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米政府によるユニクロへの経済制裁「公表」柳井氏のノーコメント発言が失敗の理由

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:つのだよしお/アフロ)

「公表」は米国による社会的制裁か

G7の首脳宣言でも言及されるなどウイグル問題が予想以上のスピードで広がっています。米アップルも今年3月に中国のオーフィルムと取引を停止していたことが報道されました。米税関・国境警備局もユニクロ製品をウイグル強制労働に関与している工場と取引があるとして今年1月に輸入差し止めにしていたことを、4カ月も経った5月10日に「公表」しました。危機発生時の説明責任「クライシスコミュニケーション」の観点で筆者が着目したのは、米国のユニクロ製品輸入差し止めの「公表」です。この点を掘り下げます。

ファーストリテイリングの柳井正氏は、4月の決算説明会でウイグル問題について「政治的には中立な立場。ノーコメント」の発言が注目され、ロイターなど海外メディアも含めて多数報道されました。一般的には、この「ノーコメント」は曖昧で肯定の意味でとらえられることがあるので、避けるべきで、筆者も要注意ワードとしてトレーニングをしています。特に報道関係者は「ノーコメント」には敏感です。同時にコメントした「取引先の工場で強制労働などの問題があれば即座に取引を停止している」発言はすっかり吹き飛んでしまいましたから、コメントとしては失敗しているといえます。また、この時のステークホルダーは中国政府に見えました。中国からの経済制裁を回避したいとの考えでしょう。実際、6月1日、新疆ウイグル自治区から綿花を輸入しないと発言したナイキ、H&M、ZARAの商品は子供の健康に害を与えている可能性があるとして、中国税関当局が輸入を停止するといった報復の経済制裁を行いました。ユニクロは対象になっていません。

こういった事後に出てきた報道から察するに、4月8日の時点では、ユニクロは既に1月に米国からウイグル問題で輸入差し止めになっていたわけで、そうすると柳井氏の「政治的には中立」発言は、「ユニクロは中国を選んだ」と米国は受け止めたと見えます。だから、5月10日に1月に経済制裁していたことを「公表」することで「社会的制裁」を与えた。広報戦略の歴史を紐解くと明らかですが、米国は私達が思っている以上に表現に敏感で、「誰に向けてのメッセージなのか」を注視するのです。

受け身の回答では乗り切れない

それにしても、柳井氏に限らず、この問題についての日系企業の広報力が心もとない。オーストラリア戦略研究所(Australian Strategic Policy Institute、以下、略称ASPI)が出した調査報告書で人権侵害リスクを指摘された日本企業14社のコメントは、「サプライチェーンに強制労働がないよう求めており、これまで強制労働があったという報告は受けたことがない」「そのような行為を行っていないとの報告を受けている」など、受け身の回答。広報的には積極的に調査する姿勢を見せるのが望ましいといえますが、どうしてこのような後ろ向きの回答になったのでしょうか。

そもそもウイグル問題があるから「ビジネスと人権」が叫ばれるようになったのかというとそうではありません。国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」を策定したのは2011年になるので、ウイグル問題がクローズアップされる前からです。従って、企業は十分準備する時間はあったのです。ただ、欧米各国が2012年から次々にマグニツキー法という人権侵害を行った個人や組織に対して資産凍結やビザ発給制限などの経済制裁の法律を制定する中、日本は進まなかった。しかし、「だから、日本企業は強く危機意識を持てなかった」と言ってしまってよいのでしょうか。日本ウイグル協会の記者会見でも「日本政府の対応が先ではないか」といった報道陣の質問が繰り返しなされましたが、ここは大いなる疑問です。何事においても企業の方が時代の先端を走っているというのが実感値だからです。

例えば、筆者が専門とする危機管理広報。倒産リスクを抱える企業が最先端、地域崩壊リスクのある自治体が次、倒産リスクのない霞が関が一番遅れています。いや、認めたくはないですが、もしかして案外日本人は人権意識が低いのかもしれません。女性の社会進出の遅れ、子供の貧困、手薄な児童養護施設体制といった弱者への目線が抜け落ちていることを考えると人権意識の遅れを考えれば否定できない、とやや憂鬱になります。

6月改定の企業統治指針でも「人権の尊重」

日本が未制定であっても、今回のユニクロ商品が米国で輸入差し止めになることを考えれば、企業は国内法だけを基準にしていてはビジネスができない状況は差し迫っています。広報としては、受け身の回答は逃げているようにしか見えません。事業活動の中には直接の取引だけではなく、仕入先の児童労働や強制労働による生産といった人権侵害リスクも把握して、予防や軽減策を講じることも含まれる「人権デューデリジェンス(人権DD)」はこれから企業の評判において重要なチェック項目になるでしょう。この言葉が認知されるようになれば、企業は財務面だけではなく、人権面にも説明を求められ、株主総会は投資家だけではなく一般生活者の厳しい目線にもさらされることになります。

また、企業は「人権尊重」についての説明責任がこの6月からより一層求められるようになります。金融庁と東京証券取引所は、6月のコーポレート・ガバナンスコード(企業統治指針)改訂で、「人権の尊重」規定を盛り込むからです。当然、株主総会でも今後、質問が増えると予想できます。人権問題に中立はあり得ません。あいまいな態度でビジネスを優先することはできないのです。企業は人権への態度を明確にしてメッセージを発信する必要があります。

<参考サイト>

当事者意識はどこ?ウイグル強制労働問題の会見で見えた日本メディアの報道責任

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishikawakeiko/20210428-00234333/

日本企業14社の回答書一覧

https://uyghur-j.org/japan/2021/02/uyghur_forcedlabor2/

米アップル、中国大手オーフィルムと取引停止か

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO72921660V10C21A6FFJ000/

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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