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「中年息子の引きこもり」を救った猫は「8050問題」の切り札なのか?

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:CavanImages/イメージマート)

いまの日本は「引きこもり100万人時代」と言われています。

中年の引きこもりの子どもと、その親が高齢になり問題になっています。その中にいわゆる「8050問題」があります「80」代の親が「50」代の子どもの生活を支えるというものです。原因のひとつは、子どもの「ひきこもり」があると言われています。1980年代~90年代は若者の問題とされていましたが、それから時間が流れて当時20〜30歳代だった若者が50歳代に、その親も80歳代にと高齢化していきました。こうした親子は、あまり社会に知られないように生活しています。今日は、猫が社会的に孤立しないように橋渡しをしてくれた話を紹介します。

「引きこもり問題」はひっそりと進んでいる

イメージ写真
イメージ写真写真:アフロ

内閣府の令和元年版「子供・若者白書」によりますと、満40歳から満64歳までの引きこもりの出現率は1.45%で、推計数は61.3万人であると発表しています。

家族間のことなので、外から見えにくいですね。苦悩しているのは、あなたの隣人かもしれないのです。

なかなか相談しにくいですが、家族の一員である猫が、外部と中年の引きこもりの息子の架け橋をなったことがあるのです。その猫のミーちゃん(仮名)の話を紹介します。

猫のミーちゃんは、はじめはお母さんに連れられて

写真:kurono/イメージマート

猫のミーちゃんがはじめに来院したのは、今から18年前の夏のことでした。

飼い主の乾佐紀(仮名)さんは、ずっと猫を飼っている家庭にいました。先代の猫が亡くなり1年ぐらいして、近所の人に野良猫をもらったと言って小さな509gの子猫を連れてきました。ミーちゃんの症状は、激しく耳を振るというものでした。

ミーちゃんの耳の中いたのは、真っ黒で野良猫によくあるミミダニでした。

佐紀さんは「私は仕事をしているけれど、家にいる隆(仮名・息子)がねぇ。ミーの耳がおかしいって言うのですよ。後ろ脚で掻いて。隆は連れて来ないけれど、ミーのことだけはよく見ているの」と言われました。

佐紀さんは、いつも仕事帰りでバタバタされているので、息子さんが連れて来られたらいいのに、と思って筆者は佐紀さんの話を聞いていました。そんな筆者の気持ちがわかったのか、佐紀さんは、息子の隆さんの話をはじめました。

「うちの隆は、中学生のときにいじめにあってね。それから引きこもりになってしまったんですよ。トイレのとき以外は部屋にこもっていることが多くて。ミーのことは意外と会話をするの。他の人と話をするのが苦手なのよ。でも、先生だとミーの話はできるかも。今度、ミーを連れて来てもいいですか?こんなちょっとしたきっかけで、隆が変わる気がしてね。先生、ご迷惑でなければ」と佐紀さんは言いました。

「だれが連れてきてもらっても大丈夫ですよ」と筆者は答えました。

ミーちゃんは、メスの猫で乾家で大切に飼われているので、それほど病気はしていません。避妊手術をしているので、外に出ることもほとんどなかったのです。ただアレルギーを持っているので、食べ物は病院の処方食にしていました。

ミーちゃんが15歳を過ぎたぐらいに、佐紀さんは定年退職しました。その頃から、佐紀さんのご主人である政男(仮名)さんがミーちゃんを連れて来られるようになりました。

ミーちゃんは、お父さんに連れられて

佐紀さんは、腰痛を持っているということなので、政男さんがミーちゃんを連れて来院するようになったのです。政男さんは、年齢的なことがあり、大きな声で話さないと聞き取れないと佐紀さんから電話で伝えられていました。

「ミーなんだけれど、なにか口を痛がっているようだから、診てもらえるかな。うちの人が連れて行くから。よろしくお願いいたします。血液検査がいるようだったらしてもらって」とやがて佐紀さんから、ミーちゃんが来院する前に必ず電話がかかってくるようになりました。

「食べているのですか?」と筆者が佐紀さんに尋ねると「食べているけれど、少ないかな。先生、ミーがいなくなるとうちの家の会話が成り立たないから、よろしくお願いいたします。うちの人もあまりしゃべらないし、隆もミーのこと以外はあまり会話がないの。その点もあるので、大切な子なので」と電話口で言われました。

その後、寡黙な政男さん連れられて、ミーちゃんはやってきました。政男さんにミーちゃんを診察台に乗せてもらい、筆者は血液検査をしました。もう15歳になったミーちゃんは、初期の慢性腎不全になっていました。

筆者は、政男さんに慢性腎不全の説明と口内炎の治療を説明しました。政男さんは、「ありがとうございました」と頭を下げて診察室を出て行かれました。ミーちゃんを連れて来るのは、その頃から政男さんの仕事になりました。佐紀さんは、電話をかけてくるだけになったのです。

ミーちゃんのフードを息子さんが

写真:tomoko.m/イメージマート

今年になり、お父さんの政男さんがミーちゃんの処方食を取りにくることは少なくなりました。最近は、息子の隆さんが来られることが多くなりました。

ミーちゃんが、若いときは20代後半だった隆さんも、40代になりました。乾家は、ご両親と息子さんとミーちゃんという家族構成です。

隆さんがフードを取りに来るときも必ず佐紀さんから「いま、隆が家を出ました。ミーに合うのを渡してくれるかな」と電話がありました。

ミーちゃんが若いときは、隆さんはほとんど病院に顔を出すことはありませんでした。ずっと家にいたけれど、バイトに行ってくれるようになったと佐紀さんから隆さんの様子を聞く程度でした。

今年になり、ミーちゃんも18歳、お母さんも腰痛がありお父さんも耳が遠くなって隆さんが来る機会が増えたということです。

40代になった隆さんは、筆者とは話すことができるけれど、それでも前に、まだ母親の佐紀さんから電話がかかってくる状態でした。

ミーちゃんは、慢性腎不全とアレルギーを持っていますが、乾家は年金生活なので、ミーちゃんの治療にはもうそれほどお金をかけることができないと佐紀さんに言われています。

だけれども、ミーは家族にとっては大切な存在なので、食べるものだけは筆者に選んでほしいというのが佐紀さんの願いです。

猫が引きこもりの解決の糸口に

写真:tomoko.m/イメージマート

ミーちゃんがいるので、家族の会話も成り立つ、そして引きこもりがちでコミュニケーションを取るのが苦手な隆さんは、ミーちゃんのことだと家を出て筆者や動物病院のスタッフと話してくれています。引きこもりは、家族のことなのでだれに相談していいかわかりにくいと言われています。乾家のように猫を通して糸口が見えることがあるようです。

筆者は、ミーちゃんに少しでも長生きしてもらいたいと考えています。動物の医療の専門ですが、猫の診察を通してこのような「8050問題」の解決の糸口にペットがあるのでは、と感じて診察をすることもあります。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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