Yahoo!ニュース

白亜紀のメス「カマキリ」はオスを抱きしめて離さなかった

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
カマキリの祖先の模型:写真:Jan-Peter Kasper/FSU

 ミャンマー最北にあるフーコン渓谷(Hukawng Valley)はトラの保護区でかつて金が採掘された秘境だが、琥珀の産地としても有名だ。ここの琥珀は約1億年前、白亜紀中期の地層から出るが、琥珀の中には白亜紀のトカゲや昆虫、被子植物が封じ込まれている(※1)。最近の研究でも白亜紀の恐竜に寄生していたと考えられるダニが琥珀の中から発見され、羽が生えていた恐竜と寄生虫との関係が示唆されたりしている(※2)。

ゴキブリかカマキリの祖先か

 フーコン渓谷の琥珀は古生物学研究者のかっこうの研究対象になっているが、先日、米国の科学雑誌『Cell』系の『Current Biology』誌オンライン版に白亜紀の新たな昆虫が報告された。ドイツのフリードリヒ・シラー大学イェーナと中国科学院の研究者らによる論文(※3)で、琥珀に封じ込まれた現在のカマキリの祖先と考えられるメスの個体を分析したところ、頭と胸の間がギザギザのついたハサミのような構造になっていることを発見したという。

 この個体はすでに2016年に確認(※4)されている「Alienopterus brachyelytrus(絶滅種)」の1種「Caputoraptor elegans」だ。琥珀の年代は約9900万年前と考えられ、この仲間は白亜紀の後に絶滅してしまっているが、ゴキブリと分かれた別進化の行き止まりか、もしくは現在のカマキリと進化の系統樹では姉妹グループ(sister taxon)に属する昆虫とされた。

 昆虫の身体は、頭部、胸部、腹部の3つの節に分かれ、脚は6本(3対)、翅は4枚(2対)となっている。Alienopterus brachyelytrusの場合、形態的に翅が退化してなくなった現在のマントファスマ(mantophasma、アフリカ南西部の肉食昆虫)を示唆するかのように、前の翅が短く、後ろの翅が固着しているようだ。また、口の構造から肉食が示唆され、現在はゴキブリというよりカマキリの祖先ではないかと考えられている。

オスをしっかり抱きしめる

 今回の論文では、Caputoraptor elegansの頭部後方が爪のような鋭い鈎状になっており、胸部前端にはノコギリ状の細かく鋭い複数の突起が生えていることがわかったという。また、頭部と胸部の下部はハサミのように開閉できるようになっていて、何かをしっかりと保持できるような構造になっている。このような構造は、現在の昆虫にはないものだ。

画像

ミャンマー北端から発見された琥珀の中のCaputoraptor elegans(絶滅種)。前の羽が短く、後ろの翅もうまく飛べるような構造になっていない。大きな眼がある頭部の後端が長く伸び、胸部前端にはギザギザした突起がある。また頭部と胸部がハサミのように開閉できるようになっているようだ。Via:Ming Bai, et al., "A New Cretaceous Insect with a Unique Cephalo-thoracic Scissor Device." Current Biology, 2018:Photographs of Specimens Embedded in Burmese Amber

 Caputoraptor elegansの身体の構造は、獲物を捕らえたり外敵から身を守ることに使うとは考えにくく、研究者はおそらく交尾の際にメスがオスをしっかりと押さえつけ、離さないようにするために発達したのではないか、と推測している。

 現在のカマキリの仲間は交尾中にメスがオスを捕食することが観察されているが、これは子孫を残すための栄養補給が理由のようだ(※5)。白亜紀中期のカマキリの祖先と考えられているCaputoraptor elegansが、オスを交尾中にしっかり抱きしめていたという考えが正しければご先祖さまにその萌芽があったことになる。

※1:George O. Poinar Jr., et al., "MICROPETASOS, A New Genus of Angiosperms form Mid-Cretaceous Burmese Amber." Journal of the Botanical Research Institute of Texas, Vol.7, No.2, 2013

※2:Enrque Penalver, et al., "Ticks parasitised feathered dinosaurs as revealed by Cretaceous amber assemblages." nature COMMUNICATIONS, Vol.8, 1924, 2017

※3-1:Ming Bai, et al., "A New Cretaceous Insect with a Unique Cephalo-thoracic Scissor Device." Current Biology, doi.org/10.1016/j.cub.2017.12.031, 2018

※3-2:ドイツのチューリンゲン州イェーナにあるフリードリヒ・シラー大学イェーナ(Friedrich-Schiller-Universitat Jena)「動物学と進化生物学研究所(Institut fur Zoologie und Evolutionsforschung)」、中国科学院(Chinese Academy of Sciences)基幹研究所の1つ「動物学・系統学研究所(Key Laboratory of Zoological Systematics and Evolution, Institute of Zoology)」の研究者ら。

※4:Ming Bai, et al., "†Alienoptera- A new insect order in the roach- mantodean twilight zone." Gondwana Research, Vol.39, 317-326, 2016

※5:William D. Brown, et al., "Sexual cannibalism increases male material investment in offspring: quantifying terminal reproductive effort in a praying mantis." PROCEEDINGS OF THE ROYAL SOCIETY B, Vol.283, Issue1833, 2016

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事