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「安楽死しかない」と言われた猫。それでも19歳まで生きられたわけは..

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:アフロ)

コロナ禍でペットブームになっています。

一般社団法人ペットフード協会によりますと、新規飼育者飼育頭数は、2019年から2020年で猫では116%、犬では114%と増えています。

猫や犬の寿命は、約十歳までになりました。全部の犬や猫が、飼い主に従順で治療がしやすい子ならいいのですが、現実的にはそうではありません。

今日は、抱っこされることも嫌い、そして治療がもっといやだったけれど19歳まで生き抜いた猫の話を紹介します。

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イメージ写真写真:アフロ

ムムちゃんが当院にやってきたのは、13年前の夏の日のことでした。「診察はとても嫌がります。そのままでは無理です」と飼い主のMさんは開口一番に言いました。キャリーケースから覗くだけでムムちゃんはファーファーと鳴いて威嚇していました。

ムムちゃんは、真っ白い長毛のかっこいいペルシャ猫でした。この猫は、毛の手入れなどが難しいので現在は少なくなりましたが、20年近く前なら一般的な血統書付きの猫でした。ペルシャ猫は、治療のときに威嚇する子が多かったですが、そのなかでもムムちゃんは群を抜いて激しい性格でした。

症状は、オシッコが出にくく何回もトイレに行くということでした。以前にもなったけれど近くの動物病院ではなかなか治らず、少し離れた当院に来られました。

ムムちゃんの病名は、下部尿路疾患といって尿道や膀胱などに結石ができて詰まる病気です。雄猫では、そう珍しい病気ではないのですが、ムムちゃんの場合は、触ることが難しいという問題がありました。Mさんがムムちゃんを持っても治療をしても同じことなので、強めの鎮静剤を初めに注射することになりました。

キャリーケースの入り口に大き目の洗濯ネットを被せて逆さまにしてムムちゃんを洗濯ネットに入れました。もちろん、その間もムムちゃんは、火が付いたように唸り声をあげて、すきを見せると爪を出す勢いでした。

鎮静剤が効いたころを見計らってエコー検査や血液検査をして、ペニスから膀胱に管を入れる治療などをしました。大きくない砂のような結石を洗い流して治療は終わりました。翌日は、順調にオシッコが出ていました。

それでも補液のために皮下点滴をする必要があるのです。上が開くキャリーケースに入っているので、ムムちゃんが動けないように下半身だけ除いたところを全部、フリースなどで押さえなおかつ、キャリーケースのすきまにもフリースを詰め込んで皮下点滴をしました。このような治療をして、ムムちゃんは、そのときは完治しました。もちろん、ムムちゃんは下部尿路疾患用の処方食を食べて水分補給も十分するようにしていました。

「安楽死しかない」と言われて

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イメージ写真写真:IngramPublishing/イメージマート

当院が年中無休の動物病院ならよかったのですが、休診のときに再びムムちゃんは、オシッコが出なくなりました。近くの動物病院に行ったのです。そのとき、例のごとくムムちゃんは威嚇をしてそこの院長に喧嘩を売ったそうです。

Mさんの話によりますと「こんなに何回もオシッコが詰まり、治療を嫌がるようなら安楽死しかない」と言われたそうです。

翌日、Mさんは「ムムは、主人は別ですが男の人は苦手なのです」と言われていました。例によって、鎮静をしてムムちゃんの治療は終わりました。

ムムちゃんは、治療は嫌がりますがこのような場合に安楽死を提供するのは、筆者には納得できませんでした。まだ5歳と若いムムちゃんは、下部尿路疾患さえ克服すれば、まだまだ生きていける年齢です。

飼い主が、安楽死を望んでいるわけではないので、嫌がるようなら鎮静剤を打ちながら治療をしていました。

下部尿路疾患の再発防止のためにペニスを取りますか?

下部尿路疾患用の処方食を食べていてもムムちゃんの下部尿路疾患が再発しました。そのたびに、鎮静剤をかけるのもリスクがあるので、筆者はMさんに会陰尿道瘻増設術(えいんにょうどうろうぞうせつじゅつ)をすすめました。簡単に言うと「雄猫のペニスを取り、雌猫の陰部に似た形にする手術」のことです。

翌日、慌ててMさんのご主人であるムムちゃんのお父さんが来ました。

ムムちゃんのお父さんは「ペニスを取るのは、できることなら止めてほしいです。このままではダメなのでしょうか」と筆者に訴えました。なにもしないでおくとまたムムちゃんはオシッコが出にくくなるので、せめて去勢手術はさしてほしいとムムちゃんのお父さんに提案しました。お父さんは、筆者の説得に負けてしぶしぶ去勢手術には承認しました。

それから運よく下部尿路疾患をあまり起こさなくなりました。もちろん、下部尿路疾患用の処方食を食べさせてMさんは気をつけていました。

入退院を繰り返すムムちゃんのお父さん

写真:アフロ

ムムちゃんは、オシッコが出にくくなることはほとんどなくなりました。その一方で、シニアの猫には、よくある慢性腎不全になっていました。ムムちゃんが12歳になった頃です。

Mさんが、ムムちゃんを連れて来られることが多かったのですが、その頃は、ほとんどムムちゃんのお父さんの姿を見ることがありませんでした。

そんなある日、お父さんは杖をついて診察室に入ってきました。「ムムちゃんのことをよろしくお願いします」とお父さんは、深く頭を下げて筆者にムムちゃんのことを頼みました。

お父さんは、がんになっていたのです。Mさんは、ご主人の病院にも毎日のように通われていました。たまたまムムちゃんのお父さんの病院が、当院と近かったのでその帰りに薬や処方食を取りに来られていました。

Mさんは「主人は、私が病院に行ってもムムのことばかり気にしてね。先生、あの人、子育ては全く手伝ってくれなかったけれど、ムムのことは必死なのです」と言われていました。

お父さんは、数年の闘病生活を経て天国に逝かれました。ムムちゃんは、お父さんの愛情をいっぱいもらい慢性腎不全になっていましたが、点滴などをしてもらい長生きしました。

この子を見送るまでは、私は元気でいないと

写真:imagenavi/イメージマート

ムムちゃんは、きっとお父さんが亡くなったことはわかっていたのでしょう。ムムちゃんは以前よりおとなしくなりましたが、治療に来るとやはり威嚇していました。それでも家でMさんは、ムムちゃんに皮下点滴ができるようになっていました。

Mさんは「ムムは18歳になったので、だいぶんおとなしくなりました。それでもやはり床にオシッコをしたりしてね。かわいいのですけれど、やはりこの子の面倒を見るのはたいへんです。この子をおいて死んでしまうと、娘たちに迷惑をかけますので、元気でいないと」と口癖のように言われていました。

ムムちゃんの病気は慢性腎不全なので、Mさんはムムちゃんが18歳になった頃から、あまり積極的な治療はしなくなりました。ムムちゃんがもしMさんより長生きしたら娘さんに迷惑をかけると思われたのと、慢性腎不全は進行がすすむけれどいまの時代では完治する病気ではないからです。

Mさんの娘さんも猫を飼われていて当院で治療をしていたので、Mさんとムムちゃんの様子を筆者は尋ねていました。娘さんは「私がムムを病院に連れていこうか、というと母はいいよ。様子をみておくは」と教えてくれました。

そんな時間が流れていました。先日、娘さんが自分の猫の薬を取りにきたときに「ムムは亡くなりました。母の様子がおかしいので、ちょこちょこ見にいっています」と言われました。ムムちゃんは、Mさんのご夫婦に守られて難治性の下部尿路疾患や慢性腎不全になりましたが、19歳まで生きてそして大好きだったお父さんのところに逝きました。

猫が長生きになると

猫でも20年近く生きている子が、割合にいる時代になりました。もちろん、生きているので病気もするし老いてもいきます。そして、機嫌が悪い子もいます。

どんなときでも、猫をずっと愛して飼う覚悟を持って飼育ははじめてくださいね。ムムちゃんのように治療を嫌がる子もいますが、それでもなにか糸口を見つけて治療をするMさんのような飼い主が増えて猫が幸せに生きることを切に願っています。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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