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当事者意識はどこ? ウイグル強制労働問題の会見でみえた日本メディアの報道責任

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
日本ウイグル協会のHPから

ウイグル強制労働問題について企業が対応に追われています。NGOによる国際的な一斉キャンペーンのようです。日本においては、4月8日に日本ウイグル協会、NGOヒューマンライツナウ、東大教授らによる記者会見が開催され、4月9日には、フランスのNGOが、ユニクロのフランス法人を含む4社にウイグル強制労働や人道に対する罪の隠匿疑いでフランス当局に告訴。ユニクロを展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長によるコメントも注目されています。このように日系企業に説明責任が求められている状況ではありますが、ウイグル協会による記者会見を見ると、メディアの報道責任意識の希薄さの方が目立っていたようです。当日の会見内容を解説します。

ウイグル問題と日系企業の関係とは

ウイグル協会らによる記者会見は全体で1時間13分。前半約40分は説明でした。内容は、中国政府が新疆ウイグル自治区で行っている大量の拘束、虐待、強制労働、ムスリム文化破壊に、日本企業がサプライチェーンを通じて関与している可能性について指摘するものでした。ベースになっているのは、オーストラリア戦略研究所(Australian Strategic Policy Institute、以下、略称ASPI)が出した調査報告書。その中に日本企業が14社リストアップされていることから、その14社に回答を求めたけれど、回答は監査結果に透明性がなかったり、調査しない、無回答など期待以下の結果。よって、この会見で3つの勧告を出すことを発表。1.リスト記載の14社は取引関係を明らかにして説明責任を果たすべき、2.明確に否定できない場合取引関係を打ち切るべき、3.再発防止策を策定して公表するべき。

補足説明は世界と日本の最新動向。企業は国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年6月策定)に従って、サプライチェーン、バリューチェーンでの人権侵害の予防、軽減に努める必要があること。2021年3月29日にも国連では、新疆ウイグル自治区における拘束・強制労働に対する深い懸念を表する声明が発表されたこと。日本政府は「ビジネスと人権」に関する行動計画を2020年10月に発表したことなど。

そして、NGOからの企業へのアプローチではエンゲージメントとして弱い、人権侵害がなくなるようメディアも報道してほしい、といったことを強く依頼する内容で前半の説明が締めくくられました。

質問は政府対応に集中

最初のこれらの説明から、当然企業側の対応について質問が集中するだろうと思いきや意外な質問が多くありました。

「日本国政府に望むことは何か」

「先進国の制裁は効果があるのか」

「効果がなくても政府は制裁をすべきなのか」

「中国政府からの報復が何十倍にもなることがある」

「バイデン政権は人権政策を重視している。日本政府はどうすることが望ましいか」

「明確に強制労働を否定することはできないのではないか」

「日本で政治家が事実を把握できていないのではないか。独自に調査が進まないのはどこに問題があるのか」

企業ではなく、政府の問題ではないかといった意識に終始していました。日本政府が遅れていてもグローバル企業は海外で対応を迫られるわけですから、他のグローバル企業はどう対応しているのか、といった質問、あるいは、ウイグルにおける実態はどの程度悲惨なのか、中国政府の報復とはどのようなものがあるのか、それに対して海外研究者やメディアはどう対抗していっているのか、などの質問で掘り下げていく必要があったと思います。

一方で登壇者らの言葉は力強く、報道陣を圧倒していました。

「制裁がすぐに効果がなくても外圧は必要。そして、間違いなく効果が出てくると私達は信じている」

「アメリカやEUは制裁だけでなく、法律がある。環境と人権について企業に厳しい目線が向けられる。日本企業も対象になってくるから対応する必要がある」

「世界的には日本企業の人権に関する行動は見られている。最終的には投資家が離れてしまうリスクがある」

「欧米の研究者が入国できなくなるといった報復はある。日本ではマグニツキー法について議論されているが、政府レベルで法律を作ること、研究者が調べてメディアが報道するといった行動が重要。・・・日本はそこまでいっていないのが現状。政府も研究者もメディアも。私達の家族がそうなったらどうするのか」

「制裁までのプロセスも重要。何らかの行動が必要。調査が日本は甘い。短いスパンではなく長いスパンで見る必要がある。中国にもNGOはある。中国の若い人も中国マーケットもわかってくると信じたい」

マグニツキー法とは、人権侵害を行った個人や組織に対して資産凍結やビザ発給制限などの経済制裁をする法律のこと。米国で2012年に制定されて以降、英国、カナダ、EUで次々に制定されている中、日本ではまだ制定されていません。なぜ日本は後れを取っているのか。そもそも日本は何でも腰が重いともいえます。もしかして日本人は人権意識が低いのかもしれないと焦ります。いや、報道がされないから、国民が認識できず、世論喚起できない結果、法律の制定が遅れるともいえるのではないでしょうか。

求められたのは企業の説明責任よりもメディアの報道責任

最後の質問「政治家が事実を知らないのではないか。日本で独自に調査が進まないのはどこに問題があると思うか」への回答は、ブーメランのように報道陣に向けられました。

「欧米メディア以上に日本の研究者ができることはある。誰もが報復への懸念はあるが、日本のメディアがなぜ欧米メディアのように積極的に現地に足を運んでいないのか、といった声はある」

「研究者としてこのような場に出ることは勇気が必要。研究が進まないのは恥ずかしいこと。現地に行かなくても内部情報を取ることはできる。報道の人達も頑張っていただきたい。皆が力を合わせていかないといけない」

最後の最後まで当事者意識に欠ける質問でした。政府の問題だけにするのではなく、せめて「メディアの報道責任もあると感じた」といった言葉、あるいはその気持ちに裏打ちされるような危機感のある質問をして欲しかった。報復を恐れて報道しないというより、報道責任意識の欠如しか見えない。人権問題を取り上げないメディアは存在する意味があるのだろうか、と思わず考えこみました。企業の説明責任について報道する前に、報道機関がこれまで取材報道してこなかった結果、日本の政府や企業の行動を遅らせてしまったのではないでしょうか。

<参考サイト>

4月8日 日本ウイグル協会記者会見(産経新聞)

https://www.sankei.com/politics/news/210408/plt2104080015-n1.html

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長

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