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東京オリンピックで日本の大学・高校は金メダルを祝えるのか?~平昌では対応分かれたJOC宣伝規制

石渡嶺司大学ジャーナリスト
関西大学公式Twitter。この書き込みが実は問題?

「そだねー」とは言えない宣伝規制

盛り上がっている平昌オリンピックも今日で閉会式を迎えます。

銅メダルを獲得した女子カーリングの掛け声「そだねー」が流行語になりそうな今日この頃。

そんな中、東京オリンピックに向けて「そだねー」とは言いがたい話が出ています。

付言しますと、私は大学ジャーナリストという肩書で仕事をしています。大学や就職活動、教育などが専門テーマであり、スポーツについては門外漢。

その私がおかしいと気づいたのは先輩ライターのFacebookの書き込みから。金メダリスト・小平奈緒さんについて、信州大学はホームページで出していません。

それを批判する書き込みがあり、当初は、国立大学の広報にありがちな動きの遅さ、と考えていました。

しかし、日本体育大学など他大学も特に出していません。

これはいったいどうしたことか、なぜ、日本の大学・高校はオリンピックでの好成績を祝えないのか。そこには教育機関の広報の在り方、それから五輪関連の宣伝規制が介在していました。

産経新聞2018年2月8日朝刊記事「JOC『宣伝』懸念、原則認めず」では、パブリックビューイングについてこう書かれています。

9日に開幕する平昌五輪で、競技の中継映像を大型スクリーンで公開し大勢で応援する日本でのパブリックビューイング(PV)について、選手が所属する学校や企業が五輪の宣伝規制への抵触を恐れ、相次いで自粛を決めたことが7日、分かった。2020年東京五輪・パラリンピックに影響することもあり、大会組織委員会や日本オリンピック委員会(JOC)などが協議。同日夜、自治体・スポンサーの主催を除き、企業や学校の主催でのPVは原則認めないとする方針を確認した。

パブリックビューイングは、また話が違うので、専門家の方にお任せするとして。

大学や高校が在籍選手や卒業生について、ホームページで出すことも禁止とのこと。

JOCなどによると、五輪の名称や標章は契約金を払ったスポンサーしか使用できない。五輪の知的財産を保護するためで、スポンサー以外の企業や団体は所属選手の五輪での成績公表すら許されていない。

対応分かれる大学

おやおや。本稿の取材開始時点(2018年2月20日)でメダルを獲得した選手の在籍・出身校では、早稲田大学(羽生結弦/人間科学部)、日本大学(原大智・平野歩夢/スポーツ科学部)、中京大学(宇野昌磨/スポーツ科学部)が成績を公表。

一方、信州大学(小平奈緒/卒業生)、日本体育大学(高木美帆/卒業生・助手として勤務中)は非公表。

そこで信州大学、早稲田大学、日本大学に取材を申し込んだところ、信州大学広報室からは

JOCのマーケティングガイドラインについては存じており出場した 本学関係者である選手についてWEB等に掲載してはおりませんが大会期間中でもありますので、それ以上のコメントは控えさせていただきます

との回答がありました。

一方、早稲田大学と日本大学は2月24日までの回答を依頼したのですが、回答をいただけませんでした。

なお、取材申し込みをしたのが2月20日。その翌日に両校のサイトからは関連の書き込みが削除されていたのです。

応援投稿が消えた日本大学サイト。ただ、メディア出演の告知だけは残る。
応援投稿が消えた日本大学サイト。ただ、メディア出演の告知だけは残る。

垂れ幕も禁止?

中日新聞2018年2月16日記事「『宣伝の恐れ』母校困惑 五輪競技PV 公開禁止」でも高校などによって対応が分かれることが触れられています。

平昌(ピョンチャン)五輪・パラリンピックの応援を巡り、出場選手の母校への規制が波紋を広げている。日本オリンピック委員会(JOC)はスポンサーの権利保護のため、スポンサー以外の団体の露出を規制。北陸でも学校が開く壮行会、パブリックビューイング(PV)のメディアへの公開や、ホームページ、横断幕の掲示が禁じられ、戸惑いが広がる。

規制は以前からあるが認知度は低かった。平昌から一部緩和されるのに伴い、JOCが全体のルールを周知したところ、意図をくんだ学校側が公開を取りやめる事例が全国で相次いだ。

JOCの担当者は「違反した場合は大会期間中の宣伝を禁じた選手の参加条件に抵触する可能性がある」と処分を示唆。「大会の運営だけでなく、選手の育成やスポーツの振興にはスポンサーの資金が必要だ」と理解を求める。

それでも富山県内ではホームページや横断幕でメッセージを掲げる選手の出身校と、そうでない学校があり、対応は分かれている。

パブリックビューイングだけでなく、サイトの公表、それから横断幕も禁止。しかし、学校によって判断が分かれる点を記事はまとめています。

JOCに聞いてみた

では、実際のところはどうか、日本オリンピック委員会(JOC)に取材を申し込んだところ、以下の回答が寄せられました。

在校生または卒業生の成績を大学・高校等が出すことについては、

「オリンピック競技大会に参加する選手はIOCが定めた参加規程に従う必要があり、その中にはオリンピック憲章の遵守も含まれています。憲章には『大会期間中に自身の肖像や競技パフォーマンスが宣伝目的で利用されることを許可してはならない』と定められており、違反の場合は参加資格のはく奪等のペナルティがあります。JOCは、選手がそのような規程違反にならないよう選手を守る必要があります」

これだけネット化が進み、個人SNSなどで成績公表の投稿をする中、学校についてはいいのではとの問いには、

「IOCが問題がないと判断したものでない限り、上記の理由で選手を守るためにJOCとして判断できるものではありません」

写真を出すのはともかく、テキストベースならいいのでは、との問いも、同上とのこと。

企業と学校、同じ扱い?

まあ、これが企業であれば、宣伝目的というのはわかります。

たとえば、清涼飲料水メーカーA社がオリンピックのスポンサー、メダル獲得の選手がライバル社B社所属としましょう。B社からすれば選手を抱えるのは企業イメージ向上、つまり宣伝が目的です。そのB社がパブリックビューイングから成績公表まで派手に出すのも宣伝目的でしょうし、それはA社からすれば面白くはないでしょう。

そこはわからないでもありません。しかし、日本の大学にしろ、高校にしろ、企業と同列に論じるのはいかがなものでしょうか。

まず、オリンピックのスポンサーとなる大学・高校はないですし、大学・高校のサイトで出す、あるいは垂れ幕を掲げるのは、選手への応援の発露でしょう。

そもそも、客観的事実を伝えるだけでは単なる応援で、宣伝に当たらないこともあるはず。では、どこからどこまでが宣伝となるのかとの問いには、

「その団体のプロモーションにつながるものと認識していますが、プロモーションの線引きはIOCと個別に確認する必要があります」(JOC担当者)

一方ではIOCの宣伝規制がある、選手の成績にペナルティがあるかもしれないとしていながら、一方では「IOCと個別に確認」というのは、ちょっとどうなんでしょうか。

中日新聞記事でも、

関西大の黒田勇教授(メディアスポーツ論)は「JOCは東京五輪・パラリンピックのために全国の大学・学校に選手育成や施設提供で協力を求めている。にもかかわらず、便乗商法として規制をするのは、あまりにスポンサー偏重だ」と違和感を語る。「PVに限れば、IOCと交渉し、少なくとも企業・営利団体以外の主催は認めるべきだ」と提案する。

 早稲田大の原田宗彦教授(スポーツマネジメント)は「こうした取り決めは『業界ルール』。法的な罰則はなく、業界に属さない大学・学校や企業は従わなくてもいい」と突き放す。一方で「選手は業界にいる。人質に取られれば、困ってしまう」と同情する。東京に向けては「日本選手は平昌より圧倒的に多く、影響はさらに大きい。JOCは落としどころを探り、可否の線引きを明示すべきだ」と話す。

と専門家2人のコメントを紹介。

法律論ではどうか

法的な問題については、とある弁護士に取材したところ、知的財産権などは専門でない、としながらも、

「成績公表の際に『オリンピック』という名称を記載することが,国際オリンピック委員会やJOCが有する商標の専用権を侵害しないかという点が問題になるかと思います。『オリンピック』という文言の使用が商標法2条3項に列挙されている『使用』に該当すれば,商標法違反ということになります。成績の公表というものが単に『弊社所属の○○選手が平壌オリンピックで金メダルを取りました』程度の文章のみであれば『使用』には該当しないかと思いますが,広告のチラシの中での成績公表といった類いのものであれば商標法2条3項8号に該当し,商標法違反の可能性が生じるかと思います」

とのこと。

関西大学は特設サイトを開設

取材を進めている中、フィギュアスケート女子で宮原知子選手(関西大学文学部在籍/関西大学中等部・高等部卒業)が4位と健闘。

そこで関西大学サイトを見ると、成績公表どころか、特設サイトを開設。

宇野昌磨選手が在籍する中京大学についても、サイトを確認していなかったので改めて確認。すると、パブリックビューイング開催・銀メダル獲得を大学サイトで公表していました。

大学・高校がサイトで成績を出すのは、JOCの宣伝規制から言えばアウトなのでしょう。だからこそ、私が取材を申し込んだ早稲田大学、日本大学は途中から関連の書き込みを削除したわけで。

しかし、私は関西大学、中京大学について、批判するものではありません。

在籍選手や卒業生を応援するのは、日本人の心情として当然でしょう。

応援は心情として当然では?

確かに、オリンピックはスポンサー企業のスポンサード料から成り立っています。それを「商業主義」と批判することは簡単です。が、それくらい巨大なイベントと化した以上、それは致し方ない部分もあります。

が、選手をオリンピックで活躍できるまでに育てたのは、スポンサー企業ではありません。日本の中学校であり、高校であり、大学であるはずです。

在籍選手、卒業生がオリンピックに出場すれば、それを喜び、一緒に応援する。そして、メダル獲得ないし入賞であれば、さらに喜ぶのは当然です。

そして、他国のライバル選手にもその栄誉を称える。それも当然です。

関西大学の公式Twitterでは、2月23日のフィギュア女子の終了後にこんな書き込みが。

宮原選手結果4位となりました。自己ベストを出したとても素晴らしい演技でした。私たちはとても誇りに思います。応援くだいました皆様、本当にありがとうございました。そしてザギトワ選手、メドベーデワ選手、オズモンド選手素晴らしかったです。おめでとうございます!

これがあるべき姿なのではないでしょうか。

関西大学の公式Twitterの書き込み。日本人の心意気としてものすごく刺さるコメント。
関西大学の公式Twitterの書き込み。日本人の心意気としてものすごく刺さるコメント。

近畿大学も「喜びを分かち合いたい」

受験生が日本一多く、かつ、「早慶近」などユニークな広告戦略でも有名な近畿大学。今回は在籍者・卒業生は出場していません。が、仮に出場していた場合、どう対応されたのか、世耕石弘・総務部長(前・広報部長)にも取材しました。

関係各所との調整が必要、と断りながらも、

「もし、本学の学生・職員または卒業者が出場して、メダルまたは入賞していた場合はプレスリリースにまとめます。もちろん、ホームページでも公表します。やはり、喜びを分かち合いたい、というのが一番です。それを在校生・卒業者に知らせるのも我々広報の仕事。それから、特にスポーツ推薦で入学した学生であれば、その大半が学費は免除されています。免除された分は一般学生に負担してもらっていることになります。一般学生には知る権利があるでしょう。それに、同じ仲間が頑張っていることを知ってほしい、そんな思いもあります」

専門家は「JOCは流れを受けていない」

スポーツマーケティングコンサルタントの鈴木友也さんはご自身のブログで宣伝規制はJOCがIOCの緩和の流れを受けていない、としています。

鈴木友也氏のブログ。宣伝規制について詳しく、かつ、鋭く書かれている
鈴木友也氏のブログ。宣伝規制について詳しく、かつ、鋭く書かれている

公式スポンサーの権利保護は大会主催者にとってはもちろん非常に重要な視点です。IOCもオリンピック憲章第40条でアンブッシュ活動を防ぐためオリンピックが開催される前後30日間はIOCの公式スポンサーであるTOPパートナー以外の広告活動を禁止していました(通称「ルール40」)。このルール40により、例えば公式パートナー以外の企業から支援を受けている選手がいても、この期間中は選手がそうした企業のテレビCMに出演したり、その商品を使用した写真やリンクをソーシャルメディアに流すことなどが出来ませんでした。

しかし、実はIOCは2015年からルール40を緩和する決定を下しています。オリンピックを想起しない形の広告活動に限り、それを認めることにしたのです。実際、現場でこの緩和を受け入れるかどうかは各国のNOCに一任されることになっています。

実際はIOCがルール40の規則を緩和しているのにも関わらず、JOCがその流れを受け入れていないのです。日本の代表選手でも、こうした状況を知らない選手が少なくないのかもしれません。元パラリンピアンの中西麻耶さんも、ご自身のブログでルール40に関する日米の違いについて言及されています。

詳細は同記事に譲るとして、鈴木さんはこんな鋭い指摘をしています。

日本人はお上や規則に弱いですから、一旦ルールが定められると、その合理性に疑問があっても盲目的にルールに従う傾向が強いですが、国によってはルール40の合法性を疑う動きすら出てきています。

常識的に考えて、日ごろ選手の活動を支えている所属企業や学校が選手の壮行会や応援も自由にできないなんて少しおかしいでしょう。こうした企業や学校は規模が小さかったり、スポーツビジネスの専門家ではないため、JOCから「ダメだ」と言われればそれに従うしかないのでしょう。世界で起こっているルール40緩和に向けた動きなどについては知見がないのかもしれません。

でも、おかしいことにはおかしいという声を上げなければ、日本のスポーツ界は健全に発展していかないでしょう。

私もまったく同感です。大学や高校が在籍者・卒業者を応援する、サイトなどで成績を公表するのは、知名度向上や受験生集めにつながる、宣伝的な側面があることは否定できません。しかし、そうした宣伝が目当て、というよりも、やはり、在籍者・卒業者を応援したい、という心情の方がはるかに強いのではないでしょうか。

その心情まで否定されるのであれば、いったい誰のためのオリンピックなのか、疑いたくもなります。

祝賀会はOKに変わる

と思っていたら、2月23日、時事通信が「出身校の五輪祝賀会、公開OK=JOCが新たな指針」との記事を配信。

日本オリンピック委員会(JOC)は23日、平昌五輪に参加した選手、監督やコーチが在籍・卒業した学校による祝賀会や報告会について、本人が出席している限り、メディアや一般に公開する形で実施できるとする新たな指針を示した。

JOCは五輪の知的財産を保護し、公式スポンサーに配慮するため、選手の壮行会や祝賀会をメディアや一般に公開して実施できるのはスポンサーの他に自治体、競技団体のみとしていた。この指針に沿い、平昌五輪の前には代表選手の出身校などが主催する壮行会を非公開とするケースが続いていた。

一方で、2020年東京五輪の機運盛り上げを見据え、制限の緩和を求める声もあった。JOCは国際オリンピック委員会(IOC)と協議を重ね、学校が実施する祝賀会の公開については了解を得たという。

祝賀会・報告会が変わるなら、サイトでの公表や垂れ幕、パブリックビューイングなども変わるはず。

と言いますか、今から大学・高校関係団体は、東京オリンピックに向けてJOCと協議すべきではないでしょうか。

改めて、2020年東京オリンピックでも現在の宣伝規制が継続するのかどうか、JOCに聞いてみました。

「IOCの解釈も時代と共に変化しています。今後のことは関係各所と協議のうえで変更となることもあります」

2020年、東京オリンピックで日本の大学・高校は金メダルを祝えるのでしょうか。

そのために残された時間は、そう長いものではありません。

関係者の迅速なる協議を期待します。

公開後の付記(2月27日17時)

日本私立大学協会が会長名で、鈴木俊一・五輪担当相に対してJOCマーケティングガイドラインから私立大学の壮行会等について配慮するよう要望書を提出したとのこと。

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計31冊・65万部。 2023年1月に『ゼロから始める 就活まるごとガイド2025年版』(講談社)を刊行予定。

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