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トランプ大統領の祖先が「移民」した理由とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
エリス島と自由の女神(写真:ロイター/アフロ)

 ドナルド・トランプ大統領の祖父、フリードリヒ・トランプ(Friedrich "Frederick" Trump)はドイツからの移民だった。フリードリヒはババリア地方にあったバイエルン王国カルシュタットの貧しい家に生まれ、父親が1877年に気管支炎で死んだ時には8歳で、後には母親と5人の兄弟姉妹が残される。

ドイツから北米への移民

 ローマ時代からババリア地方で行われていたブドウ栽培の重労働に、病弱だったフリードリヒが耐えられないと考えた母親は、南西ドイツにある街フランケンタールへ彼を理髪師として修業に出した。2年半の修業後、1885年、16歳でカルシュタットへ帰って来たフリードリヒは人口の少ない故郷の街で理髪店は成功しないことを察し、兵役義務を逃れるためもあり渡米を決心した、と言う。

 ちなみに、ファイザー製薬の創業者、カール・グスタフ・ファイザー(Karl Gustav Pfizer、チャールズ・ファイザー)はカルシュタットから南西に位置するヴュルテンベルク王国のルートフィヒスブルクで生まれ、1848年に米国へ移民した。また、米国の大手食品メーカー、ハインツ(Heinz)の創業者、ヘンリー・ハインツ(Henry Heinz)もフリードリヒと同じ1885年に同じカルシュタットから米国へ移民している。

 フリードリヒ・トランプは、ゴールドラッシュで好景気の米国西海岸で飲食業やホテル業で財を築き、1905年には彼の息子フレッド(父の米国名と同じFrederick)、つまりトランプ大統領の父親が生まれた。フレッドは母親と一緒にニューヨークで不動産業を始め、帝王学を授けた息子に事業を譲る。トランプ大統領が誕生した背景には、このようにドイツから米国へ移民した流れがあった。

 19世紀までのドイツは、日本が幕藩体制だったのと似たようにプロイセン王国やバイエルン王国、バーデン大公国、ホルシュタイン公国、ハンザ諸都市などが割拠し、統一した国家ではなかった。また、30年戦争やナポレオン戦争などの戦乱で荒廃し、諸国の国民は貧しく飢餓に喘いでいた。

19世紀は移民の時代

 封建制から近代資本主義制へ移行した19世紀は、世界的に人口が大きく異動した時代でもある。日本でも1885(明治18)年にハワイへの移民第一号(944人)が渡航した。

 国家統一の動乱などのため、19世紀には500万人以上がドイツから北米大陸へ移民している。もちろん、移民を後押ししたのは戦争ばかりではない。気候変動や食物の疫病による食糧不足なども移民の大きな要因になっていた。アイルランドのジャガイモ飢饉は、人為的に引き起こされた側面も大きいが、アイルランドから北米移民が激増した背景でもある。

 こうした北米大陸への移民について、ドイツ・フライブルク大学の研究者が新たな分析を発表した(※1)。この研究では特に、19世紀の南西ドイツ、つまりフリードリヒ・トランプやチャールズ・ファイザー、ヘンリー・ハインツらが生まれ育ったエリアから、どのような理由でドイツ移民が北米新大陸へ向かったのかを調べている。

 研究者は、19世紀のヨーロッパからの移民がまず1815年のインドネシア・タンボラ火山の大噴火の影響から始まった、とする。噴火による火山灰が大気に拡散し、太陽光をさえぎったせいで世界的に冷夏や冷害、食糧不足を引き起こした。

 こうした火山活動などの影響では、1883(明治16)年のクラカトア火山の噴火もよく知られている。例えば、エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)の絵画『叫び』の背景の空が血のような色になっている理由もこの火山の影響のようだ。

 一方、地球は14世紀の半ばから19世紀半ばにかけて小規模な氷河期である小氷期にあたり、19世紀後半は気候変動によって干ばつや洪水などの天災がよく起きた。不安定で劇的な気候変動は農業を痛めつけ、食糧不足が蔓延していた、というわけだ。

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バーデン地方(青い線)とヴュルテンベルク王国(赤い線)からの移民の推移。1815年前後、1852年前後、1882年前後に大きな山がある。トランプ大統領の祖父がドイツから米国へ移民したのは1885年だった。Via:Rudiger Glaser, et al., "Climate of migration? How climate triggered migration from southwest Germany to North America during the 19th century." Climate of the Past, 2017

21世紀の人口流動はどうなるか

 また、戦争などによる食糧不足も移民を後押しした、と考えられる。1850年から1855年にも南西ドイツからの移民のピークがあるが、これは1853年から1856年までロシアとトルコが戦ったクリミア戦争の影響らしい。ロシアを後押しするフランスは食糧を禁輸し、トルコの同盟国ドイツに対して圧力をかけたからだ。

 現在、アフリカや中東などからヨーロッパへ押し寄せている難民は、経済的な貧困に喘ぐ母国から活路を見出そうとしたり、シリアなどの戦乱地域から避難するケースが多い。米国へも南米やメキシコなどの貧困や治安の悪化から逃れて違法入国してくるわけで、トランプ大統領の祖先が移民したのと理由はそう変わらない。

 この論文の研究者は、19世紀には国家が国民を守らず、政治経済的な理由から移民することが多かった、と考えている。単に気候変動や食糧不足だけによるものではなく、複雑な背景があるというわけだ。だが、これから先の世界の移民や難民は、気候変動と食糧不足が最も大きな要因になるだろうと警告している。

※1:Rudiger Glaser, Iso Himmelsbach, Annette Bosmeier, "Climate of migration? How climate triggered migration from southwest Germany to North America during the 19th century." Climate of the Past, Vol.13, 1573-1592, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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