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「卒業後3年以内は新卒扱い」の今さら感~雇用・教育政策で政府・与党が小エラー連発

石渡嶺司大学ジャーナリスト
記者会見に臨む田村憲久・厚労相。卒業3年以内を新卒扱いとするよう経済4団体に要請(写真:ロイター/アフロ)

◆「卒業後3年以内を新卒扱い」「積極採用」を政府が要請

27日、政府は経済4団体の首脳と会談、新卒の積極採用や卒業後3年以内の既卒者を新卒扱いとすることなど雇用について要請しました。

田村憲久厚生労働相は27日、萩生田光一文部科学相、坂本哲志1億総活躍担当相とともに、日本商工会議所の三村明夫会頭ら経済団体首脳と東京都内で会談した。3大臣は、新型コロナウイルスの流行で厳しさが増している新卒採用の維持を要請。採用試験で卒業後3年以内の既卒者を新卒扱いとするよう改めて求めた。

厚労相は「ぜひ採用活動でご尽力をいただくよう心からお願いしたい」と要請。三村会頭は「就職の維持・促進を官民でやるのは貴重なことだ」と応じ、全国の商工会議所に周知する考えを示した。厚労相は、会談後に「第二の就職氷河期世代を作らないということはご理解いただいた」と語った。 

※時事通信10月27日19時配信「『3年以内は新卒』直接要請 厚労相ら3大臣、経済団体に」

時事通信に限らず、他紙も28日朝刊では、この政府要請については大きな扱いとしていません。

日本経済新聞が6段記事で一番大きな扱いですが、経済4団体の反応は特になし。むしろ、同時に話の出た、2023年卒(現在の大学2年生)について、就活ルール(就活の時期など)を従来と同じく、3月広報解禁・6月選考解禁とする説明の方が長めです。

28日朝刊では読売新聞が全国紙では唯一、経済団体側の反応を伝えていました。

経団連の冨田哲郎副会長は「非常に厳しい環境にある企業もあるのは事実だが、会員企業に徹底したい」と応じた。

※2020年10月28日読売新聞朝刊「卒業後3年、新卒扱い要望 文科相ら、経済4団体に」

他に共同通信が27日配信記事「経済団体に学生の採用維持を要請 田村厚労相と萩生田文科相」でも伝えています。

 経済団体側からは要請を前向きに受け止める意見が相次いだ一方、追加の経済支援を求める声も上がった。全国商工会連合会の森義久会長は「新型コロナで地域経済は深刻な状況。さらなる大型の経済対策で地方の中小企業の採用意欲がわく経済環境を速やかに実現してほしい」と訴えた。

記事も大きな扱いではなく、経済団体側の反応もあっさりしたもの。無理もありません、卒業後3年以内を新卒扱い、というのは別に今回、決まった話ではないからです。

◆「卒業後3年以内」は2010年の雇用政策

2010年、政府の「新卒者雇用・特命チーム」は、雇用対策法に基づく「青少年雇用機会確保指針」を改正。卒業後3年間は企業の採用に新卒として応募可能としました。以降、この「卒業後3年以内」はずっと踏襲されます。

もちろん、田村厚労相、萩生田文科相とも、これは理解しており、その上で、次のような発言をしています。

田村厚生労働大臣は、きょう、福島県富岡町(とみおかまち)で記者団の取材に応じました。

この中で、田村大臣は新型コロナウイルスの感染拡大による学生の就職活動への影響について、「来年度の就職活動が真っただ中だが、止まっているところもある。ハローワークなどを通じて、3月のギリギリまで就職できるようしっかり支援したい」と述べました。

その上で、「国の指針で卒業後3年以内は新卒扱いとしてほしいとしているが、すべての企業が対応しているかは難しい部分がある。萩生田文部科学大臣と企業を回り、まずは4月の採用をお願いするとともに、就職できなかった場合には、3年間は新卒者の扱いで採用のチャンスを作ってもらうことも求めていきたい」と述べました。

※2020年10月18 NHKニュース

◆そもそも氷河期というほどではない違和感

就活・雇用問題に政府が取り組んでくれるのは、私としても歓迎すべきことです。

ただ、違和感があるのは「第二の就職氷河期世代を作らないということはご理解いただいた」(時事通信記事)、「来年度の就職活動が真っただ中だが、止まっているところもある」(NHKニュース)という田村厚労相の発言部分。

まず、10月現在、進んでいるのは2022年卒就活であり、2021年就活は大半の企業で終了しています。ANA、JAL、USJなどが採用中止を発表したことは確かですが、全体では、採用意欲はまだまだ活発と言っていいでしょう。

2021年卒が2020年卒に比べて厳しい状況になったのは確かですが、就職氷河期になった、というほどではありません。

今回の新卒扱い要請、野球で言えば、ホームランを狙いに行ってファウルとなったようなものです。

◆学術会議問題以外にも雇用・教育政策で小エラー続く

菅政権が成立してから1ヵ月、どうも政府・与党で教育・雇用政策のあらが目立ちます。学術会議の任命拒否は大きな政治問題となっていますが、それ以外にも小エラー・ファウルとでもいうべきものが雇用・教育政策で続きました。

前記の新卒扱い要請以外に2点あります。

◆その1:公明党・受験生に2万円給付案→撤回

10月6日、与党・公明党は、今年の高校3年生などを対象に1人2万円を配る「受験生等支援給付金(仮称)」を早期に創設するよう、加藤勝信官房長官と萩生田光一文部科学相に申し入れました。

金額の2万円は大学入試共通テストの出願料相当額とのこと。

一見すると、コロナ対策なのですが、与党・公明党が申し入れた6日の週に大学入試共通テストの出願は締め切り。出願には受験料の振り込み票が必要です。

つまり、すでに支払いは終了しているので、意味がありません。

この問題で私が10月9日、Abemaプライムにゲストとして呼ばれたとき、コメンテーターの制度アナリスト・宇佐美典也さんが次のようなコメントをされていました。

2020年10月10日公開 【ひろゆき×大学】公明党の“受験生に2万円給付案“に賛否の声 “大学全入時代“そもそもみんなが行く意味はある?ただ通っているだけの人も‥Fラン大学は本当に必要? #アベプラ

※宇佐美氏コメントは5:18

これ、解散が来年1月か4月にあるわけですよ。18歳から選挙権を持っているわけですよね。一番最初に投票した政党に思い入れを持つ傾向があるんですよ。公明党か自民党に入れさせよう、という思惑があると思うんですよね。

※番組中、宇佐美氏のコメント

要するに票集め、と。

私は政策が票集めにつながることは否定しません。保守・リベラルに関係なく、政策を進めれば支持者が増減することもあるのは当然です。

ただ、票集めにしても、あまりにも小手先でした。

そもそも、コロナ対策、あるいは大学進学者の増加策、ということであれば、もっと早い時期に提言を取りまとめ、共通テストの受験料を今年に限り無償化すれば済む話です。

仮に高校生全員と浪人生に給付となると、その給付作業だけで手間暇がかかります。

煩雑な手続きを経て2万円だと、共通テストはすでに振り込み済み。私立大入試の受験料は3万円ないし3.5万円なので、不足。受験直前で参考書を買うことも多くないでしょう。結局、家族でおいしいご飯を食べるか、受験後の遊園地・カラオケ代に使うか、というところ。

それと、コロナ対策で大学進学の費用が厳しい場合、2019年にすでに実施されている高等教育無償化法があります。

2万円支給案は上手い政策とは言えず、結果、26日に公明党は案を撤回します。

◆その2:正月休みの長期化・分散案

26日、西村康稔経済再生担当相は記者会見で、年末年始の休暇取得について、1月11日までの延長と分散を呼びかけました。

これは27日の閣僚懇談会でも中央省庁・関係団体の年末年始休暇の分散化を呼びかけています。

これは、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が同様の提言をしたことを受けてのものです。

感染対策ということでの提言は理解できますが、それをコロナ対策を統括する西村経産相が踏み込んでコメントしたのは、ちょっと政治センスがなさすぎます。

今の国政では来年9月までが衆議院の任期。解散を打てる時期は多くありません。

有力候補の1つが1月下旬です。

それを「正月休みは11日まで」と閣僚が述べるとどうでしょうか。

仮に、この分散化・長期化を実施して解散となると、「正月休みをいじくって、それで政治の都合で解散か」と有権者からの不評を買います。

あるいは「1月の解散はないのでは」という政治的メッセージか、と誤解を招いてしまうことにもなりかねません。

案の定と言いますか、自民党の二階幹事長は「聞いていない」とわざわざ名指しして不快感を表明しています(10月28日・読売新聞朝刊)。

解散時期への影響も大きいですし、雇用という点では非正規雇用者の収入減にもつながります。

経済政策という点でも、正月休みの分散が帰省者・観光客の増加につながるかどうかは不明です。

それに、今年もあと2ヵ月、正月休みの予定などは各企業ともほぼ決まっている中で変える、というのは相当な負荷がかかります。

感染対策が必要であるにしても、正月休みをどうするかは行政ないし政治でもっと慎重に検討すべきテーマでした。

◆萩生田文科相は小エラーをフォローも

この正月休み長期化・分散案については、萩生田文科相が27日、学校には冬休みの延長を求めない、と記者会見で表明しています。

萩生田氏は「授業時間が足りず、今も放課後の補習授業などでまかなっている学校もある」と指摘した。冬休みの期間については「教育委員会などが学校の状況に応じて、適切に設定すべきだ」と語った。

※2020年10月28日読売新聞朝刊「年末年始休暇『柔軟に』 西村再生相、全閣僚に要請文科相 学校冬休み 延長求めず」

萩生田文科相の述べている通りで、仮に文科相が西村経産相の要請に応じていたら、学校現場が大混乱するところでした。萩生田文科相が冬休み延長を求めなかったのは、小エラーをうまくフォローした、と評価できます。

ただ、それでも、新卒扱い要請、受験生2万円給付案、正月休み延長・分散、と小エラーが続いたことは確かです。

いずれも致命傷というわけではありません。小エラーという程度。ただ、小エラーが続くようだと、大きなミスになる可能性もあります。

ハンコレス、携帯電話料金引き下げなど国民から支持される政策を出した菅政権には、教育・雇用政策でも実のある政策を期待したいところです。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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