予備校に通うことを勧めます。

「総合コースだと、不要な授業も組み込まれることがあります。お金の面でも大変なので、私は単科講座を複数、組み合わせることを勧めています」

◆親・受験生の想像以上にハードル高い仮面浪人

進路指導部長のBさんが自己管理、という点で宅浪と同じく否定的なのが仮面浪人です。仮面浪人とは、すべり止めの大学に入学。学籍を持ちつつ、受験勉強をして他大学への入学を目指します。

方法としては大学に入学後、すぐ休学届を出して授業などには出ないというものと、授業などは出席しつつ受験勉強を続ける、というものと2通りあります。

Bさんは、一般的な浪人よりも志望校への合格確率が低い、と指摘します。

「学籍がある、という点でどこか、安心してしまうのでしょう。勉強への取り組み方が違います。それと、保護者の方が『大学はどうせ大したことしないから大学の勉強はどうとでもなる』との思い込みが強いのも問題です」

私も、仮面浪人を選択した保護者と話すと、昔の大学の感覚が現代にも通じる、と勘違いされている方が多くいます。

確かに、日本の大学、特に文系学部だと、授業にろくに出席しなくても単位が貰えて卒業もできてしまう、という時代がありました。

しかし、2007年に学校設置基準の改正により、単位認定が厳格化されます。現在の大学は文系、理系問わず、出席や単位認定基準が厳しく、きちんと勉強しないと進級・卒業できません。

「しかも、今の大学は私立大学でも中退防止策の一環で少人数講義とか、新入生のプレゼミなど、少人数を売りにする大学も増えています。そうした授業やゼミにきちんと出席しないと単位は認定されません。と言って、出席しても、友人などは作りにくいでしょう。しかも、課題なども多いため、受験勉強との両立が難しいのです」

東北地方の進路指導主事・Cさんは保護者や受験生の学歴観がどこかおかしいことも指摘します。

「どういうわけか、仮面浪人を選択する生徒は生徒も親も、学歴観がどこかピント外れなんです。3年前、中央大学に合格した生徒がいました。本人は早慶が第一志望だったのですが、中央なら私は十分と思いました。ただ、『中央なんかイヤだ。就活で損をするかもしれないし、早慶に行きたい』と言い張るのです。親御さんも同意見でした。結局、『早慶がいい』の一点張りで仮面浪人をしました」

大学の偏差値と就活への影響については、後述します。ただ、中央大学であれば、就活で早慶に比べて大きく損をするか、と言われればそんなことはありません。

「で、この生徒は、中央で仮面浪人2年したのですが、結果として、早慶は不合格。2浪時点で、合格したのが東京理科と芝浦工業です。いや、東京理科も芝浦工業もいい大学ですよ。ただ、中央に現役合格したのであれば、それを蹴ってまで行くべきか、と言われればそこまでではないはず。ただ、この生徒も親も『理工系のトップで中央よりも評価は高い』と話していました。否定するわけにもいかないので、モヤモヤした思いだけが残りました」

こう語るCさんは、浪人についてこう話します。

「どうしても志望校を目指す、というのであれば、浪人もいいでしょう。ただ、浪人をする以上は退路を断った方がいいです。そして、受験する際は志望校だけでなくすべり止め校もちゃんと受験するなど、戦略も必要です」

◆浪人のメリット・就活は良くなる?

浪人のメリットとして、現役時点よりも偏差値の高い大学に入ることにより、就活でも有利になる、というものが挙げられます。

就活では学歴フィルターがよく話題となります。2021年12月もマイナビが「大東亜以下」というメールを就活生に送ったことで改めて注目されました。

マイナビ「大東亜以下」メール炎上で学歴フィルター論が再燃~現実の傾向と就活生の対策(2021年12月10日公開)

中堅機械メーカーの人事担当者・Dさんは、MARCH・関関同立クラス、日東駒専・産近甲龍クラスが分水嶺と話します。

「うちはどの大学なら落とす、残す、ということはしていません。ただ、適性検査のスコアを見ていくと、MARCH・関関同立クラス、日東駒専・産近甲龍クラスとそれより下のクラスとで分かれます。MARCH・関関同立クラスなど、適性検査のスコアは高く、日東駒専・産近甲龍クラスだとぼちぼち。その下、大東文化や帝京などの私大だと、どういうわけか、スコアが壊滅状態になります。適性検査のスコアが全て、とは言いませんが、あまりにもひどすぎる就活生は落とすよりほかありません。そうなると、日東駒専・産近甲龍より下のクラスの学生はほとんど残らないのです」

一方、中堅私大のキャリアセンター・Eさんは次のように話します。

「うちの学生が適性検査のスコアが低い?うーん、それは否定できません。もちろん、対策講座などはしているのですが…。ただ、1年次からきちんと勉強して、就活にも意識を持っている学生はちゃんと内定を取っています。うちはMARCHクラスより2ランク下。そのMARCHクラスと比肩する企業から内定を得る就活生もいます。浪人して難関大に目指すのも人生と思います。ただ、うちのような中堅私大から就活で逆転、という方法はもっと認知されてもいいと思います」

私が大学キャリアセンターや企業の人事担当者を取材したところ、大学の偏差値ランクで1ランクなら逆転は十分可能。1年次から勉強や就活への意識があれば2ランク逆転、というジャイアントキリングも可能、との意見が多数でした。

◆浪人のデメリット・1~生涯賃金格差につながる

では、ここから浪人のデメリットについて解説します。

まず、1点目は生涯賃金格差について。大卒の生涯賃金は2.5億円から3億円と言われています。

浪人をすれば、その年数分、マイナスとなります。

◆浪人のデメリット・2~民間企業就活で不利に

浪人のデメリット、2点目はメリットでも出てきた就活です。

結論から言えば、1浪で許容範囲。2~3浪だとネガティブに見る企業が増え、4浪以上だとさらに厳しく見られます。

なお、これは留年も同様です。

まず、年齢による就職差別は2007年改正の雇用対策法で禁止されています。

民間企業は年齢差により、応募を制限する、あるいは選考不通過とするなど、不利益な扱いを禁止されています。

「いや、その割に、各企業とも、新卒採用で上限年齢を定めているではないか」

と、ツッコミを入れた方、お目が高い。

この雇用対策法で、例外規定があり、その一つが新卒採用です。

長期勤続によるキャリア形成の観点から、新規学卒者等をはじめとした若年者等を期間の定めのない労働契約の対象として募集・採用する場合には、上限年齢を定めることが認められます。

ただし、「対象者の職業経験について不問とすること」、「新規学卒者以外の者にあっては、新規学卒者と同等の処遇であること」の2点を満たす必要があります。

厚生労働省 東京労働局サイトより

浪人・留年の年数がどうあれ、新卒採用には年齢の上限規定に抵触しない限り、参加できます。

ただし、実際の選考では別、雇用対策法は知っているけれど、と各企業の採用担当者は話します。

「うちだと、2浪以上は書類選考の時点で落とします」(商社)

「あまりにも浪人期間が長いと、それだけ同期入社との年齢差が出てしまう。そこから起こるであろう人間関係のすれ違いなどを考えると、浪人経験者を積極的に採用したいとは思わない」(銀行)

業界別だと、金融、商社、大手メーカーなどは浪人経験者に対して厳しいようです。

逆に寛容なのが、ITやメディア・エンタメ関連など。

「浪人・留年関係なく、仕事ができるかどうか。それにうちは転職者も多いので年上の部下、年下の上司などは珍しくありません」(IT)

◆浪人のデメリット・3~公務員就活ができなくなる

デメリット、3点目は公務員就活です。

職種によっては年齢制限が低く、2浪ないし3浪あたりから公務員試験に参加すらできなくなります。

なお、前項目でご紹介した雇用対策法による年齢差別の禁止ですが、公務員採用については例外となっています。

公務員は業務内容が幅広く、研修期間も長めです。それから、警察官・消防官などは体力を要するため若年者を採用しようとします。

そのため、公務員採用の年齢制限については合理性がある、とする見方が一般的です。

具体的には、次の通りです。

国家公務員(総合職) 30歳まで

法務省専門職員 40歳まで

国会図書館専門職員 29歳まで

国会議員政策秘書 64歳まで

自衛官幹部候補生(大卒) 25歳まで

地方公務員(大卒程度) 24歳~59歳まで

※20代後半から30代後半を上限とする自治体多数

教員 20代後半~40代後半

※石渡調べ/2022年3月現在

◆浪人のデメリットが少ない業界・職種とは

公務員の中でも、国会議員政策秘書は64歳が上限であり、浪人経験の有無は無関係です。

それから、地方公務員も自治体によっては上限を緩和するところが出てきています。

教員は地方公務員以上に年齢の上限緩和に積極的であり、2022年には鹿児島県が上限を54歳に緩和しました。

教員の場合、そこまでしないと、採用が追い付かない、という事情もあるようです。

公務員・教員以外だと、医師、法曹業界、芸術・デザイナー関連、ライターなどのフリーランスなどは、浪人経験がデメリットになることは多くありません。

まず、医師は医学部が難関であるため、浪人生が多数います。

例年、医学部の現役合格率は50~60%と全学部平均(2021年だと80%)を大きく下回っています。

法曹業界の場合、大学受験浪人はしていなくても法科大学院か司法試験で浪人する受験者が多数です。

法務省の公表データによると、2021年司法試験の合格者平均年齢は28.3歳(前年は28.4歳)。大学受験ないし司法試験で4年間、浪人したということになります。

芸術系学部は東京芸術大学、武蔵野美術大学、多摩美術大学などトップクラスだと浪人経験者が珍しくありません。

これは、芸術系学部の入試がデッサンなど基礎訓練は高校または美術系予備校で修得していることを前提としているからです。

美大の場合・・特にファインアートだと、2浪ぐらいはそんなに珍しくはないし、恥ずかしいことでもないです。やっぱり1年以上みっちり「訓練」した人の絵は違います。

個人的にも、お金が許すのであれば一浪ぐらいは経験してもいいんじゃないかと思ってますし。

ブログ「ムサビの手羽」2008年3月4日投稿「浪人するべきか否か」

『東京藝大ものがたり』(あららぎ菜名、飛鳥新社)は著者が3浪で東京芸術大学に入学した、実話に基づく受験漫画です。

地味な話、壮絶な話などが盛り込まれており、受験漫画の名作と言っていいでしょう。

ライターなどフリーランスも浪人経験の有無はほぼ無関係です。

付言しますと、私の場合、先週のABEMAPrimeで多浪がテーマだった時にゲストコメンテーターとして呼ばれました。「石渡さんは2浪ですか、へー、じゃ、その話も少ししていただければ」と言われ、これが浪人して得した初めてのことです。

3月11日に出演したABEMAPrime

逆に、浪人経験が理由で仕事がキャンセルになったことはありません。

まあ、ネガティブな点、あえて挙げればTwitterやYouTubeのコメントで「2浪・東洋の分際で偉そうに」云々と書かれるくらいでしょうか。

◆多浪という選択「苦労しました、9浪だけに」

ここまで浪人のメリット・デメリットを見てきました。

一方、こうした良し悪しを超越して多浪という選択をする人もいます。

濱井正吾さんは現在、早稲田大学4年生。高校を卒業してから早稲田に入るまで9年間かかりました。すなわち、9浪です。

来月、4月には、ご自身の経験をもとにまとめた『浪人回避大全』(日本能率マネジメントセンター)から刊行予定。

濱井正吾さんのYouTube

「商業高校を卒業してから2009年に関西の私立大学に入学しました。ただ、教室の後ろでは私語が絶えないなど、環境に満足できなかったのです。そこで、他大学への編入を考え、2011年に龍谷大学の編入試験に合格、編入しました」

龍谷大学での生活は満足だった、と濱井さんは話します。しかし…

「たとえば、ゼミの発表内容一つとっても、他のゼミ生に比べて自分は劣っている、レベルが低いと思い知りました。編入したけど、コンプレックスを払しょくできなかったのです。そこで、このコンプレックスは一般入試でちゃんと結果を出すことによって払拭できるのでは、と考えるようになりました」

濱井さんは2013年に龍谷大学を卒業し、その後は働きながら受験勉強を続けます。

「在学中に証券会社に内定、入社したのですが、外務員試験の勉強と受験勉強の両立が無理そう、と考えて10日で退職しました。その後、地元に戻り就職。夜と土日に予備校に通い、勉強を続けたのです」

予備校での勉強は大変だった、と濱井さんは話します。

「私は商業高校出身で高校の学習レベルに到達していない科目が多くありました。加えて、当時は東大や京大など国立の難関大を目指していたため、数学の勉強時間も多く取っていたのです。ただ、最初の2年間は授業についていけず、話を聞いているだけでした」

トマホークTomahawkでの濱井さん紹介の動画。なお、同チャンネルでは他の浪人生も多数登場

それでも、少しずつ成績が上がり、2018年には立命館・同志社などに合格。さらに第一志望だった早稲田大学も教育学部に合格しました。

「浪人中は人生、いつ終わるのか、先が見えない不安感が常に付きまとっていました。だからこそ、早稲田に合格して嬉しかったですし、9浪したことに後悔はしていません。まあ、相当、苦労はしました、9浪だけに」

◆浪人経験者入学後の明暗を分ける自己開示

濱井さんは入学後、自身の年齢や浪人経験などを話すようにしていました。

「私は早稲田入学前、早稲田は多様性がある、というイメージを持っていました。だからこそ、隠さずに行こう、と。それに、隠したところで9年も違うのでバレないはずがありません。腹割って話せるようにしたい、と考えました」

教育学部では新入学生のオリエンテーションがあり、ここで「27歳で入学、苦労しました『9浪』だけに」と自己紹介します。

「反応ですか?苦笑されていたような。ただ、拒絶されている感じではなかったです。オリエンテーション後も、授業1回1回が勝負なので自分から挨拶するようにしていました」

年下の同級生からは「タメ口でもいいんでしょうか」などと聞かれたそうです。

「今は敬語・タメ口が半々ですね。私はどちらでも気にしません。入学後にはサークルには6つ入りました。さすがに忙しすぎて大学3年次にはどこも行かなくなりました。それでも、なるべく知り合いを作ろう、と考えてあちこち行きました」

濱井さんが早稲田大学に入学して溶け込めたのは、この自己開示が好影響しています。

私の高校の同期でも多浪という選択をした友人が2人いました。1人(友人A)は6浪で早稲田大学教育学部。もう1人(友人B)は5浪で北海道大学医学部。なお、後者は正確には現役で北海道大学法学部に入学し、卒業。1年浪人で合格しています。

年数から言えば、5浪と6浪なのですが、その明暗はきれいに分かれました。

友人Aは入学後、しばらくしてから音信不通となってしまいました。友人Bは大学でも友人ができ、卒業。医師として現在も活躍しています。

多浪の多い医学部という事情を差し引いても、明暗を分けたのは自己開示でした。

友人Aは人づきあいが得意ではない性格でした。そのため、入学後にサークルに入ったようなのですが、年齢などは一切伏せたそうです。本人はそれで自我を守ったのかもしれません。が、年齢差は歴然であり、そうなると、年下の同級生は「えーと、どう付き合えばいいのだろう」「なんか、面倒そう」などと見えない壁が生まれてしまいます。実際、友人Aのサークルではこの見えない壁ができてしまい、夏前には来なくなったそうです。私はこのサークルの学生から、あとで話を聞き、友人Aのことだと分かり驚きました。

一方、友人Bは、濱井さんと同様、最初から年齢や経歴などは先に話して「同級生なんだから敬語とか使わないでほしい」と自己開示しました。

結果、見えない壁は生まれず、友人もできた、とのこと。

濱井さんは、「浪人経験者は自己開示が必要」と自身の経験からアドバイスします。

「浪人したことについて自己開示しても、失望する人はあまりいません。勇気がいるかもしれないが、どんどん自己開示した方がいいですね。浪人を真剣にやってきたのであれば、それが必ず糧になるはずです」

◆浪人の見えないメリットは

浪人したから損か得か、ABEMAPrime出演の際、ひろゆきさんから、そうしたデータがあるのかどうか、ご質問をいただきました。

番組中では「はっきりしたデータはない。結局、浪人経験が良かったかどうかは本人次第でいくらでも変わる」と回答しました。

本稿執筆にあたり、改めてデータを探しましたが、やはり、はっきりしたデータはありません。

回り道が単にムダだったか、それとも有益だったか、それは本人のその後の努力やキャリアによっていくらでも変わるでしょう。

9浪の濱井さんは浪人した方がいいかどうかについて、次のように話します。

「自分のコンプレックスが何かを考えたうえで最善の選択をしてほしいです。だから人によってはすべり止めでも大学進学した方がいいし、人によっては浪人した方がいいですね」

最後に、漫画『冬物語』で主人公の父親が不合格だった主人公にかける名文句で本稿を締めるとしましょう。

ま…その……電車一本乗り遅れたみたいなもんだよ!次の電車が快速ってこともあるしな

※『冬物語』1巻より

追記

高校時点の成績以上の大学に行きたいということであればこういう方法も。

国公立大にマイナス偏差値でも入れる編入ルート~高校教員オススメの公立短大とは(2019年7月30日公開)

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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