「フェイクニュース」はなぜ跳梁跋扈するか

(写真:アフロ)

先日、国会でいわゆる「共謀罪」、テロ等準備罪(改正組織犯罪処罰法)が成立した。この法律が必要とされた背景には、パレルモ条約(国際組織犯罪防止条約)締結との整合性がある、と政府は説明している。

日本が加盟するパレルモ条約は、果たしてテロ防止に役立つののだろうか。これについてネット上でも議論が起きたが、パレルモ条約の成文過程に深く関与した米国ノースイースタン大学のニコス・パッサス(Nikos Passas)教授は「この条約の目的はテロなどの政治犯対策ではなく、経済犯罪や経済活動を行う組織に対するものだ」と明言している。これにより政府の説明には根拠がないことがわかった。

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イラスト:いらすとや

英語の誤訳から生まれたフェイクニュース

ところが、パッサス教授と直接やり取りしたとするネットテレビが、パッサス教授の発言は「共謀罪」に反対する朝日新聞などの一部勢力による意図的な誤訳だと報じ、ネット上で話題になった。その後、ネットテレビの発言が英日翻訳家を含むTwitterなどのネット有志の間で検証評価され、パッサス教授本人にも確認した結果、英語聞き取り能力の問題で意図的な誤訳は、むしろこのネットテレビのほうであること、少なくともパレルモ条約に関して発信されたネットテレビの情報は明かな「フェイクニュース」だということがわかった。

最初「あれはフェイクニュースだ」とドヤ顔で騒いだネットメディア自身がフェイクニュースを発信してしまった、という笑えない話。だが、この間もフェイクニュースは今でもネット上に放置され、パレルモ条約はテロ対策が目的だという間違った情報がタレ流され続けている。いずれにせよ、こうした情報の信頼性はどこで担保されるのだろうか。

従来の研究では、情報の信頼性や高い品質といったものは、インターネット上の口コミにはあまり影響を与えない、と考えられてきた。また、自分と同じ選択傾向を持つ人間がネット上に集まり、情報を集中して選択する相乗効果により、多くの人が閲覧するような人気のある情報が必ずしも高い信頼性を持つわけではないことも知られている。

一方、こうした考えやデータは、なぜ我々の民主主義を脅かすようなフェイクニュース(信頼性の低い口コミ)がまたたく間に広がるのか、その説明ができなかった。

情報の「ミーム」が拡散

これに関して新しい論文が科学雑誌『nature』に出た(※1)。この論文の研究者は、情報量の増大や我々の観察眼や選択眼、注意力、評価力には自ずから限界があることなどにより、フェイクニュースが瞬時に拡散する理由を説明できるのではないか、と考えたと言う。

ところで、我々生物は、肉体的身体的な意味での遺伝子を持ち、それは祖先から子孫へと伝えられてきた。一方、ある生物種や生物群が獲得した習慣や技術、一族の物語といった情報(記憶)も同様に祖先から子孫へと伝えられることがある。これを「ミーム(meme)」というが、社会文化的な遺伝子と言い換えることができる。

ミームは『利己的な遺伝子』(1976年)で有名なリチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)が提唱した概念だ。その後、ミームがイノベーションにとって欠かせない情報であり、ミームが蓄積されたミームプールとなり、ミーム自体が売り買いされる情報市場が出現する、という考え方が出てくる。ここでのミームは情報や知識であり、これらのミームをやり取りする方法をミームメディアと呼んでいる(※2)。

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ミームが拡散するネットワーク例。aの#Japanは2011年の東日本大震災時における情報伝播の方法。情報ハブがバラバラになっている。bの#GOPは米国の共和党のミーム。大きく二つの情報コアに分かれている。cの#Egyptoとdの#Syriaはそれぞれ2011年の「アラブの春」時のミーム拡散の方法。ある特定のハブに密集する傾向がみてとれる。Via:Figure:Weng, L., et al., "Competition among memes in a world with limited attention." nature. Rep. 2, 335, 2012

インターネットとソーシャルメディアは我々の世論形成や政治政策、文化、経済活動などに大きな影響を与えているが、情報提供や情報交換のコストが劇的に下がっているため、ミームの質の高低を問わず総量も劇的に増えた。

最初に述べた論文では、ネット上でやり取りされる情報や流布する人びとの考えをミームとし、このミームがどう広がっていくのかを数値モデル化した。この数値、つまりミームの情報量(単位時間当たりにやりとりされるミームの平均数)とミームの質が、我々の個人的な能力、つまり情報評価力や判断力、注意力といった能力とどう関係しているのかを調べている。

これによると、ミーム拡散の理論的な理想環境では、情報の識別能力と情報の多様性の間に良好なトレードオフの関係、つまりミームのソーシャルメディア市場ではユーザーの適正な評価によって情報の質が担保されるようなことが明らかに可能になる。

だが、これは理想環境の話で、現実世界は違う。

実際には個人の能力にも限界があり、情報量が多くなれば質が担保できず、フェイクニュースが拡散してしまうことが起きるのだ。この研究によれば、情報の拡散速度は、情報の質とは無関係なことがわかった。

「bot」規制はどうか

むしろ、質の低い情報ほど、口コミ、バイラル市場に出回る傾向があり、そのために誤った情報が広く拡散することになる。いわゆる「ポスト・トゥルース」、つまり客観的な事実よりも個人の感情に訴える情報のほうがより強い影響力を持つ、事実を軽視する状況というものがネット上には生まれている。

この研究では、こうしたフェイクニュースの拡散を防ぐために、ソーシャルメディアに質の低い情報が蔓延する背景になっている「bot」、たとえばTwitterのハッシュタグに自律的に反応して情報を拡散させるプログラムなどに対し、一定の規制をかけることを提案している。

ある研究によれば、「生きている」Twitterアカウントの9%から15%はこの「bot」だ(※3)。この「bot」が2016年の米国大統領選挙の結果に影響を与えたという意見もある。

Yahoo!のコメント欄も政治的な話題ではよく荒れるように、コメント投稿者にも偏りがある。立教大の木村忠正教授(ネットワーク社会論)とヤフー・ニュースによる共同研究(※4は参考)によれば、コメントに週100回以上投稿する投稿者が全体の1%おり、さらにこの1%の投稿コメントが全体の20%に達していたようだ。こうした投稿者は、一種の偏向「bot」になっているのだろう。

人間というのはとかく「聞きたいことを聞き、見たいものを見る」傾向がある。冒頭のパレルモ条約についてのパッサス教授とのやり取りも、聞こえた英語が発信者の願望に沿った言葉に聞こえてしまったようだ。フェイクニュースが生まれる背景には、こうした発信者の動機があるのかもしれない。唯一の救いはネット民らが間違いを修正し、フェイクニュースの拡散を防いだことか。

筆者もこれを他山の石とし、自戒を込めてネット上での発言には注意したいが、「ポスト・トゥルース」が流布するのは大衆が「聞きたい情報、見たい情報」を求めているからだ。大衆が目にしたくない情報、大衆にとって耳の痛い情報の重要性は言うまでもない。

※:続報:冒頭のパレルモ条約に関する謝った情報を発信したネットテレビは、2017/06/27の番組内で訂正し、英語の聞き取り誤訳を謝罪している。この姿勢は見習いたい。

※1:Xiaoyan Qiu, Diego F. M. Oliveira, , Alireza Sahami Shirazi, Alessandro Flammini & Filippo Menczer, "Limited individual attention and online virality of low-quality information." nature, Human Behavior1, 0132, 2017

※2:Weng, L., Flammini, A., Vespignani, A. & Menczer, F. "Competition among memes in a world with limited attention." nature. Rep. 2, 335, 2012

※3:Onur Varol, Emilio Ferrara, Clayton A. Davis, Filippo Menczer, Alessandro Flammini, "Online human-bot interactions: detection, estimation, and characterization." Cornell University Library, 9, March, 2017

※4:参考:木村忠正、「定性・定量融合法(Mixed Methods)にもとづく日中『デジタルネイティブ』の政治意識とネットワーク行動に関する調査研究」、村田学術振興財団、2016