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アメフト騒動を甘く見た日大~病院工事・背任事件の源流は

石渡嶺司大学ジャーナリスト
附属病院の建て替え工事を巡る背任事件で大学理事が逮捕。その背景を解説(写真:YUTAKA/アフロ)

◆病院工事で井ノ口理事が逮捕

2018年にアメフト騒動の当事者だった日本大学が再び揺れています。

10月7日、日本大学医学部附属病院の建て替え工事による背任容疑で東京地検特捜部は7日、日本大学理事の井ノ口忠男容疑者と大阪市の医療法人「錦秀会」前理事長の籔本雅巳容疑者を逮捕しました。

マンモス大学の現役理事が逮捕されるのはきわめて異例であり、今後の解明が待たれます。

関係者によると、井ノ口容疑者は逮捕前の任意の事情聴取に対し、「知らない」などと関与を否定していたという。

逮捕容疑は昨年2月中旬ごろ、板橋病院の建て替え工事の設計をめぐり、業者選定のためのプロポーザルで都内の設計会社が1位になるよう評価点を改ざん。この設計会社を選定させた上で、同社取締役に対し、着手金約7億3000万円のうち2億2000万円を籔本容疑者が全株式を所有するコンサルタント会社(港区)に送金するよう指示し、同8月上旬に実際に送金させて日大に損害を与えた疑い。 

※時事通信10月7日配信「日大理事ら2人逮捕 トップ自宅も再び捜索 病院建設めぐる背任事件・東京地検」

◆井ノ口容疑者、評価点を改ざんし設計会社を選定

井ノ口容疑者は逮捕時、株式会社日本大学事業部という日本大学100%出資の事業会社で取締役でもありました。

病院建て替え工事で、日本大学はこの日本大学事業部にどの建設業者にするのか、契約業務を委託。

同社はプロポーザル(評価点)方式で設計会社を選定します。このプロポーザル方式での評価点を井ノ口容疑者は改ざんした、と言われています。

日大は、病院建て替えの設計・監理業者の選定を関連会社「日本大学事業部」(東京都世田谷区)に委託。事業部は2020年2月、企画提案内容などを総合評価する「プロポーザル方式」に参加した4社の中から、東京都内の設計会社を選んだ。日大は設計会社と約24億円で契約を結び、前払い金として約7億3000万円を支払った。

井ノ口理事は日大事業部の取締役として選定に関与。籔本前理事長と共謀して同8月上旬、設計会社に指示して前払い金約7億3000万円のうち2億2000万円を籔本前理事長が保有する実体のないコンサルタント会社に送金させ、日大に損害を与えたとする背任容疑で逮捕された。

関係者によると、業者の選定は日大幹部ら7人の委員会が各社の提案書を採点し、最も平均点が高い企業を契約先とする手順だった。井ノ口理事は部下らに指示し、都内の設計会社が1位になるよう、委員会が採点した後の点数を水増しして改ざんしたとされる。井ノ口理事はこの過程で、改ざん後の順位などを、委員会に報告する前に、籔本前理事長にLINEで継続的に報告していた疑いがあるという。

背任罪は処罰対象を「他人のために事務処理をしている者」と規定し、日大から業務を委託されていない籔本前理事長は本来は対象とならない。だが、特捜部はLINEのやり取りなどから、籔本前理事長は井ノ口理事と選定での不正や特定の業者に受注させる意図を共有していたと判断。「身分なき共犯」として逮捕に踏み切った。

※毎日新聞10月9日朝刊「日大背任:LINEで選定状況報告か 日大理事、医療法人側に 工事巡る背任」

◆大学が事業会社って持てる?

ここで、多くの大学事情に詳しくない読者は「なぜ、大学が株式会社を持っているの?」と疑問に思われるかもしれません。

大学が事業会社を運営することは戦後から認められています。

ただし、その大半は「●●大学出版会」など、学術書などの出版事業が大半でした。

2001年、文部省科学通知「学校法人の出資による会社の設立について」で、大学100%出資が認められるようになりました。

2006年には教育基本法が改正され、大学の役割の一つとして「社会貢献」が明文化されます。

もともと、事業会社が収益を上げ大学に寄付をすると、所得税法で寄付金額の全額が損金として計上することができます。

「受配者指定寄付金制度」は、所得税法第78 条第2 項第2 号及び法人税法第37条第3 項第2 号の規定に基づく財務大臣の指定(昭和40 年4月30日大蔵省告示第154号(P.44 参照))を受けており、企業等法人が私立学校へ寄付した場合、支出した寄付金の全額を損金の額に算入することができる唯一の制度になります。

※日本私立学校振興・共済事業団 受配者指定寄付金「寄付金事務の手引」税の優遇措置について

生活・教育用品の販売等は大学生協が担っています。しかし、全ての大学に大学生協があるわけではありません。

と言って、大学が直接運営するとなると、業務上のちょっとした変更等も理事会などに諮る必要があり煩雑です。

事業会社にすれば、業務がスムーズであり、一括受注によるスケールメリットも期待できます。しかも利益が出れば大学に寄付することもできます。

これは便利、ということで2000年代以降、規模の大きな大学を中心に設立が相次ぎます。

日本私立学校振興・共済事業団が学校法人に対して行った2015年調査(調査実施は2013年)では、415大学法人のうち144法人(34.7%)が会社を設立、と回答しています。

以後の全体調査がないため、日本全体で大学の事業会社がどれくらいあるかは不明です。とは言え、事業会社を解散した、という話はほぼ聞きませんし、国公立大学でも土地事業などで設立していることを考えると、400~500校(大学数は2020年時点で795校)は設立している、と推定されます。

◆株式会社日本大学事業部の闇とは

株式会社日本大学事業部は2010年の設立で他のマンモス私立大学よりはやや遅めです。なお、田中英寿理事長は就任が2008年で、その影響があるかもしれません。

2009年10月23日・東奥日報朝刊には、当時からあまり表に出なかった田中理事長が同社社長との対談記事が掲載されました。なお、東奥日報は田中理事長の出身地・青森の地方紙であることも大きいと思われます。この対談の中で田中理事長は日本大学事業部についても触れています。

今、日大は事業会社を興そうとしています。今年7月に「日本大学事業会社開設準備室」と「開設準備委員会」を設置しました。新しい収入源を確保し、大学の財政基盤を強化することが目的です。まずは、保険や旅行などの代理業から取り組む予定です。また、大学の経営を預かる立場として、事務組織を機動性のあるものにし、本部をはじめ肥大化した組織をスリム化していきたいと考えています。「七転び八起き」の心構えで失敗を恐れずに目標に向かい、「チーム日大」の総合力を発揮して、この厳しい環境を乗り切っていきたいと思います。

※東奥日報2009年10月23日朝刊「日本大学創立120周年記念特集/同窓対談 田中日本大学理事長 塩越東奥日報社社長/「自主創造」の人材を育成/卒業生100万人 各界で活躍」

これ自体は特に問題はありません。

そして、日本大学事業部は売り上げを急拡大させていきます。

2013年には、約7.8億円だった売り上げが2017年には約69.8億円と9倍。2019年には約90億円と11倍にも膨れ上がります。

その背景には、日本大学事業部とその中枢で切り盛りした井ノ口容疑者の強引さにありました。

学内からは「できるだけ物品購入等は事業部を通すように、と言われるようになった。モノによっては直接、専門業者に発注した方が早いのに…」(理系学科・教員)などの恨みが広がります。

そもそも、事業会社を大学が設立するようになったのはスケールメリットが目的の一つです。

しかし、このスケールメリット、日本大学の場合、やや事情が異なります。

日本大学の本部がある千代田区九段南には通信教育部しかありません。他の学部は全てバラバラであり、16学部のうち、2学部がまとまっているのは三軒茶屋キャンパスのみ(危機管理学部、スポーツ科学部)。他は全て1学部1キャンパスが基本です(理工学部と生産工学部は学年によりキャンパスが分かれる)。北は福島県(工学部)、南は静岡県(国際関係学部)にまで広がり、各キャンパスごとに就職支援や学生生活支援などの部署が存在します。就職支援の部署は本部にもありますが、多くの日大生からすればキャンパスの就職支援部署の方が身近でしょう。

マンモス大学で16学部・18キャンパス(本部を含む)にまで分かれるのは日本大学だけです(東海大学は7キャンパス、近畿大学は6キャンパス)。

ここまで細かく分かれていると、教育・生活用品にしろ、自動販売機・保険にしろ、キャンパスごとの対応にした方が話は早いはず。

それを強引に一括受注にしたので、学内で軋轢が出てもおかしくはありません。

そうした軋轢が積み重なって、売上90億円(2019年)となりました。

このような利益追求をした株式会社日本大学事業部が背任事件での還流ルートになっているわけです。

◆アメフト騒動を甘く見た・その1~補助金減額も2018年の騒動渦中に

さて、今回の背任事件、私は日本大学ならびに田中理事長が2018年のアメフト騒動を甘く見たツケが源流、とみています。

主なものは3点。

まず、1点目は騒動渦中の2018年時点での話です。

アメフト騒動が予想外の長期化を見せる中、当事者である田中理事長はダンマリ作戦を決め込みます。

8月6日には日本大学ホームページに声明文を発表し、「耳を大きくし、より広く意見を聞き、自由闊達(かったつ)で開かれた大学を目指す」とまとめています。

しかし、これはあくまでも声明文だけであり、実際にはどうだったでしょうか。

この声明文を出す前に、日本大学は企業の経営幹部・人事担当者と大学教職員が交流するパーティーを東京と大阪で開催しています。こうしたパーティー・会合は規模の大きな大学ならよく開催しています。

このパーティーに出席したメーカーの採用担当者は田中理事長と大塚吉兵衛学長(当時)のあいさつを覚えていました。

「大塚学長は、アメフト騒動について謝罪していました。その次に登壇した田中理事長は『あんなのはマスコミが勝手に騒いでいるだけですから』。反省の色は全くなかったですね」

なお2018年はアメフト騒動とほぼ同時期に、医学部不正入試問題が噴出していました。東京医科大学の裏口入学疑惑に文部科学省官僚による汚職事件、さらには他の医大・医学部での女子学生差別まで判明。日本大学もその一校でした。

結果、2019年1月、文部科学省は2018年度の私学助成金減額のペナルティを課します。

発端となった東京医科大学は汚職事件で前理事長と前学長が起訴された点を重く見て100%減額(不交付)。女子学生差別のあった6校は25%減額。そして日本大学は35%減額となりました。

なぜ、日本大学は35%と他の6校より重いか、それはアメフト騒動が影響しています。

「35%と2番目に減額幅が大きい日大は、医学部入試で同窓生の子弟を優遇するなどしていたことに加え、アメリカンフットボール部の危険なタックルを巡る問題が社会問題化したにもかかわらず、理事会で適切に対応しなかった点も考慮したという」

※2019年1月22日朝日新聞夕刊「入試不正 8医大 助成金減額『調査中』1校見送り 東京医大 全額カット」より

スポーツ関連の不祥事が元で私学助成金が減額されるのは極めて異例なことでした。それくらい、文部科学省が理事会での対応を問題視したもの、とみることができます。

◆アメフト騒動を甘く見た・その2~どう喝の井ノ口容疑者、理事・日大事業部に復帰

2018年8月6日の声明文で田中理事長は加害選手をどう喝した日大関係者について、「いかなる理由があろうとも、断じて許されないこと。二度とあってはならないこと」としています。

このどう喝をした日大関係者とは、井ノ口容疑者に他なりません。

2018年、アメフト騒動を調査した第三者委員会は井ノ口容疑者が加害選手に対して、どう喝があった、と認定しています。

井ノ口容疑者は加害選手とその親に対して、監督からの指示がなかったように説明してほしいと依頼。「(同意すれば)私が、大学はもちろん、一生面倒を見る。ただ、そうでなかったときには日大が総力を挙げて潰しに行く」とまで発言した、と第三者委員会報告にはあります。

当然ながら、当時、大学理事であり、株式会社日本大学事業部では事業企画部長だった井ノ口容疑者はそれぞれ退任します。

しかし、2019年に検察が元監督と元コーチによる反則指示について不起訴処分としました。これを受けてなのか、井ノ口容疑者は株式会社日本大学事業部に復帰します。しかも、時期は不明ですが、取締役となりました。アメフト騒動前に比べ、ポストが上がっています。

さらに2020年には大学理事にも復帰しました。

田中理事長は声明文で「断じて許されないこと。二度とあってはならないこと」とした人物をわざわざ復帰させたことになります。

いかにアメフト騒動を甘く見ていたか、日本大学ならびに田中理事長の姿勢が明らかです。

◆アメフト騒動を甘く見た・その3~アメフト・橋爪監督、任期更新されず

日本大学ならびに田中理事長がアメフト騒動を甘く見ていた傍証、3点目はアメフト・橋詰功監督の退任です。

2018年、騒動から当時の監督・コーチが退任。立命館大学OBの橋詰氏が監督に就任し、再建に取り組みます。

2019年には公式戦に復帰、同年の関東大学1部リーグで優勝。2020年には上位リーグのトップ8に入り、3年ぶりに甲子園ボールに復帰しました。

しかし、今年8月末に契約満了で退任、同部は監督を置かず、大学OBがヘッドコーチとなる指導体制に移行しました。

4年目となる今年も契約の継続を求めていたが、大学から「(契約の)継続はしない」と通達されたという

※2021年1月19日朝日新聞朝刊「日大アメフト部再建の橋詰監督が退任へ 続投希望も」

橋詰氏はアメフト部再生の象徴とも言えるでしょう。その橋詰氏は契約継続を希望し、再建にも成功しています。

契約期間が終了したとは言え、契約を継続・延長しない理由は乏しいように思われます。これも、アメフト騒動への反省がなく「ほとぼりが冷めたから」という意識が強く働いた結果ではないでしょうか。

◆田中理事長はダンマリ作戦で逃げ切り狙いも

日本大学ならびに田中理事長がアメフト騒動を甘く見ていた、と思しき傍証をここまで挙げてきました。

では、この背任事件を田中理事長はどのように乗り切ろうとしているのでしょうか。

一言でまとめれば、ダンマリ作戦です。

田中理事長は、過去のスキャンダル・騒動は大きなものでは3回、直面しました。不動産会社からの違法献金疑惑、黒い交際疑惑、そして2018年のアメフト騒動です。

他の大学であれば、いずれも理事長を辞任してもおかしくないほどの問題でした。このピンチを田中理事長はいずれもダンマリを決め込む、記者会見などは一切しない、という方針を貫きます。

結果、それぞれ、逃げ切りに成功しました。

当然ながら、今回もこのダンマリ作戦で逃げ切ろうとする意図が透けて見えます。

この田中理事長のダンマリ作戦は今回も通用するでしょうか。過去3回と大きく異なるのは、現役理事の逮捕という事態です。

しかも、その理事である井ノ口容疑者は、声明文で「断じて許されないこと」としておきながら、2020年に理事に復帰しています。その復帰には田中理事長の意向が強く反映された、とみるべきでしょう。

田中理事長には、井ノ口容疑者の任命責任だけでなく、「どう喝が認定された人物をなぜわざわざ理事に復帰させたのか」という二重の任命責任が問われることになります。

アメフト騒動のときは、「スポーツは教育であり、教育関連は学長が説明すればいい」としていました。今回の背任事件については病院建て替え工事によるもので、経営関連。つまり、経営のトップである田中理事長が責任者です。

さて、田中理事長は記者会見を開くのか、それとも、その前に理事長辞任、あるいは逮捕などに至るのか。今後の展開に注目です。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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