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中国「タバコ巨人」の世界進出は日本にどう影響するか

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 日本でも喫煙率が下がり続けているように、先進諸国ではすでにタバコは20世紀の歴史遺物「オワコン」だ。ところが、人口の多い中国では依然として喫煙率が高く(※1)、特に男性の喫煙率は50%弱となっている。中国のタバコ市場に食い込めるかどうはタバコ会社にとって死活問題だが、タバコなんて吸わない日本人にとってもこの問題は他人事ではない。

中国のタバコ生産は世界シェアの1/3

 第二次世界大戦が終わり、中華民国が中華人民共和国に取って代わる頃、中国の市場は英国と米国のタバコ会社が合弁してできたブリティッシュ・アメリカン・タバコ(以下、BAT)が82%のシェアを掌握していた。だが、共産化によって同社は中国から追い出され、その後は国有化された中小のタバコ会社(公司)が林立し、中国国内のタバコ消費をまかなってきた。

 それらのタバコ会社を束ね、日本の専売公社のような国営の専売公社、中国烟草総公司(China National Tobacco Corporation、CNTC)が作られたのは1982年1月のことだ。中国烟草総公司の上位組織は国家タバコ独占管理局(The State Tobacco Monopoly Administration)であり、工業情報化部(Ministry of Industry and Information Technology、MIIT)に統括されている。

 現在、米中のいわゆる貿易戦争が勃発しているが、中国における工業や情報インフラはこのMIITが中心になって行っているわけで、中国にとってはタバコ産業も重要な戦力の一つということになる。ただ、中国烟草総公司ができる前の家内制手工業的なタバコ工場は依然として全土に点在し、それらの製造物をまとめて小売り販売業へ卸し、タバコ税を徴収することが中国烟草総公司の主な仕事だ。

 中国のタバコ・ブランドは、全国の中小の工場の数と同じくらいの約900銘柄もあるらしい。その人口の多さと高い喫煙率により、全世界のタバコの約40%(約2.5兆本)を生産し、喫煙者の数は全世界の喫煙者の約1/3(約3億人)となっている(※2)。

 世界のタバコ会社は合従連衡を繰り返し、現在ではBAT、フィリップ・モリス・インターナショナル(以下、PMI)、アルトリア(旧フィリップ・モリス、米国国内向け)、日本たばこ産業(日本以外はJTI、以下、JT)、インペリアル・ブランドというビッグ4とかビッグ5といわれる巨大グローバル企業の寡占状態だ。

 だが、中国烟草総公司は、それらのタバコ会社よりも多くの利益を上げている。中国という巨大市場を独占しているからだが、他のタバコ会社にとって中国は喉から手が出るほど欲しい市場だ。

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CNTC=中国烟草総公司、PMI=フィリップ・モリス・インターナショナル、BAT=ブリティッシュ・アメリカン・タバコ、JTI=日本たばこ産業インターナショナル、Altriaはフィリップ・モリス・USA:2017年のJT資料(JT estimate, 2016 data, as of Dec 2017)よりグラフ・図作成筆者

プレミアム化を進める中国烟草総公司

 外国の巨大タバコ会社が中国市場を狙っているように、当然、中国烟草総公司も黙っているわけではない。中国がWTO(世界貿易機関)に加盟したのは2001年12月だが、近代化に邁進して国内の産業と市場を育成し、体力をつけて海外市場へ進出しようと画策するようになる。具体的には、中国各地に中核となるタバコ工場を作り、多種多様なブランドをまとめ、国内の購買力の向上に合わせてタバコのプレミアム化を進めてきた。

 例えば、中国烟草総公司は、2009年からプレミアム路線をとり、ラインナップを中・高級ブランドへシフトした。カナダのウォータールー大学などの研究グループの調査研究(※3)によると、その結果、2015年までに高級プレミアム・タバコのシェアは5.4%から23.2%へ、また中級価格タバコは40.0%から50.4%へ伸張し、逆に低価格タバコのシェアは54.6%から26.5%へ急落したという。

 日本における戦前と戦後のタバコのブランド・シェア比較でも中国と同じことが起きている。戦前は農村での刻みタバコや両切りタバコの消費が主だったが、戦後に起きた所得向上や市民大衆社会の到来が喫煙者の高価格指向とフィルター付きタバコによる大量消費、そしてプレミアム化を加速させた。

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日本のタバコの銘柄別の価格によって上・中・下の階級に分けた、1934〜1936(昭和9〜11)年度と1959(昭和34)年度の各階級のシェアの比較。専売公社『たばこ専売史』のデータよりグラフ作成筆者

 なぜ中国の喫煙者はプレミアムなタバコにシフトしたのだろうか。研究者は、豊かになった喫煙者が健康を気遣いながらもタバコをやめることはできず、健康になるべく害のなさそうなタバコに替えたからと考えている。中国の場合、値段が高いタバコのほうが、なんとなく健康に害がなさそうというだけで、多くの喫煙者が騙され、高いタバコを買わされたというわけだ。

 もちろん、値段の高い安いでタバコの害が変わるわけはない。これは日本で流行り始めている加熱式タバコについても、同じことがいえるだろう。

 このように、中国烟草総公司が参考にしつつ「他山の石」にもしているのが、日本のJTと日本のタバコ市場だ。専売公社が民営化されてJTになった直後の1986(昭和61)年、米国政府は対日貿易摩擦を理由に日本政府に対してタバコ関税の撤廃、つまりタバコ貿易自由化を迫り、日本政府が折れて国内市場を開放した。

 米中貿易戦争も日米貿易摩擦と似た構図であり、米国は中国に対してタバコのみならず、知財を含めた国内市場の開放を迫っている。中国は、実質的な米国の庇護下、支配下にある日本と違い、対米強硬路線を採ることは可能だが、国内産業の保護育成という観点からみても、タバコ輸入の自由化は阻みつつ、国内企業に力を付けて中国烟草総公司のまま、グローバル化を進めたいと考えているはずだ。

 日本の専売公社は1985年に民営化され、JTになったが、たばこ事業法という財務省(旧大蔵省)が所管する法律に縛られ、日本政府(財務大臣)は1/3以上の株(現在は33.35%)を持たなければならないようになっている。一方、JTはスイスに本社を置く国際部門(JTI)を設立し、喫煙率が下がりつつあった国内市場からグローバル化を進め、その戦略のもと、積極的に大型M&Aを続けてきた。

 JTは「半官半民」企業のまま、世界の巨大タバコ会社と競合せざるを得ない。そうした群雄割拠状態のタバコ・サバイバル状態へ、国内のプレミアム化によって世界市場で十分に戦う準備のできた中国烟草総公司が参入しようとしている。

中国「タバコ巨人」は世界の健康の脅威

 日本のタバコ産業と市場は、貿易政策的に輸入タバコがかなりのシェアを占めていて、実態としてJTは世界へ出て行かざるを得ない状況に追い詰められている。また、少なくとも先進国では紙巻きタバコという大量生産大量消費の産物は終焉を迎え、タバコ会社は加熱式タバコなどのいわゆる新型タバコに活路を見出そうとしてきた。だが、日本では加熱式タバコも伸び悩んでいる。

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1分間あたり紙巻きタバコが何本生産されたかというグラフ。2000年代に入ってから生産量が急落している。Via:Packaged Pleasure How Technology and Marketing Revolutionized Desire, University of Chicago Press, 2014

 だが、発展途上国の喫煙率は上がり続け、インドネシア政府は世界の趨勢とは逆に政策的にタバコ生産量を上げようとまでしている(※4)。中国烟草総公司も香港を足がかりにJTIによく似た名称(China Tobacco International Inc、CTI)で株式上場し、国際市場へ進出しようとしているようだ。

 中国政府は、口では国民の健康と将来の医療費高騰を危ぶんで喫煙率を下げようとしているが、日本と同じように実際は国内タバコ産業を保護育成している。中国の国家タバコ独占管理局(STMA)はすでに加熱式タバコの開発を開始し、一方でアイコスなど他国製の加熱式タバコの輸入と国内販売は認めていない。

 日本でタバコ輸入が自由化された際、喫煙率が上がった。タバコ会社の拡販競争は、タバコ消費と喫煙率を押し上げ、未成年者の喫煙を助長させる危険性をはらむ。中国烟草総公司のグローバル化は、世界のタバコ戦争にさらに火を付け、競争が過熱して世界の、そして日本で再び喫煙率が上がることにつながりかねないのだ。

※1:中国の喫煙率:男性成人(15歳以上)喫煙率は47.6%、女性成人(15歳以上)喫煙率1.8%:タバコ・アトラス(Tobacco Atras)より

※2:C Li, "The political mapping of China’s Tobacco industry and anti-smoking campaign." Washington, DC: Brookings, 2012

※3:Steve Shaowei Xu, et al., "Impact of China National Tobacco Company’s ‘Premiumization’ Strategy: longitudinal findings from the ITC China Project (2006-2015) ." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2017-054193, 2018

※4:Kelley Lee, et al., "Looming threat of Asian tobacco companies to global health." THE LANCET, Vol.389, Issue10083, 1958-1960, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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