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獣医大でいまも残酷な動物実験 約30年前のホルスタイン牛の解剖実習を臨床獣医師が告白

石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
(写真:つのだよしお/アフロ)

ネットもSNSもない時代、30年以上前に私は、獣医大学を卒業しました。当時、ラット、ヒヨコ、犬、牛や馬などを使った動物実験を行っていました。動物が好きという単純な理由で、獣医師を目指したのに、こんなに多くの動物の命を犠牲にするのか、とショックの日々でした。しかし、私たちの時代は、生命の尊厳、畏怖の念を徹底的に教え込まれました。

 憧れの獣医師になるために大学に入ったら、犬、牛、鶏、ラットなど多くの実験動物を傷つける実習にショックを受ける学生がいる。

 最近は、動物が本来の行動ができて幸福な状態であるべき「アニマルウェルフェア」(動物福祉)を重視し、健康な動物を傷付ける実習を減らして練習用の模型など代替手段を取り入れ、治療を要する動物の臨床実習に力を入れる大学が出てきた。

 しかし一方で、狭くて汚いケージに実験動物を閉じ込め、麻酔の失敗で動物が苦しんだり、術後のケアも不適切だったりする事例があることが取材で分かった。

(略)

中には「このような授業を受け続けると、学生全員が良心の欠如した人間になってしまうのではないか」と訴える学生もいる。

出典:「明日殺されるのに…」獣医大の驚くべき実態、学生たちの苦悩

とあったので、実際、そのような授業を受けた私の個人的な意見を告白させてもらいます。

大学の解剖学教室で、牛の放血殺

筆者は大阪生まれの大阪育ちで大学に行くまで牛や馬を見たことがほとんどなかった。いまは獣医学部の女子学生比率が半分以上だが、私のときは2割程度しかいなかった。それに身長も153センチと小柄なので、牛の解剖実習のときに倒れるのではないか、とみんなから心配されていた。600キロある牛が、解剖室にドサリと倒れるのであるから。そんな解剖実験の夜は、真っ赤な血潮の中で白と黒のホルスタインが浮かんでは沈む夢を見てよく眠れなかった。

ある日、解剖実習室に早めに到着した筆者は、いつもと違う光景を目にした。乱雑に置いてある椅子がきれいに片付けられて、だだっ広いコンクリートの床に水が流れていた。学生たちは、集まってきてお喋りをしていた。急に静かになったときに、解剖される牛が到着した。牛のために通路があけられ、先生方が教室の真ん中に牛を誘導した。

「女子学生と背の低い学生は外に出なさい。牛が興奮して怪我をすると困るので」

当時の解剖学の教授は、重々しくそう告げた。筆者はのろのろと教室から出ていき、窓によじ登って教室の様子を眺めた。

教室の中には大柄の男子学生が残り教授の指導のもとで解剖の準備が進められた。前肢と後肢に牛の保定用のロープがかけられて男子学生が引っ張り、巨大なホルスタインは、コンクリートの床に地響きをたてて倒れた。それから皮膚を切開して頚静脈、頚動脈を切開して、放血殺が始まった。

私は外の窓からその様子を一部始終見守った。生まれて初めてみた放血殺。筆者は、頭の中がオーバーヒートして酔った気分だった。

牛の四肢の動き、眼球の動きが全て止まり、コンクリートの床に水が流れる音だけが響いていた。

「外にいる学生さんは、教室に」という教授の声で、学生たちは、無言で教室に戻った。

「学生諸君!尊い命を投げ出してくれた牛に感謝しないといけません。この死を無駄にしないために、君たちはしっかり勉強しないとダメです。それが牛に対して報いることになるのです。君たちは、いまショックで虚無感、喪失感を味わっているかもしれません。いまのその気持ちを大切にして、しっかり味わってください。君たちが卒業するまでに、何十頭もの動物の命を犠牲にするわけですから。いまの気持ちを忘れないでください・・・。それではみなさん、この命を差し出してくれた牛に黙祷!」

と教授は、一言一言を噛みしめるように話した。

このようにして、私の解剖学実習は始まりました。

(いまの大学では、麻酔をかけてから放血殺をしています。)

私たちの大学時代

教授たちは、このようにしっかり命の大切さ、尊厳を叩き込む授業をしたので、私たち学生も、社会に出て良心が欠如するような臨床をしないよう心がけています。命は、一度リセットしてしまうと元に戻ることはないことを知っています。ただ、やはり命をもらわずに、動物実習しないで大学の授業が受けられるようになることを願っています。時代は流れて「アニマルウェルフェア」という言葉もあり、動物の福祉や幸福を考える時代になってきているのは事実なので、獣医大学も変わらないといけないですね。

「アニマルウェルフェア」を大切にして、獣医師を育てる

臨床現場に出ると、採血を嫌がる子、貧血で血が取れない子、むくんで血管が見えない子などが多くいます。臨床経験の未熟な獣医師はこれらの子たちを診るのは、難しいです。生きた動物にあまり触れないで大学を卒業すると、社会に出たときに、大変なのです。

私は愛犬で何度も採血していました。獣医学生を育てるためにも、ボランティアで採血させてくれる犬や猫がいる社会にならないといけないのでしょうね。動物も幸せで、そして臨床もちゃんとできる獣医師を育てるシステムになるように、みんなで知恵を絞っていく社会が必要になるのでしょう。

まとめ

私の大学時代は、いまのように情報社会ではなかったので、よく知らず動物が好きで、そんな犬や猫の命を救える獣医師になりたいと思って大学に進みました。大学に入るまで動物実習のことも知らなかったのです。

ただ、大学時代に命をもらった動物に報いるためにも、獣医師をやめることもなく目の前に来た動物の命をつなぎ、ペットの命を大切にしている飼い主に寄り添いながら今日も仕事をしています。

まねき猫ホスピタル院長 獣医師

大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は食事療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医者さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らしていた。

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