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人類はなぜ「麻疹(はしか)」を根絶できないのか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

 麻疹(はしか)が流行の兆しをみせている。過去に何度か流行した麻疹(はしか)だが、天然痘のように根絶できないのはなぜなのだろうか。特に、麻疹(はしか)の排除の視点から考える。

日本では幕末に大流行

 これまでのヒトの歴史的な死亡原因の多くは、天然痘、ペスト、結核、コレラ、インフルエンザ、マラリア、そして麻疹などの感染症だった。近代に入って以降、特に先進国において感染症による死亡は大幅に減っているが、世界的な新型コロナウイルス感染症のパンデミックもあり、途上国でこれらの感染症は依然として脅威になっている。

 この中で、麻疹(はしか)は麻疹(はしか)ウイルスによる感染症だ。感染力は非常に強く(実効再生産数12から18)、接触感染、飛沫感染、空気感染する。潜伏期間は10日から12日程度とされ、感染者は発症前からウイルスを排出するため、少数の感染者から急速に感染が広がる。

 日本で最初に麻疹(はしか)とみられる病気(赤斑瘡)の記述があるのは998(長徳4)年で、それ以降、13年から30年程度の周期で30回以上の流行があったと考えられている。

 特に、幕末の1862(文久2)年の麻疹(はしか)流行では、1858(安政5)年のコレラの流行を上回る約7万人から約23万人という死者が出た(※1)。江戸城の大奥でも患者が出て、篤姫として知られる天璋院も麻疹(はしか)にかかったという記録が残っている(※2)。

 日本で前回、麻疹(はしか)が流行したのは2006年から2008年にかけてだった。この時、国内で流行した麻疹(はしか)は、海外へ流出し、日本が感染源として国際的に警戒された。

 日本では、1976年6月から予防接種法の対象疾病に麻疹(はしか)を入れ、ワクチン接種を奨励するなどし、2006年4月からは患者数が減って自然感染による免疫増強効果が得られにくくなってきたことからワクチン1回接種を2回接種に増やした(※3)。だが、そんな施策の直後、前述した通り、国内で麻疹(はしか)が大流行してしまった。

集団免疫を獲得するためには

 麻疹(はしか)ウイルスの特徴は、強い感染力を持つものの、一度かかると強い免疫を残す単一血清型であり、人獣共通感染症ではないヒトだけに感染するウイルスであることなどから、ある集団で継続的に感染していくためには毎年5000人から1万人程度の感染経験のないヒト(新生児)を産生する25万人から40万人の集団が必要と考えられている(※4)。

 周期的な流行だった日本に麻疹(はしか)が定着し、短期の周期の流行になったのは20世紀に入ってからで、一度かかると二度目はかかりにくいことから次第に主に子どもがかかる感染症になっていく(※5)。その後、1966年にワクチンが導入され、1978年から定期接種されたが、接種率が低く、2006年からの大流行をまねく。

 厚生労働省は「麻しんに関する特定感染症予防指針」を発出し、2006年からのワクチンの2回接種から外れた10代へ2回目の接種を推奨し、2012年までに5歳から22歳までの全ての者が麻疹(はしか)ワクチン接種を受ける機会を得ることができた。その結果、2010年代に入ると麻疹(はしか)の報告数が減少し、2015年にWHOは日本を麻疹(はしか)排除国に認定した。

 だが、再び麻疹(はしか)が流行し始めている。では、なぜ人類は麻疹(はしか)を根絶できないのだろうか。

 最も大きな原因は、一度かかると感染しにくくなることから、一定の期間が過ぎると行政や社会が油断し、麻疹(はしか)対策がおろそかになりがちになり、ワクチン接種率が下がることだ。人口と新生児が多い場合、集団免疫を確実にするためには人口の95%以上が免疫を持つ必要があるとされる(※6)。

 また、ワクチン接種率が低い途上国などから、ヒトの移動によってウイルスが持ち込まれる危険性がある。新型コロナ後、世界的にヒトの往き来が盛んになり、免疫を持つヒトが少ない地域で麻疹(はしか)流行し、抑え込むとまた別の国や地域で流行するというサイクルがみえてきている。

 WHOは、麻疹(はしか)の感染率が高い国で麻疹ワクチンの2回の接種をそれぞれ生後9カ月と生後15カ月から18カ月の間に行うことを推奨している。だが、世界では、どこかでいつも麻疹(はしか)は流行している。

 麻疹(はしか)を根絶するには、理想的には世界中で小児期のワクチン接種と麻疹(はしか)にまだかかっていない全てのヒトにワクチンを接種することが必要だろう。

※1:酒井シヅ、「日本の医療史」、東京書籍、1982
※2:戸塚武比古、「天璋院様御麻疹諸留帳について」、日本医史学会誌、第28巻、第1号、1982
※3:厚生労働省、「麻しんに関する特定感染症予防指針」、2007年12月28日、2019年4月19日一部改正
※4:Raymond Sanders, et al., "Risk Analysis for Measles Reintroduction After Global Certification of Eradication" The Journal of Infectious Diseases, Vol.204, Issue suppl_1, S71-S77, 1, July, 2011
※5:Akihito Suzuki, "Measles and the spatio-temporal structure of modern Japan" The Economic History Review, Vol.62, Issue4, 828-856, November, 2009
※6-1:David N. Durrheim, et al., "Measles - The epidemiology of elimination" Vaccine, Vol.32, 6880-6883, 4, November, 2014
※6-2:Katharina Hueppe, et al., "Measles vaccination – An underestimated prevention measure: Analyzing a fatal case in Hildesheim, Germany" International Journal of Medical Microbiology, VOl.314, March, 2024

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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