和歌山で猫の不妊手術に寄付金が2800万円集まったのに術例は8… 問題点と解決策とは?

(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

和歌山市が、猫の殺処分ゼロを目指して、不妊去勢手術のためにクラウドファンディングで「2800万円」もの寄付金を集めました。

しかし、2019年に手術したのは、たったの8匹でした(仮に民間に委託して、全部の寄付金を不妊去勢手術費にあてたら、手術代が3万円としても2800万あれば900匹以上できます)。

なぜこんなことになってしまったのでしょうか? 

これは、動物が好きな人が、不幸な猫を減らしたいという思いで寄付した気持ちを踏みにじったことにならないのか。さらに、飼い主のいない猫の命の軽視にならないのかと、疑問を持ちました。それらのことについて、臨床獣医師の視点から問題提起したいと思います。

集まった寄付金を使って、和歌山市は手術に使う「手術台」や「動物用全身麻酔器」など、最新の機材を整備したようです。しかし、それが効果的には生かし切れなかったようです。

きちんと整備したというのなら、手術件数はなぜこんなにも少ないのでしょうか?

(廣岡貴之センター長)

「獣医師といっても今までは(手術を)一切やっていませんでしたので、学生時代にやっていたことをみんなで一生懸命思い出していた。それで実際に時間がかかっていたのもある。学生時代はメスを握ったこともあるし、実習もしますけど、卒業してからはその間30年以上一切それがなかったんです。」

この日も手術でしたが、3人の獣医師はそもそも手術経験がなかったというのです。

出典:【特集】「犬・猫殺処分ゼロ」目指すはずが... 不妊去勢手術費用のために寄付金「2800万円」集まるも 昨年度の手術はわずか“猫8匹”

上記のように、和歌山市の動物愛護センターに獣医師はいます。しかし、その獣医師たちが日々行う主な業務は臨床ではありませんので、手術をした経験があまりないのです。行政に勤めている獣医師は、臨床家(実際に日々、動物の治療に当たっている獣医師)ではありませんし、行政の仕事で忙しいのです。

そのことを踏まえて、考えてもらうとよりわかりやすいです。問題点は以下です。

・高価な手術機材を購入したが、手術でうまく使えていない。

当然ですが、手術器具や機材があるだけで、手術ができるわけではありません。獣医師でも臨床経験がないと不妊去勢手術ができないのです。筆者は臨床獣医師なので、もちろん手術もします。それは動物病院で数年、勤務医として働き、手術の助手などをしながら不妊去勢手術ができるようになったからです。

・学生時代に不妊手術をしただけの獣医師でいいのか?

記事の中に「学生時代にやっていたことをみんなで一生懸命思い出していた」とあります。手術は机上の学問ではなく、しっかり臨床を積まないとうまくならないですね。たとえば、臨床をしていない獣医師は、採血するのも難しいのです。

不妊去勢手術は、臨床獣医師からすれば、そんなに難易度の高い手術ではありません。しかし、その子によって身体の状況は大きく違うので、たとえば、子宮がもろくて(何回も出産してれば起こります)、破裂した場合などもトラブルが起こります。そのような場合は、ベテランの獣医師がいれば、防ぐこともできますが、処置を適切にしないともちろん命に関わります。

・飼い主のいない猫なら、不慣れな獣医師が手術をしていいのか?

廣岡貴之センター長は「動物病院さんも患者さんから預かっている猫ですよね。それを我々に練習に提供してくれ、というわけにはいきません」と話しています。

これだと、飼い主のいない猫なら、不慣れな獣医師がしてもよいことに受け取れてしまいます。これは、飼い主のいない猫の命を軽視していることにならないのでしょうか。飼い主がいてもいなくても同じ命なのですから、熟練した獣医師が手術をすべきです。

・なぜ、飼い主のいない猫も熟練した獣医師が手術をした方がいいのか?

動物愛護施設で不妊去勢手術をするということは、その後は里親のところに行くことになります。

いまや猫は、10年以上生きる子がほとんどです。長寿の子は、20年近く生きています。そんな時代なので、手術の不備があると、数年で体調が悪くなることもあります。もちろん、うまく手術ができていないと、数日で亡くなりますが。

不妊手術といえども縫合糸によっては、縫った部分が炎症を起こす縫合糸反応性肉芽腫という病気になるのです。メスの場合は、調子が悪いのに気づいて、画像診断や血液検査をして、開腹したら子宮や卵巣を摘出した部分に肉芽腫ができているという病気です。オスの場合は、精巣があった部分に炎症が起きたりします。

・実は、飼い猫より飼い主のいない猫の方が手術は難しい

飼い主のいない猫は、飼い猫より実は、手術が難しいのです。筆者は、臨床現場にいるので、飼い主のいない猫も不妊去勢手術をします。難しい理由は以下のとおりです。

・猫の感染症(いわゆる猫エイズ、猫白血病)を持っている子が多い

飼い主のいない猫は、外でいるわけですから、たくさんの猫に会っているので、猫同士の感染症(いわゆる猫エイズ、猫白血病)を持っていることが多いです。このような感染症を持っていると免疫力が弱いので、術後管理をしっかりしないといけません。

・状態がわからない

飼い主のいない猫は、複数回、妊娠したことがあるかもしれないのです。不妊手術をする場合は、子宮がもろいので、特に注意が必要です。

・栄養状態が悪い子が多い

飼い主が栄養管理をしているわけではないので、栄養状態が悪いです。貧血や血液中のアルブミンが低い子もいます。そういう子は、術後の回復が遅くなります。

行政の獣医師は人手不足

大学の同級生で行政に勤めている獣医師にこのことについてどう思うか尋ねてみました。

彼女の務めているところは、動物愛護センターで不妊去勢手術は行っていなくて、助成金を出して獣医師会に委託しているということです。動物愛護センターに勤務していると、住民から猫の餌やりについての苦情が日に何回も来るので、それの対応だけでも手が回らないと言っていました。

他の同級生にも尋ねたところ、手術する施設を作ると維持費がかかるので、獣医師会に委託しているということでした。

動物愛護センターごとに、不妊去勢手術をするかしないかは違います。最寄りの動物愛護センターは、どうなっているのかをサイトなどで調べてくださいね。

和歌山県の動物愛護の実情

そもそもなぜ、和歌山市がこのようなクラウドファンディングをしたのかを見ていきましょう。

和歌山県の動物の殺処分の数が17年度は1972匹。都道府県別でワースト6位、人口10万人あたりの殺処分数は208.8匹で、全国でワースト2位になります。もちろん、手術は和歌山県や和歌山県獣医師会が実施しており、年間に手術できる頭数は限られています。

そのことを踏まえて、和歌山市は19年度に2億円をかけて動物愛護センターを新設しました。和歌山市でも手術が出来るようになると、手術が可能な頭数が増えるため、地域猫対策を強力に進めることが出来ると考えていたのです。課題の解決に向けた積極的な取り組み自体は素晴らしいことですし、賛成です。

しかし、いざ多額の寄付金が集まり、不妊去勢手術をしたら、ソフトの問題(手術ができる獣医師がいない)ということで、このような8匹しか手術ができなかったという事態に陥ってしまったのです。

和歌山市は動物愛護センターをどうすればいいのか?

動物愛護センターも建てたし、手術設備もあるのですから、いまのままでは宝の持ち腐れです。

善意がある人に寄付してもらった行為に報いるためにも、小動物の臨床経験のある獣医師を雇用すべきです。

ただ、現実問題、行政の待遇の問題などあり、なかなか応募しても獣医師が集まらないでしょう。そういう場合もありますので、例えば、非常勤で雇って、手術の仕方をその獣医師から教えてもらうべきですね。

大阪市の動物愛護センターに問い合わせたところ、10年前から譲渡する動物の不妊去勢手術を行っているようです。隣接する他の自治体に尋ねるとよい解決策があるかもしれません。ふるさと納税でそうした不妊手術の費用を集めている自治体もありますから、その辺りの仕組みも知るといいですね。

いまのようなほとんど手術をしたことのない獣医師が、飼い主のいない猫を手術することは、命の軽視につながりますから。

和歌山市の動物愛護センターで働く獣医師は、行政の仕事もあるのに、臨床までするのはとても手が回らないでしょう。

寄付金は、有意義に使い、支援者のみなさんにも理解してもらいたいものですね。和歌山の人の意識も変わり、飼い主のいない猫がゼロになれば問題は解決します。

動物愛護の問題は、行政の獣医師の数も足らないなど、考えないといけないことが多くあります。その場合は経験の多い民間の獣医師にヘルプを頼むなど、柔軟に対応すべきではないでしょうか。