「スマホやめるか、大学やめるか」 信州大入学式で学長(朝日新聞デジタル2015年4月5日)

この記事が評判です。

「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」。信州大の入学式が4日、松本市総合体育館であり、山沢清人学長は、8学部の新入生約2千人に、こう迫った。

山沢学長は、昨今の若者世代がスマートフォン偏重や依存症になっている風潮を憂慮。「スイッチを切って本を読み、友だちと話し、自分で考える習慣をつけ、物事を根本から考えて全力で行動することが独創性豊かな学生を育てる」と語りかけた。

この記事が出たところ、賛否両論に。

なお、朝日新聞長野総局のTwitterには、学長の式辞がもう少し詳しく出ていました。

信州大学が松本市で入学式を開きました

山沢学長の挨拶を少し紹介します

「個性の発掘に没頭する『自分探し』、皆さんはこれからしようと思っていないですよね。若い時の自分探しは勧められません。……」

この後、続きます(仁)

信州大の学長が新入生に送った言葉1「個性を発揮するとは、特別なことをするのではなく、課題に対し常に『自分で考えること』を習慣づける、決して『考えること』から逃げないことです。自分で考えると、他人と違う考えになることが多くなり、個性が出てきます。豊かで創造的は発想となります」(仁)

信州大の学長が新入生に送った言葉2「創造性を育てる上で、心がけなければならないことは『ゆとり』を持つこと、ものごとにとらわれ過ぎないこと、豊かすぎないことが挙げられます。自らで考えることに時間をかけること、そして時間的にも心理的にも、ゆったりとすることが最も大切となります」(仁)

信州大の学長が新入生に送った言葉3「自分の時間を有効に使うために、自力で時の流れを遅くする必要があります。(中略)残念なことですが、信州でもモノやサービスが溢れ始めました。その代表例は携帯電話。アニメやゲームなど、いくらでも無為に時間を潰せる機会が増えています」……(仁)

信州大の学長が新入生に送った言葉4「スマホ依存症は知性、個性、独創性にとって、毒以外の何者でもありません。スマホの『見慣れた世界』にいると、脳の取り込み情報は低下し、時間が速く過ぎ去ってしまいます。『スマホやめますか、それとも信大生やめますか』」……(仁)

信州大の学長が新入生に送った言葉5完「スマホの電源を切って、本を読もう。友達と話をしよう。そして、自分で考えることを習慣づけよう。知識を総動員し、ものごとを根本から考え、全力で行動することが、独創性豊かな信大生を育てる」。高い志と情熱を持ち続けろ!という熱いメッセージでした(仁)

Twitter・Facebookに付けられたコメントを見ていくと、賛成論は、40代より上で多数。

「スマホをやめるのは極論でも、自分で考える習慣を付ける、本を読む、友達と話す、など、当たり前の話」

という意見が中心です。

一方、反対論は30代より下で多数。

「スマホを使いこなすことで世界も広がるはず」

「学長の発想は時代遅れ」

などの意見が中心です。

私(ついこの間、40歳になって、Twitterのブロック機能をようやく理解した情弱)は、どちらにもいい顔をする中間派です。

と言いますか、賛成論も反対論も、根本は同じ、としか思えないのです。

学長のコメントを、スマホ以外で、もう1度読み返してみましょう。

「本を読み、友だちと話し、自分で考える習慣をつけ、物事を根本から考えて全力で行動する」

大学生ならこうあるべき、という話で、異議ある人はほとんどいないでしょう。

問題は、スマホの是非です。

そして、記事タイトルで、「スマホやめるか、大学やめるか」ですから、炎上気味になるのも無理ありません。

もしも、この信州大学長が炎上上等であえてこのコメントを出したのであれば、大したものです。

この祝辞を聞いて、スマホをやめる(あるいは信大をやめる)信大生はほとんどいないでしょう。

信州大に限らず、どの大学でもスマホの普及率はきわめて高くなっています。

マイナビ・ライフスタイル調査によると、2016年卒向け調査(2015年2月発表)で、スマホ所有率は94.9%。

同じ調査で2012年卒では16.4%にとどまっていました。

私も、就活・大学取材を続けていますが、2012年ごろまでは、スマホ所有の学生は少数派でした。

情報感度の高い少数の学生が中心とでも言いましょうか。

それが、ここ数年で激変。

就活生でスマホなし・ガラケー派の学生は、首都圏・関西圏・地方問わず、何人いたか、という程度の少数派に転落しています。

就活生でなくても、1年生や高校生でもスマホ派が多数を占めていることを実感しています。

日常生活に入り込んだスマホを学生が今さら捨てることは不可能に近いでしょう。

それと、もう1点、スマホを使いこなしている学生は、ごく少数のスマホ依存症を除けば、スマホを道具としてちゃんと使いこなしています。

信州大学長が言うところの、

「本を読む、友達と話す、自分で考える習慣を付ける」

これができている学生が多いです。

信州大学長は、

「スマホ依存症の学生が多く嘆かわしい」

との思いから、スマホ否定のコメントをしたのでしょう。

しかし、それは、一部の極論を見て、全体像と誤解しているとしか思えません。

スマホを使いこなしている学生は、就活でもEvernoteやDropboxなどのクラウドサービスを使い倒しています。

リクナビ、マイナビ、日経就職ナビ(2017年卒からキャリタスナビ)、ジョブラスなど主要ナビもスマホ対応が進めています。

また、これは大きな波にはなっていませんが、合同説明会などでのツイキャス中継による視聴、これもスマホ所有でないと無関係です。

この手法を取っているのが、岡山本社のカバヤ食品。

合同説明会でブース参加の学生が多いとこのツイキャス中継に切り替えます。

合同説明会だと、通路まで参加学生があふれたら(人気企業だとかなりの確率であります)、何を話しているのか、聞こえないということがあり得ます。

マイク使用を認めている合同説明会だといいのですが、小さいブースだとマイク使用を認めない合同説明会がほとんど。

その点、動画配信をすれば、参加学生で通路まであふれても、話だけは聞いてもらえることができます。

動画配信でUstreamだとスマホで対応していない場合があります。

しかし、ツイキャスだと標準装備なのでスマホがあればすぐ対応可能。音声の遅滞も、ツイキャスはそれほどではありません。

本来は遠隔地への配信を想定している動画配信ですが、後ろの方で話が聞きづらい学生にも話を聞いてもらうようにする、この逆転の発想はなかなかのものです。

私も、3月の合同説明会を見学した際、このツイキャス中継を実施していたのですが、学生からは大好評。

そりゃそうです、本来なら何を話しているかわからない、でも、他の企業のブースも混んでいて今さら移動できない、というときに音声だけは聞こえるのですから。

このツイキャス中継、2017年卒以降で利用を始める企業は増えそうです。

ところで、このツイキャス中継、スマホをさっと出して、すぐ話を聞ける学生、スマホは持っていてもすぐ話を聞けずとまどる学生、それぞれ分かれました。

印象論で申し訳ないのですが、ぱっと見た限りでは、同じスマホ所有者でも、さっさと話を聞ける学生の方が企業は採用しやすいだろうと感じました。

話をスマホの是非に戻すと、スマホを使いこなしている学生の方が、学長の指摘する習慣も身に付けていることに、信州大学長は気づいていません。

つんく♂の祝辞で大きな話題となった近畿大は入学志願者数が2年連続日本一となりました。

大きく出願者数を増やした要因の一つが、「近大エコ出願」。

願書受付をスマホ・PCなどでやり取りできるようにしたのです。

ペーパーレス社会への移行を考えれば、この願書のスマホ・PC移行も他大に普及していく見込みです。

それでも、信州大は「スマホは絶対ダメ」と否定するのでしょうか?

一方、私は学長の指摘も一理ある、と考えます。

どこからどこまでをスマホ依存と呼ぶかは微妙なところですが、スマホのみで、本・新聞などを読まない、自分で考える習慣を身に付けていない学生が目立ちます。

本・新聞・雑誌と話すと、IT業界関係者の一部が

「あんな時代遅れのもの読まなくてもいい」

と、怒り出すのですが、私が見る限り、IT業界の成功者の方って、自分で考える習慣を身に付けている方ばかりです。

それが先天的に備わっている学生や、現在備わっている社会人はいいのですが、大学生のほとんどは、自分で考える習慣を身に付けていません。

身に付けるためには、時代遅れであっても、新聞・本・雑誌をちゃんと読むことが必要です。

信州大学長も、この点を強調したかったのだろうと考えます。

スマホにのみ依存して、本を読まない、友達と話さない、考える習慣を付けない、こうした学生生活はお勧めできません。

その点では、私は学長のコメントに賛成です。

スマホは道具であり、道具を使うことで生活を豊かにする、あるいは、世界を広げることができます。

先ほどご紹介したカバヤ食品は、ツイキャス中継を遠隔地にではなく、目と鼻の先にいる(でも人が多くてブースの話が聞こえない)学生のために使い、好評を得ました。

近畿大はスマホでも出願できるようにしたこともあって、受験者数日本一となりました。

信州大だけでなく新入生の方には、スマホを使いながら学生生活を豊かにすることを考えて欲しいと思います。

そして、ときにはスマホから離れて本などを読むことをお勧めします。

単に学長のコメントに反発して、それでいて単なる道具に使われているだけでは豊かになりません。