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近鉄採用担当者が就活セクハラ~傾向分析から防止策を考える

石渡嶺司大学ジャーナリスト
拒絶のポーズをとる女性。就活セクハラへの対処法は(写真:miya227/イメージマート)

◆近鉄採用担当者の就活セクハラを文春がスクープ

本日発売の週刊文春2021年6月10日号に、近鉄グループホールディングスの採用担当者による就活セクハラが掲載、波紋を呼んでいます。

文春オンラインでも概要記事が配信され、6月3日午前にはヤフトピ入りしました。

「厳重な処分を行う」近鉄採用担当者が就活中の女子学生に“不適切行為”(2021年6月2日16時配信)

記事によると、1月のインターンシップ終了後、採用担当者らが参加学生と非公式のオンライン飲み会を開催。この中に、加害者となったX氏と、被害者となった学生A子さんもいました。

オンライン飲み会終盤に就活生とX氏はLINEを交換。いつでも連絡を、となりました。

ところが、A子さんについては、

「最初は就活のアドバイスだけでしたが、二月上旬から『頑張ってるご褒美にご飯に行こうよ』と連絡が来るようになって。最初はかわしていたんですが、エントリーシートの添削をしてくれるというので、その誘いに乗ってしまいました…」

※記事より

その後、ラブホテルに連れていかれ、肉体関係を持ったとのこと。

X氏はホテルを出た翌日以降、A子さんにLINEで口止めやプレッシャーを与えるメッセージを送っています。

A子さんは早期選考に参加するも二次面接で落ちました。その後も、X氏から連絡がきたため、労働局に相談します。

記事では、X氏がA子さんと関係をもったこと、近鉄グループHDの事実確認なども掲載しています。

◆どこからがセクハラだったのか

この事例、流れをまとめるとこうなります。

1:1月にインターンシップ開催

2:インターンシップ終了後、参加学生と採用担当者らが非公式のオンライン飲み会開催

3:オンライン飲み会終盤で就活生らとX氏がLINE交換

4:X氏・A子さんは当初は就活のアドバイス中心

5:2月から何度も食事の誘いが来る/エントリーシート添削もする、とX氏

6:X氏が予約した和食屋に行き、酒に強くないA子さんに対して酒も勧める

7:酔ったA子さんが気づくとタクシーの中で、ラブホテルに連れていかれた。「採用に影響があると思い」(記事・A子さんのコメント)肉体関係を持ってしまった

※文春記事から著者作成

なお、文春記事で近鉄グループHDは、就活生との情報交換について、次のように回答しています。

「当社では社員が業務を行うにあたって、個人携帯のメールやLINE等を使用することを禁止しております。今回、当該社員が、個人のLINEで学生と連絡をとっていた行為は、会社のルールから逸脱した問題のある行為と認識しております」

※文春記事より

この近鉄グループHDのルールを厳密に当てはめれば、3の時点でアウトでしょう。

なお、2の非公式のオンライン飲み会もグレーと言えばグレーです。

ただ、非公式のオンライン飲み会や、あるいはzoomやclubhouseを使った勉強会・質問会などは、インターンシップとは無関係によくある話です。

参加する採用担当者の大半は善意によるものですし、就活生側も気楽に話を聞ける、質問ができる、などのメリットがあります。

4は、就活セクハラ、というよりは、採用担当者の倫理観・公平性はどうなのか、という問題があります。

リクルーターとして就活生に接する社員であれば、就活生に就活のアドバイスをすることはよくあります。

とは言え、採用担当の部署に所属する社員が、しかも自社を受ける就活生個人に対して就活のアドバイスをするのが適切でしょうか。

企業の採用担当者に取材すると、企業規模や採用手法によって大きく分かれました。

大規模な企業だと、「まずあり得ない」とのこと。

1社だけ、「就活生が複数参加する質問会などであれば、『社会人の先輩として個人的な見解ですが』と断って就活アドバイスの質問には答えていきます。しかし、LINEを交換して個人にのみ回答、というのはまずないですね。その就活生個人だけを優遇する不公平な話です。そもそも、忙しくて個人的な相談に乗れる余裕はありませんし」(メーカー)とのことでした。

一方、中小規模、あるいは雑談面接の手法を取る企業は、やや様相が異なりました。

「うちは、はっきりした面接は最終面接くらい。その前は、雑談などのやり取りでお互いの相性を見よう、と事前に就活生に伝えています。希望する就活生とは全員、LINEを交換。他社選考の就活相談などもOKとしています」(商社)

「うちの選考がダメだった後も、他社選考の相談、ずっと受けていました。回答?もちろん、しっかりしましたよ」(印刷)

◆就活生との食事は「あり得ない」

取材した採用担当者が「まずあり得ない」としたのが5以降。

就活相談に乗る採用担当者も、酒を含む食事は、まずない、とのことでした。

「コロナ以前なら、ちょっとした相談なら、近くの喫茶店でも行こうか、というのはよくありました。今もそこそこあります。それと、オンラインでのやり取りも増えました。が、酒を伴う食事、それも、就活生1人ですよね?まず、あり得ないです」(IT)

「コロナ以前なら、希望する学生と飲みに行くのは、よくありました。が、今は、感染リスクを考えれば、あり得ません。就活生どころか、社外関係者との飲食もうちは禁止としていますし。まして、女子学生1人ならこれは就活セクハラが目的としか思えません」(商社)

5に出てくる、エントリーシートの添削はどうでしょうか。

ほぼ全員が「他社ならまだしも自社のエントリーシート添削はあり得ない」との回答でした。

「リクルーターにはエントリーシート添削も、見てあげるように、との指示を出しています。ただ、採用担当者の場合、それを読んで次の選考に通すかどうか決める立場。公平性に欠ける、ということで断っています」(商社)

◆採用担当者としてもアウト

今回の近鉄の事例について採用担当者に取材すると、全員が絶句していました。

「採用担当者としてアウトですね」と話してくれたのは、小売企業の採用担当者です。

「採用担当者は、セクハラやパワハラに抵触する質問をしないように面接担当者に周知するなど、コンプライアンスに一番、敏感でなければならない立場です。その採用担当者が就活生個人に対して、就活セクハラをしてしまうのは驚きです」

私も同感で、この事例、社会人としてもあり得ませんし、採用担当者という立場を考えれば、なおさらです。

近鉄グループHDが、コンプライアンスにあまりに無頓着だったのでは、と疑われても仕方のない話、とも言えるでしょう。

◆就活セクハラは4人に1人の調査も

就活セクハラはこれまでに何度となく、繰り返されています。

就活セクハラの主な事件

2007年:三菱東京UFJ事件/27歳行員が内定をちらつかせて女子学生をカラオケに誘い、暴行→逮捕

2016年:アイシン・エィ・ダブリュ事件/43歳元幹部が内定を条件に不適切な関係を迫った、として元女子学生が元幹部の男性とアイシン・エイ・ダブリュを相手取り、損害賠償訴訟を起こす→その後は不明

2019年:大林組事件/27歳社員がOB訪問アプリを通じて知り合った女子学生と喫茶店で面談。その後、面接指導をする、との理由で自宅に誘う→逮捕

2019年:住友商事事件/24歳社員が女子学生に酒を飲ませて暴行→逮捕、懲戒解雇

2020年:リクルートコミュニケーションズ事件/30歳社員がOB訪問アプリを通じて知り合った女子学生に睡眠作用のある薬物を混ぜた飲み物を飲ませたうえ、性的暴行を加える→逮捕/同様の事件で2021年5月に6度目の逮捕

※著者作成/肩書は事件当時のもの

厚生労働省は2021年5月、就活セクハラの調査結果を公表しました。

調査は2020年10月、2017~19年度に大学などを卒業し、就活やインターンシップを経験した男女1千人を対象にインターネットで実施されたものです。

同調査によると、就活セクハラの被害は4人に1人でした。

被害の経験があると答えたのは25・5%。性別でみると男性26・0%、女性25・1%で、男性の方が高かった。

被害の内容は「性的な冗談やからかい」(40・4%)が最も多く、「食事やデートへのしつこい誘い」(27・5%)が続いた。「性的な言動を拒否したことで内定取り消しなど不利益な取り扱いをされた」ケース(11・0%)もあり、「性的な関係の強要」(9・4%)をされた人もいた。

被害を受けた場面は「インターンシップに参加した時」(34・1%)が最多だった。「企業説明会やセミナーに参加した時」(27・8%)の割合も高かった。

※朝日新聞2021年5月13日朝刊 「『就活セクハラに遭った』 4人に1人 厚労省が初調査」記事より

◆就活セクハラの共通点は「密室」「就活指導」「立場利用」

就活生の弱みに付け込む就活セクハラは許されるものではありません。

前記にまとめた就活セクハラ事件を見ていくと、共通点があります。それが「密室」「就活指導」「立場利用」の3点です。

どの事件も、自宅マンション(大林組事件)、カラオケ(三菱東京UFJ事件、リクルートコミュニケーションズ事件、住友商事事件)など、密室に連れ込んでいます。

そして、どの事件も就活指導を理由に誘っています。

OB、リクルーター、幹部社員など立場の違いがあるにせよ、立場を利用しているのも、共通点と言えます。

そして、この3点の共通点は近鉄事件にも当てはまります。

◆エントリーシート添削の渋滞も遠因か

私が今回の近鉄事件で気になったのは、X氏が誘い文句としたエントリーシート添削です。就活生からすれば、エントリーシート・履歴書は初期選考に必須のものです。自分の書いた内容がいいかどうか、気になりますし、社会人に添削してほしい、と思うのは自然な感情です。

では、大学キャリアセンター・就職課で見てもらえばいいじゃないか、となるのですが、実はそう簡単ではありません。

「うちの大学はエントリーシートの添削をしてくれる職員が1人のみ。それも、ピント外れのことしか言わないので学内での利用者は多くない」(東北・私大)

「カウンセラーがいるのだけど、相談予約がまず大変。取れても30分程度。延長はできず、次に依頼できるのは早くても2週間後」(関西・難関私大)

特に中規模以上の大学で、就活のハイシーズンになると、相談予約自体がプラチナチケット化するそうです。

大学に相談するのが無理、と多くの就活生は諦め、他の方策を模索することになります。近鉄事件は、この就活生の焦りを悪用した事例、とも言えるでしょう。

◆就活生が知っておきたい就活セクハラ対策その1・「社員1人の権限は小さい」

では、就活生は、この就活セクハラに対して、どう対処すればいいでしょうか。主なものは3点あります。

まず、1点目、「社員1人の権限は小さい」という前提条件を知っておくことです。

就活セクハラ事件を見ていくと、内定をちらつかせたり、選考が有利になる、など加害者側が甘言を弄する共通点があります。

が、従業員規模が数人の零細企業ならまだしも、ある程度の規模となると、採用に至るまでに複数のチェックが入ります。

大規模企業となると、エントリーシートも複数の担当者が読んで、ダブルチェックします。面接などでも同様です。一社員が就活生の合否判定を変えるほど、強い権限を持つことは多くありません。

が、就活生からすれば、そうした事情など知らないため、「内定させるから」「選考が有利になるから」などと言われると、それだけで委縮してしまいがちです。

権限がないのに、内定云々と言い出すのは、これだけで、就活セクハラの危険信号が点灯している、と言っていいでしょう。

こうした話が出た時点で、私はその企業や大学などに相談すべき、と考えます。

◆就活生が知っておきたい就活セクハラ対策その2・「飲酒と密室は避ける」

就活セクハラへの対処法、2点目は飲酒と密室です。

過去の就活セクハラ事件はいずれも、飲酒を強要しているか、酒に睡眠剤を混ぜる(リクルートコミュニケーションズ事件)、そのうえで密室に連れ込む、という共通点があります。

そもそも論として1対1の食事に誘われても断るべきですし、百歩譲っても、飲酒は絶対にやめましょう。さらに、カラオケなども含め、密室となる状況は避けるべきです。もし、そうした状況に持ち込もう、とした時点で何を言われても席を立つようにしてください。

なお、コロナ禍においては、就活生を含む部外者との飲食を禁じている企業が多いことも付け加えておきます。

◆就活生が知っておきたい就活セクハラ対策その3・「しつこい誘いの時点で相談」

前記の厚生労働省・就活セクハラ調査をまとめた朝日記事によると、相談した事例は多くありません。

セクハラを受けた後の行動についてたずねたところ、「何もしなかった」(24・7%)が最も多かった。大学のキャリアセンター、家族・友人、大学の指導教授などに相談した人はいずれも1~2割にとどまった。「就活をやめた」(7・8%)人もいた。

※朝日記事より引用

しつこく誘われた時点で、就活セクハラの危険信号が点灯しています。自身の安全を図るためにも、所属大学のキャリアセンターや近くの労働局、あるいは、労働問題に強い弁護士などに相談することを強くお勧めします。そのうえで、加害者が所属する企業にも連絡しましょう。

2020年6月からセクハラ防止対策の指針変更で厚生労働省は企業に対して、セクハラ相談窓口の対象は社員だけでなく就活生も含むように、としています。

◆最後に~善意と悪意を見極めること

こうした就活セクハラ事件が起きるたびに、「そもそも、企業の社員と就活生がOB訪問などで会うこと自体、おかしい」とする論が出てきます。

私は、それは火事を見て、火を使うことをやめよう、とする論と同じで、強い違和感を持ちます。

自ら道を切り開く努力は就活生だけでなく社会人でも求められます。就活であれば、ゼミの他の友達が行かなくても合同説明会に行ってみよう、あるいは、zoomで開催されているセミナーをちょっと覗いてみよう、などなど、就活生個々がどこにどれだけ時間を使うのか、これも問われることになります。

OB訪問・社会人訪問なども全く同じです。

就活セクハラなど悪意をもって利用する社会人がいることは、これまでの就活セクハラ事件からも明らかです。

では、就活生と接する社会人が全員、就活生に対して悪意があるか、と言えばそうではありません。むしろ、善意で、就活生の参考になればいい、と考える社会人の方が多数です。

「OB訪問アプリは危険」「社会人と話すことは危険」など、機械的に当てはめるのではなく、どこからが善意でどこからが悪意なのか、就活生はきちんと見極めるようにしてください。

もし、しつこく誘われるようであれば、次のメッセージを発してはどうでしょうか。

「それ、就活セクハラですよね?しかるべきところに相談してもいいですか?」

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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